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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第12章 東條健は許されない
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EPISODE239:迷いは雨に濡れて


 ――翌朝の京都。昨夜はあれだけの豪雨に見舞われたにも関わらず、清々しいくらいに晴れ渡っていた。ただし予報によれば、午後からは雷を伴うにわか雨が降るそうである。


「ねぇ、健お兄ちゃん……シロちゃん助けに行かないの? このままじゃファンタスマゴリアのやつに何されるか……」

「……」


 心配そうな顔でまり子が健に呼びかけるが、健は虚ろな表情で窓を向いたまま振り向かない。アルヴィーがさらわれてからこれまで、表面上は騙し騙しいつも通りに明るく振る舞ってきたがそれも限界に達して心に穴が開いてしまったのか。


「無視しないで聞いてよ」

「……おとといからずっとそう言ってるよね……」


 無気力に呟く健。ようやく振り向いたかと思えば顔を剣呑にして、


「もう戦うのはイヤだって言ってるだろ!? 何度も言わせないでくれよ! それに今の僕じゃアルヴィーに顔向けなんかできない!!」

「でも、わたしたちが行かなかったら誰が助けに行くの!?」

「うるさいんだよ、この化け蜘蛛ッ!!」


 ――身勝手な怒りに任せて、彼はまり子の顔をはたいた。母がそうしなかったから自分もそれを貫いてきたのに、手を上げてしまった。


「なにするの……?」

「! ……ご、ごめん……言いすぎた」


 何をしているのだ。母や姉が苛立ちから自分に手を上げたことなどあったか? なじったことなどあったか? ――なんと愚かなことをしてしまったのだろう。健は、自分がとった行動に受けたショックから引き下がる。悲しげな顔で。


「ちょっと、頭冷やしてくる……」


 これ以上場の雰囲気を悪くしてはいけない。ぎこちない笑顔で自分の気持ちをごまかしてまり子に一言断って外に出ようとする。


「何時ごろに帰ってくるの?」

「二時過ぎには戻るかな」

「雨降るかもしれないから、気をつけて」

「あ、ああ……」


 傘を持って健はアパートを出た。悔しさがにじみ出た顔でうつむくと、「……バカ、何やってんだよ……なんでまり子にあんなことを!」と自分を責めた。あそこから逃げたのだ、まり子を罵ってぶった挙句、言い訳までして。そんな自分を許せるはずがない。


「健さん、あのままじゃダメになっちゃう。早くなんとかしなきゃ……」


 まり子も健が見ていないところで表情を曇らせてそんなことを思い始めていた。せんべいを一枚かじって、「誰に相談したらいいかな……」



 自分が住んでいる駅前のアパートを出て、健は沈んだ表情のまま行くあてもなく街の中を歩く。太陽の下でただ無気力に、心に大きく穴が開いたまま。開いた穴はいくらものを食べても、いくら金を注ぎ込んでも塞がらない。塞げるのは気持ちだけ。塞ぐだけならそれが優しさだろうと、ぶつけられた憎しみだろうと、沸き上がった怒りや悲しみだろうと――関係ない。


「……!? く、来るな……来るな!」


 歩いている途中、綺麗に磨かれたビルの窓ガラスにあの機械仕掛けの化け物の姿が映る。それだけではない、あの金属音が混じった特徴的な足音も聴こえてきた――。恐怖を感じた健はすくみ上がって、ただうろたえ続ける。


「こっちに来るな!! 寄るな!! 僕に近付くなぁっ!!」


 ――わめくだけわめいてようやく気付く。奴が来たのではなく、ただの幻覚と幻聴だったと。その姿は端から見ればひとりでに騒いでいるようにしか見えないため、周りからはやや白い目で見られていた。己を恥じて、健はその場から走り去る。

 あてもなく街をさまようことを続けて、ちょくちょく訪れているアサガオ公園とはまた違う広々とした公園に辿り着く。青々とした丘で子どもたちが気ままに遊び、またはどっかりと寝転んで青空を見上げていた。親や兄弟・親戚、または友達とふれ合う姿は微笑ましく、暖かい。


