EPISODE194:繭の中から
フライドチキンと肉まんを食べながら兜ライダーMAXを見て盛り上がり――アルヴィーが風呂に入った。彼女から先に入ってそのあとに入ることになっている。アルヴィーの入浴中に、健は布団を引きつつまり子が入った繭の様子を見ている。
「あやつと一緒に暮らして、もう何ヵ月経っただろうか」
シャワーを浴びて髪や体についた汚れを流す。体の芯まで熱さが伝わってくる。頭と体を洗い終わったアルヴィーはそのまま浴槽へと足を突っ込んで浸かる。体にこびりついた濡れた髪がこれまた色っぽい。
「一向に記憶が戻る気配がない……何かしら思い出してもいいはずなのだが」
――どういうわけか彼女には、この世に生まれ落ちたときの記憶が無い。シェイドの寿命は人間より遥かに長く、有史以前より生きていたとされているほどだ。長いときを生きてきた中でこぼれ落ちた記憶もある。アルヴィーの抜け落ちた記憶もきっとそうなのだろう。
「いや……気にしていてもしょうがないか。どうせ大したことじゃないだろうしな」
――彼女もまたひとりで悩みを抱えている。だがひとりで解決できそうな雰囲気に見える。失ったものは大それたものではないと本人は述べているが、果たしてアルヴィーが失った記憶とは何なのだろうか。真相は未だ闇の中である。
「健、上がったぞー」
風呂から上がったアルヴィーは体を拭き、髪をドライヤーで乾かして寝間着を着るとそのまま寝室へ。健に風呂に入る順番が回ってきたことを告げる。彼女の寝間着は、意外にもセーターと長ズボンだ。いつもはもっとハレンチな格好なのに何故暖かそうな組み合わせなのだろうか? 元々人間味のあった彼女がより人間くさくなったということか。
「よっしゃ、おっふろー!」
あらかじめ寝間着やバスタオルを用意して寝室でくつろいでいた健は早速風呂場へ行こうとするも、「ところでまり子の様子は?」と、アルヴィーから訊ねられた。「まだ出てきてくれないみたい!」とアルヴィーに振り返って答えると、健は風呂に直行。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アルヴィー、あれからどうー?」
「まだだ……まだ顔を見せてくれない」
健が風呂から上がっても、未だにまり子は繭の中で眠ったまま。このまま出てこないのだろうか。
「あれから電気ストーブを近くに置いたり、部屋の窓を全開にしたり、いろいろ試してみたのだが……」
「うげぇぇぇ〜〜、なにこのカオス! 暖かいのと寒いのがあわさって最強に頭がおかしくなりそうだよ! そう、最強に!」
アルヴィーが言うように、寝室は電気ストーブが繭のすぐ近くから熱を放っていたり部屋の窓が全開で外から冷たい風が入ってきたりと、それはもうしっちゃかめっちゃかな状態になっていた。いったい何を考えて寝室をこのような状態にしたのだろうか。さっぱりわからない。
「一応エッチな本もたもとに置いたのだが、見ての通り」
「もはや打つ手なしかぁ……」
繭のたもとに置かれていたのは――エッチな本。そう、エッチな本だ。水着姿のお姉さんが表紙を飾っているけしからん雰囲気の。
「ってどこで見つけたのさァァァァ! 見つからないところに隠しといたのにぃ!!」
「見つからないところ? お主がそう思うのならそうなんだろう。お主の中ではな」
コレクションの中でもとっておきだった本をとられて激しく動揺する健へ、アルヴィーは容赦無い一言を突きつける。
「ふぅ」
エッチな本を片手に安堵の息を吐くと、健は「今はそれどころじゃない、いつになったら姿を見せてくれるんだろうか……」とまり子の身を案じる。
「何ならトンカチかなんかで割ってみるか? まあ、ドロドロしたなにかが出てきそうだが……」
いっそ繭を無理矢理割ってみないかとアルヴィーが持ちかける。もちろん健は「無理! そんなんできないから!」と白目をむいてアルヴィーにツッコんだ。
「こういうときは……相談してみよう」
「相談なら乗るぞ?」
「いや、アルヴィーじゃない。僕の家族」
「ハハハ、そうかそうか」
談笑したあと、枕の近くに置いてあった携帯電話を手にとると――健は電話番号を入力。母親の携帯に電話をかけたのだ。
「もしもーし」
「健ー? 急にかけてきてどないしたん?」
「ちょっと相談したいことがあんねんけど〜……いい?」
健が母親の――東條さとみと通話を始める。東條家が使っている携帯電話のメーカーはHARDBANK。GUやAsocomoと並ぶ日本を代表する電話会社だ。
