EPISODE246:よみがえる黄金
激しい戦いが続いた為に、教会の内部は瓦礫が散乱し壁や床はくぼみだらけという有り様となっていた。ファンタスマゴリアが自身の切り札である『白き光』によって超パワーアップを遂げた今、健たちには絶望しか残されていないのか。いや――望みはまだ、ある。
「まだやる気かね。やっても無駄だというのに」
「……無駄だって?」
地に伏していた健が立ち上がり、ファンタスマゴリアに剣を向ける。「あかん、あかんて東條はん! 悔しいけどそいつには何も通じひん!」と市村は制止しようとしたが、健はそれを聞かずに斬りかかる。しかしファンタスマゴリアは異形の左腕で攻撃を防いだ。
「あきらめの悪いヤツめ。そういうことが無駄だというのだ! 死ねっ!」
「うううッ!」
健を左腕で振り払って壁に叩きつける。威力は凄まじく、健が叩きつけられた箇所がくぼんだ。
「と、東條はん」
「――あきらめない! 僕はあきらめない!」
いくら傷だらけになって血ヘドを吐こうが健は断じて相手に屈しない。
「夢を見すぎちゃいないかね? 今の私には誰も勝つことはできん。負けを認めろ、ガキども」
「イヤだね! アルヴィーを取り戻すまで、死ぬわけには!!」
「あんたらしいわ! 助太刀しまっせ、東條はん!」
「フン、愚かな!」
ファンタスマゴリアは杖をかざして、立ち向かってきた二人に無数の稲妻を落としてしびれさせる。更に鬼火を放ち市村をぶっ飛ばした。
「くッ!」
「しぶといのォ〜。虫ケラは虫ケラらしく、のたうちまわって苦しんでおれ!!」
「うおおおおお!!」
「ファハハハハハ、当たらんよ!!」
雄叫びを上げて斬りかかるが弾かれ、無駄だとわかっていても何度も斬りかかるがやはり通じず転移され更に杖でどつかれて引き離される。
「ッ……」
「うっとうしいハエめ、お前には死をくれてやる」
不敵に笑うファンタスマゴリアの左腕がうごめく。禍々しい形の人差し指の先からレーザーが撃たれて、健の胸を――貫いた。
「死ねぃ!!」
「うぐああああああああああああァーーーーッ」
全身を、いや魂を震わせてから発せられた悲痛な叫び。絶望に満ちた顔で倒れる健の体。必死に彼の名を呼ぶアルヴィーと市村。そして高らかに笑うファンタスマゴリア。
奮闘むなしく、ファンタスマゴリアの手によって健は――気を失った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
健の体が意識を失って倒れたことで、その魂は死の世界へと旅立とうとしていた。今、健の魂がいる場所は――現世と死者の国のはざまに流れている『三途の川』。ここを渡れば最後、そのものは本当に死んだことになり二度と現世には戻れなくなってしまうのだ。天へ昇るか地獄へ堕ちるか、あるいはどちらにも行けずにさまようか。いずれかしか道はない。
「……ここは……?」
そこは河原で、川の向こうには花畑が広がっていた。更に空には一点の曇りもない。この世のものとは思えない美しい光景が広がっていた。
――向こう岸に、健は馴染み深い人物の姿を見た。引き締まった体で背も高い。ぼんやりとしていたが、間違いない。父だ。父の明雄だ。一時もその姿を忘れたことはない。
「父さん!」
「健……!」
父が駆け寄ってきた健の魂に振り向いた。いつも優しくて、落ち着いていて、そして強かった父。懐かしくなって川を渡って抱きつこうとしたが、父は笑顔から一転……険しい顔になって右の手のひらを突き出す。
「ダメだ。健、お前はこっちに来てはいけない」
「どうして? ずっと会いたかったのに! 帰ろう、一緒に母さんや姉さんのところに帰ろう!」
「残念だけどそれは出来ない。ここから先に行けば二度と帰れなくなる。俺も――そっちには帰れない」
