EPISODE19:それぞれの隠し味
所変わり、ここはとある研究施設。その内部にあるモニタールーム。
無数のモニターの中で、何かを研究しているフロアが映ったモニターだけをずっと見ている者がいた。
「まいったな。どうも都合よく事は進まないようだ」
「困りましたねぇ」
浪岡だ。その傍らにはカルテを手にした緑髪の男性がいた。
ベルトコンベアの上を、ガラスケースに入った発光体が通過していく。
浪岡は、部下たちを大勢率いてこの発光体に様々なエネルギーを加えて合成し、新たなエネルギーを開発する事をしていた。
すなわち、エネルギーの研究機関だ。だが、それは世を忍ぶ表向きの姿。その裏ではシェイドを密かに捕まえ、改造実験を行っていた。
しかし、状況は決していいとは言えない。
エネルギーの加えすぎで暴走して爆発事故が起きたりして、負傷者が多数。シェイドの改造実験も飼育担当が捕食されるなどして好調ではない。
「なあ、緑川。私たちが幼い頃に思い描いた未来絵図のような、高度な文明を見てみたくはないか? だがその為には、今一度文明を活性化させなければならない。人類が過去に培ってきた知識、技術……。それらを使ってな。すばらしい考えとは思わないか?」
緑川は首を横に振った。いきなりこんなことを言われても戸惑うのが普通だ。
「そうか……。君なら分かってくれると思っていたのだがなあ。ところで、なぜ我々が新エネルギーの開発に身を捧げているか知っているかね?」
「知りません、何のことですか」
「その理由については、いずれまた話そう。異論はないな、緑川?」
今度は緑川も首を縦に振った。
「分かっているじゃないか。ところで、以前私が新たな実験材料を見つけてきたのは知っているか?」
「……何のことでしょうか。詳しくご説明願います」
「いいだろう」
ニヤリ、と、微笑むと、浪岡はその実験材料について語り始めた。
「では教えてやる。東條という、上級シェイドと契約したエスパーの青年がいた……。ヤツはどうでもいいが、契約を交わしたシェイドは未曾有のエネルギーを秘めている。しかしまだ、しかるべきデータが不足していてね。連中の戦闘データを採取してこい、鹵獲はもう少しあとだ。いいな?」
確認をとると、内容を理解した緑川が頷いていた。
「ハッ! おおせのままに!」
「では、私は部屋に戻る。お前はモニターで役立たずどもを見張れ」
口元を歪ませ魔性の笑みを浮かべると、浪岡はモニタールームを去っていった。
■□■□
夜の校舎での戦いから2日後。ここは、駅前に新しくオープンした百貨店。健はみゆきと二人でここへ遊びに来ていた。女性の細腕に重い荷物を持たせてはいけないと、健が率先して手荷物を持っていた。みゆきはそこまで気遣ってくれなくていいと断ったのだが、健はその気であった。『無理に止めるわけにも行かないか』とみゆきが承諾し、今に至るというわけだ。
「みゆき、おなか空いてないかい?」
「あ、健くんも? 実はわたしもなのー! どこで食べよっか。個人的には、1Fのレストランがいいなー。他に食べたいトコない?」
健に異論はなかった。満場一致で、1Fにあるレストランで昼食をとることになった。買い物でせわしく動いていたので、ホッとひといきつくことにしたのだ。なお、みゆきが1階のレストランで食べたいと言っていたのには理由があった。よそのレストランはどのようにして接客をしているのか、料理や内装にどのような工夫をしているのか。それをこの目で確かめ、研究するためだ。レシピを参考にするためでもあるが。
「このハンバーグ……隠し味にトマトベース使ってるわね?」
(すごいな、そんなことが分かるなんて……)
「それだけじゃないわ。お肉の外だけじゃなくて、中にも切り込みを入れてる……。隠し包丁ね、どうやって入れたのかな?」
鋭い洞察力だ。食べ持って気付いた点を語る――みゆきにこんな一面があったとは知らなかった。これにはさすがの健も、動揺せざるを得なかった。
「……あれ? 健くん? ごはん冷めちゃうよ……」
「へあっ!? ごめんごめん!」
無理もない、みゆきの深い観察眼に驚いてナイフとフォークが進まなかったのだから。慌てて健はドリアを食べ始めた。なかなかうまい。とろけるようにクリーミーで、ごはんはシャリシャリ。口に入れただけでも至福といえる味だった。そうして食事を終えた二人は、引き続きショッピングへ赴く。
「もう14時前か、早いなぁ……あっ!?」
ニュース速報を見ると、思わず目を見開くようなことが取り上げられていた。
「健くん? 何かあったの……?」
「ま、松宮中学校って聞いたことない?」
「ごめん、あんまり知らないけど……、取り壊して新しい校舎建てるっていうのは聞いたことあるよ」