「ええよ、言うてみ〜」
「こないだ同居人の白石さんの親戚の子連れてきたやん?」
「まり子ちゃんやんな? その子がどないしたん?」
「なんや知らんけど引きこもってしもうて……」
困り果てた表情で事情を話す健。ちなみに健の口調が関西弁になっているのは、実家が京都のすぐ近く――滋賀県にあるから。滋賀といえば近畿のでかい湖があるところである。健はそこの出身なのだ。
「引きこもり!? それは大変やなぁ……まり子ちゃん、今どこで何してはるん?」
「えーと、なんちゅうか、その……文字通り自分の殻にこもってるみたいな感じやな」
「ひえ〜、やな〜」
両者ともに困り顔を浮かべる。だがさとみのおっとりしていて優しい声を聞いて健は少し気持ちが安らいでいた。
「殻の中っちゅうことは、部屋にこもりきりってことやね?」
「そうなるなぁ。開けよう思っても全然開けてくれへんし、声も出してくれへん」
「ほな、お手上げか〜……」
母親に相談してみるもいい案は浮かばず。諦めかけた健だが、さとみはそこで「綾子〜、健が相談に乗ってほしいんやって〜」と、電話を綾子に変わった。綾子とは健の姉で――気さくで明るく、竹を割ったようにさっぱりした性格だ。学生時代は軽音部だったらしい。
「あ、姉さんに変わってくれんのん?」
「ハーイ変わりましたー☆」
「姉さん!」
おっとりした母とはうってかわって元気いっぱいで陽気な声が聞こえてきた。健の姉の綾子のものだ、さとみと代わったのだ。
「話は聞かせてもろた。この前連れてきた白石さんの親戚の子がヒッキーになってるんやって? そりゃかなんなぁ」
「かなんやろー? 僕も白石さんも、お手上げなんよ」
「せやからって自分らからなーんもせえへんのも、ウチはどうかって思うけど?」
「え?」
「アレよ。要するにまり子ちゃんはATフィールド張ってるんやろ? ちょっと荒療治になるけどなー、無理矢理こじ開けたったらええ」
反応が無いからとはいえこのまま放っておくのもダメだ。自分の殻に閉じこもっているのなら無理矢理こじ開けろ、と、綾子は愛する弟に告げる。
「い、いや、でも……」
「問題はこっからやで。あんたはまり子ちゃんとおんなじ部屋で一緒に寝るんや」
「いいい一緒に!?」
「なにビビってんねん。あんた男やろ? ドカンと一発かましたりぃや、ドッカーンと!」
「ドッカーンってやるんやな? やったろやったろ、いっちょやったろ!」
「そうそう、プロポーズする時もそれは同じやで。当たって砕けろー!」
「う、うん、せやね」
健は電波の向こうで腕を振る姉の姿が見えたような気がした。エスパーとしての能力の一環なのか家族だからか、通話中に家族の姿が頭の中に浮かぶのだ。歓喜する一方でみゆきとの恋愛関係のことをおちょくられて、健は動揺する。
「――ウチから言えることはざっとこんくらいやな」
ハイテンションな言動から一転して、落ち着いた口調で綾子が告げる。すると「おかーさーん」と言って、さとみに代わった。
「ほな、頑張ってな〜」
「うん、頑張るわ。今日はありがとう! またお土産持ってくしな!」
「ええや〜ん。今度はどこ行ってきたん?」
「高天原やで! めっちゃ楽しかった!」
「よかったやん! また帰っといで、楽しみにしとくさかいな〜」
そこで通話は切れた。土産に買ってきた饅頭とクッキーは家族にあげる分が残っている。これを後日、実家へ持っていくのだ。
「……ふふふ。二人とも元気そうだの」
「また顔見せなきゃね。さあて……」
頼もしい表情の健を見てアルヴィーが優しく微笑む。寝間着の袖をまくって気合いを入れ、立ち上がると――健は繭の近くへ。両腕で繭を下からがっしり持ち上げる。
「何をするんだ? あまり乱暴に扱わない方が……」
「まあ見といて。むうううううううーーんッッ!!」
健は唸り声を上げて引っ張り――そのまま繭を繋ぎ止めていた柄から引きちぎる! ちぎった反動から健は床にすっ転んだ。
「お、おい……健、お主!」
「あいたた……ちょっとやりすぎたかな。手がねちょねちょするなあ」
健の体にはまり子が眠っている繭がねっとりとくっついている。人がひとり入っているだけあって大きさもかなりのものだ。引きちぎられてそのまま乗っかるほどに。
「どうするんだ。このまま一緒に寝るのか?」
「そうさ」
アルヴィーは繭を持ち上げて健からどかし、健を自分の布団へと移動させる。繭も彼の隣へと運んだ。
「歯磨きは済ませたか?」
「風呂上がりにやったよ!」
