EPISODE20:アイアンフィスト
そして、月曜日がやって来た。新しい一週間のはじまりの日だ、この時から機嫌が悪いと色々あぶない。
いつものように出勤し、朝のあいさつをして回ってから持ち場へつく。何しろ実に4日ぶりの職場だ。この頃は月曜日・水曜日のみしか来ていない為、その間の4日間が空白となる。
その為、月・水はどちらも溜まっていた仕事を消化することとなる。よって、いっぺんに2日・3日分以上取り返すつもりで仕事に取り組まなければならない。ちなみに、健の席には書類が山積み。更に、出勤簿らしきものまで置かれている。
「今日はまず、出勤簿のシール貼りと書類の内容をエクセルに写すのをお願いね~」
「分かりました!」
正直覚えきる自信がない。A6サイズのリングノートに仕事の内容を書き綴り、一枚ちぎって机に置く。ジェシーから与えられたノルマは、ゆっくりでいいので丁寧・正確にやるということ。
だが、申し訳が立たないと考えた健は昼までに終わらせようと奮発している。相当なハードワークだが、これもバイト代の為である。
彼は全力でこの難問に挑むつもりだ。全力でぶつかった結果、昼前に何とか終わらせることができた。大奮発した反動で、健は机の前へ突っ伏していた。
「東條くん、無茶しない方がいいよー……」
そんな健に、ちあきが心配そうに声をかける。現金なことに、浅田の声を聴いた健はグロッキーから復活。
少し、休憩をとらせてもらった。お茶を少し飲むと、トイレへ行って気分転換。そして、昼休みへ。
朝早くに起きて作った自作の弁当をカバンから取り出し、のんびりとそれを食べる。今日はデザートとして、栄養満点のバナナが1本入っていた。
「ホッ、おなかいっぱい……zzz」
昼飯を食べ終わってホッとしていた健を、睡魔が襲う。睡魔の誘惑というのはなかなか振り切れないものだ。
主な原因は寝不足である。しかし、世の中にはこの睡魔に萌えたい一心で夜もまったく寝ない変わり者も存在している。睡魔がかわいらしい美少女とは限らないのに、なんとも不思議な話である。
「Zzz……ハッ! いかんいかん、寝てどうするんだ」
とは言いつつも、眠気に耐え切れずまたも夢の世界へいざなわれてしまう。寝ちゃっていいのかな。今休憩時間だけどいいのかなあ。
まあいっか、仕事始まる5分前に起きればいいだけだし。ちょっとぐらい……、いいよね。寝ちゃおう、寝ちゃおう。そうだ……寝ちゃおう!
そう思いながら深い眠りに落ちてゆく健だったが――。そんな健に眠る事を許さないかのように、爆音が響いた! どこで起こったのか? 衝撃で事務室全体にも一瞬、震動が走る。
「な、何が起こったんでしょうか!?」
健が慌てて起き上がり、近くにいたジェシーに何が起きたか訊ねる。ジェシーがたまたま見ていた速報によると、銀行が襲われたらしい。
「俺、ちょっと外を見てきます!!」
「あ、あの、東條さん!?」
制止しようとしたジェシーだったが、健は突っ走って事務室を飛び出していった。もしや、現場へ行くつもりなのだろうか――。
少し取り乱してしまったが、すぐに暖かい目でジェシーは健を見送った。もちろん、他のメンバーも一緒だ。今思えば、なんとなく健が何をしようとしていたのか分かっていたのかもしれない。もしかすれば、既に気付いていたかもしれない。
「健、いったいどうしたんだ!?」
「誰がやったか知らないけど、銀行がやばいんだって! すぐに来て!」
アルヴィーに携帯で連絡を入れ、現場へと急行する。身体能力が強化されたお陰で、多少無理を利かせても足は大丈夫だ。
不破ほどではないが、走るのも以前よりうんと早くなった。銀行へ辿り着くと、爆破されたような痕跡があった。銀行の内部へ入ると、強盗が銀行員の女性を人質に立てこもっていた。
「動くなッ! 動いたらこいつを殺すぞッ!」
「解放してほしくば金を出せ。1億だ……今すぐに1億を準備しろ。できないなら、この女の命はない」