「……そんな」
再会も束の間、健は父から悲しい事実を知らされた。それはこの空間は現世とあの世のはざまであり、ここから先へ行けば二度と帰ることは出来ないということ。だから周りの風景はあんなにもきれいだったのだ。
「忘れたのか? あの日――父さんと交わした約束を」
「父さんは二度と帰ってこれないかもしれないから、そうなれば家にいる男は僕だけ。これから僕が家を守らなきゃいけない。そう、だったよね……」
「ちゃんと覚えててくれたんだな」
「忘れるはずないよ。それに母さんや姉さんも元気やし」
「本当か!? よかった、あいつら落ち込んでるんじゃないかって思ったけど余計な心配だったな!」
息子はかつて家から旅立つときに自分と交わした約束を忘れていなかった。明雄はたくましく育った健を見てほがらかに笑い、「大きくなったなぁ、健……」と感慨深そうに呟く。
「……そうだ。僕、行かなきゃ」
「行くのか?」
「うん。僕、エスパーだし。悪いヤツやっつけてみんなを守らなきゃ」
「そっか、そうだったな。お前は、『白いの』と契約してたな。いや、今はアルヴィーちゃんだったか?」
「そうそう!」
明雄は、アルヴィーのことを『白いの』としか呼んでいなかったようだ。二人とも明るく笑い、それは現世に戻る前の最後の談笑となった。
「……健、俺はもう死んだけどお前の心の中で生きてる。だから、大丈夫だ。必ず、みんなを悪いヤツらから守ってくれよ」
「うん!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
健の魂が『三途の川』まで行っていた頃、市村が倒れた彼に代わってファンタスマゴリアと戦っていた。
「ンフフフフフ……さあて、ゴキブリが一匹死んだ。次はお前だ!」
「ぎゃああああああっ!?」
念動力によって市村は吹き飛ばされ、頭から地面に落下。うめきながらも立ち上がって銃を構える。
「もはやそれほど待ってはおられん。さっさと死ねえ!」
「ッ!!」
勝ち誇った顔で杖をかざすファンタスマゴリア。だがそのとき、足下に何者かが掴みかかった。――健だ。たった今意識を取り戻し、『三途の川』より戻ってきたのだ。当然ファンタスマゴリアはうろたえる。
「き、貴様! 離せ、離さんかぁ!」
「くっ!」
ファンタスマゴリアは健を振りほどいて床に転がす。だが健は立ち上がりエーテルセイバーを両手で持つ。しっかりと握りしめ、鋭い目でファンタスマゴリアを睨む。
「東條はん!」
「健、生きていたのか!」
死んだと思われた健が生きていた。険しく、暗かった二人の顔に光が宿る。杖を構え、ファンタスマゴリアは「き、貴様ァ〜〜殺したはずだぞ! なぜ生きている!?」と驚く。
「言ったよな……何度でも立ち上がるって! アルヴィーを取り戻すまでは絶対にあきらめないってね!!」
「ちぃッ!」
ファンタスマゴリアは斬りかかってきた健の攻撃を杖で弾こうとするも、叩っ斬られて杖が真っ二つに折れてしまった。驚く間もなく健は斬りかかる。だが効かなかった。
「何度いえばわかるのだ、無駄だと言っただろうが!」
「無駄なことなんかない!」
「黙れ虫ケラがぁ!!」
「うわあっ!!」
左腕で健を薙ぎ払うファンタスマゴリア。健は盾で攻撃を弾くもよろめいてしまう。
「お前らなんかには負けない! 絶対に勝つ! 負 け て、たまるかああああああああ!!」
雄叫びを上げ、左腕にはめたセーフティブレスに力をこめて健は突進。
「リベンジャーナックル!!」
「ぐぬうううううううゥゥゥッ!?」
そして、ファンタスマゴリアへ全身全霊をこめて青と黄色のオーラをまとった左手でストレートに胸を殴った。悶えながらファンタスマゴリアは地面を滑り壁へ衝突。辺りに煙が漂い始める。
