EPISODE247:黄金の光は決して消えない
高天原には暗雲が立ち込め、稲妻が轟いている。辺り一面が漆黒の闇の如き黒に染まっている中で、黄金色に輝くアルヴィー……いや、黄金龍はひときわ目立つ。元からあった神々しさと威厳が、神そのものの域まで達している。その場に居合わせた全員に戦慄が走っていた。
「ギャオオオオオオッ!!」
黄金龍が咆哮を上げ他者を威圧する。その眼からは激しい敵意を感じられた。すべてを思い出し力も取り戻したが、優しさは忘れてしまった――とでもいうのか。全身からまばゆい黄金のオーラを放ち、黄金龍は今一度人間態へと姿を変えていく。――髪と眼の色が変わっただけなのに、なぜこうまで抱く印象が変わるのだろう。すべての頂点に君臨するような覇気が、この姿でもすべてを滅するか再生することができそうな力が、今のアルヴィーからは感じられた。――シェイドとは明らかに違うということも。
「あ、アルヴィー……アルヴィーなんだよね?」
「……何用だ、人間」
「アルヴィー? どうしちゃったんだよ、アルヴィー!」
「『我』に気安く触れるな」
金色のオーラを放ちながらゆっくりと足を進めるアルヴィー。健が近寄って肩に手を置くが、彼女はそれを冷淡な口調ではね除けた。過去を思い出したことで、優しさどころか自分たちとの思い出や絆まで忘れてしまったということか? 一同ショックを受けていたが、健は誰よりも著しくショックを受け茫然と立ち尽くす。
「あ、白龍……ま、まさかお前がかの黄金龍だったとはな……すべて思い出したようだが、お前は人間を、ど、どう思う?」
「人間は好きだったとも。だが、あらゆる力を手に入れたにも関わらず際限無き欲望から生きることを冒涜しようとした愚か者がひとりいた……。今でもそやつが許せぬ!」
黄金龍が語る際限無き欲望を持ち、金も地位も名誉も手に入れてなお力を欲したものとは他でもない――伝承の時代の英雄だ。元々は清き心の持ち主であり真面目で誇り高い人物だったが、王となってからすべてが変わった。行き過ぎた力を手にしたことにより――非常に傲慢で横暴な独裁者へと成り下がったのだ。
年老いた王は黄金龍に自分を不老不死にしろと願ったが、黄金龍は「それは生きることに対する冒涜。散々周囲を蹂躙しておいて自分だけのうのうと生き延びようなど許せない」――と拒み、王と刺し違えた。そのときに黄金龍が持っていた力はオーブとなって分散し、黄金龍は死なず記憶と本来の力を失い――白龍となったのである。
「フッ! 愚か者はひとりだけではない。人類という種族、そのすべてがそうだ。黄金龍よ、人類が憎いとは思わないかね?」
「……思わぬも何も、我の考えは古よりずっと変わっておらぬ」
目を伏せた黄金龍がファンタスマゴリアにそう語る。腹の底から、ファンタスマゴリアは下卑た笑い声を出した。
「そうかそうか、ファハハハハハ! おい聞いたかガキども!? 偉大なる黄金龍さまは古代よりずっと人間どもを忌み嫌っていたそうだぞォ!!」
「ウソだッ! アルヴィーはそんなこと思っちゃいない! あんなに優しくて、人間が好きだったアルヴィーに限ってそんなことッ!」
「せや、騙されへんぞ。姐さんがそないアホなこと考えとるわけない!」
黄金龍は人間に見切りをつけて我々に味方する――と謳うファンタスマゴリアの言葉を、健と市村は真っ向から否定。まり子と葛城もやってきて、それぞれ、「そんなのシロちゃんじゃない。わたしたちのこと、忘れたの!?」「お願いです。アルヴィーさん、目を覚ましてください!」と叫んだ。
「……」
「ハッ、くだらん。虫ケラどもめ、そろいもそろって大合唱でもしにきたか? ところで黄金龍よ、我々と手を組まないか? 事情を説明すれば、甲斐崎社長も今までのことは水に流してくださるはずだ」
「……甲斐崎か。ヤツは少々気に食わぬが、承知した。手を取り合おう」
「そ……そんな、なぜだ!」
健たちの叫びは、アルヴィーには届かなかった。下卑た笑みとともに手を差し出したファンタスマゴリアと、アルヴィーは手を組もうとするが――。
「……なーんてな」
「なッ!?」
――どういうわけかアルヴィーは右手を武骨な龍の爪に変え、ファンタスマゴリアを切り裂く。口調もそれまでの重く冷淡な雰囲気から一転、気さくなものに変えて一言つぶやいた。
「アルヴィー!?」
「シロちゃん……よかったぁ」
「よかった、姐さんは姐さんのままやったんやな!!」
「わたくしたちのことを忘れていなかったみたいですね! 本当によかったわ!」
