EPISODE240:パートナーのために
「そうだ健くん、おなか空いてない?」
「え? そういえば今……何時だっけ」
みゆきからそう訊ねられた健は携帯電話を開き現在の時刻を確認する。十二時前だ、そろそろ腹が減ってきても何もおかしくない時間帯である。
「そっか。もうお昼なんだね」
「あたし、怒ったらおなか空いちゃって」
「僕もスカッとしたからおなかペコペコだ!」
「じゃ、どっか食べに行く?」
「うん、そうしようそうしよう!!」
昼食をとる場所を探して、健とみゆきは二人一緒に歩き回る。約十分が経ち、駅前の広場で『いちむら』と書かれたのれんを掲げた移動屋台を見かける。その屋台を指差して健は、「あそこで食べようぜ!」とみゆきに呼びかける。みゆきは首を縦に振った。
「まいど! ぎょーさん買うてってな〜……って、東條はんとみゆきちゃんやん!!」
「あの、市村さん。こないだは迷惑かけてすみませんでした」
健がこの前取り乱したことを市村に謝る。突然の来客に戸惑う市村だったが、「すっかり元気にならはったみたいやね。わしも急に殴ったりして、堪忍な」と彼もこの前健をぶん殴ったことを謝罪した。
四百円払って二パック購入すると、健はそれを食べながら市村と話し合うことにした。
「……ほんで覚悟は決まったんか?」
「はい。なんなら今すぐにだって行きますよ」
意気込んだ様子で健が市村の問いに答える。
「おー、ヤル気やなー! ええこっちゃ、気に入った! 姐さん救出のためや、わしも一肌脱がんとな」
「ありがとうございます!」
「こっちかてライバルが困っとる姿は見とうないからな!」
たこ焼きを食べながら市村と手を組み合う健。「もう何度目かわからんけど、一時休戦と行きまひょ」と、市村は陽気に語る。
「市村さん……ひょっとして、ホントは健くんと友達になりたいんじゃない?」
「あ、アホか! こ、こいつとは友達やあらへん! ちゅうかなんでそう思った!?」
「いやー、なんか仲良さそうですしー」
「あんなぁみゆきちゃん……それとこれとは話がちゃいまんねん」
本当は友達だと思っているのでは? ――と、みゆきから問われた市村はいかにもな身振り手振りで否定。だが見え見えだった。健とみゆきは思わず吹き出して笑った。それを隠そうと市村はわざとらしい笑い声を上げた。
「さて、メシも食えたとこで早速行ってみるか?」
「もちろんです! これ以上アルヴィーを放ってちゃいられないですから」
「そんで、姐さんどこに捕まっとるん?」
「高天原です」
目を丸くした市村が、「高天原ァ!? め……めっちゃ遠いやんけええええええェ!?」
「どないして高天原まで行くねん! 影から異次元ワープしたって間に合わへんがな!!」
「それよりもっと安全で、快適な方法があるのよね」
「そうです、風のオーブの力を使えばひとっとびだ!」
「へ?」
市村が間抜けな顔を浮かべる。
「風のオーブって、この前手に入れた緑のやつやった?」
「そう、これです」
「おー、べっぴんやな。こいつでこの前、風起こしたりしとったわけか」
健は懐から緑色に輝く風のオーブを取り出して市村に見せる。不思議がりながら覗き込んで、市村は「売ったらいくらになりますやろ? あ、うそうそ……」とジョークを呟く。健とみゆきは少し引いた。
「と、とにかく……これで瞬間移動できますから」
「手ぇ合わせてくれってか? ほなそうしよか」
長剣エーテルセイバーに風のオーブをはめた健。彼の周囲に強風が吹き荒れて、市村とみゆきの体は吹き飛ばされそうになった。
「す、すみません。それじゃ改めて……」
「お……おう!」
改めて手を合わせる健と市村。「行くからには、姐さんを必ず助けなあかんで!」「はいっ!」「この場に刑事のおっちゃんおらんのが残念やけどな!」「でも頑張りましょう!!」と互いに意識を高めあうと、高天原に飛べ――と健は念じる。そして一瞬でその場から姿を消した。
「健くん、市村さん! 必ずアルヴィーさんを助け出してね……」
