EPISODE207:里帰りといこう
「――蜘蛛のシェイドがみゆき殿をまり子と間違えたのか?」
「うん、そう見えたらしい……」
みゆきに会いに行ったもののクモ型シェイドからの襲撃を受けた健は、アパートに帰ったあとアルヴィーとまり子に何が起きたのかを話した。腕に包帯を巻いたり、ケガをした箇所に薬を塗ってその上に湿布を貼ったりしている。生身だったがこのくらいの傷で済んだのは幸運と言えるだろう。
「みゆきさんとは全然似てないんだけどな〜」
「その辺が気がかりなんだよー……」
まり子が首を傾げる。――何故か彼女は小さくなっていた。胸はまな板のように平たく、くびれもあまりなく、体型に起伏がないし身長も低い。髪も標準的な長さだ。着ていた服は丈が合わず腕が袖から出られない。スカートにいたっては立ち上がっても引きずってしまいそうだ。子供の姿に戻っても大人用に自作したワンピースをそのまま着ていた為にこうなったのである。
「ちゅーか何故君はまた小さくなってるのかな!?」
目が飛び出していて開いた口が塞がらない。そんな顔で健はまり子を指差す。
「うん、みゆきさん可哀想だからバランス調整しようと思って」
「何のバランス!?」
「そりゃあお主、デカさのバランスだ。私と白峯殿と葛城殿でおっぱい三連星が出来るだろう? そこに最近でかくなりおったまり子が加わればおっぱいカルテット、更にお主の母上も入れたらおっぱいクインテットだ」
「いや、確かに同じこと考えてましたけど!」
――何のバランスを調整するのか疑問に思った健にアルヴィーが説明するが、そこからまさかのおっぱいトークに発展。健が珍しくツッコミを入れた。
「っていうのは冗談よ〜。本来の姿に戻っちゃうといろんな意味で加減が出来なくなっちゃうの」
「い、いろんな意味で?」
健が若干にやけながら唾を呑む。今にも鼻息を荒くしそうだ。
「ちゅうか年齢変えられるの!?」
「変えられるよ。ふとしたきっかけで不老不死になっちゃったけど、死ねなくなっちゃった代わりに意図的に年齢を変えられるようになったの」
「……」
ニコニコした笑顔を浮かべながら語るまり子だが、その背景はそんなに気楽なものではなさそうだ。健とアルヴィーは表情を曇らせる。
「だから小さくなるのも、大きくなるのも、おばあちゃんになるのも自由……ってこと?」
「そうよ!」
「あ、あ……えーと……うん」
健は戸惑いからうまく言葉が出せない。
「……どうしたの?」
「いや……、その……自分だけ年とらなくて死ぬこともできなくて、辛くなかったのかなって」
「そりゃ、わたしだって辛かったよ。でも、もう大丈夫。健お兄ちゃんたちがいるもん」
「……」
憂いを感じた健は、表情を曇らせたまままり子を見つめる。アルヴィーも難しい顔をしながら腕を組んでいる。
「教えてくれないかな、過去に何があったのか」
「え?」
「人のこと言えないけどさ、何でも一人で背負い込まないほうがいい。君の力になりたいんだ」
「お兄ちゃん……」
――自分のためにそこまでしてくれるのか。やはり彼は次郎吉に似ている。優しいところも、お人好しでやや頼りないところも、真面目なところも。――まり子は過去に自分の身に起きたことを話す決心をした。
「……わたし、元々は人間だったの。お父さんもお母さんもいたのよ」
「!」
健とアルヴィーが驚き目を丸くする。だがベクトルが違っていて、健はまり子が元々人間であったことに驚き、アルヴィーは「話してしまうのか!?」と心の中で思っていた。
「そのときから服を作るのが好きだった。だけど流行り病にかかっちゃって、外に出られなくなったの。他のみんなも病気で苦しんでたんだけどね、そこに商人さんが来て薬を売ってくれた。それを飲んだら元気になれたけど……」
「だけど……何があったんだい?」
「……わたし、気を失っちゃったの。気がついたら……シェイドになってた」
「うそだろ!?」
人間が外的な要因でシェイドになってしまうことなどありえるなのか? 健でなくともにわかには信じがたい。その飲めば流行り病が治る代わりに人間をシェイドに変えてしまう薬を売っていたものの蛮行は正気とは思えない。
「それからね、商人は実はシェイドでクモ族の女王様だったの。わたしは女王に連れていかれて、ツチグモたちに会って、女王の跡を継いで……いろいろあったわ」
「……そんなことが……」
自身の口から語られたまり子の隠された過去。彼女が背負っていたものは健が思っていた以上に大きくて重たいものだった。まり子と付き合いが長いアルヴィーは当然これを知っていたが、余計な心配をかけさせたくはないと健には敢えて黙っていた。
「……そんなに気にしなくてもいいわよ、もう過ぎたことだし」
急に健は黙り込んでいた。自分の発言が軽はずみだったと思い心底悔やんでいるのだ。
(こんなに辛い思いをしてたのか。なのに僕は……なんでもっと早く聞いてあげられなかったんだ!)
