EPISODE236:蹴散らせ剣と銃
「グオーッ!」
クリーパーだったものたち、グラスケルトンの群れが咆哮を上げる。それを合図に銃や剣、斧や槍を持った他のグラスケルトンが動き出した。
「グアッ!」
「っ、早い!」
グラスケルトンのうち一体が健に骨の剣を振り下ろす。動きが緩慢だった脱皮前に比べて速くなっており、健の顔にかすり傷が入った。
「グラ、グラ!」
「グララッ!!」
斧を手に持ったグラスケルトンが市村に襲いかかる。横に身をかわす市村に、銃を持ったグラスケルトンが狙いを定めビームを放つ。火花が散り更に爆炎を上げて市村を吹き飛ばす。
「わーっ!」
「市村さん!? うぐッ!!」
市村が上げた悲鳴を聴いて振り向く健だったが飛びかかりながら剣を振り下ろしてきたグラスケルトンにやられ、転倒。
「どえらいこっちゃ! あいつら銃まで使いよる!」
「前よりずっと強い!」
「かなんでホンマ……」
確かに速くて、巧くて、そして強い。ザコと言えども気を抜けばやられてしまう。ならばやるべきことはひとつだけ。やられる前にやるのみだ! 遠方からの銃撃が途切れた隙を突いて二人は雄叫びを上げて疾走。すれ違いざまにグラスケルトンを斬り、あるいは撃つ。
「おんどりゃあああああああああァ〜〜〜〜!!」
「グラァァァァァ!!」
まずは遠距離から攻撃してくる敵を排除するべきだと判断し、銃を持ったグラスケルトンに市村はビームを集中砲火。火花を撒き散らして銃を持ったグラスケルトンは弾け飛び消滅した。
「グルオオオオォォォォォ!!」
「! 危ないッ!」
仲間を倒された怒りから、火花を散らして健と戦っていたグラスケルトンが突然咆哮し手に持っていた斧を市村めがけて投擲。投げられた斧は市村に間一髪でかわされ、うしろのフェンスに突き刺さった。
「あぶなァーッ……」
もし当たっていたら脳天からかち割られていただろう。一瞬血の気が引いた市村だったが、フェンスに突き刺さりそのまま押し倒した頭蓋骨を模した斧を見てあることを思い付く。したり顔が憎たらしい。
「東條はん下がれ! エエこと思い付いた!」
「え!? わ、わかりました!!」
横っ飛びで無防備のグラスケルトンから下がると、健は剣を持っているグラスケルトンたちの相手を始める。
「おいキャッチャーなにやっとる! ボールここに転がっとったぞ!」
「グラッ!?」
グラスケルトンを草野球のキャッチャーに見立てて市村が相手を挑発。唐突に罵声を浴びせられて戸惑っている隙に、市村はボールに見立てた斧を拾い上げる。
「ボサーッとしとらんで早よぉタマ拾いにこんかい!!」
またも挑発。一見ふざけて血気盛んなピッチャーかあるいはやかましくて厳しい監督を気取っているように見えるがこれも作戦のうちだ。
「ぐ、グラ……」
「取りに来いひんのやったら、わしから投げたらぁ!!」
右足を前に出して腰を深く落とし、勢いよく斧を投球。戸惑うグラスケルトンの顔面に直撃して突き刺さった。市村以外の全員がその光景に唖然となった。
「オー……ノー……」
紫の血を流してうめき声を上げ、転倒。斧が顔に突き刺さったグラスケルトンはそのまま爆発して消し飛んだ。
「オノ、だけにか?」
「あ、あーっと、えーっと……」
ノリのいい市村に対して健はやや困惑している。だがやることはハッキリしていた。そう、残ったグラスケルトンを片付けることだ。気を取り直して健はエーテルセイバーに緑色をした風のオーブを装着。健の周囲に突風が吹き荒れる。
「一気に決めるッ!!」
加速してからの超高速移動で、縦横無尽にうろたえるグラスケルトンたちを切り刻んでいく。超高速移動のタイムリミットはわずか十秒の間だけ。その間は防御力も著しく低下してしまうというリスキーな状態となる為、加速中は文字通り『速攻』で敵を倒さなくてはならない。
「グラ、グラァァァァァ!!」
ジャスト十秒だ。十秒でグラスケルトンたちに徹底的で容赦ない攻撃を浴びせ――派手に爆散させた。健がポーズを決めている背後では炎が揺らいでいた。
「ぃよっしゃああああ! 全員片付けたぞ!!」
「やるやん! お前また腕上げたんちゃうか?」
「いーえー、そんなことないこともないですよ」
「ハハハ! 冗談キツいなー!!」
雑兵へと姿を変えた最低級のシェイドたちとの戦闘は二人の勝利で終わった。片やガッツポーズを取り、片や戦いが終わって疲れた仲間の肩を叩き――いったい、どの口が『俺たちはライバル同士だ』などと言ったのだろう。
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「え、いま市村くんと一緒なの?」
「はい。さっきシェイドと戦ったときに出くわして」
「そう。こっちには戻ってくるの?」
「家に帰ろうかなって思ってます」
「わかったわー。みゆきちゃんとまり子ちゃんに伝えておくね」
「お願いしまーす!」
帰る途中で健は白峯に電話して用件を伝える。みゆきやまり子より先に帰るつもりをしていたようだ。
「誰とハナシしとった?」
「白峯さんです」
「ほぉー、とばりはんか。ええやんかあ、友達と仲良さそうでよォ」
「でへへー」