「そうか~、やっぱりね。実はさ、おとといシェイド追っかけてその松宮中に乗り込んだんだ。理科室で人体模型見つけたりしちゃって、ハラハラしたなあ」
買い物をしながら、健はみゆきにおとといの晩の出来事を打ち明けた。不破ライやアルヴィー以外で、自分がエスパーだと言う事を知っているのはみゆきだけ。できるだけ、友人や家族には秘密にしておきたい。だが、エスパーとしての自分の気持ちを打ち明けられる、または辛さをほぐしてくれる理解者が欲しかった。他人を戦いに巻き込みたくなかった。それを踏まえたうえでの、健なりに考えた末の苦渋の決断だったのだ。
「そうだったんだ。あたしだったら多分、怪物に出会ったら気絶しちゃってる……。やっぱり、健くんはすごいよ」
夜の校舎。幼い頃に一度行ってみたいと考えていた場所だが、結局そこには怖くていけなかった。だが健は、平和を脅かす怪物を倒すために怖いのを我慢してその場所へ乗り込んだ。戦う力など持っていないみゆきにとって、今の健はヒーロー然として見える。現に健自身も、幼い頃に思い描いた、平和を守るために戦う正義の味方となっていた。ヒーローゆえの悩みも抱えているが……。
「そんなことないって」
照れる健。手元がおろそかになり、荷物を袋ごと落としてしまう。
慌てて拾うと持ち直し、そのときの苦労話や何気ない世間話を続ける。
■□■
「今日はありがとね♪」
「どういたしまして。また今度、一緒に遊ぼうぜ!」
みゆきを家まで送り届けると、健はダッシュでアパートへ向かう。
やっと手から荷物袋が消えたので大喜びしたい気分だが、もうすぐ陽も沈む。
アルヴィーも心配しているはずだ、あまりはしゃいだり遊んだりしている場合ではない。
「よし、マッハで帰るぞ!」
停めてあった自転車を足をフル稼働させて漕ぎ、無事アパートへ戻ることが出来た。
「ただいま! つ……つかれたぁ」
すっかりヘトヘトになり、床にぐったりと倒れこんだ健を、アルヴィーが暖かく出迎えた。
「その疲れは楽しんできた疲れだな? お主の顔に楽しかったと、そう書いてあるぞ」
健を起こし、冷蔵庫から取ってきた栄養ドリンクを飲ませると復活。マッハで着替え、手洗いうがいも欠かさずに済ませた。
「大げさというか、なんというか。お主は漫画の世界から飛び出してきたようなヤツだの……」
△△△△△
その頃、東京都。街中を黒地のジャージ姿で駆け抜ける、一人の男。
「オレは強くなる……」
きついロードワークに耐えられなくなったのか、歩道橋を目前にして、都庁から新宿駅まで走ってきた自慢の健脚が悲鳴を上げた。悶えながら、不破は地面へ崩れる。
「こんなんじゃダメだ。オレは、オレはもっと強くなる……!」
しかし一人呟きながら、雄叫びを上げて再び走り出した。
東條のようなだらしないヤツには、絶対に負けたくない。
あいつは、ぬるま湯に浸かりすぎている。許せない。
熱湯にブチ込んで、ヤツにも自分が味わった挫折を味わわせてやる。
「もっと、もっとだ!」
強くなりたいという、まっすぐだが陰湿な形にぐにゃりとねじれた願望。
静かに、日々高騰していく復讐心は誰にも止めることはできない。不破はひたすらに走り続けた。鍛錬のため、己の信念のため。
だが、彼は気付いていない。いや、気付けない。過剰なまでの正義感が膨張し、心に残ったわずかな光さえも闇に呑み込まれようとしていることを――。
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そして、日曜日――。
健は、家にいても出来そうなトレーニング方法を模索していた。
小一時間ほど悩んだ末、『筋トレが最適』という結論に至った。いや、常識的に考えれば当たり前なのだが。
「おぅ、健。こんな朝早くから、さてはトレーニングか?」
朝から特訓している健の声が耳に入ったのか、寝巻き姿のアルヴィーが起きて来た。健に質問すると、コップにお茶を淹れてそれを飲んだ。
「うん、その通り。最近サボり気味だったからね」
「だが、まだ6時だぞ。スーパーヒーロータイムはまだ始まらんぞ?」
彼の考えたトレーニングメニューはこうだ。
まずはじめに、腹筋20回。その次は背筋20回。更に腕立て伏せを15回。
なぜかスクワットは入っていない。
「最低でも腹筋だけやっとけば、少しは違うでしょ? ね!?」
「ふむ、よい心構えだ」
健なりに強くなろうとしていることに、アルヴィーは関心を払っていた。
「二度寝してくる。メシは私が起きてからにしてくれんかの」
「はいよ!」
アルヴィーが再び起きると、さっきと同じ場所には真っ白に燃え尽きた健が横たわっていたという。