EPISODE196:土蜘蛛と地蜘蛛
百貨店を飛び出し、サーチャーが示す場所を目指して街中を駆け抜ける三人。百貨店より少し離れているようで、画面に映った点は小さい。この点と音が大きくなればなるほど、シェイドに近づいている証拠だ。
「まだなのかッ」
焦ってはいない。健は急いでいるのだ。こうしている間にも人々が襲われている、罪なき命が奪われようとしている。時間はないのだ――。
「!」
オフィスビルの付近でレーダーに点が新たに二つ映る。すぐ近くにいるのか大きな音が鳴っている。立ち止まって辺りを見渡すと、道路のコンクリートの亀裂から影が二つ飛び出してきた。
(……クモ? まさかこいつら、この前の……)
どちらもクモを彷彿させる容貌のシェイドだ。どちらも細身で全身に節を思わせる突起がついている。体の色は片方はトラを彷彿させる模様が入った黄色で、もう片方は白黒。どちらも鋭いカギ爪を備えている。目は三つだ、黄色い方は目が紫で白黒の方は目が青い。――この中にいる全員が二体に見覚えがあった。健とアルヴィーは以前廃工場で彼らと戦っており、まり子は彼らとは同族。彼女の卷属に当たるのだ。
「こんなところにおられたのですか、まり様! 探しましたぞ!」
黄色いクモが前に出てまり子に声をかける。左胸に手を当てるようにして頭を下げていた。
「人間どもに討ち取られたと聞いたときから、ワタクシどもは心配しておりました。まり様が死んでしまったのではないかとばかり……」
続けて白黒のクモがまり子の身を案じていたことを告げる。
「ツチグモ、ジグモ……お前たち、何しに来たの?」
動揺するまり子。表情が曇っているせいか同族に会えたのにあまり嬉しくないように見える。
「ワレワレはあなたを連れ戻しに来たのでございます! さあ、そんな連中と一緒にいないでこちらへ!」
「イヤよ! まだ戻るわけにはいかない」
「何故です、まり様!?」
ツチグモらの誘いを断るまり子。「貴様らか……やはり貴様らがまり様におかしなことを!」と、ジグモは敵意のこもった視線を健とアルヴィーに向ける。
「おかしなことなんて吹き込んでないよ! それにまり子ちゃんは自分から僕に接触したんだ!」
「そうだ、第一たぶらかしてもいない!」
「なにぃ? 見えすいたウソをつきおって!」
「ウソじゃないわ、この人たちの言う通りよ。わたしからこの人に近付いたの!」
かけられた疑いを晴らそうと事情を説明する健たち。まり子も一緒になって説得を試みる。
「ウソだ。次郎吉殿を亡くしてから人間とはもう二度と関わらないとおっしゃったまり様が、今になって人間に接触するなどありえん!」
「やはりこいつらがまり様を騙したんだ。これだから人間は信用できない!」
だがツチグモとジグモに説得は通じず、二体は歯ぎしりして怒りをぶつける。既に戦闘態勢に入っているようだ。――ちなみに次郎吉とは、かつて何百年も前にまり子が愛した人間の男性である。
「違うの、話を聞いて。わたしは……」
なおも二体へ説得を試みるまり子だが、二体は聞く耳をもたず、「まり様、目を覚ましてください!」「そうです、惑わされてはなりませぬ!」と詰め寄る。
「くそっ……!」
悔しいが、どうやら話し合いが通じる相手ではなさそうだ。健は長剣・エーテルセイバーと龍頭を模した盾――ヘッダーシールドを構える。
「やるしかないのか!」
「仕方ない。口で言ってもわからないなら体で教えてやらねば」
アルヴィーも両手を龍の爪に変えて身構える。――無常だ。相手は頑固で話すら通じない。戦ってわからせるしかない。これしか方法が無いとは悲しいものだ。
「っ――」
健とアルヴィーは自分にとって大切な仲間だ。ツチグモとジグモは卷属、わかりやすく言えば身内。――どちらにも手を出すことなど出来ない。今は黙って見ることしか、まり子には出来なかった。
「シャァァァァ!!」
「ぬんッ!」
白黒の体のジグモが健にカギ爪を振りかざす。盾で弾き返すが、ジグモは次の瞬間に口から糸を吐く。
「なにッ」
「食らえ!」
粘着性の強いクモの糸が健の体にくっついて離れない。もがけば逆に自分の首を自分で絞めることとなる。身動きを奪ったところで、ジグモは肩に生えた突起を伸ばして健を切り裂く。
「ぎゃあぁぁぁッ」
赤い血を吹き出しながら健が宙へ放り出される。そのまま地面に叩きつけられた。
「しまった!」
