EPISODE217:メルティングポット
「何故ジグモを殺したの? 言いなさい、何故殺した」
「某は、一族とあなたのことを思って行動していたのでございます。きゃつがそれを邪魔してきただけのこと……悪く思わんでください」
ジグモを殺害したのはあくまで一族の為だと言うオニグモに対し、健たちは皆険しい表情を浮かべている。
「やむを得なかったのです。まり様、どうかここは穏便に……」
「ッ!」
怒りを鎮めようと近づく一体のアラクノイド。だが、まり子はそれを手ではね除け気絶させる。
「ほう、同族にまで手をかけようというのですか? そんな器の小さなお方には長は務まりますまい――」
オニグモが息巻く。傍らに立っていたアラクノイド二体の肩に手を置くと、「殺れ。あの女はクモ族の長に相応しくない。ブチ殺せぃ!」と半ば脅しに近い形で指示を出す。
「し、しかし――」
「貴様も死にたいのかぁ!?」
「ひっ……」
「何度も言わせるなよ。某の命令に従えぬなら死あるのみ!」
ためらうアラクノイドにオニグモは金棒を突きつける。
「やめろ! そうやって仲間まで手にかけるのか!?」
「黙れ小僧!」
制止しようとした健を、オニグモは地面を金棒で叩いて衝撃波を起こして黙らせる。
「某の命令に従わぬものは敵と同じ! 捻り潰すまでよ」
「なにっ……」
健は歯を食い縛りながら上半身だけを起こす。体が竦み上がっていてうまく動くことが出来ないのだ。アルヴィーとまり子も同様だ。
「さあ、殺れ!」
アラクノイドの背中を押して無理矢理前に行かせるオニグモ。新たな一族の長となる自分への忠誠の証としてまり子を葬るつもりなのだ。だが相手は不死身である――。殺すことなどままならない。もし、相手が不老不死の力を自ら捨てたところを拾い上げるか、それとも彼女を喰い殺して力を奪おうとしているのなら話は別だが。
「くっ……」
小太刀を手にしたアラクノイドが唾を呑む。「どうした、殺らぬか」とオニグモは催促を入れるも――アラクノイドは小太刀の切っ先をまり子ではなく、オニグモに向ける。
「……貴様、気でも狂ったか?」
「もう限界だ! 元はといえば我らの主君はまり様であって――あんたなんかじゃない!」
「こざかしい!」
オニグモはいきり立ち金棒で小太刀を持ったアラクノイドをぶん殴り頭を潰す。紫の血がたっぷりとこびりつき、滴り落ちた。
「役立たずめが!」
「いい加減になさいオニグモ。お前のやり方じゃクモ族も、人間も……何も残らない。そんなの、わたしは嫌よ!」
まり子が立ち上がり、拳を震わせる。人間を根絶やしにせんとし、自分に従わぬものは敵と見なして殺害する――そのようなやり方では何も残らないのだ。まり子がそれを快く思うはずがなく、彼を諌めた。
「ええい、小娘が粋がりおって! 早ようあの女をブチ殺せ!」
逆上したオニグモはのびていたアラクノイドたちに指示を下す。しかしオニグモが何を言おうがアラクノイドたちは言うことを聞かない。
「――嫌だね。これ以上仲間が殺される光景を見るのはもうたくさんだ!」
「そうだ、ジグモまで殺しやがって! もうあんたの言うことは聞かない!!」
「確かにまり様はわがままで自分勝手だったさ! けどな、それでも俺たちへの愛情はあった! だがあんたにはそれすらない!」
「人間は嫌いだが、仲間まで殺されるぐらいだったら私たちはまり様を選ぶ!」
「お前たち……」
膂力で無理矢理服従させられていたアラクノイドたちが、奮発して一斉にオニグモをなじる。人間を嫌ってオニグモに従いながらも内心ではやはり快く思っていなかったのだ。結局、オニグモは誰かの上に立つ器ではなかったということだ。心の底まで腐ってはいなかった同族を見て、まり子は少し表情を和らげる。
「ぐぬぬぬぬッ……」
オニグモが怒りで顔を歪ませる。踵を返すと彼は素早く跳躍しながら逃走。
「街まで来い! 面白いものを見せてやる!!」
「待てッ! オニグモッ!」
逃走するオニグモを追って健が走り出す。アルヴィーもそのあとを追った。
「まり様、お急ぎください! このまま好きにさせては――」
「わかってるわ! お前たちは屋敷に帰りなさい。わたしはあいつと決着を着ける」
「え? ですが……」
「元はと言えばわたしが蒔いた種。自分でカタをつけなくちゃ……」
アラクノイドたちにそう告げて、まり子は遅れて走り出す。彼女に従ってアラクノイドたちは屋敷へと引き返すが、途中で屋敷のほうから走ってきたツチグモと出くわした。
「お前たちは……まり様たちはどこへ行かれた」
「街のほうだが――」
「わかった。わしも街へ向かう」
「ツチグモ、お前死ぬ気か!?」
ツチグモはまり子たちの行方を聞くと、街に向かおうとする。アラクノイドたちは彼を止めようとしたが、止めるだけ無駄であった。
「まり様に忠誠を誓った身だ――今更死のうが惜しくはないッ!!」
制止を振り切って、ツチグモは森の中を駆け抜けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おらぁぁぁぁぁ死ねぇぇぇぇ!!」
「ウガアアアアア!!」
「死ねやああああああ!!」
「ひゃははははは、死んじまえー!!」
「ヤロウ、ぶっ殺してやる!」
「うぅぅりゃああああ!!」
