EPISODE213:いななき谷へ
「ただいま〜♪」
「おお、今日は遅かったの」
「お帰り〜」
帰りにスーパーで買ってきた食材を入れたエコバッグを手に、健はアパートの扉を開けて靴を脱いだ。するとアルヴィーとまり子が健を出迎えたが、食卓にはみゆきの姿もあった。
「って、みゆき!?」
「お邪魔してまーす。あ、バイトは早めに終わったから」
「そ、そう……お疲れ」
突然の来客にたじろぎながらも、健はキッチンまでエコバッグを持っていき、バッグの中身を冷蔵庫に入れていく。
「お兄ちゃん、今日はなに作ってくれるの?」
「今夜はハンバーグだよ!」
「ホント? やったぁ」
「やったなまり子! 健のハンバーグはウマいぞ」
今夜の夕食はハンバーグだ。しかも芸が細かいことに、健はデミグラスソースを使うつもりだ。アルヴィーとまり子はハイタッチして喜びを分かち合う。
「みゆきも食べてく?」
「え、いいの?」
「でもそれだと、君が晩ごはん食べられなくなっちゃうよな……」
「前もって家には連絡してあるから大丈夫よ!」
「そっかー。おうちには連絡してあるんだね」
健が顎に指を当てて難しそうな顔をする。しばし考えた末、「それなら……じゃあ、四人分作ろう」と、結論を出した。
「よーし、久々のハンバーグだ。気合い入れちゃうぞー」
みゆき監修のもと、健は調理を始める。叩いてのばし、揉みほぐし、そしてフライパンで焼き――約一時間が経過。めでたくハンバーグ四人分が完成した。皿にプチトマトやレタスを盛り付けると、トレイに皿を四人分乗せて運んでいく。
「おまちどおさまっ!」
「おお、早いの! なかなか旨そうだ」
「健お兄ちゃんが作ったんだもん、絶対おいしいに決まってる」
「それじゃあみんな、手を合わせて……」
「「いただきまーす!」」」
ハンバーグを前にしてみゆき達が盛り上がる。手を合わせた直後、健宅での楽しい夕食会が始まった。
「うまーい! コショウが良く利いて味を引き立ててる!」
「調整が難しいんだよな〜、へへっ」
「ハンバーグが脂っこいから、トマトがみずみずしくておいしいわ〜。もう最高♪」
「いやぁ、それほどでも……」
「冗談抜きにこれは旨いぞ! つくづくお主のパートナーになって良かったと痛感している」
「マジで!? そんなに褒めたってなんにも出ないよー!」
健のハンバーグを食べてみたみゆき、まり子、アルヴィーがそれぞれコメントを出す。三人に対して健は照れたり、ドヤ顔を浮かべたり、ときに騒いだりと実に様々なリアクションを見せた。まるで、居酒屋で騒ぐオッサンや学生が同窓会ではしゃいでいるようなノリである。やがて食べ終わり、落ち着いたところでみゆきは「ねえ、ハロウィンどうする?」と、健に訊ねる。
「ハロウィン? 白峯さんちで仮装パーティーやらせてもらおうかな、とは考えてるけど……」
「じゃあそうしましょ! でも、衣装はどうするの?」
「衣装ならわたし、いっぱい作ってあるわよ〜」
ハロウィンに行う仮装パーティーの企画。まり子がハロウィンに備えて吸血鬼やら魔女やら、ミイラ男やらの衣装を作っているのを見て健はそれを思いついた。健とて人間だ、たまには友達と一緒に騒ぎたいのだろう。以前飲み会を蹴った健ではあるが、それはまだ彼が未成年で酒が飲めないからである。性格的にも二十歳を超えれば構わず飲みに行ってはしゃぐはずだ。
「それなら大丈夫ね! 誰が何の格好するかは決まってる?」
「いや、みんな決まっとらん。それに打ち合わせもまだしていないのだ」
「そうだったの。やるなら早めにねー」
「おっけーい!」
みゆきから催促を受けて、健はニッコリ笑いながらサムズアップをして答える。
『まり様、まり様……! 聴こえますでしょうか!』
「……急にどうしたの、ツチグモ?」
『突然申し訳ございません。お話ししたいことがありまする、至急『屋敷』まで来てくださりませぬか。ジグモと一緒に待っております』
「わかったわ、すぐ行く」
――盛り上がっていたところで、まり子が急に顔を険しくする。ツチグモとテレパシーで会話しているようだが、何やらただごとではなさそうな雰囲気だ。会話を終えるとまり子は一息吐き、自分に注目していた三人を見つめる。
「……まり子ちゃん、いまのテレパシー?」
「そうよ。みんな、ツチグモが至急来て欲しいって」
「ツチグモが? どうもただごとではなさそうだな……」
アルヴィーが真剣な顔で疑問符を浮かべる。
「ねえまり子ちゃん、そのツチグモって誰なの?」
「わたしの従者よ。頭は固いけど悪いやつじゃない」
みゆきがツチグモとは何者かをまり子に訊ねる。何故かみゆきはそれを聞くと、いかつい感じの執事またはせむし男のような外見の執事を連想した。実物は黄色い体をした蜘蛛の怪人なのだが、まだ知る由もない。「いまヘンなの想像しなかった?」と、まり子はみゆきの考えを見透かしたような言葉を投げかけるが、「してないしてない!」と、みゆきは速攻でそれを否定した。
