EPISODE216:鬼と女王
「クッククク……機は熟した」
――いななき谷の外、夜の東京の街中にてオニグモらクモ族の過激派がビルの屋上に集っていた。
「本当にやるんですか?」
「左様……。まさか、今更になって逆らうとでも?」
「ひぇぇぇっ」
躊躇した様子の一体のアラクノイドにオニグモはガンを飛ばす。いかつい外見に加えて膂力もあるため、なお恐ろしい。恐怖を感じたのは、いま睨まれたものだけでなく他のものも同じだ。
「忘れたとは言わせんぞ。我らの目的は、なんだった?」
「に、にっくき人間どもを蹂躙することにあります!」
「それだけではなかったはずだが?」
「じょ……女王糸居まり子様から長の座を奪い取ることにございます!」
「あとはわかるな? それが守れぬものは……死ね!」
一体のアラクノイドがオニグモの言葉責めに震え上がり、たじろぐ。蛮刀を持ち出すと、オニグモはそれで一体のアラクノイドを真っ二つにする。
「お、御大将……いまのは少々やりすぎでは」
「また無駄な犠牲を増やしてしまったではないか、どうしてくれる?」
「で、ですが……「貴様も死ねぃ!」」
うろたえるアラクノイドたちが二、三体と斬りつけられて殺害される。いずれも頭から真っ二つにされていた。
「よいか、少しでも異議を唱えたものは敵と見なす。わかっているな?」
「ぎょ、御意ッ!」
アラクノイドたちが再三うろたえる。思想に賛同しているというよりは、膂力で無理矢理従わさせられているように見えるが――。
「さてと……くわぁぁぁッ」
踵を返して、オニグモは地上を見下ろしながら口から大量の子蜘蛛を吐き出す。子蜘蛛たちはビルの壁を下り、寝静まった街の中を跋扈していく――。
「グフフ、明日が楽しみだわい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――翌朝。森の中に太陽の光が射し込み小鳥のさえずりが聞こえる中、健が目を覚ます。目をこすって左手の方を見ると、そこには静かに眠っているまり子の姿。大人びているがまだ幼さが残っていて非常に可愛らしい。そっと微笑んで、まだ寝かせてやろうと気遣いベッドから出ようとしたが腕を掴まれた。
「逃げないで。あなたは、わたしのもの――」
背筋がゾッと震えるような寝言を呟いたが、いったい彼女はどんな夢を見ているのだろう。蜘蛛の巣に引っ掛かってのたうちまわる獲物にゆっくりと迫っているのか、それとも――別の意味で誰かをそのまま食いにかかっているのか。眠りこけている彼女を揺さぶるとまり子は目を覚まし、「いま何時ぃ……?」と、気だるげに訊ねる。壁にかけてあった時計を見ると、短い針が「7」を指して長い針が「30」を指していた。つまり七時半だ。
「七時半だよ〜」
「七時半? うん、わかった……」
伸びをするとまり子はベッドから出て健の手をとる。まり子の部屋があった二階から一階へと降りた。
「おはよー、健くん! 夜中に何も起きなかった?」
「あっ、おはよう。何にもしてないしされてないよ、なーんにも……」
「だといいけど」
一階に降りた健にみゆきが声をかける。まり子はまだ目が覚めきっていないのか眠そうにしており、髪も非常に長い為か寝癖が目立っている。髪の分け目に至っては何故か右目を隠すように流れていた。別に意図的に隠しているわけではないし、目に秘密があるわけでもない。気分でそうしているだけだ。当然、気まぐれで前髪の分け目は変える。そういう女なのだ。
「私たちは昨晩ピロートークで盛り上がったぞ」
「ぴ、ピロートーク……はっ!!」
