EPISODE209:殺戮という名のディナー
健が実家でゆったりくつろいでいる頃。カニを正面から見たような髪型の男性――ヴァニティ・フェアの多良場が大津市内の街中を歩いていた。何かを探し求めているような目付きをしながら。
「くそっ、しみったれた街だ。エスパーのエの字もない……」
彼に与えられた仕事は、誰でもよいのでエスパーを倒すこと。そうすれば報酬として百万をもらうことが出来る。簡単な上に楽に大金を稼げるため、友情だの努力だのを嫌っている彼にとってはこれほどありがたいことはない。
更に糸居まり子を捕獲して組織に連れ戻せばそれの倍以上の額が報酬となる。しかしまずはその対象を見つけなければ始まらない。エスパーも糸居まり子も見当たらず、多良場は苛立つ。
(……ん)
「おっしゃー! 一等だー! 一等当たったぁー、二億円はおれのものだ!!」
が、そこで宝くじを持ってはしゃいでいる中年男性が目に留まった。何を確信したか多良場は口元を吊り上げて宝くじを持った男性に接近する。
「よおアンタ! 一等当てたんだって?」
「げぇっ! だ、誰だ。これはやらねえぞ!!」
「一等ってのは、ただでさえハズレばっかり出る宝くじの中でも天文学的な確率でしか当たらない貴重なもんだ。それを引き当てちまったってことは、とてつもない強運の持ち主……あんたさてはエスパーだなあ!?」
中年男性が、「こいつは何を言ってるんだ」と困惑する。
「え、エスパー? とんでもねぇ、あたしゃ課長だよ!」
「ヘヘへ、そうかい。どっちにしろ死んでもらうけどな!」
中年男性を笑う多良場。すると彼は中年男性に殴りかかり一等が当選したくじを奪い取ったではないか。
「お、おれのジャンボが!」
「お前みたいなクズが二億? もったいねぇ、一等は俺がもらう!」
多良場がその姿を、右手が巨大なハサミとなったカニのような姿をした怪人に変化させていく。
「ウゲェ!」
カニのようなシェイド――カルキノスが右手のハサミを中年男性の腹に突き刺して貫通させる。
「へっへっへ、あんたの二億と百万はいただくぜ。死ね!」
次の瞬間、中年男性の体は真っ二つに裂かれてアジの開きのようになった。ハサミを開いた過程で内蔵も脳も骨も潰されて血が噴出し――死んだのだ。宝くじを片手に血だまりの中に立つカルキノスの姿を見て人々は騒然となり逃げ惑う。
「完璧だ。テキトーに何かしらすごいことをやったヤツを見つけて、そいつをエスパーと見なしてブチ殺せば百万なんざ簡単に手に入る。こんな簡単な仕事でたんまりもらえるなんてサイコーだぁ!」
カルキノスが下品な笑いを上げながら両手でピースをする。言動は陽気だがやっていることは非道すぎる。金のためなら平気で人間を殺せる――拝金主義もここまで来ると悪辣なことこの上ない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同時刻、健はアルヴィーやまり子と二階の部屋で昼寝をしていた。気持ち良さそうに眠っていたものの――健のサブリュックの中でシェイドサーチャーが反応を感知して音を鳴らしていた。
「ん……」
目を覚ました健は音の発信源であるサブリュックを開けて中からシェイドサーチャーを取り出す。円形のスクリーンには点がひとつ。
「大変だ、街がシェイドに襲われてる!!」
健は突然目を覚まし同じ部屋で寝ていたアルヴィーを叩き起こす。「な……なんだ」とアルヴィーは眠たそうに呟くが、事態を察知すると表情を凛としたものに変えて「シェイドが出たようだな!」と叫ぶ。二人はまだ寝ていたまり子を置いて階段へ向かい一階へ降りる。
「健、どこ行くん?」
「お母さん、急に用事できた!」
「用事?」
「大丈夫です、すぐ終わりますから!」
何やら急いでいる様子の二人を見てさとみは、きょとんとした顔を浮かべる。さとみに用件を簡潔に伝えると健とアルヴィーは家から外へ飛び出した。
「……行ってもた」
「何があったか知らないけど、行っちゃいましたね……」
あんなに急いでどこへ向かったのだろう。下でリラックスしていたさとみやみゆき達は呆気にとられる。一方まり子は何も知らずに熟睡しており、綾子は部屋で同じく熟睡していた。
シェイドが街を襲っている。早く助けに行かなくては! アルヴィーと共に住宅街を疾走する健は、途中で知り合いのおばさんから、「あら、さとみさんところの!」と声をかけられる。途中で立ち止まり、「ごめん、今急いでますんで!」と一言謝ってから再び走り出す。やがてサーチャーが示している場所へ辿り着いた。
「た、助けてぇぇぇ!!」
「しぇっシェイドだ〜! 死んじゃうううう!!」
「ひゃはははは! 死ね死ねー、逃げろ逃げろー!!」
そこは大通りで、カルキノスが右腕のハサミからビームを放ったり口から大量の泡を吐いたりしながら暴れまわっていた。逃げ惑う人々へ容赦ない攻撃が加えられ、中には死傷者もいた――。故郷で起きた惨状を前に健は唇を噛みしめ、アルヴィーは険しい表情を浮かべた。
「あいつ……ふざけやがって!」
やるせない怒りが健の体の底から沸き上がる。エーテルセイバーを取り出して柄に風のオーブを装填すると、腰を深く落として力を溜め――超高速で走り出す。エメラルドグリーンの剣に姿を変えたエーテルセイバーが健の体に風の力を巡らせたのだ。
「ごおぉ!?」