逃走したオニグモを追いかけて街にやってきた一同。そこは既に――人々が狂った目つきをしながら互いに殺し合う、阿鼻叫喚の坩堝と化していた。いくら血を流そうが今の彼らは戦うことをやめない。みんな死ぬまでは――。
「な、なんてことだ……街の人がみんなおかしくなってる!」
「信じられん。これが……奴が言う面白いものだというのか!?」
健とアルヴィーの背筋に震えるほどの悪寒が走る。これは十中八九オニグモの仕業だ。外道すぎる所業を前にまり子は心を痛めて同時に怒りを覚えた。――そこで健の携帯電話から着信メロディが鳴り響く。「こんなときに……」と、眉をしかめて健は携帯電話を取り出す。
「もしもし……」
「東條か、今どこだ?」
「不破さん! いま東京ですけど」
電話の相手は不破だった。何やら忙しない様子だが、彼も今の東京の状況を目の当たりにしたのか。
「いま帰ってきたところだが、どうしてみんな殺しあってるんだ?」
「わかりません。ただ、気を付けたほうが良さそうですね」
「どっちにしろ気を付けたほうがいい、ある意味シェイドより厄介だからな……じゃあな!」
緊迫した雰囲気で不破と話す健。やがて、通話が切れた。
「このままじゃ街が全滅だ。早くどうにかしなきゃ……」
焦燥を覚えて辺りを見渡す健たち。街中を歩き回っているうちに川辺に辿り着き、金棒で地面を叩いた音が響く。
「ガハハハハハハッ!! 見ていただけましたかな?」
「貴様は、オニグモッ!」
勝ち誇ったように下品な笑い声を上げて、オニグモが健たちの目の前に姿を現した。健は身構えて戦闘態勢に入る。アルヴィーとまり子も表情を険しくして身構えていた。
「何の罪もない人々を殺し合わせるなんて! 貴様の狙いはなんだ!」
「教えてやろう! これを見ろ!」
オニグモの背中から次々に子蜘蛛が飛び出して群れを成す。思わず目を瞑りたくなるようなグロテスクな光景だ。
「昨晩のうちに我が分身たちをばらまき、人間どもの体を乗っ取らせてやった。さすれば人間どもは凶暴化して殺し合い血を流す! まさしくこの世の地獄だ! そして某はその地獄に神の如く降臨するッ!!」
「ふざけるな! こんな子供じみた真似して、何が面白いの!?」
「そなたが不老不死の力を某に渡すのなら、すぐにでもやめてしんぜよう。出来ぬなら東京は血の海となろうぞ!」
オニグモの要求はまり子が持つ不老不死の力。無論まり子にそれを渡す義務などなく、「断る。お前には渡さないわ!」と、要求を拒む。
「くははは! ならば某を殺してみるか? そうすれば子蜘蛛は消える。だがそなたに同じクモ族は殺せまい!」
「くっ……!」
眉をしかめ唇を噛みしめるまり子。人間を救うか、このままオニグモの言いなりになるか――二つに一つだ。元人間であり、シェイドであるまり子に決断のときが迫る。なるべく同族を殺すようなことはしたくない。だがやらなくては人々が自分で自分の首を絞めあって死んでしまう。どうすればいいのだ――。
「どうした、選べぬか。ならばそのまま死ぬがよい!」
みたび下卑た笑いを上げながらオニグモが金棒を振るう。だが、アルヴィーがそこに氷の弾丸を放ち健が立て続けに斬りかかった。よろめいたオニグモは地面に転倒する。
「お兄ちゃん、シロちゃん……」
「まり子ちゃんに出来ないことは、僕らがやるッ!」
「オニグモ! 貴様の好きにはさせぬぞ!」
鬼気迫る表情。彼らの決意は固く揺るがない。起き上がったオニグモは苛立ち、地面を蹴る。
「おのれ虫けらどもがあああああああ〜〜〜〜!!」
顔を歪めながらオニグモが口から炎を吐く。アルヴィーは転がって回避し、健は盾で弾く。
「虫けらはお前だ!」
エーテルセイバーに風のオーブを装填し、健は剣を振りかぶって強風を起こしてオニグモを吹き飛ばす。アルヴィーはすかさず、鋭い蹴りでオニグモに追撃を加えた。
「ぐぬううぅぅぅッ」
歯ぎしりするオニグモ、対峙している健とアルヴィーは毅然とした顔をしている。まり子は二人を案じている。そこへ横槍を入れるようにビームが放たれた。
「よぉオニグモぉ! この前はよくも盾にしてくれたなァ!!」
全員がビームが飛んできた方向に振り向けば、そこには右腕だけハサミに変えた多良場がいた。目の下には隈が出来ており、目は血走っている。体はステロイドでも使ったのかいやに筋骨隆々で、黒いタンクトップを着ていた。ズボンは白だ。
「お前はカルキノス!」
「待ってたぜぇ、てめえらをブチ殺すこのときをなあ!!」
ハイテンションで多良場が叫び、その姿をあぶくに包んでいく。瞬く間に多良場は正体であるカニの怪人の姿を露にした。
「このカプセルを使って俺様は強くなったのだ!」
カルキノスが如何にも妖しげな色をしたカプセルを取り出し、それを噛み砕いて摂取する。両腕を広げて咆哮を上げると、電流がほとばしり生々しい音を立てて肉体が変異していく。――やがて、オレンジ色のカニが直立したような、ずんぐりむっくりとした姿に変わった。巨大なカニが一匹乗っかったような上半身をしており、左腕のハサミは盾をも彷彿させる形状。右腕のハサミは刺々しくなっている。何より、以前より堅牢な雰囲気だ。
「癖になるんだぜ……このステロイドがさあッ!!」
エコーがかかった不気味な声で、凶悪な姿になったカルキノスが雄叫びを上げた。