「まり子ちゃん、ツチグモはどこで待ってるんだって?」
「東京の『いななき谷』。昔住んでた屋敷があった場所よ」
「えーっ、でも今から東京行っても間に合わ……」
頭を抱えた健の言葉を遮るようにアルヴィーは「何を言うか、アレがあるではないか。アレを使うんだ」、と彼に助言を授ける。「アレ? ……ああ、アレね! よし!」と、表情を変えてアレこと風のオーブを取り出す。
「健くん、それって!?」
「どこでもドア〜!」
――にやつきながら渾身のボケをかますも、みゆき達は無反応だ。冷たい視線を健に集中させた。
「……おほん。さあ、東京のいななき谷へッ!!」
気を取り直して風のオーブをエーテルセイバーの柄に装填し、健は念じる。――周りにいた三人を巻き込んで健はまり子がかつて住んでいたといういななき山へワープした。
「ここが、いななき谷?」
「そうよ〜」
そこはうっそうと生い茂った山の中。木々の隙間から月がのぞき、薄暗い夜道を朧気に照らしている。健とみゆきが辺りをキョロキョロと見渡している傍らで、まり子とアルヴィーはこの『いななき谷』に来て懐かしい気分に浸っていた。二人ともこの地には馴染みが深いからである。
「……まり子ちゃんの屋敷はどの辺なんだい?」
「そこの分かれ道を右に曲がって。しばらく歩いていけば着くわ」
まり子が指差している道――その先に屋敷があるのだという。「そういうことだ。では、参ろうぞ!」と、アルヴィーが率先する形で一行はまり子の屋敷へと足を踏み出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここをこうして、あとはそこをそうして、っと……」
その頃、白峯邸では――白峯とばりが地下にある研究室で何かをいじっていた。それは明るいメタリックブルーをした大型の銃――らしきもの。火傷しないようにマスクをつけて顔を守りながら、溶接をしている。
「白峯はん、まだかー!?」
「まだー! 静かにしてー」
大声で催促をしてきた関西弁の男性の声に対して、白峯は適当にあしらうように返事をする。ほどなくして作業が終わり、マスクを取ると白峯は汗を拭きながら「終わった〜!」と伸びをした。
「終わったん!?」
「お待たせ、出来たわよっ」
関西弁を話す青い髪の男性――市村が研究室の扉を開ける。白峯はメタリックブルーの大型銃を市村に手渡した。
「なんや。あんまし変わってへんな……」
「大事なのは見た目だけじゃないわ。極太ビームを撃てるように、チャージ機能を強化したの!」
「シェーッ!? 極太ビームッ!?」
白峯は、市村愛用の大型銃・ブロックバスターに強化改造を加えてより強力な攻撃を出来るようにしていた。なんとも言えない間抜けなポーズをしながら市村は仰天する。
「弱いシェイドならイチコロよ!」
「イチコロか。そう来いひんとな!」
「ただし、極太ビームは撃った直後に反動が来るから気をつけてね」
「反動? わ、わかった」
嬉々とする市村だったが、白峯から注意点をいくつか聞かされて背筋をピンと伸ばす。まるで上からピアノ線で吊られた人形のようである。
「お世話になりました~っ、ほなまたー」
「いつでも遊びに来てね、市村さ~ん」
あいさつをしたあと市村は白峯の家を出て歩き出した。新兵器――とまでは行かなかったが武器のチューンナップをしてもらえてご満悦のようであり、スキップしながら歩いていた。それだけではなく、白峯ほどの美人に出会えて嬉しかったのもあるのだろう。市村はガールフレンドがいる身分だが女性にはとても弱い。スケベな健以上にスケベでだらしのない男なのだ。それでも男気はあるが。
「……ん? もしもし……」
「ごるぁぁぁぁぁぁぁイッチィィィィィィィィ!!」
いい気分になっていたところで携帯電話の着信音が鳴り響く。懐から携帯電話を取り出して、電話に出ようとすると――いきなり若い女性の怒号が聴こえてきた。
「ひっ!?」
「ちょっとイッチー! いまどこにいんのぉぉぉぉ!!」
「うえっ!? あ、アズサか!? いま西大路やけど……例のお姉ちゃんち出たトコや!」
「お姉ちゃん? アンタお姉ちゃんおったん?」
「ちゃうちゃう! こないだ言うたやろー、美人で頭冴えとる姉ちゃんに会ったって。その人やんか!」
「あー、そう……」
「それだけや! なんもやらしいこと考えてへんさかい、そんなぷりぷりせんといて」
突然電話を入れてきた相手は、市村のガールフレンドであるアズサだ。元気いっぱいでノリのいい性格をした若い女性である。お好み焼き屋の娘であり、市村とは幼馴染み同士である。そのアズサをうまくなだめつつ、市村は事情を説明する。
「言っとくけどもし浮気したらゲンコツ百発とケツ叩き五十回やしな、覚悟しときや!」
「うわー! き、きっつう……」
「ほな!」
そこでアズサとの通話は切れた。――かなりキツい態度を取られていたが、市村はああ見えて女性の尻に敷かれるタイプなのかもしれない。