平常運転のアルヴィーを見て、健たちは溜飲が下がった。アルヴィーは昔から考えを変えてはいない。そう、変えていないのだ。黄金龍としての力と記憶を取り戻したが、それまでのことを忘れたわけではない。最初からファンタスマゴリアを欺くための――『芝居』にすぎなかった。
「ば……バカ者……何をする、こ、これはどおゆうことだ?」
「お芝居だ。増長していたお主を絶望のどん底に落としてやろうと思っての」
「な、なんだと……!? では、さっき私の言葉に同意したのは芝居だったというのか!?」
「ああそうとも」
驚愕のあまりファンタスマゴリアは挙動がおかしくなり、体を小刻みに震わせている。対するアルヴィーはいつもと変わらず、胸をたくしあげるように腕を組んでどっしりと構えていた。
「お……おのれええェェェェェ!! 謀ったな貴様ァァァァ〜〜」
「笑止な。謀るも何も、貴様が勝手にそう思い込んだだけのことだろう?」
「認めん、認めんぞ。愚かな人間どもに肩入れするなど!」
「確かに人間は愚かかもな。それでも好きだ。いいところも悪いところも見てきたが、人間には優しさと思いやりの心がある。心が欠けていて、残忍で冷酷な貴様らと違っての!」
「ほざけぇ!!」
アルヴィーに掴みかかろうとするファンタスマゴリアだったが、アルヴィーは黄金色の龍爪をファンタスマゴリアの腹に突き刺して蹴っ飛ばす。更に右手だけでなく左手も龍の爪に変えて、腹の出血を押さえてもがき苦しむファンタスマゴリアに人差し指を向ける。
「あ……ぐ、が……い、いつかどでかいことをしてやろうと取っておいた切り札が……わ、私のき、希望が、あ、あが……」
「たとえ黄金龍としての記憶を取り戻しても、私はこれまで通りアルヴィーとして戦う。貴様たちとは未来永劫手を取り合わん!!」
アルヴィーが両手を組んで構え、オーラを掌へと収束させていく。そして太陽のごときまばゆい黄金色の波動を放った。
「ギィエエエエエエエエエエエェェェェェ〜〜〜〜ッ!!」
黄金色の聖なる波動は極太で、その威力は――計り知れないものであった。ファンタスマゴリアの体は聖なる波動に焼き尽くされ、跡形もなく消滅した。――こうして、呆気なくもヴァニティ・フェアの幹部がひとり倒された。
「っ……」
「アルヴィーっ!」
強すぎるその力を行使した反動を受けてアルヴィーの体がふらつく。力を取り戻したばかりでまだ体が慣れていなかったからだ。倒れかかったアルヴィーに駆け寄って健は市村とともに彼女の体を抱えた。
「健、みんな……いろいろ、すまなかったの」
「いいんだよ、無事でよかった! 僕たちずっとアルヴィーのこと心配してたんだぜ」
「とくにこいつなんか姐さんがいなくなってもうたからって、フヌケになっとったしなあ!」
「市村さーん! 事実とはいえちょっとひどくないですかー!?」
「フフッ、いいじゃない。シロちゃん戻ってきたんだしさ」
「何はともあれ一件落着、ですね♪」
アルヴィーを囲って、一同が談笑する。市村は健が落ち込んでいたことを茶化していたが、実際はとても笑い話とはいえない状況だった。健は本気で戦うことをやめそうになって下手をしたらアルヴィーをそのまま見捨てていたかもしれないからだ。そこから立ち直れたのは他でもなく、健の周りにいる仲間たちのおかげだ。
「うっ」
「アルヴィー、どした?」
「すまん、少し疲れた……横に、させて……くれ」
「そういうことなら……えいっ」
傷付いたみんなの体を癒すべく葛城が左手を天に掲げ甘い花の香りを漂わせる。たちまち傷が回復して、一同は元気になった。アルヴィーも動けるくらいには回復した。――アルヴィーの体は何日間も蹂躙されひどく傷付いていたし健たちよりも深い傷を負っていたが、それでも平気だった。健たちが助けに来てくれると信じていたからだ。
「たまげたわー、ケガ治ってもうた!」
「葛城さんありがとう!」
「せっかくです、喫茶店でお茶でもしませんか?」
「シロちゃん寝てるけど、それでもいい?」
「うーん……まあ、とりあえず行きましょう!」
馴染みの喫茶店で茶でも飲んでゆっくりしようという葛城の案に賛成して、健たちはその場から去っていく。仲間をいたわる健たちの優しい思いに呼応したかのように暗雲に覆われていた空に光が射し込み、だんだんと晴れていった。
「……あの白龍が、黄金龍だったなんて。いったい何が起きているというの」
しかし彼らは気付かなかった。偵察に訪れていた何者か――ミステリアスな雰囲気を醸し出す、メガネをかけたスーツ姿の女性の存在に。