EPISODE220:ジェノサイド・クイーン
「まり子ちゃん……」
「二人は下がってて」
――まり子は声を震わせて健とアルヴィーに下がるように呼びかける。眼光だけでも誰か一人殺せそうな威圧感と近付くものを卒倒させるほどの殺気が、まり子から発せられていた。
「元はといえばわたしが蒔いた種。クモ族の問題は――クモ族で解決する!」
にゅるにゅると髪の毛が触手のようにうごめき巨大な蜘蛛の脚へと変わる。爪は鋭い刃を思わせ、刺々しい毛が生えている。見た目よりずっと頑丈でその爪先には猛毒も秘めている。厚い鉄板だろうと鉄筋コンクリートだろうと切り裂いて貫き、通常の銃弾程度なら弾いてしまうことだろう。二人の手をわずらわせまいと、まり子はひとり前へ出る。
「ぬうっ……」
ただ歩くだけでも相手に気迫が伝わっている。割って入ることは出来ない。入れば……その時点で死ぬ。
「ふっ!」
髪の毛から変化した蜘蛛の脚を荒々しく振り回して、まり子はオニグモを宙に打ち上げ自身も跳躍。
「はああああああああッ!!」
「どぉあああああァァァ!!」
紫に光る右手でオニグモの首を掴んで、そのまま地上へ急降下して地面に叩きつける。青みを帯びた紫の衝撃波が豪勢に上がり、地面が大きく窪んだ。白龍の姿に変身したアルヴィーの背に飛び乗って健は地上へ降りる。
「はっ!」
まり子はオニグモの首を掴み、片手で投げ飛ばして壁に叩きつける。紫の血を流しながらも立ち上がったオニグモは蛮刀を構えて地面で摩擦させる。
「出てこい!」
掛け声を発すると同時にオニグモの周囲にシェイドの群れが現れる。剣を持った黄色いジャガーの怪人に両腕に鎌を備えた水色のトンボの怪人、ハンマーを持った黒い猛牛の怪人に残りはゾンビのような最下級のシェイドだ。
「ガハハハ! あんな連中端から信用しとらんかったわ。こんなこともあろうかとクモ族とは別の兵力を用意しておいたのだ!」
「……」
余裕ぶっているオニグモに、まり子は冷えきった視線を浴びせる。
「フフッ、それで? 偉そうなこと言ってるけど結局集まったのはザコばっかりって、哀れなもんね」
「うるさい! 殺れぃ!!」
オニグモが指示を下すと一斉にシェイドの群れが飛び出す。まり子はその場から一歩も動こうとはしない。眉ひとつ動かさずに右の手首から糸を出して、鞭を生成する。そして鞭に毒を流して浸透させ、近寄ってきたトンボのシェイドに鞭を叩きつける。鋼のように硬く、しかし絹のようにしなやかな鞭はバターの如くトンボのシェイドを切り裂き消滅させた。
「なんだと!?」
「ふっ!!」
猛毒を流した鞭を振り回して、まり子は周囲にいたシェイドを切り裂いて消滅させる。瞬く間に周囲は紫色の血で染まり、まり子も返り血を浴びていた。
「ガオッ!」
「てっ! せやああああ!!」
剣を持って襲いかかってきた黄色いジャガーの腹部に鋭い蹴りを浴びせ、ぶっ飛ばす。更に鞭を交互に叩きつけて四つ切りにした。
「ガオオオオッ!!」
直後、まり子の背後から鉈を持った黒いジャガーの怪人が唸りを上げて迫る。振り向いて応戦しようとするが、一瞬の隙を突かれまり子は左腕を切り落とされた。腕が落ちると共に紫の血が飛び散る。
「まり子ちゃん!?」
「ガハハハハハハ、いい気味だ! 調子に乗るからそうなるのだ!」
目を丸くする健とは対照的に勝ち誇った笑いを上げるオニグモ。だが直後、予期せぬことが起きた――。
「……フッ、フフッ、あははははははっ!!」
怒りに震えていたまり子が、突然狂気じみた高笑いを上げる。
「な、何がおかしい!?」
「忘れたの? あんなに血眼になってまで狙ってたのに……」
狼狽するオニグモを嘲ったまり子の右腕がにゅるにゅると再生し――腕を切り落とした黒いジャガーの腹部を勢いよく貫いて紫の血をぶちまけさせる。
「この程度じゃわたしは殺せないわ……だって、死ねない体だから」
悶える黒いジャガーへ気だるげに、冷徹に言い放つ。
「死になさい」
目を一旦閉じてからカッと開き、黒いジャガーの体を爆発させてあっという間に塵芥へ変える。――そう、その気になれば格下の相手など念力だけで殺せるのだ。抑えていた残虐さが爆発した瞬間だった。
「き、貴様ぁ……」
「そういえば、自分のことを御大将って呼ばせてたんだってね? 『お山の大将』の間違いなんじゃないの?」
「だっ黙れぇぇぇぇ!!」
蛮刀を握って走り出すオニグモ。真正面からまり子に挑むなどこれ以上無いほど愚かな話である。当然、髪の毛が変化した蜘蛛の脚で斬りつけられて返り討ちにされた。
「ぬうぎゃああああああああああ!!」
吹っ飛ばされ、紫の血と悲痛な叫びを上げて地面を転がるオニグモ。力の差は歴然だ。立ち姿だけでも既におぞましいまり子と比べたら、月とスッポンくらいの差があった。
「く、くそぅ! 者共、出会え出会えぇぇぇぇ!!」
必死にもがくオニグモは、またもシェイドを呼び出す。隙間という隙間から最下級のシェイド――クリーパーの群れが姿を現した。しかし動揺するどころか、まり子は真顔でその場に佇んでいる。
「かかれッ!! 糸居まり子をブチ殺すのだ!!」
クリーパーがビルの上から降ってくる。既に地上にいたものはゆっくりとした不気味な動きでまり子に近寄る。
「ストレインウェブ!!」
まり子の両手が青みを帯びた紫に光り出し、地面に叩きつける。地面に放射状の蜘蛛の巣を模した紋様が表れ――次の瞬間、その形に毒液の柱が噴出してクリーパーの群れを消滅させた。
「シェイドの群れが一瞬で消えた!?」
健がうろたえる。凄まじいほどのまり子の力を前に、アルヴィーも緊迫した雰囲気を漂わせていた。
「ウゴォォォォ――――ッ!!」
「消えろ!」
まだ残っていたクリーパーがまり子に襲いかかる。右手をかざして、まり子は衝撃波を放って前方を取り囲んでいたクリーパーたちを木っ端微塵に吹き飛ばす。振り向いて立て続けに念動力で背後にいたクリーパーたちを宙に浮かせ、空間がねじ曲がるほどのパワーで破裂させて文字通り血の雨を降らせる!
