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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第11章 女・王・再・誕
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EPISODE212:迷惑な存在


「くそぅ! オニグモの野郎! よくも俺をあんな目にあわせやがったな!!」


 仮眠室のベッドへ運ばれ療養中の多良場が、怒鳴って壁に拳を打ち付ける。が、傷だらけの体でそんなことをしては当然痛い思いをするというもの。現に彼の骨は軋んだ。


「……痛っつうゥゥゥゥ」


 痛がって右の拳を左手で押さえる多良場。苛立ったまま、気分を変えようと彼は仮眠室から外へ出る。


「いっつもこうだ、何やってもうまく行かねぇ……」


 このヴァニティ・フェアという組織で働くまでに、彼は人間社会に潜伏する上でどうしても必要になる生活費を稼ぐために様々なバイトを転々としてきた。

 あるときは書店に勤めるも勤務中に平気で居眠りをし、またあるときはファーストフード店で働くもスマイルを保てずクビになり、またまたあるときはコンビニや百均でレジ打ちをするもその地道な努力を嫌う性格が災いして結局クビになり――どれも長続きしなかった。

 路頭に迷っていたところでヴァニティ・フェアの幹部である辰巳と遭遇し、「シェイドのためによるシェイドのための組織があるんだが――君、そこで働いてみないか?」と、彼からスカウトを受けたのである。


 ――誰だよオッサン? なんで俺がシェイドだってこと知ってんだ。まさかエスパーか?――


 ――私もシェイドだからさ――


 ――えっ!?――


 ――働きたいと思うなら、ついてきたまえ――


 ――へへへ、乗った!――


 そして彼は、バイトとしてヴァニティ・フェアで働き始めたのである。だが、なかなか成果は上げられない。糸居まり子の捕獲も、エスパーの討伐も――どれも難航している。このままではクビは確実だ。それだけは何としても防ぎたいと彼は考えていた。


「なんでうまく行かねーんだよ、もっと楽な仕事ねえのかよぉ……ハッ、誰だ!?」


 静まり返った暗い廊下の中で頭を抱える多良場。――そこへ、足音が聞こえた。現れたひとつの影に気付いた多良場は、足音が聞こえた方向に足を進める。

 周りは薄暗くて顔はよく見えないが、大きくて真っ赤な目を光らせていて鋭い牙を剥き出しにしているのはハッキリと分かる。うっすらと、緑と黒を基調とした体色でスマートな怪人の姿が見えた。両腕には赤い鎌を備えているのがわかる。膝や間接にはドクロの意匠があった。全体的に禍々しい外見だ――。


「あんた誰だよ?」

「ワタシは君のファンだ」


 その緑色の怪人はヘリウムガスでも吸ったようなエコーのかかった声でそう名乗ると、多良場に錠剤のようなものを手渡した。色は紫と白――色からして何やら危険な香りがするが、多良場は気付いていない。


「俺のファンか、ってかなんだよこれ?」

「ネクロエナジーカプセルだ。一錠で二倍、二錠で四倍強くなる。三錠で八倍、更に四錠で十六倍……と、強くなれる。寿命と引き換えにだが、ね」


 多良場が説明を受けながら不思議そうに錠剤を見つめる。どうやら服用すれば寿命を削る代わりに強くなれて、しかもねずみ算式にパワーが倍増するものらしい。


「へえ、面白そうじゃん……これ、水なしでいいのか?」

「ああ」

「じゃ、早速……」


 多良場は謎の人物から渡された錠剤――ネクロエナジーカプセルを口にする。すると筋肉が膨れ上がり傷も完治した。軽く腕や足を動かしながら、「すげえ、パワーが沸いてきた!」と歓喜する。


「それであと何錠くれるんだ!?」


 生き生きとした表情で謎の怪人に食いつく多良場。すると謎の怪人は気前がよさそうな態度で「あと五錠あげよう」と、答えて多良場に錠剤を五錠手渡した。


「ありがとよー!」


 錠剤を受け取ると嬉々とした様子で多良場はその場から去っていく。


「どんどん飲んでどんどん強くなって、どんどん稼ぐ! 最高だぜぇ!!」

「……クックックッ……」


 はしゃぎながら影に消えた多良場を見て、謎の怪人はいやな笑いを浮かべた。暗闇の中で真っ赤な目を光らせ、裂けた口から牙を剥き出しにして。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その翌週、火曜日――怪我が治ったので出勤した。本来なら月曜に来るはずだったが、療養のため日程をずらしたのだ。そのため、いつもなら月・水に出勤するはずが今週は火・木出勤となっている。


