EPISODE221:別れより出会いを
「お……おご……」
残酷すぎるほどの実力差。天候は更に悪化して、激しい雨が降り出した。みじめにうめくオニグモに向かって、右手に鞭を生成したまり子がゆっくりと歩み寄る。その眼差しは非常に冷徹で、見るものすべてをすべてを震え上がらせるほどの気迫が感じられる。
「き、貴様……同胞を殺す気か!?」
「わたしは……人間よ。そして、クモ族の女王」
今更彼女にそんなことを言っても通じるはずが無い。オニグモの言葉など意に介さずまり子はどんどん距離を詰めていく。
「某を殺したところで死んだものたちは戻らんぞ!」
「……それが何なの?」
「ぐッ」
右手の鞭を引き絞り、眉をしかめて据わった目でオニグモを見つめる。こいつが何を言おうと、彼女がやることは変わらない。
「こ、この化け物がッ! なぜ人間をそこまで信じようとする!? いくら仲間を作ろうがやがてはいなくなるぞ! それに貴様は人間でもシェイドでもない半端な存在……貴様に居場所など無いわッ!」
「居場所が無いなら、作ればいい」
「む、無駄だ、何をしても……!」
命乞いをした次は、あらん限りに女王をなじるオニグモ。声を震わせ、息を荒くして――まり子は鞭を打ち鳴らす。ヤケになったオニグモは突起を伸ばしてまり子を刺したがこの程度の攻撃は効かず、まり子は自分に刺さった突起を左手で抜いて引きちぎる。
「ひぎっ!」
「自分の欲で何もかもグチャグチャにして――失せろぉッ!!」
「ぬ、ぬぎゃあああああああああああああああああああああァァァァァァ~~~~ッ!!」
鞭を大きく振るい、オニグモの腕を切断すると今度は蜘蛛の脚を突き立ててエネルギーを流し込む。おびえるオニグモの体が膨張し、やがて――内側から大爆発を起こして塵芥となった。雨が降り注ぎ爆発が何度も起こる中、まり子は凛とした顔で闊歩する。愛する忠臣の死、野心に燃えて周囲を蹂躙したオニグモの蛮行――血で血を洗い流した末にすべてが終わったのだ。癖毛の目立つ髪は雨に濡れて、まっすぐになっていた。
「みんな……全部、終わったわ」
そう口にした瞬間、まり子は力が抜けたように倒れた。体が縮み、子供の姿になっていく。健は倒れたまり子を抱きかかえ、他のものも彼の周囲に集まった。
「まり子ちゃん!」
「……わたし、結局ひとりぼっちになっちゃった。けど、これで良かったのよね?」
うつろな表情でまり子が健に問いかける。それで良かったのか、健たちはすぐには答えられなかった。戦いは終わったが、結果的に自分の同族を殺めてしまったのだ。本当はそんなことはしたくなかったはずだ。
過激派のオニグモに話し合いは通じなかった。暴力で解決するしか他はなかったのだ。女王であるまり子は散々暴れまわった挙句同族を何人も殺したオニグモへの怒りと彼を殺してでも止めなくてはならないことへの悲しみを同時に抱えていて、その胸中は複雑なものであった。
「……ごめん、答えにくいこと言っちゃって」
「いや、いいんだ。君はひとりじゃない、僕たちがついてる」
「ツチグモもジグモも、お前の心の中で生きておる。何も案ずることはないぞ?」
「せや、わしらはまり子ちゃんの仲間なんやしな。そのこと忘れんといてな」
表情を曇らせるまり子に、健たちは励ましの言葉を送る。――そうだ、自分には彼らがついている。大切な仲間が。まり子の曇っていた表情にはすぐに光が戻った。
「……みんな……」
「――誰かと別れることばっかり気にするより、出会えた事を大切にした方がいいと思うよ。僕だって、まり子ちゃんやみんなに会えて良かったって思ってるから」
「……そうよね、そうする!」
すべて終わって吹っ切れたような、底抜けに明るく清々しい笑顔を浮かべるまり子。「立てるかい?」と、健から訊ねられたまり子は頷いて、少し離れて立ち上がる。彼女が立ち直ると同時に雨も止み、雲の隙間から太陽の光が射してきた。
「よーし! それじゃみゆきも待ってるし、帰ろう!」
市村も加えて、一行はまり子の屋敷で待っているみゆきを迎えに行ってから帰ることにした。――かくしてオニグモは倒れ、事件は無事に幕を閉じた。