EPISODE215:二人きりの…
もう遅いということで、その晩はこの屋敷に泊まることとなった。なにぶん広いため寝室が空いていたのだ。みゆきとアルヴィーはそこで寝ることになり、健はまり子の部屋で彼女と一緒に寝ることになった。そう、別々に就寝するのである。夜は危険でいつ敵が襲って来るのかわからないため、ツチグモやジグモが他のアラクノイドと交代しながら警備をする方法をとっている。
「ここに入るのも久しぶりだわ〜」
「そっか、ここにはしばらく帰ってないんだっけ」
「フフッ。そうなのよぉ」
まり子の部屋には二人くらいなら一緒に寝れそうなほど大きなベッドがあり、面積も広い。本棚や机に化粧台にクローゼットもある。どれもここ数年使っていないものだったがきちんと整備がされていて、汚れはひとつも見当たらない。ツチグモたちはこんなに細かいところも清潔にしていたのだ。
「……ねえ、着替えてもいい?」
「え? いいけど……」
「はぁい。見ないでよ〜?」
にんまりと笑ってそう呼びかけ、まり子はクローゼットの前に立つ。彼女に言われた通り、後ろを向いて着替えを見ないようにした健だったが――やはり気になるのかチラチラと視線を向けていた。
(見ちゃダメだ、見ちゃダメだ、見ちゃダメだ……でもやっぱし気になっちゃう)
にやついて顔を振り向かせた健に急に大きな影が抱きつく。突然の出来事に驚きを隠せない健だが、抱きついてきた相手をよく見ると――大人の姿になったまり子だった。というかこの状況では彼女以外に考えられない。
「ま……まり子ちゃん」
「フフッ、驚いた?」
何故かまり子は着物を着ている。白っぽい金色で、髪の色と良く合っている。柄は放射状の蜘蛛の巣をイメージしたものだ。
「一緒に寝てくれるんでしょ? ねぇ、早くぅ」
「ま、待って、まだ覚悟が……」
「そんなのいいからっ! ねぇっ!」
「ウウウッッッ!」
色っぽい口調で甘えてくるまり子に抱きつかれたまま押し倒される形で健はベッドにインした。大きなベッドの上で布団を被り、今ここに二人きりだ。アニメや漫画で見ることはあっても実際に体験したことはない大人な雰囲気――。健は今、それを体験しているのだ。
「こうして近くで見たらやっぱりかわいい顔してるわね」
「か……カッコいいとかじゃなくて?」
「だって普段はだらしないじゃない」
「し、失礼な!」
健に寄り添うまり子の長い髪が、健を顔をさする。戸惑いか、あるいは興奮しているからか健は若干挙動が怪しい。
「そういう君も結構……かわいいんじゃない?」
「やだ、照れるぅ〜」
健の体に柔らかい感触が伝わり、思わず肩がひきつる。大きな胸が体に当たったのだ。手でそっと触ってみると、やはり柔らかい。アルヴィーのそれよりは一回りほどは小さいだろうか? それでも彼女の爆乳に匹敵する大きさと柔らかさだ。臀部にも触ろうとしたが、流石にそれはやりすぎだと思いとどまる。ただ、臀部の辺りが程よくむっちりしていたのはなんとなくわかった。
「〜〜〜〜っ」
「ご、ごめん、つい手が……」
快楽を感じたまり子が黄色い声を上げる。実に気持ち良さそうだ。
「別にいいのよ、触っても。そうだ、お兄ちゃんも……気持ち良くしてあげましょうか?」
「!? い、いや、まだそんな覚悟はできてないッて……!」
何か勘違いしたようなことを口走りながら、健はガクガクと体を震わせている。が、まり子は妖艶な微笑みを浮かべながら――健を胸に抱く。文字通り、その大きな胸に。
「お……お……!」
「フフフッ」
少しはだけた着物から見える白い双丘、それに顔を埋めることで得られる感触――至福のひとときだ。相手が褐色の肌だったならまた違った感触を味わえただろう。鼻を押さえて離れると健は鼻血を噴出して白眼をむいた。
「フフッ、本当にスケベなんだから〜……」
電気スタンドの近くに置いてあったティッシュを一枚取って、まり子は天井を見上げるようにしてにやついている健の鼻にティッシュを入れてやった。