「ハハッ、みんな楽しそう。僕も、小さいときはあんな感じだったな」


 懐かしさを覚えたか、ふと健は自分が幼い頃の光景を思い出す。



 ――くらえーっ! 稲妻大回転キーック!!――


 ――ぬおーーーーうッ!! や、やられたァ!!――


 ――明雄さーん、タケちゃーん、頑張れーっ。なるべくケガせんようにな〜――


 ――またヒーローごっこ? もう、健もお父さんも子どもやなあ――


 ――そういうあんたも、私から見たら子どもなんやで〜――


 ――むーっ――


 父親である明雄とは彼の仕事の都合からなかなか遊んでもらえなかったが、その分休日は家の中と外を問わず思いっきり遊んだ。姉も母も巻き込んで、家族みんなで一緒に。キャッチボールにヒーローごっこ、バドミントンにフリスビー……いろんな遊びをしたがどれも楽しかった。

 家族でドライブに行ったことも多かった。わがままを言い過ぎて怒られたことも決して少なくなかったが、健はそんな父親が大好きだった。どんなに辛いことがあっても気丈な父の姿を見ていたら頑張れた。だがある日――別れのときが訪れた。


 ――お父さん、話ってなに?――


 ――健、さっきも言ったけど父さんはひょっとしたらもう二度と家に帰ってこれないかもしれない。そのくらい大事な仕事でさ、父さん……自分の命を懸けるつもりだ――


 ――えっ……そんな、なんで? イヤや! お父さん、いなくならんといて!――


 ――いいか健、この先どんなに辛いことがあっても泣くんじゃないぞ。もし俺がいなくなったら、家にいる男は健ひとりだ。そのときは、健がこの家と綾子と……母さんを守ってくれ――


 ――お父さん……――


 ――よし、泣き止んだな。えらいぞっ!――


 父が凄腕のエスパーだったことなど当時の健は――いや、彼だけでなく姉の綾子も母のさとみも知らなかった。明雄が家族に自分の正体を知らせなかったのは家族を危険に巻き込まないためだった。そう、愛する家族を邪悪なシェイドや闇に取り込まれ心を蝕まれたエスパーから守るために。――なぜ知らせてくれなかったのだろう? 知らせてくれていたら、力になっていたのに。


 ――じゃあな。父さんはそろそろ行くよ。健……母さんと綾子のこと、頼んだぞ――


 ――うん!――



「……父さん……」


 最後の戦いに赴く前に父が残した言葉を励みに健は精一杯頑張ってきた。荒れそうになったときもあったが、母や姉に支えられながらずっと辛抱した。


(父さん……こういうとき、父さんならどうしてた? 辛いときはどうしてたの? 僕はもう何をしたらいいか……)


 自分に大切なことを教えてくれた父に思いを馳せながら、健は公園の中を歩いていく。ただ歩くだけでは答えは見つからない。己が進むべき道にも陰りが見えている――。


「わっ! 聞いてないぞっ!!」


 ――天気予報が外れた。午後に降るはずのにわか雨が急に降りだしたのだ。叩きつけるような雨の中、傘を差して健は走る。雨宿り出来そうな場所を探して。


「ひえ〜っ……あっ!」


 公園から広場へ出て、健はこの大雨の中でベンチに腰かけている女性の姿を発見。膝丈まで流れている白銀色の髪に透き通るような肌に、そして豊満な胸――間違いない、アルヴィーだ。


「アルヴィー……?」

「……健」

「なにしてるんだよ、風邪引いちゃう……ぞ……?」


 ――いや、待て。アルヴィーはファンタスマゴリアにさらわれたはずだ。その彼女がなぜここに? ――そう、健が見たアルヴィーの姿は幻だ。心のどこかで彼女に会いたいと思ったことから幻覚を見てしまったのだろう。


