EPISODE195:ぶっちぎる本能
「うるさいのぅ……なんの騒ぎだ」
体が大きくなったまり子が健に近寄って抱きついた際に彼が上げた叫びを聞いて睡眠を妨害されたか、アルヴィーが目を覚ます。目は半開きで髪は寝癖が目立っており、うっすらと周囲の景色が見える。ありえないほど長い青紫色の髪を伸ばした女性とその女性に近寄られて興奮……いや緊張している健の姿も。
「やっと顔が届くわ! んー、んー……」
「ちゅちゅチューは、ちょ、ちょっと……」
「堅いこと言わないでよぉ。んー」
健に接吻しようと迫るまり子。対する健は戸惑いながら腰を抜かして後ずさりしている。目を丸くして汗もかいていて実にわかりやすい。
「おっ、お主……まり子かッ!?」
頭の方もやっと覚めたか、アルヴィーはくっきりと二人の姿が見えるようになった。髪の毛で局部が隠れただけの裸体で健に寄り添う女性の姿を見て――目を見張った。
「そうだけど。どしたのシロちゃん?」
「や、やややや……やべえ」
まり子の言動はいつもと変わらない。だが口調は悩ましく、声は色っぽい。極めつけはその豊満なプロポーション、それだけでもだいぶ印象が違ってくる。あまりに色っぽくしかもいきなり抱きついたりしてきたので、健は嬉しそうに悶えていた。
「私らが寝とる間にずいぶん背が伸びたな!」
「フフッ! まあね!」
ニッコリ笑うまり子。まだ服を着ていない。生まれたままの姿だ。乳神様――もとい、アルヴィーに匹敵するほどの豊かな胸が目立つ細身ながらむっちりとした体つき。くびれた腰。これまたむっちりした尻と太もも。実に理想的なプロポーションだ。
「やべえ、理性が……吹っ飛びそうだよ」
健がにんまり笑って鼻の下を伸ばし、鼻から血を出す。
「……ハハハハハハ!!」
「「!?」」
「このままぶっちぎるぜぇ!!」
自身で危惧したように理性が吹っ飛んだような高笑いを上げる。そこで健はぶっちぎって豪快に鼻血を噴いて白目をむき――ぐったりと倒れた。
「……どうしよう。ぶっちぎっちゃった」
「なに、しばらくすれば立ち直るだろう。とりあえずまり子、服を着るんだ」
「けどお風呂は? 入った方がいいでしょ」
「朝風呂したいのか? 別にあとからでもいいだろ」
「フフッ、そうよね!」
本当はこのまま朝風呂といきたかったまり子だが、話し合った結果風呂は後回しに。せっせと針と糸と生地を用意すると、服を縫い始める。髪の毛をうねらせて蜘蛛の脚に変え、テキパキこなしていく。肉体が成長して本来の姿に戻った影響か、脚もより大きくなり禍々しい形状になっていた。黄色と黒のしましま模様が入っていて恐ろしい。
「できた!」
このくらいは朝飯前なのかあっという間に服を仕立てた。大きくなる前に着ていた服を大人用にアレンジしたデザインだ。やはり黒を基調としていて蜘蛛の巣の意匠が襟や袖などところどころに見られる。今回は柄だけではないようだ。
「でもちょっと目立つかな〜」
「それだけ髪長かったら嫌でも目立つだろうに」
「フフッ、そりゃそうか♪」
朗らかに笑い話し合うまり子とアルヴィー。一方で健はまだ気絶したままだ。「……天国みたいだぁ……」と、あさっての方向を見て何やら呟いていた。
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しばらくして健が正気に戻ったあと、三人は外に出て駅前の百貨店へ向かう。百貨店のどこへ行こうとしていたかというと――下着売り場。なぜそこなのか? 理由はまり子が繭の中にいる間に着ていた衣類がすべて溶けてしまったからだ。なんでも、繭の中では一部神経等は残したままで体をいったんドロドロに溶かしていたのだという。――そうやって体を成長させるとは、まるで虫だ。元よりまり子は人間に化身したクモのシェイドなのだが――。それはともかく、健は通行人から見れば両手に華といえる状態だ。両脇にいるのはどちらも美人。性格にややクセはあれど美人だ。妬みたく、いやうらやましくなることうけあい。
「えーと、伸縮自在のやつは……」
下着売り場に着くと、健はまり子が着る下着を探し始める。大きめで伸縮自在という条件に見合うもの――。
「あった!」
「え……これを、わたしが?」
「そうだよ! 嫌なら違うのにする」
「まあ……いっか。うん」
やや戸惑うまり子をよそに健は下着探しを続ける。実際は違うのだがこれではまるで恋人同士のようだ。最終的にチューブトップとスパッツと紐パンを見つけて、レジへと持っていく。
「お会計七千五百円になりまーす」
「はーい!」
