EPISODE227:生まれる不安
「健お兄ちゃんまだかなぁ。寒いのは収まったけど、遅いなあ……」
京都駅前にあるアパート、みかづきパレス。そこの二階にある部屋の中で、ひとりの少女がコタツに入ってテレビドラマを観ていた。健が帰ってくるのを待ちながら。
「あ、会えたのね。キスしちゃったのね、プロポーズしちゃうのね……」
まり子が観ていたドラマは恋愛ものだ。互いに離ればなれになっていた男女が再会して、急展開を迎えようとしていた。お互いに抱き合ってからの熱いキス――そして、男は意を決して抱いていた思いを女へとぶつける。「結婚しよう」、と。残念ながら女が驚いたところでドラマは終わってしまった。
「やだぁ、またいいところで終わっちゃった。気になって夜も眠れないじゃな〜い」
「ただいま」
「あッ!」
ドラマがいいところで終わってしまいガッカリしている折、健がアパートに帰ってきた。玄関に行きまり子は「お帰りなさい、お兄ちゃんっ」と健を温かく出迎える。
「いや、無理にお兄ちゃんって呼ばなくてもいいよ。ホントの兄妹ってワケじゃないし」
「じゃあ健さんっ♪」
まり子に抱きつかれ、照れ臭そうに健が笑う。嬉しそうなまり子と一緒に健はリビングへ入る。だが――まり子はすぐ、あることに気付く。
「あれ……? シロちゃんがいないけど、どこ行ったの?」
「それが、ファンタスマゴリアにさらわれちゃったんだ。……僕が不甲斐ないばっかりに」
「……詳しく聞かせて」
ふにゃふにゃとしたまり子が一転、真剣な顔で健に訊ねる。すると健は事の経緯をすべて打ち明けた。急に街が凍りついたのはシェイドの仕業で、倒したのは良かったものの、それはファンタスマゴリアが自分とアルヴィーを誘き寄せる為に用意した罠だったということ。そして疲弊しきっていたところを突かれて、力及ばずアルヴィーをさらわれてしまったこと――。
「――そう、そんなことが……」
「今すぐにでもアルヴィーを助けに行きたいんだ。のんきにしちゃいられない」
深刻な表情を浮かべる健とまり子。あのときファンタスマゴリアの手からアルヴィーを取り戻せなかった自分の無力さに憤って歯を食い縛ると、「君、あいつらの仲間だったんだよね!? だったら奴らのアジトも知ってるはず! お願いだ、教えてくれ! 今すぐ助けに行きたいんだ!!」と、まり子の肩を掴んで揺さぶる。
「お、落ち着いて……」
「こんな状況だってのにジッとしてられるわけないじゃない! まり子ちゃん、早く教えてくれ! 教えろよッ!! 教えろって言ってんだろ!!」
据わった目付きで健がまり子を揺さぶりまくし立てる。最大のパートナーをさらわれたことから冷静さを欠いてしまった今の彼は、相当キている。口調が荒っぽくなっているのもそのせいだ。このままだと勢いでそのまま――まり子をヤってしまいかねない。
「落ち着いてッ!!」
見かねたまり子が健を一喝。「はっ……」と、我に返った健は怯えるような視線でまり子を見つめ、「ご、ごめん……」と頭を下げる。
「まずは体を休めて。そんな傷で行ったって返り討ちにされちゃうだけよ?」
「そうだけど……でも!」
「なんでそうやって自分の命を粗末にできるの? 死んだら何にもならないのよ!」
まり子が健にそう言い聞かせて彼を体を横に寝かせる。不老不死になってしまい、年を取ることも死ぬことも出来なくなった彼女だから言えたことだ。
救急箱を念力で動かして手に取ると、まり子は健の手当てを行う。すばやい手付きで傷を消毒し、薬を塗って包帯を巻いてやった。さっきまで憤慨して彼女に八つ当たりしていた自分がバカらしくなってきた――と、健は自分の行いを反省した。
「健さん、ごはん作れそう?」
「まだちょっと無理、かなあ」
「わかった。カップ麺とか食べとくね」
「またまた……体壊しても知らないよ」
「お気遣いどうもー♪ でも平気だよ」
それからしばらく経って、昼になった。健はまだ布団で横になっている。まだ安静にしておいた方がいい状態であるため、食事は作れない。なのでまり子はその辺のもの――インスタントやバナナなどを食べることにした。料理は出来ないこともないが――あまりウマくはない。下手くそなのである。ある人間の男性と家庭を築いていたこともあったが、当時夫はどれほど苦しんでいたのだろう。どれほど(嬉しい)悲鳴を上げていたのだろうか――。
「頑張れ、負けるなー! いっけぇー!!」
