EPISODE224:極・寒・地・獄
ハロウィンが過ぎ、十一月上旬。そろそろ冬が近付いてくる季節だ。この辺りになると、九月〜十月の終わり頃まで半袖で過ごしていたものも衣替えをしなければきつくなる。しかも困ったことに寒さはどんどん強くなっていくため、とくに寒さに弱いものにとっては辛いのである。
「兄貴ィ、そろそろやっちまってもいいかな?」
「構わんぞ弟よ。ファンタスマゴリア様もそれをお望みだ」
早朝から、とあるビルの屋上で二体の怪人が話し合っている。顔の右半分だけを覆った仮面を被り炎をまとっている方が『弟』、顔の左半分だけを覆った鉄仮面を被り体から氷が突き出ている方が『兄』だ。
どちらも左右非対称となった容姿をしており、『弟』は赤い体で民族風の意匠が見られ、発達した左肩がたいまつのようになって炎が燃えている。仮面は先住民族が被っているものを彷彿させ、まるで呪術師だ。『兄』は青い体で右肩から氷の結晶が突き出ていて、頭部から背部にかけてはいくつも突き出た氷の結晶が連なっている。仮面は頭蓋骨をモチーフにした鉄製だ。そんな『兄』の体には凍てついた鎖がいくつも巻き付いている。
「オッケー、いっちょやるかぁ! ……集まれ、日本全土の熱よ! この地からすべての熱を奪い取れ!」
調子のいい口調で意気込んだ『弟』は、民族風の意匠がある杖を持って天に掲げ雄叫びを上げる。先端についたドクロが赤い光を放ち――円形の赤い波動が町中に広がって熱を杖に集めていく。よって急激に温度が下がり、あっという間に雪が降り積もった。
「へへっ、いい具合に寒くなってきたな!」
「だがこれだけじゃ物足りないな。どうせならもっと寒くしてやろうぜ」
『弟』によって熱を奪われた街を見た『兄』だったが、それだけでは飽き足らず氷の刃がついた錫杖を取り出して力を込める。
「凍りつけえええぇぇぇぇ!!」
『兄』の杖が青い輝きを放ち青白い氷の波動が街中に広がる。雪が降り積もっていた街はより寒くなり――完全に氷に閉ざされた。ビルも、地面も、水も、すべて。まるで氷河期のように。
「さ、寒いよぉ!」
「このままじゃ死んじゃう!」
「み、みんな、バナナで釘が打てるぞ! まだ希望はあるっ!」
「うううぅぅぅっっっ!!」
突然氷に閉ざされた街の中で人々は寒さに震え始めた、中には氷漬けになって動けなくなったものも――。
「さすが兄貴だ! 俺たちにかかればチョロいもんだな!」
「ああ、アマアマよ!!」
「見たかよ、人間どもが寒さに悶えて苦しむ姿!」
「おうよ。いい眺めだぜ、弟! 氷点下は最高だな!」
「「だーっはっはっはっはっ!!」」
談笑して大いにはしゃぐ『兄』と『弟』。何が狙いで日本中を凍結させるようなことをしたのか? 答えはすぐに見えるだろう。
「そこまでだッ!!」
「「!?」」
力強い叫びが聞こえ、『兄』と『弟』が叫び声が聞こえた方角に顔を向ける。そこにはダウンジャケットを着ている一人の青年と、白銀の髪をなびかせたスタイルのいい女性の姿があった。――健とアルヴィーだ。健は真剣な表情で長剣と盾を構えており、アルヴィーは眉をひそめてその豊かな胸をたくしあげるように腕を組んでいる。
「は、早いな。もう来たのか……」
「お前たちの仕業か! 街を凍らせたのは!!」
「ああ、そうだ。俺と弟の力で凍らせてやったのさ。京都だけではない、東京も、大阪も、神戸も福岡も那覇も北海道も!!」
「みーんなカチンコチンだぜ!」