「そういうことだ! 3分間だけ待ってやる。それまでに1億持って来い!」
強盗は一人だけではなく、二人いた。一人は赤いツンツン頭の粗暴な男で、もう一人は青髪の冷静そうで嫌味っぽい男。
青髪に呼応するように赤髪の男が脅しをかける。慌てふためく民間人と銀行員、人質の女性は耐えられそうにない。
「誰か、助けてー!」
女性が助けを求めた。健の耳にその声が飛び込み、健は悪党どもが待ち構える危険地帯の最中へ飛び込む。
「その人を離せっ!」
「ぐがっ!?」
「ありがとう……」
「どういたしまして。危険ですから、下がっていてください!」
健は颯爽と赤髪の男を蹴っ飛ばし、銀行員の女性を救出。女性を下がらせ、銀行強盗に果敢にも素手で挑む。
「ここじゃみんなに被害が及ぶ……外に来い!」
「上等だ、その生意気な鼻へし折ってやるぜ!」
けん制程度に攻撃を加え、敵を外へおびき出す。ちょうど人気のない裏通りだ、ここなら全力をぶつけてもいくらかは問題ない。
「うがああああァァ――ッ!!」
赤髪の男がいきなり殴りかかってきた、体を右へそらしてかわす。
反撃とばかりに蹴りをお見舞いする。素手での戦いはあまり得意ではない、もしかしたら相手にやられてしまうかもしれない。とにかく、アルヴィーが来るまでの辛抱だ。
「やりやがったな小僧! これでも食らえぃ!」
「うわっ!」
赤髪が地面を思い切り叩きつけると、地面がせり上がり鋭い岩が飛び出して健を突き飛ばした。
「受けてみな」
そこへ追い討ちをかけるように、青髪の男が針状の光弾を飛ばす。針のような光弾は健の肩を貫き、動きを止めさせた。
「い、今のは……。もしかして、あんたらもエスパーなのか……?」
「グヘヘヘ、その通りだ!」
健が洩らした疑問に汚らしく笑いながら、赤髪と青髪はハッキリとそう答えた。
二人そろって、やれ左フックだの、やれ右ストレートだの、やれローキックだのをかましてくる。健が動けないのをいいことに、殴る蹴るの暴行に出たのだ。
「しかも、お前のようなクズとはわけが違うんだぜ」
過剰なまでにボコボコにされ、健は傷だらけに。拳をバキボキ鳴らしながら、赤髪が健にゆっくりと歩み寄る。青髪の方も指に挟むように針状のエネルギーを出していた。
「死ねェ!」
「待ちなよ、赤木!」
赤髪が殴りかかろうとする。が、青髪の男がどういうわけか、赤髪を制止。
「あ゛ァ!? おい青山、なにをボケたこと言ってやがる!」
「ボケてるのは君だろ? ここでこいつを殺したら、緑川さんが戦闘データを採取できないじゃないか。そうなったら、僕たちもあとでリーダーから大目玉だ」
二人ともわけのわからないことを言い出すと、健の目の前で口論をはじめる。
「あんなゴマすり野郎なんかどうでもいいだろ! とにかくこのガキぶっ殺して、俺は手柄を立てるぞ!」
「ハッ! 力しか能がないくせに、生意気なヤツだな」
そう口論をしていると、二人の元に白いドラゴンが滑空しながら現れた。
予想外の出来事に、体が固まって動けない。ドラゴンはうろたえる赤木をくわえて天高く上り、ちょうどいい高さから振り落とす。
「うっぎゃあああああああああああ!!」
赤木は強く地面に叩きつけられた。その衝撃で、何が起こったか分からない青髪も吹っ飛ばされ壁に打ち付けられる。
健はその白いドラゴンに見覚えがあった。というか、知らないわけがない。それもそのはず、そのドラゴンは――。
「アルヴィー、来てくれたんだね……助かった!」
健のパートナーであるアルヴィーだったのだから。
「まったく。素手でゴロツキどもに挑むとは、お主も無茶が好きよな。ほれ」
少し呆れたように微笑むと、アルヴィーはエーテルセイバーとヘッダーシールドを具現化し健に手渡す。
「サンキュー。さて、と……第二ラウンドと行こうか!」
何が起こったのかわけがわからないし、見当も付かない。
見るからにおぞましい白いドラゴンが一見なんの変哲もなさそうな青年に武器を与え、話までしている。あまりの出来事に、赤木と青髪は腰を抜かしていた。