ベッドに入ってからしばらくすると、まり子はすやすやと寝息を立て始めた。だが健は未だに眠れず天井を向いている。その難しげな表情を見ればわかるが、何か考えているのだ。――ただし、鼻にはティッシュが突っ込まれたままだったが。
「……ねぇまり子ちゃん、まだ起きてる?」
「え、なぁに……?」
気だるげに呟いて、まり子は健の顔を見る。
「君はどうしてヴァニティ・フェアなんかに入ってたの? あんな連中に協力するような風には見えない」
「わたしの一族って、人間をあまりよく思ってないヤツが多いの。だからわたしがクモ族を代表してヴァニティ・フェアに入ったの……わたしが入る代わりに一族には干渉しないって条件付きでね」
「つまり君がクモ族の抑止力に?」
如何にしてヴァニティ・フェアに入ったのか、まり子はその経緯を語る。しかし入ったところで明確な悪事を働いていたわけではなく、ほとんど、いないも同然だった。
「……結局、オニグモがしゃしゃり出てきたからもう意味はなくなっちゃったけどね」
「でも一族のことを思ってやったことでしょ? 自分のやったことが裏目に出るかどうかなんてその時はわかんないもんだから、そこはしょうがないと思うよ」
顔をそらしたまり子に、健はフォローを入れる。彼も成功と失敗を繰り返してきた身だ。なんとなくシンパシーを感じたのだろう。それ以前に彼女は大事な仲間である。大切にしなくてはいけない、かけがえの無い存在なのだ。
「……」
「まり子ちゃん?」
振り向いたまり子が布団から身を出す。思わず上半身を起こした健を押し倒し――騎乗する。
「ッ!? な、なんだよ急に!?」
「許して!」
戸惑う健に顔を寄せて、まり子は接吻しようと――した寸前で思いとどまる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
まさかキスまでされようとは思わなかった。極度の緊張から、みだりに呼吸を乱しながら健は紅潮したまり子を見つめる。
「ごめん、でもやっとかなきゃ落ち着けないって思って」
「そ、そっか……」
「わたし、胸が熱くって」
跳ね上がる心拍数。息が乱れただけでなく、心臓の鼓動も激しい。今にも胸が張り裂けそうだ。まり子も同じような思いをしていたということだろうか――。
「……そんなに積極的になってくれてるってことは、それだけ僕のことを好きだって思ってくれてるってことだよね?」
「え……?」
「ごめん。僕は君の思いに……答えられそうにないや」
――申し訳なさそうに、健はまり子にそう告げる。まり子はきょとんとした顔で少しの間、健を見つめていたが――。
「いいわ。それでもいい、本当に好きな人がいるんでしょ?」
「でも、それじゃ……「わたしは、あなたのことが好きーーッ!!」
まり子の叫び声が健の声を遮る。モヤモヤが取れたような笑顔が清々しい。
「……はーっ、スッキリした!」
「や、やっぱり……好きだった?」
「うん、だぁいすきよ!」
まるで子供のような無邪気な笑みを浮かべたまり子はまたも健に抱きつく。もう何度目なのだろう? 驚きながらも、健は口元を緩ませた。
「今ぐらいの関係でちょうどいいわ。あ、でもみゆきさんにはナイショにしてね」
「え? あー、そだね。そうしよう」
「ホントはあの子とは仲良くしたいんだけど、なんでか張り合っちゃうのよねぇ……」
今夜のことは二人の間だけの秘密となった。健の横に移動すると、まり子はにんまりと笑って、
「あなたのことはみゆきさんに譲るけど、これからもわたしのお兄ちゃんでいてね、健さん」
「おほっ!? よ、よろしく!!」
健が目を丸くして鼻息を鳴らしながら悶える。今の彼を何かにたとえるなら、何がいいだろう? 馬か、それともサルか。共通点としては、どちらもやたらと性的欲求が強いということか。
「で、でもお兄ちゃん呼びはしなくてもいいよ、ホントの兄妹じゃないんだしさ」
「そんなこと言わないでよぉ〜」
甘えた口調で健に体を寄せて、まり子の豊かな胸と長くて艶のある髪が健に当たる。
「ちょおおおおぉぉぉ気持ちいいいいィィィィ〜〜〜〜!!」
その晩、嬉しい悲鳴がいななき谷から上がった。夜空を一気に突き抜けると、そのまま大気圏をも突破したようである。