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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第11章 女・王・再・誕
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EPISODE198:蜘蛛の一族


「あの人たちは、わたしの友達なのよ! 相手の言い分くらい聞きなさいよ!」

「し、失礼をおかけしました……ッ!」


 カッと開いた紫に光る瞳。ツチグモを窒息させんばかりの力でつかんだ右手。――感じられる。まり子から激しい憤りと、やるせなさを。


「ぼ、僕たちも話聞かなくて悪かったと思ってる! だから放してあげて!」

「そうだ、お主の同族なんだろう? 何も殺めることは……」


 怒りを爆発させたあまり蛮行に走ったまり子を、たじろぎながらも止めようとする健とアルヴィー。だがまり子に二人の言葉は届かない。


「お前たちは自分から誰かに手を出すようなことはしなかったはずよ……、誰に言われてやったの? 白状なさい!」

「そ……それは……!」

「言えないの!?」


 それは冷酷な怒りか? 彼女から放たれる今にも殺さんばかりの鋭い眼光と威圧感。ジグモはそんなまり子の傍らで動けぬまま、恐怖で体がひきつっている。


「お……オニグモ殿の命令にございましたッ!!」

「!」


 ――ツチグモとジグモに命令を下していたものの名を聞いたとたんに、まり子がきょとんとした顔になり、力が抜けてツチグモを地べたへ落とす。瞳も紫の光が消え、元の青みを帯びた緑色に戻った。


「……か、体が動く!」

「われらは許していただけたのか……」


 それはツチグモとジグモの体が金縛りから解き放たれたことも意味していた。健とアルヴィーは安堵の息を吐くと彼らのもとに近寄る。


「まり子!」「まり子ちゃん!」

「シロちゃん! おに……」


 まり子が唐突に咳き込む。なぜか「……健さん!」と、呼び方をよそよそしく訂正した。さすがに人前で、今の姿で健のことを「お兄ちゃん」と呼ぶのには抵抗があったのだろうか。それとも身内の前だから恥ずかしく思ってそう呼んだのか。


「おに? 貴様ァ……まり様に何をしたァ!」

「わっ!」


 まり子の言葉を勘違いしたツチグモが健に冷たい視線を向け、ジグモはいきり立ち健に掴みかかる。急に健をつかんだので、アルヴィーとまり子は目を丸くする。


「このぐう畜め! 何をしたのかと聞いている!」

「答えろ人でなし!」

「だ、だから誤解だよ。話を聞いて!」


 これでもかと健に罵声を浴びせるツチグモとジグモ。見かねたアルヴィーは二体を制止しようと割って入る。まり子は――眉を釣り上げて目を伏せている。せっかく怒りが治まったのにまた怒り出しそうだ。


「……ツチグモ、ジグモ」

「は、はい!」「まり様!」

「それ以上その二人にケンカ売ってみなさい、ねじ切るよ!」


 まり子は険しい表情で、腰に手を当て左手の人差し指で二体を指差す。タレ目だからか、つり上がった眉が目立つ。底知れない恐怖と身の危険を感じ、ツチグモはその場にひれ伏す。ジグモはその手を健から離した。どちらも肩が震えている。


「えーと、その……失礼しました!」

「まり様のご友人とは知らず、以前も今回もあなた方を襲ってしまった。申し訳ありませんでした!」


 地面に伏せた二体が健たちに頭を下げる。


「わかってくれれば良いわ。……とりあえず、詳しい事情を聞かせてくれない?」

「ですがどこで……」


 健たちの顔を見上げるツチグモとジグモ。卷属からの問いかけに、まり子は「そうねぇ……」と少し首を傾げ、すぐ健を指差して「この人のおうち!」と宣言した。


「いいけど……って僕んち? 何故に!?」


 話し合う場所として自宅アパートを指名され、健が動揺する。あの二体も含めて五人も入れるスペースがあっただろうか――と、しばし考えたが、すぐ結論が出た。五人くらい余裕のヨッちゃんだ、と。


「健、どうする? ……ツチグモ殿にジグモ殿、もし彼が嫌だと言ったら別の場所で話し合おう」

「いや、いいよ!」

「……ははっ。いらぬ心配だったらしい」


 アルヴィーが豪快に笑う。健もまり子も彼女につられて笑い出す。――殺伐とした空気も和らいできたようだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ツチグモとジグモを連れて一行は健のアパートへ戻る。茶を人数分用意して、ツチグモとジグモに出す食事も用意して、準備は万端。ゆっくり話し合おうというわけだ。なお、まり子は鏡を見ながら先程買ってもらった下着を着けている。


「うまい!」

「普段ネズミとゴキブリばっかりしか食ってないからなあ!」

「あんたらねえ、食事中になに不衛生なこと言ってんの!」


 海苔と一緒に健が炊いた白ごはんを食べ、感銘を受けるツチグモとジグモ。健からツッコまれつつおかずの卵焼きも食べると、「人間にしてはうまいメシを作るな!」と、やや上から目線でものを言う。健はムッとした顔を浮かべた。