「とばりはん美人やし、そのうち結婚したろーって考えてへんやろな?」
「まさか! 僕は今も昔もみゆき一筋だ」
健がみゆきとの仲をからかわれて頬を膨らませる。
「へぇー、自分の欲望に忠実なヤツの言う台詞とは思えんなあ」
「そういう市村さんはどうなんですか?」
「そりゃお前、わしかておんなじやがな。アズサと他の女は別枠やけどな」
「べっ別枠ゥ!?」
「しーっ! デカイ声出すなや!」
まさかの別枠宣言に健は目を丸くする。この市村という男はどれだけ女好きなのだろうか。愛するガールフレンドの名を口にしておきながら舌の根も乾かぬうちにそのような事を口走るとは食えない男だ。
「アレよ、一夫多妻制っちゅうヤツや。そもそも妻は一人だけって決まりは誰が作った?」
「いや、でも」
「いやでももクソもあっかい! それにあんたかて女の子侍らせたりするの嫌いやないやろー?」
急に肩を組まれて動揺した健は市村を振り払って、「確かに悪くないけど!!」
「つまらんなぁ。まあ友達やったらわしも大阪にぎょうさんおるけどな。浪速の銃狂いのひろーい人脈ナメんなよ!?」
「それ自分で言うことなんですかー?」
「わしゃ、ホンマのこと言うただけやがなあ!」
「えー、うっそだー」
「なんやてぇ? この顔がウソついとるよーに見えるか!?」
険しい顔でまくし立てながら自分を指差す市村。目付きがすわっていたので健は肩がひきつった。
「い、いえ! 正直者の顔ですとっても!!」
「デヘヘへ、せやろせやろぉ」
両手を前に出してガタガタと震えながら市村をおだてる健。やりたくもないはずのご機嫌取りを彼は強いられていた。
「あ、せや……あんたんとこの姐さんはどこ行った?」
「アルヴィーですか? あの人は今ちょっといないんですよ」
「え? おま、それどういう意味や」
姐さんがいなくなった? ――あっけらかんとしていた市村が一転して、真剣な表情で訊ねる。
「ファンタスマゴリアってシェイドに捕まったんです」
「ふぁ、ファンタ……なんて? ドリアン?」
「ファンタスマゴリアです!」
「そのファンタスマゴリアにやられて姐さん捕らわれの身かいな!? あの姐さんがかぁ!?」
アルヴィーがファンタスマゴリアに捕らわれたことに市村は驚いていた。彼にはアルヴィーが捕らわれの身となったことがそれだけ信じられなかったのだ。誰より気高くて凛々しく、強くて優しい彼女が何故――?
「それは……大変やったな。でもあんた一人で大丈夫なんか?」
「大丈夫だ、僕はちゃんとやれます。たとえアルヴィーがいなくたって僕だけで……」
「ホンマにそうやったらええねんけどな」
健が虚勢を張っていることは市村にはすぐわかった。自分を騙し騙して奮い立たせているのか? だがそれも長くはもたないだろう。この調子ではいつかは破滅してしまいそうだ――と、彼はそんなことを思っていた。
「せや、取り戻しに行くんやろ?」
「え?」
「えーってお前、捕まったままほったらかすつもりやったんか!?」
「い、いえ……」
「せやな、それがええ。たこ焼きお安うしときますさかい、行く前に英気でも養ってくださいや」
大切な人が捕まってしまったのなら取り返しに行くのが定理だ。だが腹が減っては戦は出来ぬ。敵のアジトに乗り込んだ際は激戦が繰り広げられると予想されるため、少しでも力をつけておくべきだ。だから市村は健にたこ焼きを食わせてやろうと考えた。健は市村の心遣いに、「ありがとうございます!」と、感謝の言葉を告げた。
――二人が曲がり角を曲がったそのとき、金属音が混じった足音が響いてきた。おびただしいほどの殺気とともに。
「!?」
「どないした? 急に立ち止まったりなんかして」
「あ……あいつの足音だ! 殺される!!」
間違いない、あのメカ生命体の足音だ。聞き覚えがあり戦ったこともある健は、激しく狼狽する。
「市村さん、早く逃げてください! あいつは感情を持たない殺し屋だ! あなたまで殺されてしまう! だから早く!」
「お、落ち着けって。殺し屋? わしが殺される? あんた何を言うとんねん?」
足音がだんだん近付いてきた。恐怖におびえた健は必死の形相で市村の肩を揺さぶる。
「新手のシェイドのことか? ちょっと待てよ……サーチャーに反応ないけど」
「あいつはシェイドじゃない! 殺し屋だ! 残虐で、しつこくて、何度攻撃しても……!!」
「っ」
「いいから早く逃げて!! お願いだ、僕が言う通りにッ!!」
市村を逃がそうとする健だが、市村にはなんのことかさっぱりわからない。足音を鳴らしている相手に会ったことなどないからだ。やがて揉めているうちに――足音の主が姿を現した。
「ターゲット発見……タダチニ、排除スル」
「!!」
「なんやあいつ!?」
「あ……あぁ……ッ……!」
その姿は、全身にコードを張り巡らせた機械仕掛けの骸骨を彷彿させる怪人。眼光鋭く二人を睨むと、機械仕掛けの怪物――ファイゴーレムはエコーがかかった重く不気味な声でこう呟く。
「東條健、オマエハ 許サレナイ」
「また……お前かぁっ!!」
「お前、なにもんや!? こいつに何した!?」
焦燥に駆られた健に、またも追跡者の魔の手が迫る。