EPISODE22:憤怒する雷光
今回予告!
バイト、シェイド退治、そしてダラダラ……。健の毎日はゆるーいようで実は大変である。
公園でみゆきやアルヴィーに応援してもらいながらトレーニングをしていると、
突然怒り狂った不破が現れ、そのまま襲い掛かってきた!?
「ふむ……」
所長室のデスクの上で、浪岡が部下の青山から提出された書類を読み上げていた。先日、銀行強盗を装いデータを回収するための戦闘を行った際のできごとが記されてある。
「いいところまで行ったが例の上級シェイドに乱入され形勢逆転、完膚なきまでに叩きのめされ逃げざるを得なかった……か。緑川の報告と少し違う点があったが、どちらが正しいのだ?」
書類を読み終えると、浪岡は青山がいる方を向いてデスクの上に報告書を置く。
「答えろ、青山。返答次第によってはここで貴様を切り捨てることも考えてあるぞ?」
浪岡の右手の人差し指の先に火が灯る。おびえて震えだした青山を、緑川は鼻で嘲笑っていた。
「す、すみません、赤木を見捨てて逃げました」
正直に頭を下げると、浪岡の指先でくすぶっていた火が消えた。
「よろしい。まあ、赤木は死ぬ前に、気でも狂ったのか自首しようとしたらしいからなあ」
ほくそ笑む浪岡。何の事か分からない青山がキョロキョロしていると、緑川から銃を突きつけられた。
「やつに自首されて情報を漏洩されては困るからな。私が赤木を始末したんだ。で、どうするんだ。またお得意のとんずらをかますつもりじゃないだろうな? どうなんだ、青山」
「ま、まさか。今度は必ず仕留めて見せますよ……見ててくださいよ、僕の活躍をね」
煽られる形で青山は出撃、緑川も例の戦闘データを採取するツールを持って後追いするように出撃した。
■■■■
「オレ傘持ってきてねぇぞ……ついてねー」
その頃、関東地方では朝から一日中大雨が降っていた。それも、雷を伴うものだ。仕方ないので、不破は皆が傘を差したり合羽を着て歩いている中を、ひとりそのままの格好で歩いていた。このままではずぶ濡れ、どこかで雨宿りしたい。たまたま道端にあったコンビニへ入り、休憩がてら雨をやり過ごす。
「肉まんくださーい。あ、このビニール傘も」
ATMから金を引き出し、傘と肉まんを買う。このぐらいははした金だ、貯蓄はまだまだある。なにせ、最低でも一生食っていける分はたまっているのだから。軒下で肉まんを頬張り、一息つくと不破は駐輪場へ。バイクを起動し、激しい雨の中を突っ切る。
――いつもこうだ。不破は雨を呼んでしまいがちな体質、いわゆる雨男だ。どういうわけでこうなってしまったかは分からないが。もちろん不破は、自身がその『雨男』である事をよくは思っていない。
晴れ男に生まれ変わるべく、密かに改善策を模索しているのだ。これまでにもいろいろ試してきた。しかし、いずれも上手くいったためしがない。雨の国道を走り、不破は東京をあとにする。彼が目指しているのは、大久保の研究センター。その次に健が住んでいる京都だ。しかし、どちらも、とくに後者はとんでもない時間がかかる。まずは1つめの目的地、大久保生体研究センターへ。バイクを駐輪場へ停め、研究所の中へと入ってゆく。
「教授、浪岡の居場所は突き止められましたか?」
「勝手口から来たな……。私は今忙しいんだ。悪いが、用事ならあとにしてくれないかね」
大久保のデスクには論文用の紙がびっしりと散乱していた。現在彼が書いているのはシェイドの生態に関する論文だ。専門の知識が分からない用語が所狭しと羅列されており、ひと目見ただけでも頭が混乱しそうである。
「一刻も早く、ヤツのアジトを突き止めたいんです。そして仇をとりたいんです。ですから、そんなわけの分からないものは後回しにしてください。お願いします!」
必死に懇願する不破。だが、肝心な時に限って教授は調べてくれない。嗚呼、なんてわずらわしいのだろう。
「黙れ! 世界は君の都合のいいように出来てはいない!」
焦燥感が全身に走る不破に追い討ちをかけるように、大久保は憤る。大久保の眉間にシワが寄っていた。普段からあまり人相がいいとは言えない彼の顔が、余計に悪く、怖くなっていた。
「それにデータも不十分! 私の研究には、シェイドの細胞が必要不可欠なのだ。何度も言っているだろう。ひとかけらでも良い、必ず回収してきてくれたまえよ。……それと、もうひとつ」
「今度は何です?」
不破の拳がぷるぷると震えていた。理不尽な仕打ちに、よほど納得がいかないのか?