「ツチグモ、健さんに失礼なこと言わないの!」


 話を聞いていたのか洗面所からまり子の声が聴こえる。注意を受けてから、ツチグモは何も言わずににっこり笑いながらごはんを食べた。なお、ジグモの方は「うめえ! 超うめえ!」などと、しきりに呟いている。「健さんかぁ〜……」と、まり子から妙によそよそしい呼び方をされて健は気難しそうだ。


「のう、ひとつ訊ねてもいいか? お主らは何故人々を襲っていたのだ?」


 何故人々を襲っていたのかを、アルヴィーがツチグモとジグモに訊ねる。


「ワレワレは元々人間があまり好きではないのだが、別に嫌いだから襲っていたわけではない」

「じゃあ、なんでこの前もさっきも襲ってきたのさ?」

「……オニグモというクモ族の中でもとくに過激な思想を持ったものがいてな。抵抗すれば命は無いと……オニグモ殿に脅されたのだ」

「たぶん信じちゃくれないだろうが、そういう事があったんだよ」

「オニグモか。さっきも言っておったな」


 ツチグモとジグモによれば、過激派のオニグモというものに脅されて仕方なくやっていたようだ。更に同じ思想を持ったものからは『御大将』と呼ばれていることも告げた。


「……ところでクモ族って?」

「同じシェイドでも複数の種族に分かれていることを、あなた方は知っておられるだろう?」

「そういえば……」


 シェイドの種族について黄色い体のツチグモが健とアルヴィーに語る。――思い返せば、確かに彼が言う通りだ。どのシェイドも同族が複数いるし、種族自体もたくさん存在している。レッドヤンマやソルティヤンマなどのトンボ型、アクセルジャガーなどのジャガー型、オオカミ型のファングウルフェンなどがいい例だ。上級のシェイドにも何体か低級と同じ種類のものがいる。


「この二人はねー、ちょっと頭が硬いけど一族全体として見ればまだまともな方なの」


 着替えを終えたまり子が洗面所からやってくる。クモの巣柄で、袖や襟にもクモの巣の意匠がみられる黒いワンピース。その下に先程買ったチューブトップを着けたりスパッツや紐パンを穿いたりしているのだ。


「……そんなにオニグモっていうのはやばいヤツなの?」

「ああ……そうなるな」

「以前の警察との一件が過激派連中の癇にさわったのかもしれん」


 白黒の体のジグモと黄色い体のツチグモが健の問いに即答、恐怖によるものか声が震えている。以前起こった事件についても述べており、当事者だったまり子は複雑な顔を浮かべる。――子を殺された怒りから警察の戦闘部隊を殺害してしまったのである。健にこの事件についてをすべて打ち明ける前からずっと心の中で引きずっていた。本当は人間を憎んでおらず、むしろ好いていたからだ。


「だからって、人に危害を加えたりしてもいいわけがない!」

「すまなかった。正直、何故ああしたのか自分でも悔やんでいる」

「どう、お詫びしたら良いものか……本当に申し訳ない」


 悪人ではないということはわかったが、彼らがまり子を連れ戻そうとしてやったことがやはり許しがたかったからか健が二体を諌める。


「ねえ、今後一切人間を襲わないって約束できる?」


 まり子が己の眷属である二体に問う。一族の長である彼女からの命令だ。もし背けばどうなることだろう――。


「え?」

「二度と、わたしと同じ過ちを犯してほしくはないの」

「……わかりました、まり様」

「われら、今後一切人間に手を出しませぬ。そう肝に銘じます」


 ツチグモとジグモは膝を突き、主君の前で人間に二度と手を出さないことを誓う。――その決意は堅い。なお、出された食事は完食していたようだ。


「……それで、お主らはこれからどうするんだ?」

「ひとまずオニグモ殿の動向を探ろうと思っております」

「まり様とそれから、ご友人の方のお役に立てることなら何でも致しましょう」

「そうか、かたじけない。またいつでも連絡してくれ」


 立ち上がると今後何をするのか、ツチグモとジグモは健たちに告げた。そのまま玄関へ向かう。隙間と影があるだろう――というツッコミは野暮である。その辺は主と同じで神出鬼没なのだから。ちなみに連絡はテレパシーで伝えるという形でするそうで、健は「テレパシーか……まるでエスパーだね!」と感激していた。


「行っちゃうのか?」

「うむ。まり様のことは、ひとまずあなたに任せましょう」

「間違ってもまり様にやましい気持ちを抱くんじゃないぞ!」

「や、やましいことなんてしてないよっ!」

「じゃあ、二人とも気を付けてね」

「「まり様も、お元気で!」」


 健たちにあいさつをしたあと、ツチグモとジグモは玄関のドアを開き、アパートをあとにした。健たちも玄関から茶の間に戻る。


(そういや聞き忘れたな。あいつらが言ってた次郎吉さんって人が、何なのか……)


 健がふと、窓の外を見ながら聞き忘れたことを思い出す。それは一番重要なことだったのかもしれない――。


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