EPISODE237:戦いたくない!
「許サレザルモノ 皆、生キテイテハ ナラヌ」
「何をおかしいこと言うとる!」
Φゴーレムに対して市村が銃撃。火花を散らして後退していくΦゴーレムに近付きながら更にビームを撃ち込む。
「ダメだ市村さん! 今すぐ逃げなきゃ……!」
「アホぬかせ。逃げる必要なんかあらへん、要するにこいつを追っ払ったらええだけのハナシやろ!?」
健の忠告に耳を貸さず市村はなおもΦゴーレムにビームを撃ち続ける。おびえている健を守るためとはいえここまで恐れ知らずな男は、かえって愚かしいものだ。
「ググッ!」
「よっと!」
Φゴーレムの全身に張り巡らされたコードが触手のように伸び、市村に突き刺さらんと襲いかかる。横っ飛びして転がってやり過ごし、市村はΦゴーレムにビームを数発撃ち込む。
「東條はん、思慮深いのは結構ですわ! せやけどな、ここで臆病風吹かせて逃げたりしたら男が廃るってモンやろ?」
「いや……しかし!」
「あんたに倒せへんっちゅうんならこいつはわしが倒したる。ライバルに死なれたら困るさかいなぁ!」
怯んだΦゴーレムを前に威勢よく舌を回している間に市村はエネルギーを充填。銃口にエネルギーの光が収束していく。
「ダメだ市村さん、そいつには……!」
「四の五の言うな! よお見とけッ!!」
健の反対を押しきって市村は極大なビームを発射。立ち尽くすΦゴーレムに直撃して大爆発を起こした。
「市村さん……」
「へっ、どんなもんや」
自信たっぷりに笑う市村を見て冷や汗をかく健。そのとき――炎が燃え上がる中で市村が倒したはずのΦゴーレムが立ち上がる。
「リカバリー完了……引キ続キ ミッション ヲ 遂行スル」
「なんでや!? さっき倒したはずやのに!」
「ああもうッ! だから逃げようって言ったのに!」
「殺ス!」
自己修復を終えたΦゴーレムが目を光らせ、光線を放つ。焦燥している健と驚きを隠せない市村に放たれたそれは爆発を起こし二人を吹き飛ばす。
「「うわああああああああああああ!!」」
吹っ飛ばされて壁に衝突した二人の体が頭から地面に落ちる。痛がりつつも立ち上がって付近を見渡してみると、そこには全力で走って追いかけてきたΦゴーレムの姿があった。
「あんたの言う通りやった……」
「に、逃げましょう市村さん!」
唸り声を上げて二人を……いや、正確には健『だけ』を追いかけるΦゴーレム。ただ走るだけでなく剣に変形させた右腕から炸裂弾を放ちながら追ってきているため、立ち止まることはそのまま敵の圧倒的パワーで何度も打ちのめされて死ぬことを意味する。
「ウゴオオオオオォォ!」
「ッ!」
突如としてΦゴーレムは飛び上がり健に斬りかかる。健は剣を抜いて受け止め弾き返して反撃。突き飛ばして怯ませる。
「今のうちにどこか安全なところに隠れましょう!」
「わかった!」
身を隠せそうなところはどこだろうか。猶予は少しの間しかない。とっさに健はスナックの看板の裏に隠れ、市村はその対岸にあるゴミ箱の裏にしゃがんで隠れた。
(起き上がった!)
(出したらあかん、声出したらあかん……)
まもなくしてΦゴーレムが起き上がり、金属音が混じった足音を立てて周囲にターゲット――東條健が隠れていないか探す。二人はうまく隠れていたためΦゴーレムには見つからず、ここにはいないとそう勘違いしたΦゴーレムは「消エタカ」と一言呟く。
(通り過ぎたみたいやな。これでだいじょーぶ……?)