「いつまで君は、そのくだらないプライドにこだわり続けるのかね?」
「ですが、だからといってプライドを捨てたら終わりです!」
「実にくだらない! 君のそのプライドが、自分が東條健に追い抜かれつつある事を認めていないのだ。君は強くなりたいんだったな?」
怒り心頭で、口も聞きたくなかった不破は無言で頷く。大久保がそんな彼を嘲笑するように、
「本当は分かっているのではないかね? 自分の弱さを受け入れ、バネにしなければ強くなれないということを」
「うおああああああああああああああああああぁぁッ!!」
叫び声を上げながら不破は研究室を飛び出していった。とにかく目に付いた物に当たりながら、駐輪場へと向かって歩いていく。
「全部東條のせいだ……。あの疫病神め! ブッ殺してやる!!」
◆◆◆◆
一方、京都では――。健とアルヴィーが公園で特訓をしていた。
「ボサッとしない! そんなんではカール・ルイスやベン・ジョンソンには追いつけぬぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あ、あと、……な、何周させる気!?」
息を荒げながら走る健。そんな彼を、サンバイザーに半袖半ズボン姿のアルヴィーがメガホン片手に叱咤激励している。ベンチには、応援としてみゆきが来ていた。
「がんばれー、健く~ん!」
マラソンなど不得意な健にとっては地獄だった。頭がパーンと破裂してしまいそうだ。いつも頼りにしているアルヴィーはこちらのやる気を無駄に煽ってくる。よって、今のこの状況ではみゆきの応援だけが救いなのだ。
「応援ありがとーっ!」
走れ、健。そう、これも強くなるための特訓である。弱音をグダグダと吐いている場合ではないのだ。
「あと3分だ。そのまま振り切れ!」
言われずとも分かっている。健は最後の力を振り絞り、公園の敷地を爆走する。すべては早いとこ終わらせて、このランニングという名の地獄から這い上がるために。
「振り切るぜ!」
疾走。
とにかく疾走。
何が何でも疾走。
念願叶い、遂に残り3分間を走りきった。振り切ったのだ、ランニング地獄の呪縛を。
「や、やったぜ。ぜ、絶望が俺のゴールだ」
安心も束の間。全力を出し切った反動か、健は地べたへ這いつくばった。黄色い声を上げながら、みゆきとアルヴィーが健に駆け寄る。が、こんなこともあろうかとみゆきが用意していたペットボトルの水を飲ませると、健は復活。
「よく走ったの。えらいぞ、健!」
「健くん、お疲れ様! あとでどっか食べにいこ☆」
ねぎらいの言葉に笑顔で返す健。その顔は、喜色満面。やり遂げた喜びと、応援してもらった嬉しさがあわさってひとつになっているのだろう。肩を担いでもらい、ベンチで休憩を取る。
ランニング20分のあとは、何気ない世間話をはじめた。シェイドとの戦いがぶっちゃけ辛いだとか、お金のやりくりが大変だとか、本当に他愛もない、ありふれた話だ。いつもシェイドと戦っている若き戦士も、この時はどこにでもいる今時の若者だった。人の姿に化身した白龍も、ファミレスのバイトも。そんな3人が談話を楽しんでいる中――、黒いバイクにまたがった男が乱入。その男の背中には、長槍とバックラーがあった。
「ふ、不破さん? ど、どうしたんですか? そんな怖い顔して……」
「……東條健ぅぅぅぅぅぅぅッ!!」
雄叫びを上げ、ランスを振り回しながら不破が襲いかかって来る。四方八方から繰り出される突きをかわし、健が、
「みゆき、ここは逃げて! あとは僕とアルヴィーで何とかする!」
そうみゆきへ促し、この場から逃がす。自分に罵声を浴びせながら暴れる不破を押さえようと、健が懐に飛び込んでなで斬りを浴びせた。一瞬膝を突かせるが、すぐに不破は立ち上がりつばぜり合いに持ち込む。
