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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第11章 女・王・再・誕
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EPISODE200:女王となった日


 その晩――湯煙漂う浴室。その中で、目を閉じて熱いシャワーを浴びているのはまり子だ。ありえないほど長い髪はお湯で濡れており、胸など――局部を隠すようにして裸体にこびりついている。透き通るような肌に、豊かな胸、むっちりとした尻、大事なところを隠す濡れた青紫の髪。

 元々起伏がある体つきだが、より色っぽさを引き立てていた。こうやって体を洗い流すのも久しぶりだ。いったい何日の間、繭の中に入っていたのだろう。今までに蓄えたエネルギーを使って小さな体を今のように作り替えて、本来の姿に戻り――世界が変わったようである。

 自分は嬉しいが、他は急に大人になった自分を見ればどう思うのだろう。不気味に感じないだろうか、いつかのように『化け物』と忌まれないだろうか。――目を半開きにして、まり子はそんなことを考えていた。


(あれからもう、千年も経つのね)



 ――千年前、この世に生を受けたかつての自分の姿が脳裏に浮かぶ。元々、まり子は人間だった。小さな村に住む機織りの娘として生まれた彼女は十八歳になったとき、流行り病にかかってしまった。彼女以外の村人も流行り病にかかっており、みな死の恐怖に怯えていたのだ。医者からは、もってあと一年か二年かしか生きられないと申告された。そこまで彼女の体は病魔に蝕まれていたのだ。

 いつ死ぬかわからない状態であり、外に出たくても出られない。自由に遊ぶことすらできない――病気が治ることは無く、親に迷惑をかけるばかり。親想いで明るく優しい子だった彼女にとっては耐えがたいときだった。まり子も両親も毎日のように願っていた。「長く生きたい」と、或いは「どうか長く生きてほしい」と。流行り病に苦しむ最中、彼女が住んでいた村にひとりの商人が訪れた。商人は流行り病に苦しむ村人たちに薬を売った。安価で飲めばどんな病でも治し、しかも不老長寿になれるという夢のような薬を。

 もし今のまり子が過去の自分に会えたら、彼女はこう言っていただろう。「そんな都合のいい話があるわけがない」、と。事実――商人が売ってきた不老長寿の霊薬を飲んだものはみな元気になったものの、数日経てば病気がぶり返したように苦しんだ挙句体が動かなくなり――死んでしまった。そしてまり子も同じように苦しみ、意識を失った。

 気がついたときには――まり子は焼け落ちた家の中におり、大好きだった両親は無惨な姿で横たわっていた。両親だけではない――商人を信用せずに薬を買わなかったものも皆血祭りに挙げられていた。屍血山河。家屋はほとんどが焼かれ崩れ落ちていた――滅ぼされたのだ、何者かに。やがて廃墟と化した村で立ち尽くすまり子の前に、あの夢のような薬を売った商人が現れた。


 ――どういうことなの……なぜこんなことを!――


 ――……教えてやろう。あの薬は飲んだものを不老長寿にするものではない。病を毒で裏返し、死の淵へ立たせる。やがて……地獄の苦しみに耐えたものを人ならざるものへと変えるのだ!――


 ――!? うそ、どうして……――


 ――嘘ではない、真実(まこと)だ。そなたはもう人ではない、我らの『仲間』となったのだ。己の姿を見よ、現実を受け入れよ!――



 ――商人の正体は、『もののけ』だった(※当時のシェイドはそう呼ばれていた)。クモ族の女王である彼女が言ったように己の姿を見れば――黒かった髪は毒々しいほどに艶やかな青紫に変わり、瞳は青みを帯びた緑色に変わっていたではないか。あの夢のような薬の副作用に耐えたことにより――まり子は『もののけ』となった。同時に不老長寿となれたのだ。尽きかけていた命が息を吹き返したのだ、本人が最も望まぬ形で――。



(……皮肉よね。もっと長く生きたかっただけなのに、どうしてあんなことになったんだか)


 シャワーを止めて、まり子は壁に手のひらを押し付ける。落ち着いたところで、湯船にゆっくりと浸かる。足元に着きそうなほど長い髪が湯船に広がり埋め尽くす。まり子はまだ目を伏せていて憂いを帯びている。


(――でも、シェイドになってなかったら次郎吉さんにも健お兄ちゃんにも会えてない。糸ちゃんも生まれてない)


 左の乳房に手を当て、再び過去の出来事を思い出す。クモ族の女王の身勝手で村を滅ぼされ、家族も友人も奪われ――挙句、化け物になってしまった。その日からまり子はクモ族の住み処へと連れていかれ、女王の子として暮らすこととなった。周りから冷たい視線を浴びて、毎日のように憎悪と愛情が入り混じった複雑な思いを胸に抱いて、周囲の環境になじめず――そんな暮らしが続いた。だが、そんな彼女に優しく声をかけた者がいた。のちにまり子の忠臣となる二体のシェイド――ツチグモとジグモだ。


 ――おまり殿……と申されたか――


 ――あなたは?――


 ――わしはツチグモと申す。あなたのお守り役を命じられたものだ――


 ――俺はジグモだ。俺も、あなたのお守りを任された。以後よろしくお願いしまする――


 それが出会いだった。里まで連れてこられた経緯から当初は嫌そうな態度で接していたまり子だが、日にちが経つにつれて周りのものと打ち解けていった。そのうち、ツチグモはまり子に何故女王があのような酷な仕打ちをしたのかを話した。