手を合わせてみゆきが天に祈る。そこに地面の隙間からまり子が現れ、「みゆきさーん! お兄ちゃんは?」とみゆきに声をかける。なぜか着物姿だ。明らかにサイズがあっておらず引きずっていてあざとく見えるが、大人の姿になることも踏まえて考えればそれでいい。
「まり子ちゃん! 健くんなら、市村さんと高天原に行ったけど」
「……わたしも行くわ」
「え?」
「忘れた? わたしだって戦えるのよ。友達の友達が頑張ってるのにわたしだけ行かないなんて、そんなのおかしいでしょ?」
「それはそうだけど……」
「何も心配しなくていい。必ず連れ戻してくるから……わたしを、いや、みんなを信じて」
言葉に詰まって複雑な気持ちを抱くみゆきにそう告げて、まり子も健と市村のあとを追って高天原へと向かう。
「……みんなの無事を祈らなきゃ!」
家に帰って、改めてみゆきは全員の無事を祈った。
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――場所は変わって、高天原の町外れの森にある教会。その中ではクラーク碓氷が椅子に腰かけ磔にしたアルヴィーを眺めながら頬杖を突いていた。
「あれだけいたぶってあれだけしゃぶってやったのに、私には屈さぬというのか。しぶとい、実にしぶといな」
「誰が……お前などに……」
捕まってからこの一週間、クラークから拷問を受け続けたアルヴィーは服も体もボロボロだ。
「ンフフフフフ! 何度も言わせるな、今のお前には何もできん。せいぜい股を広げて媚でも売っていろ!」
「貴様こそ……健たちを、人間をなめるな」
「フンッ!」
いつまで経っても自分に屈しないアルヴィーを見て歯ぎしりしたクラークは、鼻息を鳴らしてそっぽを向く。――刹那、外から慌てた様子で何者が駆け込んできた。そいつは蛇を彷彿させる怪人で、背中から蛇の頭の形をしたアームを生やしていた。姿勢は曲がっていて体は細く、顔はギョロ目で口にはキバを生やしていてやや不気味だ。
「ニョロローーン!! ファンタスマゴリア様ァ、大変でごぜーますぅ!!」
「どうしたヘビーロープ、報告せよ!」
「はい、先日偵察に行きましたが例の機械仕掛けのバケモノを発見して引き返してきましたニョロー!」
「なにィ! またあのバケモノか、我らの邪魔ばかりしおって!!」
ヘビーロープと呼ばれた怪人が甲高い声でクラークに報告する。機械仕掛けのバケモノとは無論、健を執拗に追いかけ回していたファイゴーレムのことである。クラークは何度か斥候を送り込むつもりでいたが、そのたびにファイゴーレムが出現したことによりそれを阻まれてしまっていた。あのファイゴーレムは冷徹なだけではなく、人間にとっても、シェイドにとっても非常に迷惑な存在なのだ。
「そ、そして先ほど……東條健が市村正史や『女王』糸居まり子とともに高天原に乗り込んできたとの情報が入りましたあーッ!!」
「なぬ!? やつら、ここを嗅ぎ付けたというのか!?」
健たちが来たのか? 沈んでいたアルヴィーが表情を変えて顔を上げる。
「ええい、ヘビーロープ! ザコどもを連れて小僧どもを叩き潰せぃ!」
クラークが杖で地面を突いて鳴らすと柱や燭台の隙間や影からグラスケルトンやクリーパーが出現。そのままヘビーロープへ従属していく。
「貴様らが全員死のうがかまわん! さあ行けいッ!!」
「ニョロロオオオォーーーーン!!」
舌を巻きながらヘビーロープは手下を引き連れて教会から飛び出し、町へと赴いた。全員行ったかと思いきや、ひとりだけ気合いを入れているグラスケルトンが残った。
「バカモン! お前も行け!!」
「グララァ〜〜ッ」
行き遅れたグラスケルトンを杖で叩いて行かせると、クラークは唸った。
「ヘビーロープは我が配下でも最強の戦士! やつらなど屁ではない。どうやら、白き光を使うまでも無さそうだなァ!」
怒ったり笑ったりして忙しいクラークの横で、アルヴィーの目には光が戻っていた。
(……健、みんな……早く来てくれ)
――かくして、アルヴィーを救うための戦いが幕を開けようとしていた。