EPISODE201:万能のカゼ
――翌日、健たちは住宅街付近にある河原まで来ていた。電車が通るための高架が河の上に立っている。この河原からは高架とその付近の風景が一望できる。
彼らがここに来たのは、風のオーブを手に入れてから間もないので体を慣らすために訓練をしようというわけだ。今日はバイトは休み、出勤日は月曜日と水曜日となっている。
「はっ!」
まずは素手だ。腕を組んで佇んでいるアルヴィーに健はパンチを浴びせようと助走をつける。顔にそのまま当たる――と思いきや、アルヴィーは片手で健のパンチを受け止める。
「甘い!」
そこから背負い投げに繋げられ、健は地面に叩きつけられて転がる。
「お主もわかっておるはずだ、相手が棒立ちだからといって隙だらけとは限らぬ。むやみに殴っても防がれるだけだ」
「う、うん……」
頭をさすりながら健が起き上がる。するとアルヴィーは、「次はお主が防ぐ番だ」と指示を出す。その指示通りにアルヴィーが健のほうに向かって走ってきた。攻撃に備え、健は腕を交差させて身構える。
「ちぇい!」
アルヴィーが健の腕に鋭い蹴りを浴びせ、そのまま連続で健を蹴る。ガードを崩されて健はのけぞる。
「おご……」
「てぇぇぇりゃッ」
アルヴィーはそこへ更に回し蹴りで追撃。腹に叩き込まれたことで健に激痛が走り、またも転倒する。
「何をしておる。普段からあれだけ剣を振り回しておいて今更素手では戦えないわけではなかろう」
「うっ、そ、そうだけど……」
アルヴィーと出会ってから、少なくとももう半年は経過した。出会ったばかりの頃と比べれば経験もだいぶ積んでいるし、腕も上達している。
なのに健が素手での戦いを苦手としているのは、そもそも素手で戦った経験が浅いからだ。いや、苦手意識があるというべきだろうか。どっちにしろ、不足している経験は補わなくてはならない。センス自体は高いのだしきっと強くなれるはずだ。
「健、私に一発パンチかキックを入れてみろ。ガードされずに叩き込めたら合格だ」
「ガードされずに一発叩き込むね、わかった!」
「さあ来い!」
相手にガードされずにパンチかキックを一発入れてみろ、と、アルヴィーが健に条件を提示する。簡単そうだが相手はあのアルヴィーだ、簡単にはいかないだろう。
「相手の動きを良く見たほうがいいよ〜、シロちゃんは一筋縄じゃいかないから」
「オッケー、やってみる!」
河原の隅で見ていたまり子が健に助言を授ける。奮い立った健は一呼吸入れると身構える。
「そぉれ!」
早速殴りかかるもアルヴィーは動きを見切って首を左へ動かす。見事に攻撃が外れてしまった。
「ウソ!?」
「気合いが足りんぞ!」
アルヴィーがパンチで反撃に出る。とっさに健は手のひらをかざしてパンチを受け止めた。緊迫していたのか息を荒くしている。
「おーっと……」
「あ、あぶねー」
「お兄ちゃん、やるー。いけいけー!」と、観戦中のまり子が野次を飛ばす。妙に嬉しそうというか、ノリノリである。
「やるな、だがまだまだだ!」
「のおっ」
健が優勢になったかに見えたが、アルヴィーはパンチをガードされたところから健を掴んで回転しながら振り回す。いわゆるジャイアントスイングという奴だ。振り回された挙句健は吹っ飛ばされて地面に落下。痛がりながらも立ち上がる。
「どうした、どんどんかかって来んか!」
「くぅ、やっぱり強い……」
アルヴィーは余裕の表情で構えている。少し表情を苦くしながら、健は次の一手を考える。
「せやっ!」
「やべっ!」
アルヴィーが助走しながらのドロップキックを健に繰り出す。当たる寸前で健は横に転がってかわした。
「いかん、外した」
「隙ありィィィッ!!」
ドロップキックを外したことでアルヴィーに隙が出来た。攻撃のチャンスだ、健はすかさず背後からのパンチをしかける。振り向いたアルヴィーの頬にパンチが命中した。
「やったぜ!」
「すごい、当たった!」
健がキリッと笑い、まり子が手を合わせて歓喜する。一発叩き込まれて苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたアルヴィーだったが――刹那、不敵な笑みに変わった。
「――油断したな?」
「!?」
「攻撃が決まったからといってそこで油断しては危険だぞ。隙を生んでしまうからのぅ!」
アルヴィーは、驚愕した健の右手を掴むとそのまま放り投げて地べたへと叩きつける。「あちゃー……」と、観戦中のまり子は表情を苦くする。
「らあああああッ!!」
右腕を不釣り合いなほど武骨な龍の爪に変えて、アルヴィーは雄叫びを上げながら突っ走る。狙いはもちろん、健。猛々しく駆け寄ってきたアルヴィーの姿を見て健は恐怖を覚える。そして健の咽喉に龍の爪が振り下ろされた。しかし、あわや突き立てられる寸前でアルヴィーの手が止まる。