すれ違いざまにカルキノスを斬って健は急ブレーキをかける。
「そこまでだ、カルキノス!」
「ヤロウ、バイトの邪魔しやがって!」
乱入した健に『仕事』の邪魔をされたカルキノスが憤る。刹那、カルキノスを狙って巨大な氷の塊が放たれて命中。カルキノスは悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。
「くそ、さっきから何なんだよ!」
「こっちの台詞だ!」
憤るカルキノスに、健は剣を振って突風を放つ。カルキノスの体が浮き上がってそのまま地べたに叩きつけられた。
「ヤロウ!」
カルキノスが口から強酸の泡を吐き出す。弾けとんで火花を散らしながら健を撹乱する。目が眩んだ隙を突いてカルキノスは健へ右腕のハサミを叩きつけて退かせる。
「ネギしょったカモが、俺様に楯突いてんじゃねえ!!」
「カモだと!?」
長剣と巨大なハサミがぶつかり合い火花を散らす。両者ともに一歩も引かない。
「ああそうだ、エスパー一人倒せば百万もらえるのさあ!!」
「くっ!」
カルキノスがハサミを地面へ叩きつける。が、健はバックに宙返りしてそれを回避する。
「百万……? お金のために人を殺すのか! 人の命を何だと思ってるんだ!!」
「うるせぇんだよクソガキが!!」
健は盾を構えてハサミによる打撃を弾き返し、カルキノスが怯んだ隙を突いて一撃を入れる。瞬時に剣にはめていた風のオーブを龍頭を模した盾――ヘッダーシールドに装填して風のバリアーを展開。烏丸が使っていたものほど強力ではないがダメージを軽減し、ある程度小さいダメージなら無効化してくれる優れものだ。
「誰が死のうが知ったことか! 貴様らクズどもの命なんざ、俺のバイト代に比べりゃ軽いもんさ! クソ以下だね!」
「なにっ!」
「さっさとくたばって百万よこせよぉ!!」
カルキノスが健を足元から蹴り上げて宙へ浮かび上がらせる、そこへハサミからビームを放って追い討ちをかけて地面に落とした。
「くっ、貴様!」
起き上がった健は氷のオーブを剣にセット。シルバーグレイだったエーテルセイバーが、輝くほどに冷たい冷気を放出しながら青い刀身の剣に姿を変えた。「つべたっ!」と、カルキノスは思わず身震いし凍り付く。
「健、相手はカニだ。茹でてやれ、やり方はわかるな?」
「オッケー、なんとなくね!」
凍りついたカルキノスへ攻撃を加える健へ、アルヴィーがアドバイスを授ける。まだ凍っているカルキノスに健はラッシュをかけ、氷の破片を飛び散らせる。破片は光っていて美しい。
「いってぇ……!」
「凍れ!」
うめくカルキノスに、健が容赦なく冷気を放つ。カルキノスは再三体が凍りついて動けなくなった。――それだけでなく健は赤いオーブをセットして炎を放った。
「燃えろ!!」
「うぎゃあ、あっちい!!」
氷が溶けると同時に高熱がカルキノスを襲い、飛び上がらせる。カニの宿命か、その甲羅は耐久力はあるものの断熱性と冷気への耐性は無いようだ。
「茹でるか、よーし……」
――炎と氷。組み合わせれば蒸発して水蒸気になり、煙幕がわりに使って相手からの逃走や水蒸気爆発といった攻撃にも使える。うまく両方を使い分ければ相手に熱湯をかけて火傷させるようなことも出来るはずだ。健は唾を呑み、賭けに出る。
「何しやがる! 俺は熱いのと冷たいのがこの世で一番苦手なんだぞ!!」
「そんなこと僕が知るか!」
カルキノスが健へいちゃもんをつける。だが、彼の非道な行いに激しく怒っていた健は聞く耳をもたず――左手から氷の弾丸を放つ。
「ハアッ!!」
更にエーテルセイバーを振りかぶって炎を放つ。氷のあとを追うように炎が氷にぶつかり、大量の水をぶちまけた。
「ゲエェ!!」
このとき、カルキノスはどんな心境だったのだろうか。自分はカニで相手からは水をぶちまけられたということは――、そう、
こ れ か ら 茹 で ら れ る の だ 。
「熱いの食らえぇぇぇ!!」
「や、やめ……ごおおおおっぎゃあああああああああッ!!」
健は空高く跳躍しエーテルセイバーを下へ向けて急降下しながら突きを繰り出す。健が着地すると同時に大爆発が巻き起こり、カルキノスは全身を熱されながら吹き飛ばされた。そのまま地面を転がって縁石に激突すると、紫の血を流した。
「どうだ!!」
「な、なめんじゃねえ……!」
アルヴィー譲りの毅然とした態度で健が言い放つ。あれだけ集中攻撃を受けながらもカルキノスは立ち上がり、右腕のハサミからビームを放つ。
「はああああああっ!!」
「死ねや! 死ね、死ねええええぇぇぇッ!!」
カルキノスが罵声を発しながらビームを何発放っても健はその中を走り抜けてカルキノスへ距離を詰める。そのまま斬りかかろうとした次の瞬間、何者かが割り込んで健を突き飛ばした。
「健ッ!」
アルヴィーが叫んで思わず手を伸ばす。彼女の視線と、起き上がった健の視線の先にいたのは――健の攻撃を妨害した、大柄で白銀の毛皮を持ったオオカミのようなシェイドだ。
両手からは巨大なツメを生やし、黄色に光る鋭い眼は健たちを睨んでいる。全身には鋭い刃が生えていて非常に攻撃的なフォルムだ。パンチがかすっただけでも大ダメージは免れないだろう。
「お前は、ヴォルフガング!!」
「カルキノスの邪魔はさせんぞ、ボウヤ!」
ヴォルフガングが乱入したことにより、戦いは激しさを増そうとしていた!