「……はい! はい、わかりました。少々お待ちください。係長〜!」


 健が電話に応対し、係長のケニー藤野を呼ぶ。いつものように元気があって明るいが、頭には包帯を巻いて左頬にはガーゼを貼っている。だが、働くのに支障はない。机の上には私物のボトルキャップや、おやつとして持ってきたビスケットが置かれている。また、ティッシュ箱も置いてある。花粉の季節に備えて――というわけではなさそうだが、きっと何か理由があるのだろう。


「ハイハイ! 代わりマシた、総務係長のケニー藤野デス……」


 ケニー係長の邪魔にならないよう、健は身を引く。


「東條くん、もうケガは大丈夫なの?」

「大丈夫ですっ! このくらい何ともありませんよ」

「ならよかったー。またまた大ケガして入院したって聞いたときは心配になっちゃったもん」


 OLの浅田が健を心配して声をかける。先日退院したばかりにも関わらず元気そうな健の顔を見た浅田は安堵の表情を浮かべた。


「すみません、皆さんに迷惑かけちゃって」

「いえいえ。ただ、くれぐれも無理はなさらないようにね〜」

「はい、気を付けます!」

「もししんどくなってきたら言ってくださいね〜」


 金髪碧眼でおっとりしたジェシーからの気遣いは、健にとっては非常に嬉しいものだった。反面、迷惑をかけてしまうのでは――と危惧していた。


「っていうかさあ、東條くんガッツあるよねー。どうすればそんなにタフになれるのか知りたい!」

「そんなー、叩いても何も出ませんよー……」

「またまたー!」

「ちょ、わーっ!」


 浅田が気丈に笑って健と無理矢理肩を組む。「あらあら」と、ジェシーは二人を見てそっと微笑んだ。「もう、アグレッシブなんだから……」と、健は浅田の腕をどけた。バカらしくなったか、健は朗らかに笑う。


(……今は笑っていられるけど、もしみんなにエスパーだって事が知られちゃったら……)


 ――自分はエスパーであることを明かそうものなら、ヴァニティ・フェアは間違いなく標的にしてくる。自分の家族、友人、学生時代の恩師、職場の同僚や上司――彼らの身に危険が及ぶし非常に迷惑だ。この中で自分がエスパーである事を知っているのは、ジェシーと副事務長だけ。健は、正体を知られてしまうことを極端に恐れている。

 エスパーに比べれば一般市民は非力だ。襲われれば食われるし、殺される。守りきれる自信がない。そもそも、エスパーである事を知られたら居場所を失うことも考えられる。幼い頃より憧れていた正義のヒーローのように人々を守るのが、こんなにも辛いこととは……エスパーになったばかりの頃は思いもしなかった。


 ――みんなが危険な目に遭わんようにしたいんやったら、襲ってくる連中しばいたったらええねん。わしなんて正体知られても困る人、だーれもおらんよ? オトンにもオカンにも、あんたぐらいの時にエスパーになりたいんやって何べんもハナシつけたしな――


 ――ま、あんましひとりで悩みなさんなや。あんたにゃ、仲間がぎょうさんついとるんや。いつでも相談に乗ってもらい。なあ、アズサ?――


 ――せや! ひとりで背負う必要なんかない。ウチで良かったらいつでも乗ったげるわ。困ったときは電話とかメールとかしてやー!――


 健の脳裏に蘇る、以前市村とアズサから言われた言葉。二人の優しさと一人で悩みがちな自分への配慮が、痛いほど心に沁みていた。何を臆病になっているのだろうか。決して一人ぼっちではないのに、仲間がたくさんいるのに。


(そうだ、市村さんやアズサさんの言う通りじゃないか……何にも恐れることなんてないんだ、悪い奴らが来たらそのたびにやっつけてやればいいんだ。たったそれだけのことだったんだ、悩む必要なんかなかった!)


「おーい、東條くん!」

「……東條さん、どうしました? もしかして具合が……」


 浅田とジェシーの言葉を聞いて、健は我に返る。


「い、いえ、なんでもないです!」

「Why? 立ったまま居眠りシテタ……とかデモなサソうだケド」


 電話の応対を終えたケニー係長がそこへ割って入る。普段から充実した生活を送る健へのジェラシーや辛辣な態度が目立つ彼だが、なんだかんだ言って彼のことを気にかけているのである。


「マ、いいね。サ、シゴトシゴト!」

「はいっ!」


 ケニー係長の一言で勤務に戻ると、健は退勤時刻まで弱音を吐かずに懸命に働いた。

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