「そうか。じゃあ消すぞ」
健が繭と一緒に布団を被ったのを見て、アルヴィーが電気を消す。暗闇の中だ、何も見えない。窓は少しだけ開けて網戸にしている。カーテンが開いているので外の景色をバッチリ見ることが出来る。今夜は満月だ。雲が薄く月に被さっていて周囲には散りばめられた星々が輝いている。
「はやく……出てきてくれよ……」
おぼろげに寝言を呟く健。なかなか繭から出てこないまり子に会いたい一心で呟いたのだろう。――わなわなと繭が震える。ひとりでに布団から転げて飛び出すと部屋の隅で止まり、一筋の亀裂が入った。だが健もアルヴィーも深く眠っており、そのことには気付いていない。
やがて繭を破って――中から一糸まとわぬ姿の女性が現れた。体には液体がべっとりくっついている。繭から出てきた女は暗闇の中でうっすらと見える己の手のひらを見つめる。目線の高さが、髪の長さが、胸が、いままでとは明らかに違う。胸に至ってはその手で揉めるぐらいだ。この時がよほど待ち遠しかったのか、彼女は喜びをひとりで噛み締めた。視線を健の方へ向けると――彼女はうっとりした笑みを浮かべて布団に忍び寄る。おどかしてやろうと思ったのか、それとも――。
「おお……女王様が蘇った!」
「おれも感じたぞ……。生命の息吹を、女王様の波動を! 体が興奮してきやがったぜぇ……」
同時刻、都内の某所。静まり返った深夜のビル街で二人組の怪人が話し合っている。どちらも蜘蛛を彷彿させる姿で片方は黄色と黒のトラのような体色、もう片方は白黒の体色だ。
「西だ。ずっと西の方になにかがある……」
白黒の蜘蛛が西の方角を指差す。東京から見てはるか西の方といえば関西だが――。
「行くぞ、ジグモ。女王様はきっと待ちわびている」
「お前に言われなくとも行くつもりだ、ツチグモ」
不気味な怪人が不気味に笑いながら話し合い、歩き出す。すぐ二体とも闇夜の中を跳躍し、西を目指して進む。
「女王様のお目覚めだ!」
「宴じゃあ! 明日は宴じゃァァァァ!!」
ビルとビルの間を跳び跳ねていた二体の蜘蛛の怪人はやがて隙間に飛び込む。その先は異空間に繋がっている。西の方を目指していたが、果たしてどこへ――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「っ、あー……」
翌朝。暖かい日の光が射し込む中、健は微睡みの中にいた。その中で彼はひんやりと冷たく、だが柔らかで温かい不思議な感覚を覚える。まるで誰かが自分のすぐそばで眠っていて自分に抱きついているような感じだ。
「アルヴィー……?」
アルヴィーがふざけて自分の布団に入ってきたのだと健は思った。だが、それは錯覚だった。アルヴィーは対岸でちゃんと布団に入って寝息を立てているではないか。
「寝てる。じゃあ、アルヴィーじゃ……ない?」
アルヴィーではないなら誰だ。誰が抱きついているのだ。ちらりと右側を見ると――そこには毒々しいほど鮮やかな青紫の髪の女性が。
「……え」
――布団をまくってみれば青紫の髪はありえないほど長く、足元に着きそうなほど伸びている。肌は透き通るように綺麗で、年齢一桁でも通用しそう。分かりやすくいえば子供の肌。胸は豊満で柔らかそうだ。全体的に若々しくて、妖艶で美しい。同時に幼さも感じさせる。
「……みゅぅ……」
青紫の髪の女性が目を開く。タレ目で瞳は青っぽい緑色だ。左目は伸びた前髪で隠れている。
「おはよう……」
「ききき、君は、だっ……だれ!?」
「誰って……シロちゃん以外に女の人いたでしょ?」
青紫の髪の女性は気だるげで色っぽい声を発している。裸だが、局部は日光と有り余る髪の毛でちゃんと隠されているので何も問題はない。
「やっと会えたのに、忘れちゃったの?」
女性が四つんばいで、その豊満なボディで健に近づく。抱きついた瞬間、健の顔が真っ赤になった。
「だだだだだから、だだ誰なのよ、ききき君は」
「わたしよ、わたし〜」
過度の緊張と興奮から健はろれつが回らない。しかもまだ女性の正体に気付いていない有様だ。ずっと一緒だったのに。
「まり子よ~」
「おほぉ――――ッッッ!!」
――まり子が艶かしく名前を呟いた瞬間、京都駅付近のアパートから嬉しい悲鳴が上がった。それも天まで届くほどの。
……は、ははは
やっちまった。遂にやっちまいましたよ
ちいさなまり子のほうが好きな方は本当にごめんなさい。
でもずっとでかいままではないので……その、どうか、
お許しを……(´・ω・`)