EPISODE229:機械のはらわた
――ところかわって、京都市役所。今は昼休みが終わったところだ。弁当も食べ終わり、既に午後からの仕事に取り組む準備が出来た健だが――どうも元気がなく仕事がはかどらない。かつて、ただ職場に通い働くだけの平々凡々な日々に辟易していたときのように――。
「……なんか、調子出ないな……」
頭に手を当て、目を伏せてうめく。今の彼から気力が感じられないのはアルヴィーがさらわれたことに原因がある。パートナーを敵から救い出せない自分の無力さを恥じ、自分の不甲斐なさに怒っているのだ。それらが混じった複雑な感情を胸の内に抱えているが為に仕事に集中できずにいる。このままなら健は確実に爆発して誰にも止められなくなってしまうだろう。そうなる前にどこかで吐き出さなくてはならない。
「……ドーシタね、東條サン。お弁当食ベタノにマダ元気出ナいノ?」
「係長……」
書類を綴ったファイルを手にもった係長のケニーが通りかかり声をかけられたので、健は笑顔を作って彼を見る。明るいものの疲れや――心に負った傷が見え見えだ。
「ナニがあったか言ッテミて、ミーでヨけれバ相談ノりマース」
「え? あ、ありがとうございます。実は、白石さんって人と同居してるんですが……」
「白石サン? ハテ、前に聞いたコトあルよウナ、ナイよウな……」
「その白石さんが急にいなくなっちゃったんです。ちなみに、女の人です」
「ほ、ホワぁ〜〜〜〜イ!?」
ケニーが大声を上げて驚く。急に大声が聞こえたので気になった他の職員がケニーに注目、もちろん浅田らOL三人娘も例外ではない。
「か、係長! 声が大きいですって!」
「ソッソーリー……そレデそノ白石サンはマだ見つカッテないノ?」
「はい、電話にも出てくれなくて」
「オォウ……ソレは大変デスネー」
健が言っていることにはいくつか嘘が見られるが、いなくなったことは事実。正直なだけでは社会の荒波の中では生きていけないのである。
「係長も東條くんもいったい何の話をされてるんですか?」
係長に事情を話す健のもとにOL三人娘が寄ってきた。長い茶髪を結った女性・浅田が健と係長に問う。すぐに健が、「この前、同居人の白石さんがいなくなってしまって……」
「白石さん……って確か、この前『アルペジオ』のライブ観に行ったときに東條くんが連れてたあの人よね?」
「はい、その白石さん!」
「ま、マサカ彼女? 彼女トハ、チガいますカ?」
「かっ彼女じゃないです!!」
「なーンダ、ザンネンね」
「やっぱり違ったみたいね。デキてそうだと思ってたんだけどねー」
浅田、ケニー係長と話す健。係長から茶化された健は顔を真っ赤にして否定する。
「でも白石さんって急にいなくなったんですよね。さっき電話にも出ないって言ってませんでした?」
OL三人娘のひとりで、グルグル眼鏡をかけた今井が健に訊ねる。眼鏡に加えて青みがかった黒髪が印象的だ。
「そうなんですよ、何度ケータイにかけても出てくれなくて……」
「ひゃあっ、それってもしかしたら死んでるんじゃ……」
「え、え、え、縁起でもないこと言わないでくださいッ!」
「すみません! そんなつもりじゃなかったんですぅ、本当にすみません」
縁起でもないことを口にしてしまい、今井が健にそのことを謝る。
「東條さんも、皆さんも落ち着いてください」
OL三人娘のまとめ役で金髪碧眼のジェシーがやってきて、心配そうな健たちにそう呼びかける。振り向いた健は眉をひそめた顔で、「ですけど、ジェシーさん……」
「なぜいなくなったのかまではわかりませんが、きっと白石さんは帰ってきます。そう信じてみてはいかがでしょうか〜」
「……ですよね! そうしてみます!」
ジェシーが屈託のない癒される笑顔で健に言葉をかける。彼女の言葉を聞いて、なんとか立ち直れた。係長たちも「信じるモノは救ワレル! 会えルっテ信ジれバ、ゼッタイ会えルにキマってマース!!」「あたしも同じこと思ってたわ。みんなあなたの味方だから頑張んなさい!」「ファイトーっ」と、励ましの言葉を贈った。
「なんてお礼したらいいんでしょう、……ありがとうございます!」
「また何かあったらご相談してくださいね〜」
人は差さえあって生きていくものだ。他人を信じないし頼りもせず、ひとりで生き抜いていく生き方もあるが――誰かを信頼して一緒に頑張っていく方が気も楽になるし人生も面白くなっていくはずだ。――その後、とくに問題も起きず健は懸命に業務をこなした。ホワイト企業とはまさに、ここのような明るい職場のことを指すのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
定時に市役所を出た健は、家に帰る途中でコンビニに立ち寄った。アパートで待っているまり子に何か食べ物か飲み物を買って行ってやるつもりなのだ。――が、その前にしなくてはいけないことがある。ヤング向けの雑誌を立ち読みすることだ。表紙にはグラビアアイドルの水着姿がでかでかと載っていて、全国の男子をドキドキさせるにはもってこい。買うには少し勇気がいるので、度胸が試される。慣れてきたらためらわずにレジへ直行できるようになるだろう。
(お……おお〜、こいつは……イイ! 実にイイ乳! 尻、太もも!!)