「い、今のは……?」
「空間をねじ曲げるほど強力な念動力……、本来の力を発揮したあやつの最大の武器だ!」
動揺を隠せない健にアルヴィーは冷静に解説を行う。それほどまでに強くて恐ろしいのだ。不完全な状態でも周囲をねじ伏せることなど容易く、本来の力を発揮した今の彼女はもはや何者をも寄せ付けない。
「……卑怯で臆病なのね、お山の大将さんは」
「なぬ!?」
「いい加減手下に任せてないで、かかってきたらどう!?」
オニグモをなじったまり子は相手に向かって突進する。突き飛ばしてから跳躍して一気に距離を詰め、身を守ろうと蛮刀を構えたオニグモにキックを浴びせる。
「ツチグモとジグモを殺しておいて、わたしは殺せないってわけ!?」
「ほ、ほざけ! 貴様が某の本気を見たことがないだけだ……げはっ!」
オニグモの攻撃をことごとくかわした末に蛮刀を指で受け止め、奪い取る。
「あははっ! なら今すぐ、わたしから不老不死の力を奪い取ってみなさいな!」
「なめるなっ、ぬがぁ!!」
冷たく笑っているまり子だったが、その心の中は怒りで煮えたぎっていた。奪い取った蛮刀でオニグモを切り裂き、頭に被った獣の頭蓋骨を叩き割る。真っ二つに割れた頭蓋骨の下には、複眼が並んだ凶悪な顔があった。これがオニグモの素顔だ。
「おのれェ!!」
「うあああああああぁっ!」
オニグモが電気を帯びた糸を吐き出しまり子を拘束。体がしびれて動けず、まり子は喘ぎ声を上げた。その隙にオニグモは蛮刀を奪い返して反撃を加え、まり子に赤みを帯びた紫の血を流させる。だが、傷はすぐに再生しまり子は電気を帯びた糸を振りほどく。
「ふっ、はぁぁぁぁッ!!」
「ぐぬうゥ!?」
顔面へのパンチ、からの――腹部への渾身のキック。腹を押さえて悶えるオニグモを、まり子は念動力で浮かせて身動きを取れなくする。うめき声を上げる相手の体を勝手に操って、まり子はビルの外壁や地面に何度も叩きつける。
「ぐっ、ぐぎゃあっ」
情けない悲鳴を上げるオニグモ。ゆっくりと迫り来るまり子に怖じ気づいたか、自分の回りに電気を帯びた糸を張り巡らせてバリアを作った。しかし、到底これで相手の攻撃を防御できるようには見えない。
「どうだ! これならさすがの貴様も……」
「あははは!! それじゃ防御したうちに入らないわ」
両手を紫色に光らせて、まり子は周囲に散乱していた瓦礫を浮かせてぶつける。これでは破れなかったが――次にまり子は両手を前にかざし、四角形を宙に描く。
「それっ!」
ニッと笑い、四角形の中に『×』を描く。するとまり子が描いた図形の通りに――空間が裂けた。
「なッ……!?」
オニグモが張り巡らせたバリアはあっさりと破られ、裂けた空間はすぐ元通りとなる。狼狽するオニグモへ一気に詰め寄り、まり子は髪の毛を変化させた蜘蛛の脚を唸らせる。爪からは毒液が滴り落ちていた。
「ま、待て。某が悪かった、話せばわかる! 話せば……」
「――とどめッ!!」
先端が鋭く尖った爪で何度も突き、吹っ飛ばす。そして両手を前にかざして光を収束させ――エネルギー波を放った。
「レストレスヴェノム!!」
暴風のごとき勢いで放たれたエネルギー波が、顔を歪めるオニグモに命中する。あまりの威力にぶっ飛ばされたオニグモはみたび壁に叩きつけられた。
「ごはっ……ウゴォ」
吐血して這いつくばるオニグモ。頭からは血を流し、複眼も瞑っていて満身創痍だ。
「あんたら大丈夫か!?」
「い、市村さん」
そこへ今更、不破と市村が駆けつけた。
「な、なんや。二人ともそない張り詰めた顔して、何があった?」
「まり子ちゃんが、あのオニグモって怪物を一人で圧倒して」
「強い、それはもう強い。私たちが手を出す必要も無いほどだ」
間抜けな表情の市村に、健とアルヴィーは戦慄しながら状況を説明する。最低限のものだったが、周りを見ればどれほどすごいことがあったかは一目瞭然だ。
「ホンマかいな! もう全部、まり子ちゃん一人でええんちゃうの……」
驚きを隠せない市村。彼らが加勢する間もなく、壮絶な戦いに終止符が打たれようとしている――。