 女王は他の『もののけ』や、退魔の力を持った寺の僧侶たちとの激しい戦いの中で負傷して子を成せなくなってしまったのだそうだ。それでやむを得ず村を滅ぼしまり子をさらったのだ――。だが、まり子にはそんなことなど許せるはずが無かった。女王のあまりにも身勝手で残酷な振る舞いのせいで、人生を無茶苦茶にされたも同然だからだ。しかし――何とかなじめてきたある日、その女王がまり子を呼び出した。


 ――おまりよ……――


 言わずもがな、女王はクモ族の中で最も強く最も大きい化け蜘蛛であった。傲慢で冷酷にして非情であったが、同族に対しては女神のごとく慈悲深い性格でもあった。負い目を感じたか、まり子に対しては実の娘のように愛情を注いでいた。


 ――お母様……――


 ――そなたに、わらわのあとを継がせたいと思うておる――


 ――わたしに?――


 ――我が一族は、代々おなごが長となるしきたりがある。今この中におるおなごは、そなただけじゃ――


 ――わたしだけ……だからわたしを選んだの?――


 ――うむ――


 ――どうして……どうしてわたしじゃなきゃいけなかったの? わたしから父さんも母さんも奪ってまで、わたしに後を継がせたかったの!?――


 ――じゃが、他に方法が無かったのじゃ。そなたには、本当に済まないことをした――


 ――戯れ言をッ!!――


 女王は、煮えたぎるほどの怒りをぶつけてきたまり子に詫びた。種の繁栄のためにやったこととはいえ、やはりまり子からすべてを奪ってしまったことに後ろめたさを感じていたのだ。


 ――っ……――


 ――おまり、わらわを喰らえ。さすればそなたはクモ族の次なる女王となり、不老不死になれる――


 ――っ、喰らうだなんて……親を喰らうなんて、そんなこと……――


 ――どうした、わらわが憎かったのだろう?――


 蜘蛛の子は、自分を産んでくれた母親の体を食らう。年月が経って母親となった蜘蛛が産み落とした子も、同じようにして親を食う。母は子の成長を願ってその身を血肉として捧げるのだ。ある意味――究極の母性愛と言えるだろう。


 ――我が一族は一枚岩ではない。いずれ女王に刃向かうものも出てこようぞ。そういったものも統率するのがこれからのそなたの役目じゃ――


 ――お母様……――


 ――……おまり、わらわはわらわが思うように生きてきた。そなたもそなたの思うがままに生きよ――


 せめてもの詫びか。愛憎入り混じった心境のまり子を、女王は安らかな表情を浮かべて諭した。憎い相手だった。だが、女王の想いをふいにしてしまうわけにはいかない。まり子はためらいを振り切り――ついに身を差し出した女王の体を食らった。血を、肉を、骨を――すべてを食らい尽くした。

 既に人ならざるものとなっていた肉体が、内側から更に別のものへと変わっていくような感覚に見舞われた。女王の血が体内に流れ込んだためか、溢れんばかりの力が沸き上がる。まり子の周囲には――青紫の瘴気が立ち上る。禍々しく近寄るものを遠ざける瘴気、冷酷なまでの威圧感、絶世の美貌――その瞬間、彼女はすべてを兼ね備えた『女王』となった。


 ――お、おまり殿……いったい何が起きたのです、女王様はいずこへ!?――


 ――フフッ! お母様はもういない。わたしに身を捧げてくれたから――


 ――!? ということは……――


 ――そうよ。たった今から……わたしがあなた達の女王となるの――



 膝を突くクモ族の者たち。妖艶で冷たい笑みを浮かべるまり子。そこに立っていたのはすべてを失った不憫な娘ではない。紫の血にまみれた美しくも冷酷な蜘蛛の女王だった。



「……」


 ――不老不死とは、永遠に年をとらず死ぬこともなくなるということ。聞こえはいいが――家族や周囲の人々が死んでも自分だけがそのままで生き残る。そんな状況が永遠に続くのだ。死ぬよりも苦しくて哀しいことだろう。彼女もせっかく掴み取った幸せを失った。

 愛する次郎吉は老衰で先立ち、周囲からの迫害を恐れて我が子であるお糸を親戚の家へ自ら突き放すようにして預け――。悲しむあまり頭がどうにかなってしまったのか。何年もそんな状況が続けば心が荒んで、歪む。普通の人間からすればとても想像がつかない、それだけ恐ろしいことなのだ。


「……今更悔やんでもしょうがないか。過去は変えられないもの」


 手のひらを見つめながらまり子が微笑む。――後ろばかり向いていても何も変わらない。今は前に進むべきなのだ。


「フフッ! 今を楽しまなきゃ♪」


 お湯に濡れた髪をかきあげ、まり子は風呂から上がった。いつもの癖毛がまっすぐ、ストレートになっていた。これもこれで麗しい。


ときどきスッゲー熱くなって、ときどきスッゲー切なくなるQ&Aコーナー


Q:なぜまり子は裁縫が好きなの?

A:自分を産んでくれた機織りのご両親への感謝の気持ちを忘れないようにするためです。ああ見えて親想いなんです。


Q:ツチグモとジグモはどっちが年上?

A:ツチグモです。人間でいえばアラフィフ。ジグモは20代後半のイメージですね。


Q:何故、クモ子は大人になったらいろいろデカくなるの? 主にオパイがでかいみたいだけど。

A:手塩にかけて育てた女の子がナイスバディに成長したら嬉しいでしょう。それと同じことだ。


Q:おまえ夢って知ってるか?

A:それならおれも知ってるし持ってるよ。呪いと同じなんでしょ? 呪いは解かなきゃいけないよね、教会で神父さんに寄付をすれば解いてもらえるかも。


Q:不破さんは?

A:さあ…

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