勝ち誇った顔で事の経緯を明かして派手に笑い飛ばす『兄』と『弟』。
「日本を極寒地獄にしてみんなが苦しんでるところを見物しようって魂胆か……許さんっ! 赤いのも青いのも!!」
「なにぃ、赤いのだと!?」
「むむむ、青いのだと?」
「「失礼な!!」」
啖呵を切った健から名前を『赤いの』、『青いの』だのと適当に呼ばれた為『兄』と『弟』が怒鳴る。
「じゃあ、お主らはなんなんだ?」
眉をひそめたアルヴィーが問うた。ちゃんとした名前があるのなら一応は聞いておいてやろうと思ったのだ。
「よくぞ聞いてくれた。俺はヴァニティ・フェア最強の戦士、氷晶の貴公子・コルドチルド!!」
「その弟! 同じく最強の戦士、爆炎の魔術師・シズラマズラ!!」
左手の親指を突き出して右に向けたポーズを取った『兄』こと――コルドチルド。右手を力強く握りしめて左手を後ろに払ったポーズを取った『弟』こと――シズラマズラ。
「「二人あわせて氷焔兄弟、ぁ参上ォ〜〜!!」」
まるで歌舞伎役者のような派手な身振り手振りで名乗りを上げる『氷焔兄弟』。無駄のない無駄にカッコいい動きだ。健とアルヴィーはなんともいえない微妙な表情を浮かべて、「カッコいい……のかな?」「私に聞かれてもな……」と、呟く。
「っていうか、普通自分から『最強の戦士』とか言わないから! あんたらクライシス人じゃあるまいし!!」
「そうだ。最強の戦士を名乗ったところで、どうせチートじみた強さのヒーローにやられる運命だぞ!」
――かつて自らを『太陽の子』と名乗る漆黒のヒーローと死闘を繰り広げた悪の帝国が存在した。その帝国から送り込まれた刺客たちはいずれも『帝国最強の戦士』を名乗ったものの、ことごとく『太陽の子』の圧倒的な強さの前に蹴散らされた上に最強の称号にそぐわない強さを持ったものは数えるほどしか存在しなかった。そのくらい彼らと戦った『太陽の子』が強かったというわけだ。悪の帝国が不憫に思えるくらいに。
「うるせェ! うだうだ言ってねェでかかってこい!!」
「落ち着けシズラマズラ! 奴らのペースに乗せられるな」
「でもよォ……」
「お前はもう少しクールになった方がいい」
「できたらそうしてるって」
熱くなったシズラマズラを諌めるコルドチルド。敵とはいえ兄弟の仲は良好なようだと――健とアルヴィーが感心していると、「何をボサッとしている」コルドチルドが高圧的な口調で二人に声をかけた。表情険しく、二人は氷焔兄弟がいる方向に目を向ける。
「まあいい。ファンタスマゴリア様の命令だ、お前たちの命――」
「「もらい受ける!!」」
コルドチルドが健とアルヴィーを指差してそう宣言。二人で言葉を同じタイミングでハモらせると、それぞれ得物を持ち出した。
「俺の炎で骨まで溶かし尽くしてやる!」
「俺の冷気で魂まで凍らせてやろうか……」
杖を左手に持ってどっしりと身構え、周囲に炎を巻き起こすシズラマズラ。錫杖を右手に持って気合いを溜め冷気を発生させるコルドチルド。息はピッタリで実力もかなりありそうだ。気迫もなかなか強い。
「健、抜かるなよ。思いきりぶつかってやれ」
「オッケー、そうするつもり!」
アルヴィーのアドバイスに軽い口を叩いていながらも、健の表情は真剣そのものだ。
「「我ら氷焔兄弟の力、思い知れ!!」」
氷と炎の兄弟怪人に対するは、息のあったコンビネーションを発揮する健とアルヴィー。――戦いの火蓋は切られた。