合計で七千五百円。一万円を支払いおつりの二千五百円をもらう。下着一式の入った袋を持って健は下着売り場をあとにする。
「しかしスパッツに紐パンか……お主、チチだけではなくそっち方面にも造詣が深かったんだな」
「いやいや、単に僕の好みなだけさ」
「スパッツかー。わたしそんなに活動的じゃないけど、お兄ちゃんが買ってくれたのならそれでもいいや」
「そっか! スカート短いアルヴィーに履かせた方がよかったか!」
「私の分も別に買って欲しかったのぅ……」
楽しそうに話をしながら店内を歩き回る三人。もう昼も近いのでそのまま百貨店の中で食事をとることにした。
その頃――どこかのビルの地下にある駐車場。
「っあー……」
やる気の無さそうな警備員の男性がかったるく伸びをする。
「やっと就職できたと思ったらこれだぁ。どうせなるなら公務員になりたかったぜ。ビルん中のオフィスでさー!!」
この男性が愚痴りたくなるのも無理はない。地下駐車場の警備というのは数ある仕事の中でもとくに儲からない部類に入るからだ。他にはティッシュ配りや交通量調査などがある。これらはとくに最悪な方だという。どうせなら公務員としてオフィスで働きたかったというその気持ちはわからないまでもない。
「あーあ、つまんねー」
警備員が机に足を乗せて仕事をサボり始める。退屈すぎて仕事をする気にも様子だ。だが停めてある車の影から――何者かが姿を現す。オレンジがかった茶髪でカニを正面から見たような奇抜な髪型の男性だ。
「おい!」
「あ゛ぁ? どちらさまでいらっしゃいやがりますかぁ!?」
声をかけられてイラついた警備員が部屋から出て、カニっぽい髪型の男に顔を近づけてメンチを切る。
「お前、エスパーか?」
「なに言ってんだてめえ?」
「とぼけたって無駄だ。エスパーかどうか気配でわかるんだよ」
「へえ、この俺様が元グリーンスネークのリーダーの鎌瀬様だって知ってんの?」
誰も聞いていないようなことをベラベラとしゃべる警備員――否、元グリーンスネークの鎌瀬。一度健に完膚なきまでに叩きのめされたことがある彼だが、あれからなんとか就職できたようだ。しかし現状は先程の通り。好き放題やっておいて良くもまあ定職に着けたものである。
「んなこたあ今はどうでもいい。お前は今から死ぬんだからな」
「ッ!?」
カニっぽい髪型の男の体があぶくに包まれ――その姿を変えていく。カニを正面から見たような形状の頭部、右手に巨大なハサミ、左の手の甲にも鋭いハサミを備えているカニのような怪人だ。金属的な硬い殻に覆われており、全体的にロボットぽくも見える。
「うりゃ!」
「うげえええ〜〜ッ!」
カニの怪人――カルキノスは早速鎌瀬を右のハサミを殴り首を左手で掴む。
「て、てめえ……しぇ、シェイドか!?」
「今さら気づいても遅いぜ? エスパーひとりにつき百万円もらえることになってんだ。百万はいただきだ!」
そのまま鎌瀬にもう一発浴びせようとするカルキノス。だが、そこに何発ものビームが飛んでカルキノスを妨害する。
「なんだよ!」
鎌瀬を投げ捨ててビームが放たれた方角に振り向くカルキノス。ビームを撃ってきたのは青髪の若い男性だ。レザーファッションで身を固めている。
「なんや、お前まだ生きとったんかい!」
「げ、お前はこの前の!」
メタリックブルーの大型銃を構えた青い髪の男性がカルキノスに近寄る。銃口をカルキノスに向けたまま。流暢な関西弁でしゃべったりしてコミカルな反面、気性が荒そうな性格をしている。
「鍋にブチこんでしゃぶったろか、カニ野郎!」
「ドタマかち割ってやろうか、ヘタレ銃使いがぁ!」
「上等じゃみそっかすゥ!!」
地下駐車場で対峙するカニのシェイドと銃使い。おびえて震えている鎌瀬。戦いの火蓋が切られようとしている。
「……あっ!」
一方で健たちも、持ち歩いていた白い円形の機械――シェイドサーチャーが反応をキャッチ。
「サーチャーが反応してる。お昼食べに行けそうにないや!」
百貨店の外へと健が走り出す。
「善は急げだ。参ろうぞ、健!」
「フフッ、ストレッチにはちょうど良さそうね!」
アルヴィーとまり子も走り出し、すぐに健と合流。サーチャーが示す場所へと向かった。
Q&Aコーナー
Q:まり子、サンダルはどうしたの?
A:はいてますよ。何故かまり子が成長するとともにサイズも変わったようです。本人が本来の姿に戻ったことでサイコパワーが強くなった影響かな?
Q:鎌瀬まだ捕まってなかったの?
A:そのようです。ま、今回が潮時でしょうな。
Q:大人まり子のオッパイはどのくらいあるの?
A:アルヴィーより一回り小さいくらい。でもでかいよ。