「やった! やりおった!!」
「今度こそ、遂に!」
これで健はファンタスマゴリアに一矢報いた。だが――。
「ファハハハハハ……」
ファンタスマゴリアは生きていた。落胆する一同だったが、しかし、彼の胸元には健に殴られた痕が痛々しく残っている――。
「ば、バカめ。そんな攻撃、私には蚊ほども効か……ッ!?」
そのとき、ファンタスマゴリアの体に更なる異変が起きた。突如として全身に激痛が走り、火花を散らしながらもがく。
「あ、あおおおおっ! う、うおああああああああ!! んぐおおおおぉーーーー!?」
「な、なんや? あいつしんどそうやぞ」
「いったい何が起きてるんだ!?」
「あおおおおおおオオオッ!! ど、どういうことだアーッ!? ま、まさか、『白き光』が私を拒絶しているとでもいうのかァァァァ〜〜〜〜ッ!?」
『白き光』がファンタスマゴリアを拒絶した? ということは『白き光』には意志があるとでもいうのか? などと健たちが疑問に思っていると、『白き光』がファンタスマゴリアの体から飛び出して天井高く浮かび上がる。太陽のように『白き光』が輝く下で、ファンタスマゴリアの姿は元に戻ってしまった。
「ば、バカな。なぜだ、私の切り札だぞ!? 私の……」
「ぁ……」
ファンタスマゴリアがうろたえている傍ら、健たちは目を見張っていた。
「……!?」
そして、とても信じられないことが起きた。『白き光』が勢いよくアルヴィーに向かっていき彼女の体内へと入っていったのだ。目を見開くほどの激痛が身体中にしびれるようにほとばしり、アルヴィーの頭の中に伝承の時代の風景が流れていく。
かつて黄金龍から試練を受け『帝王の剣』を手に入れた戦士、その戦士が世にはびこる邪悪な怪物どもを討伐し英雄となってやがては自分の王国を築いていくさま。そして――栄光を手にした英雄は堕落していき黄金龍と刺し違えてその生涯を終えた。黄金龍も滅んでは――いなかった。その体は力を失い、鱗はまばゆい黄金色から雪のような白へと変わった。つまりは――。
「……うおおおおおお!!」
磔にされていたアルヴィーだが、凄まじいパワーを発揮して縛っていた鎖を引きちぎった。『白き光』が体に宿った影響か白銀色の髪が黄金色に輝き出して瞳は赤から碧色へと変わっており――神々しさすら感じられる。その姿たるやまるで神のごとき、いや、神そのものだ。
「な、なんだ!? いったいどうなっているのだ、白龍の姿が……!!」
「あ……アルヴィー!? どうしちゃったんだよ!!」
「か、感じる……えらいごっついオーラを! 近寄れへんぐらいすんごいオーラをのぉ!! やばいで、これはやばいでぇ!!」
「すべて思い出したぞ……私は、私は! うううおおおおおおおおおおおおおおォォォォッ!!」
アルヴィーから放たれているまばゆいほどの黄金の輝き。他の者が大いに驚き叫んでいる中で、アルヴィーは咆哮を上げる。同時に黄金色の神聖なオーラが立ち上り、教会の天井を吹き飛ばして天を衝く。黄金色に染まったアルヴィーは、その姿を本来の姿へと変えて天へ舞い上がる。だがいつもと同じ白い体ではなく――まばゆい黄金一色だった。雷鳴がとどろき、空に暗雲が立ち込めていく――周囲が暗ければ暗いほど、黄金の輝きはより目立つものとなる。
「な、なんですの……!? あれはアルヴィーさんなの!?」
「あれは、伝説の黄金龍!? まさかシロちゃんがそうだったとはね……」
教会が吹っ飛んだことにより周囲には瓦礫の山が築き上がっていた。まり子がバリアーを張ったため、二人とも衝撃波で吹っ飛ばされずに済んだ。やはり二人も相当驚いており、アルヴィーが黄金龍だったことを信じられない様子だった。
黄金龍は、伝説上の存在ではない。最初から実在していたのだ。そう、最初から――。