「お前が気に入らない……まぐれでエスパーになったくせに!」
健が不破のランスを弾き、再び斬りあいへ。
「さぞご満悦だろうな、常人を遥かに上回るパワーを振りかざせて! クソがッ!」
脇腹をランスがかする。健を昏倒させ、その首根っこを左手でつかんで宙へと持ち上げる。その左手には、嫉妬に狂う不破の健への憎悪がこめられていた。ぎゅっと健の首を握り、悶えさせる。
「ち、違う。力を振りかざしてなんかいない……ッ、僕はただ、みんなを守るために……」
「図に乗るな、クズ野郎があ!!」
空中へ健を放り投げ、不破はその歪んだ嫉妬心を健へと思う存分ぶつける。地面へ叩きつけ、無理矢理起こしてかかとを落としそのまま蹴っ飛ばす。
「ケッ、何がみんなを守りたいだ。いきなりすげえ力を手に入れて、調子に乗ってヒーロー気取ってるだけじゃねえのか? 善人ヅラしやがって……!!」
――お前が火を点けた。オレが心の中に抱えていた爆弾に。それが今、爆発した。
エゴか、正論か。嫉妬に狂う不破の怒りの矛先が健の体と精神へと向けられ、痛めつける。公開処刑とばかりに健をいたぶる不破の姿を見て、いても立ってもいられなくなったアルヴィーが駆け寄る。
「失礼」
「あぐぅ!?」
不破の右頬に鉄拳が炸裂。
「何しやがr……ぐふぉっ!?」
いきり立ったところに、左頬へ更に一発。
「に、二度もぶった……」
アルヴィーには不破の行為が許せなかった。どうせ男同士の喧嘩だし、放っておけば殴り合いの末に仲直りする。最初の方こそそう思っていたのだが、現状は相手のほうから一方的に言いがかりをつけ、殴りに来ている――。云わば、リンチだった。
「すまぬ、私の主が張り倒されているのが放っておけなくてな。話は聞かせてもらった。確かにお主の言い分の方が正しいかもしれん。だが、健にも言い分はある」
気を失った健の前に、アルヴィーが立ちはだかった。真剣な目つきだ。反論しようとした不破を、その鋭い瞳でひと睨みしただけで黙らせた。
「健は己の弱さを知っておる。そして向き合っている。だからこそ少しでも強くなりたいと、心から望んでおる。己の弱さを認めぬお主と違ってな」
「目先のものしか見ないこいつがか!?」
「お主は何も分かっていない。お主が今の状態から強くなれないのは、自分と真剣に向き合っておらぬからだ。一度、自らを省みればどうだ」
しかし、あくまでもアルヴィーは不破を諭そうとする。
「バカも休み休み言えよ。分かってないのはあんたの方じゃねぇのか? バケモノのくせして、このクズとたった数週間付き添っただけで人間の女になった気でいやがってよォ!!」
怒りのままに罵倒を続ける不破に平手打ちが浴びせられた。腫れ上がった頬を押さえる不破の目から、涙が流れ出そうとしていた。
「この分からず屋! 目先のものしか見ておらぬのはお主だ。力を求めるあまり周りが見えておらぬ今のお主の方が、クズではないのか? 元来エスパーというのは、人々をシェイドの魔の手から守り抜くことが使命ではないのか!」
「黙れバケモノ! 人を襲う側のヤツが偉そうに!! オレに説教するなっ!!」
振り向きざまにアルヴィーが不破を叱咤する。涙目になっても、頭の硬い不破は相手が言った事を聞こうとはしない。
「滑稽だの。そういうお主は自分の為だけにしか力を使っておらぬではないか。そういうお主が人に難癖をつける方がおかしかろう」
「違う!恋人の復讐の為だ!」
「なら、その恋人は今のお主をどう思っておるんだ!」
天がこの争いを嘆いたか、雨が降り始めた。遂に反論が出来なくなった不破は、バイクに乗って逃げるように公園を去っていった。
「……やれやれ。健も言っておったが面倒なヤツだの」
倒れていた健を起こし、その肩を担ぐ。
「ひどい目に遭ったの。今日はゆっくり休めよ、健」