「なんだ、幻だったか……」


 ため息を吐いてから再び歩き出した健に、「健くん!」と聞き覚えのある少女の声がかかる。振り替えるとそこにいたのはみゆきだ。


「みゆき? なんで、ここに?」

「まり子ちゃんがテレパシーで知らせてくれたの」


 戸惑う健の疑問にみゆきはそう答える。それで彼女は健を探していたのだとか。


「や、やめろよ。やめてくれ……僕に近寄らないでくれ」

「ちょっと健くん、何言ってるの」

「寄るなって言ってるだろおっ!!」


 自分には誰も守れない。それどころか傷つけてしまうばかりだ。強烈な不安と恐怖心に駆られて、著しく怯えた健はみゆきから遠ざかろうとする。


「健くん!」

「うぅっ……く、来るなよ……来るなよぉっ!!」

「健くんってば!」

「僕は臆病者だ! 近くにいる人を守ることも出来やしない! 戦いに……戦いに巻き込んで、き……傷付けてしまうだけだっ!!」

「でもあなた、戦士エスパーなんでしょ? そんなこと言ってていいの!?」


 シェイドに脅かされている人々を守るために戦う戦士がそんなことを言っている場合か? そう言われて健は唇を噛みしめ、「うるさい……うるさい!!」


「君は、戦ったことがないからそんなことが言えるんだ! 平和なんかじゃない非日常の世界で戦うのがどれだけ辛くて、どれだけ苦しくて、どれだけ悲しいのか君にわかるのか!? 自分が普通じゃなくなっていく辛さを感じられるのか!? 君に僕の気持ちなんて、……わかりやしないッ!!」


 声を震わせて健が叫ぶ。すわった目と悲しみと怒りが入り交じった複雑な表情がその心中を物語っていた。みゆきは心中を吐露した健を見て驚いたが、直後憤って――。



「意気地無しッ!!」

「うううっ!?」


 思いっきり健の頬をはたいた。はたかれた衝撃で傘を手放し、健は降りしきる雨の中に倒れる。


「何縮こまってんのよ。アルヴィーさんがいなきゃ何にもできないの!? 違うでしょ……あなたはそんな弱虫じゃなかった! いつもわたしたちに笑顔を見せてくれてたじゃない!」

「違う、僕はヒーローじゃない! 本当の僕はあんなにヘラヘラしてない! ただの怖がりだ!」

「あの笑顔は全部嘘だったっていうの!? ふざけないでよ!! 早く元に戻ってよ、いつも笑っていた健くんに! 明るくて優しかった健くんに!!」


 みゆきによる必死の呼びかけが、雨の中で響き渡る。どんより曇っていた健の心にも、一筋の光明が差し込んだ。


「……」

「……それにわたし、守ってくれなんて言ってないからね」

「え?」

「わたしのことはいい。自分で自分を守ってみる。だから……あなたは戦いに専念して。みんなを守って。努力はしてみるから」

「……みゆき……」


 みゆきの決意と思いを聞いた健は一瞬顔を曇らせて背けたが、そんな場合じゃないと思い直して……立ち上がった。雨も次第に止んできた。


「みゆき。僕、目が覚めたよ。いつまでもくよくよしちゃいられないって……自分がバカらしく思えてきた」

「健くん……」

「僕もやってみるよ。力の限り……そして、アルヴィーを救い出す!!」


 空が晴れて光が差し込んでいる中で健も新しく決意を固めた。気持ちの切り替えがこうも早いとは、やはり彼はただ者ではない。ニッと笑い力強く叫んだ健を見て、みゆきは「笑った。いつもの健くんだ!」と、大いに喜ぶ。


「みゆき、本当にありがとう!」

「いいの。わたしも健くんに怒った甲斐があったわ」

「それはちょっと……違わないかな」

「なによーっ」


 うってかわって楽しそうにしゃべりながら二人は歩いていく。陰からこっそりと行く末を見守っているものに気付かずに。


「フフッ、よかったよかった♪」


 


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