後悔の念を抱いて健は拳を握りしめる。言わずもがな自分の不甲斐なさへの怒りがこめられている。そして――彼はまり子の肩を掴む。その目には彼の確固たる決意と優しさが感じられる。
「お兄ちゃん?」
「行きたいところがあったら言って! どこにでも連れてってあげる!」
「健、お主……」
「いつかは僕たちいなくなっちゃうし別れなきゃいけない。僕が死んじゃう頃にはまり子ちゃんはまた一人だ、だからこそ楽しい思い出いっぱい作りたいんだ!」
不老不死になったものは死ななくなる代わりに自分だけが生き残ってしまう。親しい者は当然、みんないなくなる。だからといって交流を避けるつもりはない。まり子の為にも少しだけでもいい、いや――たくさんいい思い出を作ってやろう。そう健は思ったのだ。
「……まったく、お主は器がでかいな」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
腕を組みながらクールに笑うアルヴィーと、満面の笑みを浮かべるまり子。
「さあさあ、行きたい場所があったらなんでも言って!」
「じゃあねぇ、昔住んでたところがいいな」
「一人で住んでたの?」
「ううん、昔好きだった人と一緒よ」
彼女が言う昔好きだった人――人間であることに違いはないが、ツチグモやジグモの発言と照らし合わせれば、十中八九『次郎吉』の事だろう。他には考えられない。元々人間で長い年月を生きてきたまり子のことだ、次郎吉との間に子供を授かっていてもなんら不思議ではない。今までも蜘蛛の子を産んできただろうし。
「つまり実家か……僕も実家に顔出さなきゃ」
「先にそっち行ってくれてもいいわよ。わたしもおばさまに会いたいし〜、あと遊園地とか動物園も行ってみたいな〜」
「いいな、賛成だ。帰省するなら土産も忘れるなよ?」
「そだねっ」
明日はちょうど週末、バイトも休み。満場一致で明日は健の実家へ帰省することとなった。――みゆきも誘ってみたところ、メールで「オッケー、何時にどこ集合?」と返事をくれた。「十時に大津駅!」と健は返信した。みゆきの方もまり子と仲直りする気になったのだろう、そう思いたい。
「……あ、まり子ちゃん服はどうする? そのままじゃ丈あわないし歩けないんじゃね?」
「フフッ。そんなの平気よ〜、だって……」
小さかったまり子が一瞬でその姿を大人に変える。これなら丈は合うし普通に歩ける。
「こうすれば大丈夫よ、こうすればね〜」
「ぎにゃああああァァァァ!!」
そこはかとなくセクシーな声としぐさで健に抱きつき彼を仰天させる。またも健から嬉しい悲鳴が発せられ、それは満天の星々が輝く夜空を突き抜けた。
「やれやれ、明日は修羅場かもしれんのぅ……」
呆れた様子で呟くアルヴィー。果たして彼女が言うように修羅場になるのだろうか、それとも楽しい休日となるのだろうか。すべては明日になってから決まる。
「一応作っとこう。出来るまで寝ないぞー」
健とアルヴィーがすっかり寝た頃、まり子は夜更かししてまた新たに服を作っていた。ゴシックな雰囲気のワンピースだ。所謂ゴスロリ――という奴である。それも小さめで、子供が着るサイズ。恐らく、いや確実に自分が着るためのものであろう。
「よっしゃー、完成……」
瞬く間に完成するもまり子は睡魔からの強襲を受けその場に寝てしまった。幸せそうな寝顔を浮かべており、愛くるしい。