そのとき、市村の鼻に急に異変が起きる。
(あら……な、なんや……急にムズムズしてきよったぞ)「へっ、へっ……へっくしょーい!!」
そのくしゃみは突然に。唾と鼻水が市村の前に盛大に飛び散った。くしゃみを聞いた健は頭を抱えて、「もうダメだぁ……」とひどく落ち込んでいる様子だった。
「……ターゲット発見! ソコヲ動クナ」
Φゴーレムは市村をターゲットと見なし、左腕から電撃を放って市村を隠れていたゴミ箱ごと攻撃。爆発させ市村を吹っ飛ばすと市村に詰め寄る。追い詰められてもなおブロックバスターを両手に握って、市村は銃口をΦゴーレムに向けた。
「市村さん! 市村さーん!!」
市村を助けるべく看板の裏から健が飛び出す。Φゴーレムは既に市村を踏みつけて喉元に大振りの剣の切っ先を向けていた。
「うぐっ……」
Φゴーレムの眼に、目の前で銃を構えている市村のデータが映し出される。髪色や血液型、身長や体重に肉体の性質などの身体的特徴や性格などの精神的特徴、その戦闘スタイルなどが一目瞭然だ。
「チガウ。市村正史……オマエデハナイ」
「え……?」
ターゲットはお前ではないと、そう告げてΦゴーレムはタイルの隙間に溶けるようにして消えた。健も市村もともに険しい顔をしていたが、すぐ安堵の表情に変わった。殺されなくてよかった――と、共通の思いを抱いて。
「なるほどな、ターゲットしか狙わんちゅうことか」
「市村さん、無事で良かった……立てますか?」
Φゴーレムがどういう相手なのか悟った市村に健は手を差し伸べたが、彼は手を取らずに自力で立ち上がった。自分で立ち上がるのに人の力は借りないという意思の表れだ。
「しかしあのバケモン、ターゲット以外は殺さんちゅうことは結構ええヤツなんちゃうの? 顔はけったいやったけどよ」
「……それは違うッ!!」
「!?」
凄んだ顔で市村の言葉を全力で否定した健は、「今回はたまたま僕がターゲットだったからあなたが狙われなかっただけだ! あいつはターゲットを執拗にどこまでも追いかけた挙句その命を奪う冷酷な殺人マシーンなんだ! ヤツは心なんて持ってはいないッ!!」と必死に訴える。
「お願いです、もう僕に近づかないでください! 僕だけじゃなくて僕の周りの人々も狙われるかもしれない。家族も友達も仲間も失いたくないんだ! だから、もう関わらないでください!」
「死なせたくないから関わんなって、アホかお前は! 確かに気持ちはわかるけどな、いざひとりになってみぃ。お前ひとりだけでどうにかできんのか!?」
「! それは……」
「このどアホウが!」
不甲斐ない健の態度に憤った市村は、その激しい憤りを拳に乗せて――全力で健を殴った。健は地面に倒れ、その顔は殴られて赤くなった痕があって非常に痛々しい。
「人を守りたい守りたいって散々言うといて今度はそれか? これまで迷惑かけてきたくせに今度は自分に近付かんといてくれってか? お前には失望したわ! お前だけが怖い思いしてるんとちゃうんやぞ!!」
「そ、それは違います。僕はただ……」
イライラしながら市村がため息を吐く。もう顔も見たくないと思ったのか健に背を向けた。
「お前がこんなクソボケとは思わんかったわ。もうええわ、お前の好きにせぇ。そん代わりお前がどうなっても、わしゃあ一切責任取らんさかいな!!」
背を向けたまま冷たく健を突き放すと、市村はそこから去っていった。――それから突然に空が曇り雨がおびただしく降り注ぐ。雷も轟いていた。果てしない恐怖と仲間を失うかもしれない不安を抱えて健もその場から去っていく。
「ちょっと熱くなりすぎたかいなァ……あいつが立ち直ったら土下座せにゃあ足らへんやろうな」
傘を忘れた市村は雨に打たれながら、きつく言い過ぎた自分の頭を冷やしていた。優しい言葉をかけてやりたかったが、健の情けない姿を見ていると怒りが煮えたぎってきてそれどころではなくなってしまった。それを今から反省するのだ。
「反省や……」
◇◆◇◆
雨が降ることを想定していなかった健は激しく冷たい雨の中で打たれながら走っていた。
――このどアホウ!!――
――お前がこんなクソボケとは思わんかったわ。もうええわ、お前の好きにせぇ――
――もうええわ、好きにせぇ。そん代わりお前がどうなっても、わしゃあ一切責任取らんさかいな!!――
――白龍がついていない貴様など、その辺のガキと同じ! せいぜい家の隅でガタガタ震えていろ!!――
自分をなじった市村の言葉が脳裏で蘇る。それだけではない、アルヴィーをさらったファンタスマゴリアの言葉も――。
「嫌だ! これ以上、誰かを傷つけるぐらいなら! 死なせるぐらいなら! 大切な人を失うぐらいなら……」
走っている途中でつまずき、健は地面に這いつくばる。雨が降り注いでいるせいで水浸しだ。健の手と足――いや、体が冷たい雨水ですっかりびしょ濡れになっていく。まるで深い悲しみに包まれているかのように。
「もう……戦いたくないッ! 戦いたくなああああああああい!!」
雷が鳴り響き雨が降りしきるなかで、健の慟哭がむなしく響いた。