味噌汁がわりのカップ麺とジャーに残っていたごはんを入れたお茶碗を用意して、まり子はテレビを見始める。DVDに録画したロボットアニメを観ていた。昼食を取りながら観るアニメやドラマというのはなかなか楽しいもので、まり子はこぼれ落ちそうな笑顔を浮かべていた。彼女は元は大人なのだが妙に子供っぽい――元々、こういうものなのだろう。好きな番組を観て楽しくなり、はしゃいでしまうのは誰でも同じなので仕方のないことだが。
「健さんったらまだ寝てる。よっぽど疲れてるのね〜」
まり子がお昼を楽しんでいる一方で健はすやすやと眠っていた。無理もない、昼夜を問わずシェイドと戦ってときにはエスパーとも戦うのだから。更にアルバイトだが彼は公務員でもある。そういった非日常の世界でのスリリングで、楽しくもあり、辛くもあり――様々な出来事が起こり、重なればそれだけ疲れも溜まる。たまには思いっきり寝ても別に罰は当たらない。現に健の寝顔はスカッとしていて気持ち良さそうである。これでアルヴィーがこの場にいたのならもっといい気分になれたはずだ。
「まだDVDから消しちゃうには早いよね……」
カップ麺をすすりながらまり子が一言呟く。ここで録画したアニメをDVDから消したら健がショックを受けるだろうと思い、残しておこうと考えたのだ。彼を気遣おうとしてのことだ。
「ごちそうさま〜」
昼食を終えたまり子は少し経ってから大きく伸びをして、自身も床に寝転ぶ。これから思いっきり眠ろうというわけだ。ちょうど今なら外から暖かい太陽の光が差し込んでいて昼寝するにはもってこいだ。「どうせなら」と、健の近くに寄って寝ることにする。
――今でこそ穏やかな寝顔をしているが、その心中は決して穏やかではないはずだ。何せ、長い間一緒に戦ってきた仲間をさらわれたのだ。本当は今すぐにでも助けに行きたかったはずだ。なのに自分は無理矢理押さえ込んで、彼の熱い思いを妨げてしまった。激しく憤っていたのもそれだけシロちゃん――アルヴィーを信頼していて、なおかつ放置しておくことなど出来なかったからだ。今回の戦いで彼が負った傷は――心身ともに深い。彼の傷を癒してやる以外に自分から何かしてやれることは無いのか――? そんなことを思いながら、まり子は憂いを帯びた視線を眠っている健に向けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
――それから三日後、東京。警視庁の庁舎内を、眼鏡をかけたダブルスーツの男性と髪を黄褐色に染めた長身で浅黒い肌の男性、そして黒い短髪で赤みがかった茶色の瞳をした婦警が歩いていた。何やら話をしているようだ。
「――今年に入ってから立て続けに大がかりな事件が起きているな。蜘蛛型シェイドの大量発生に、夏には『近江の矛』に関する騒動、東京都民の凶暴化、そして先日の日本全土凍結……」
「嫌なことばっかりですね……被害も大きいですし」
暗い雰囲気で眼鏡をかけた村上が今年に入ってから起きた事件を振り返る。いずれも甚大な被害を被ったものばかりだ。黒い髪の宍戸も不安げにしていた。
「まさかと思うが、これって世界が滅亡する前兆とかじゃねえよな……」
苦い顔で黄褐色の髪をした不破が呟く。言葉では表現できないような見事な顔だった。――嫌な意味で。
「出来ればそう思いたくないが、恐らく君の言う通りだろうな」
「……」
具合の悪そうな顔で村上が不破に返す。今後どうなるかを心配しすぎた宍戸は、何も言い出せない。
「い、いや、もしもの話だよ宍戸ちゃん? まだそうだと決まったわけではないよ」
「わかってますけど、本当にそうなっちゃいそうで……私、すっごく不安なんです」
「あ、あーっ……と……」
その胸に大きな不安を抱えた部下の姿を前に言葉に詰まる村上。うまくフォローをかけられないのだ。だらしない彼を見かねた不破が、「やめだやめだ、こんな辛気臭い話はやめようぜ」と口を挟み、話題を変えようと試みる。
「そ、そうだね――申し訳ない」
額から汗を流して苦笑いを浮かべる村上。不安も治まったか宍戸は安堵の息を吐く。
「……それにしても気になるよな」
「何がですか?」
「お偉いさんからの話だよ」
「確かに気になりますよねー。大事な話なのは間違いなさそうですけど」
不破が言うお偉いさん、つまり警察の幹部から彼らに話があるようだ。それで彼らは官僚が待っている――会議室に向かっている最中だったのだ。話とは何なのだろうか。