「健お兄ちゃん!?」
アルヴィーとまり子が健の方を向いて叫ぶ。刹那、黄色いツチグモが腕を振り上げてアルヴィーへ殴りかかる。アルヴィーは相手の拳を左手で受け止め強く握る。
「何の真似だ。私たちを殺そうというのか」
「お前らがまり様を返さぬからだ、この悪党どもが!」
「まるで私たちがまり子を誘拐したような言い方だな。さらってなどおらぬ、何度言えばわかるんだ!」
「聞く耳持たん!」
「このわからず屋!」
口論の末、アルヴィーは右手を叩きつけてツチグモをのけぞらせる。両手の龍の爪を元に戻して、アルヴィーは左足で鋭い蹴りをツチグモの顔面に浴びせた。
「この女ぁ!」
「ぬぅ!」
ツチグモに加勢しようとジグモが掴みかかる。起き上がった健が駆けつけ横一文字にジグモを斬って突き放す。紫の血が飛び散った。
「ツチグモ、ジグモ!」
身内が自分の仲間と戦っている。なぜ戦わなければいけないのか。本当ならば話し合いで解決できたはずなのに、なぜツチグモとジグモは自分たちの話を聞いてくれないのか? 今は唇を噛み締めて、ジッと見ていることしかまり子には出来ない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どこかのビル内の地下駐車場でも戦いは始まっていた。ビームを撃ちながらカルキノスに近付く銃使い――市村正史。対するカルキノスはビームを弾いて応戦する。
「まさかお前、まだカニがかませ犬だとかヘタレだとか思っちゃいないだろうな!?」
「カニはそういう不幸の星のもとに生まれた生きもんなんや、あきらめぃ!」
右手のハサミで殴りかかるカルキノス。横っ飛びで攻撃をかわすと市村はカルキノスの顔面にビームを一発撃ち込む。火花を散らしてうめき声を上げながらカルキノスは後退。
「いてぇじゃねーか、仕返しだ!」
両腕を交差させ少し気合いを入れるとカルキノスは口から大量に泡を吐き出す。吐き出されてすぐに弾けとんで火花を散らし市村を眩惑する。
「うりゃー!」
「あだっ!」
カルキノスは飛びかかってハサミを市村に叩きつける。次に左手で首を掴み――右手のハサミでぶっ飛ばす。市村の体は駐車場の壁に激突した。
「やるやんけぇ……」
市村の顔と服は傷ついている。だがまだまだいける、戦える。右手に握った大型銃――ブロックバスターにはエネルギーが充填されている。
「へっ。カニをなめんじゃねえ」
「お前さんこそ、たこ焼き屋なめたらあかん」
市村が銃口をカルキノスへ向ける。光が収束している。引き金を引くと極大のビームが一発カルキノスに放たれた。
「のおおおお!?」
極大ビームは着弾して爆発を起こし、カルキノスは吹っ飛んで地面を転がる。カルキノスの体には黒いコゲがつき煙を上げている。
「す、すげえ……あの銃持ったやつなにもんだ」
腰を抜かしたままの鎌瀬が呟く。逃げようと思えば逃げられたはずなのだが、立てなかった。カルキノスと市村――双方におびえているからだ。
「く、くそぅ」
「硬いやっちゃー。せやな……たまには違うの使ったろか」
ブロックバスターをくるくる振り回して、市村は銃口から上がった白煙を息で吹き消す。
「交換や!」
市村は車の影にブロックバスターを放り込む。すると影からメタリックブルーのランチャー砲が飛び出した。「あー重たッ!」と、市村は両手でランチャー砲を持ってカルキノスに向ける。腰を深く落として両手で持っていることから相当な重量があるのだろう。反動も強そうだ。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「ばっバズーカか!?」
カルキノスと鎌瀬が目を丸くする。武器を交換したのかと思えばこんな物騒なものに持ち変えたのだ。驚くのも無理はない。
「こいつは名付けてバーニングランチャー! 連射は利かへんけど威力は抜群や!」
「なに言ってやがる。その程度のもんで俺様自慢の甲羅をぶち破れると思ってんのか?」
バーニングランチャーを手に持った市村を前に威張るカルキノス。だが虚勢だ、見るからに市村の方が余裕がある。
「さーな! 硬い甲羅も崩れるかもしれまへんでぇ?」
「ぐぬぬ……」
余裕の面構えでバーニングランチャーを構えている市村。焦り始めているカルキノス。腰を抜かしていて動かない鎌瀬。既に勝敗は見えている。
「行くでぇ……!」