アルヴィーからそう聞いたとき、まり子の寝ぼけた眼差しがカッと開き脳内に電波を受信する。――みゆきとアルヴィーが女二人でイケないことをしている光景を連想してしまったのだ。それも、他人にはとても見せられないような淫らなものを。
「……ぁああああああーーーーんッ! 濡れるぅ〜〜!!」
「「「!?」」」
エロチックかつ黄色い声を上げて、まり子は発情したような表情で手を合わせる。「ままままり子ちゃん! そんな危ないこと妄想しちゃダメっ!」「お、落ち着けっ!」と、健とアルヴィーは慌ててまり子を止めに入る。
「まり様の身に何があった!」
「さっきの喘ぎ声は何なの!?」
「い、いやなんでもない。なんでもないんだ、気にしないで」
更にツチグモとまり子の侍女である紫色のアラクノイドたちが駆けつけるが、健が興奮しているツチグモたちをなだめる。立て続けに事が起きてみゆきは困惑したままだ。立ち尽くすしか他はなかった。
「――そういえば、ジグモは?」
「ジグモですか? あやつはいま、門前で見張りをしているはずですが……」
ひとまず落ち着いたところで、まり子はジグモがいないことに気付いてツチグモに行方を訊ねる。
「そう……交代するのはいつ?」
「八時過ぎですから、そろそろのはずなんですが……」
緑色の体で二本の角を生やした男性のアラクノイドがまり子の問いに答える。
「うぎゃああああああああああああ!!」
そのとき――爆音が屋敷の外から聴こえてきた。ジグモの悲痛な叫び声も。
「いまのは!?」
「ジグモの声だわ!」
「アルヴィー、それから皆さん。みゆきのこと頼みます!」
「「「わかりました!!」」」
彼の叫び声を聴いて危険を察知した健は、みゆきをまり子の従者たちに預けてアルヴィーとまり子を連れて飛び出す。玄関で靴を履き、外へと飛び出す。
「……まり様たちが心配じゃ、わしも向かう!」
「行くのか、ツチグモ?」
角が生えた緑色のアラクノイドがツチグモに訊ねる。ツチグモは行く気満々であり、首を縦に振った。
「すまぬが、お守りは任せたぞ」
「わかりました。まり様のご友人とこの屋敷は命に代えてもお守りします!」
みゆきのことと屋敷のことを他のアラクノイドに任せて、ツチグモも健たち三人のあとを追う。不安げな表情でみゆきは彼を見送った――。
「う……ぐ」
「ジグモ!? その傷はいったい……」
武器を背負った健たちが森の中で見たのは――無惨に横たわったジグモの姿。傷だらけで紫の血にまみれており、片腕をもがれている。更に片目を潰されていた。
「ま、まり様。それに……タケル様にアルヴィー様」
「っ、この状況で何を……」
「しっかりして。誰にやられたの?」
まり子に抱き抱えられたジグモが彼女を見上げる。失った片目には何も映っていない。主君であるまり子の姿も、その友人である健とアルヴィーの姿もまともに見れない。
「……お、オニグモ、が……は、早くお逃げ下さい」
「ジグモ!」
「や、やつに渡してはなりませぬ。……先代から受け継がれた、ふ、不老不死……の……」
そこでジグモは息の根を引き取った。死体は体色と同じく白い粒子になって闇に溶けて消えた。
「ッ……」
悔しさから唇を噛みしめる一同、とくにまり子は同族を殺されたことと、オニグモの行きすぎた行為に対して心の中で怒りを煮えたぎらせていた。だが死を憂う彼らを嘲笑うかのように、そこへ火の玉が放たれ爆ぜる。身構えて防ぐが、噴煙の向こうに立っていたのは――頭に獣の頭蓋骨を被り、いかつい体格をしたオニグモ。傍らには、赤茶色の体をしたアラクノイドたちが数体並んでいる。
「お久しぶりでございます、女王様!」
「!」
下卑た笑みを浮かべているオニグモに対して、一同は険しい表情をして彼を睨む。とくにまり子は眉を釣り上げ、据わった目つきでオニグモを睨んでいた。
「……オニグモッ!!」