「……えっ?」
「よし、今日はここまでだ」
アルヴィーの右腕が元の華奢なものに戻る。次にアルヴィーは訓練が終わったことを告げた。健は立ち上がり、ホコリを払う。
「お疲れ様〜。シロちゃんに負けちゃったけど、いい線行ってたんじゃないの?」
「そ、そうかな?」
駆け寄ってきたまり子から褒められて健が頭のうしろを掻く。アルヴィーは健と肩を組み、「精進せい、お主ならきっと出来るぞ!」と彼を激励した。
「……あっ、そうだ! ちょっとどいて」
「なんだ?」
「どしたの、お兄ちゃん?」
肩を組んでいたアルヴィーにどいてもらうように頼むと、健は懐から緑色の輝きを放つビー玉のようなものを取り出す。――以前、東京の高天原市で死闘の末に手に入れた風のオーブだ。中では空気が渦を巻いている。
「風のオーブだよ……これ使わなきゃ!」
「うむ……そうだな。宝の持ち腐れにしてはいかん」
この風の力を手に入れるまでの道のりは決して楽なものではなかった。守護者であった葛城の葛藤、健らとは別に風のオーブを狙っていた『死神』烏丸との戦い、そして罪をあがなうはずだった彼の殉死――それらを乗り越えてようやく手に入れることが出来たのだ。
「セットしてみよう……」
エーテルセイバーを取り出し、柄に開いた三つの穴のうち一つに風のオーブを装填。シルバーグレイを基調とした長剣の色が爽やかなエメラルドグリーンに変わっていく。色と属性が変わると同時に健の周囲には強い風が吹き荒れた。アルヴィーとまり子は身構え、地面にしっかりと足をつけて踏みとどまる。
「すごいパワーね……」
「ああ、この前使ったときは嵐が吹き荒れたぐらいだからの」
「ホントに? なおさらすごいわ」
緊迫した様子で話し合うアルヴィーとまり子。健がエーテルセイバーを振るうと突風が巻き起こり地面の草が大きくなびいた。
「デェェェヤッ!!」
健が回転しながらの斬りを繰り出すと真空の刃が発生して周囲を薙ぎ払う。相手を大きく吹き飛ばすと同時にダメージを与えられそう。更に気合いを溜めてから繰り出せば竜巻が発生するにちがいない。
「はあ、はあ」
風のオーブに秘められたパワーは計り知れない。ただ単に振り回すだけでも凄まじい威力を発揮している。これにはアルヴィーも、まり子も、そして健も驚くばかりだ。使いこなすことが出来たならきっと戦力は今の倍以上になるだろう。烏丸も生前に口にしていたが、風は万能の力だといえる。
「……うーん……」
エーテルセイバーを掲げて、ふと健は真剣な表情で掲げたエーテルセイバーを見つめる。
「健、どうした?」
「いや……まだ何かあるはずなんだ。今までも明かりの代わりになったりとか、空気中の水分を凍結させたりとか、敵をビリビリしびれさせたりとか、そういう効果があったじゃん」
「確かに、の」
「これだって超高速移動とか空中浮遊とか以外にまだ何かあるよ、きっと!」
風の力をまとったエーテルセイバーを指差しながら、興奮ぎみに健が推測する。
「ルーラとか、テレポとか、そういうワープできる能力があってもいいよね!」
「それよお兄ちゃん。念じたら何か起きるかもしれない!」
「健、ものは試しだ。ワープできるかどうか、念じて確かめてみよう」
超高速移動と、空中浮遊。他に特殊効果があるとすれば行きたいところにいけるワープ能力。簡単に言えばルーラの呪文のような力だ。
「ワープだ、ワープしろ……ワープしろぉ……!」
念仏でも唱えるようにそう呟きながら、健は行きたい場所を思い浮かべる。駅前の自宅アパートや、実家がある滋賀県の大津市、幼馴染みのみゆきの家、大阪市、大阪城公園、バカンスをしに行った南来栖島、そして葛城あずみや妃みどり達と出会った高天原市――。
「ワープしろおおおお!!」
言葉に出来ないほどものすごい形相で叫んだ瞬間――本当にワープしてしまった。健だけでなく他の二人も巻き込み――。
「……わ、ワープした」
「ふっしぎ〜、まさか本当にワープできるなんてね」
「そのとき、不思議なことが起こった……という感じだの」
ワープした先は京都市役所前の大通りだ。言わずもがな、健が行ったことのある場所である。
「やっぱりワープ出来たんだ! すっげー!」
「よかったな! これでいちいち影や隙間に入らずに済むぞ!」
「これなら移動も楽チンねー!」
大の大人が三人そろって大通りの真ん中で大はしゃぎ。修学旅行中の学生と見まがうほどのはしゃぎっぷりだ。――とりあえず、行きたいところにワープして行けることがわかったことで風のオーブの有用性が改めて証明された。
「そうだ、これでゴハン食べに行こうよ!」
「メシか、どこまで?」
「みゆきが働いてるところ!」
「なにそれ、行きたい! 行きましょ!」
健が再び風のオーブを使って、行きたい場所へとワープを行う。行き先はみゆきが働いているファミレス――『トワイライト』だ。