そのヤング向けの雑誌に連載されている漫画はもちろん面白いが、一番注目するべきなのはなんといってもグラビアアイドルの写真だろう。そのアイドルはスレンダーな体型ながら胸が大きく、くびれた腰で尻も出ている。そう、健からすれば理想的なプロポーションをしていたのだ。
「買っちゃえ……買っちゃえ……!」
にやけ面で健はレジへ直行。彼は、大人向けの本を買うときに漫画や小説の間に挟むような所謂チキン野郎とは違う。姿勢が堂々としている。勝敗というのは常に――顔で決まるのだ。当然彼は言うまでもなく勝っている。
「お買い上げありがとうございます〜、あっ、お客様……十八歳以上でございますか?」
「はいッ」
「はははッ、毎度のことながら勇気ありますねぇ。でも同居人のお姉さんに見つかったら大変じゃないですか?」
「いえいえ、心配ありませんよ。お姉さんならいまはアパートにはいないし、いつ帰ってくることやら……」
「あらま。それは大変ですなあ……」
顔馴染みの店員が笑顔で応対する。本当ならもっとおしゃべりしたかった健だが、これ以上は他の客にも店員にも迷惑だ。途中で切り上げて、空腹を満たすためのホットスナックをつけて帰ることにする。
「……あ、こんなことしてる場合じゃないや。肉まんとカレーまんください! 一個ずつで!」
「肉まんとカレーまんが一個ずつですね、わかりましたー」
――買うものは買えた。コンビニを出た健は肉まんにかぶりつき、空いていた小腹を満たす。温かくてウマい。皮の下にある肉がジューシーで味わい深い。匂いを嗅げば食欲をそそられること間違いなし。本場である中国の肉まんは、コンビニで売っているものより更にウマい。いつかは食べてみたいものである――と、健は思った。
「まり子ちゃん待たせちゃ悪いからな〜、早く帰ろーっと」
元気も出てきたところで健はスキップしてアパートへ向かう。既にバスと電車を乗り継いで駅前には辿り着いている。周りは暗いが健からすれば、アパートに帰るのはたやすいことだ。――しかしその道中で、怪物が姿を現した。機械仕掛けで全身にコードを張り巡らせており、一言で言い表すなら不気味な容姿をしている。
「グオオオォ」
「! こいつ……この前烏丸を殺したヤツか!?」
健の脳裏に高天原で起きた戦いの顛末――そのときの光景がよぎる。激闘の末、風のオーブを手中にしようとしていた烏丸を打ち破った健は彼に罪を償うように呼びかけた。しかし、無情にも健たちの目の前に現れた怪物によって烏丸は亡き者となってしまったのだ。
「シェイドか? シェイドだよな、でもサーチャーは反応してない……」
白い円形の時計のような装置――シェイドサーチャーを取り出すも反応はない。目の前に敵がいるにも関わらず音すら発しないではないか。ということはこいつはシェイドではない。ならば何者なんだ……? 戦慄く健を見かけるやいなや機械仕掛けの怪物は咆哮を上げて、コードを触手のように伸ばしてきた。盾で攻撃をやり過ごしながら健は様子を伺う。
「はあっ!」
「ググッ!」
コードによる攻撃が止んだところに健は攻撃をしかけ、何度か斬りつけて怯んだところに逆袈裟斬りを浴びせる。怪物の左手から放たれた電撃を横っ飛びでかわして、健は突進して機械仕掛けの怪物を突き飛ばす。起き上がった怪物は右腕を大振りの剣に変形させて健めがけて突っ込んできた。
「う、ぐわっ!?」
勢いよく吹っ飛ばされた健は壁に叩きつけられ地面に落ちる。立ち上がって口から出た血を拭いた。間髪入れず怪物は電撃を放って健に命中させる。
「ウワアアアアアアアァ〜〜!!」
全身に激痛を伴う電気が走り健をしびれさせる! 大打撃を受けた健は確信した。早く倒さなくてはこっちの身が持たない、と――。
「くっ……このロボット野郎、スクラップにしてやる。覚悟しろ!!」
息を荒く強がりながら、健はエーテルセイバーの柄に赤いオーブをセット。紅蓮の炎をまとわせて飛び上がり、空中で一回転してから急降下しながらの突きをお見舞いし大爆発を巻き起こす。
「ヒートダイビングっ!!」
――以上がヒートダイビングだ。この技はあとから技名を叫ぶのがポイントである。機械仕掛けの怪物はうめきながら火花を散らし、やがて爆発する。
「ふぅ……手強かった」
これで敵は倒した。安堵の表情を浮かべた健だったが――。間もなくして彼の表情は凍りついた。
「ガ……ガガガ……ダメージコントロール可能、リカバリー開始」
「なにッ!?」
なぜなら倒したはずの機械仕掛けの怪物の目に光が宿り――再び動き出したからだ。
「東條健……オマエハ、我ラノ障害ト ナルモノ。オマエハ 許サレナイ」
「なんなんだ……お前はッ」
機械仕掛けの怪物はカメラアイに健の姿を捉え、謎めいた言葉を呟く。機械仕掛けの怪物――Φゴーレムの言葉は何を意味しているのだろうか? 戦いはなおも続く。