EPISODE193:はたらくエスパー
――高天原市での死闘を終えて、健は二日前にようやく京都へと帰ってこれた。学生として私立天宮学園高校に潜入して青春していたときとはうってかわって、いつも通りにバイトとして市役所の事務室でデスクワークをこなす。そのうち、昼休みが訪れたので健は弁当を食べることにする。
「さっ、めしだめしだ」
トートバッグから弁当箱を取り出してフタを開ける。今日のメニューは卵焼きにほうれん草を混ぜたものに、冷凍食品の唐揚げにちくわの天ぷら。ワカメを混ぜ込んだご飯も一緒だ。更に食後のデザートとしてリンゴも入れている。
箸を出して手前に置くと、手を合わせて「いただきます!」と笑顔で呟いた。安堵していたのは休憩時間が訪れたからだ。しかし、やっと日常に戻れたからというのもあった。
「あら、東條さん。お弁当、今日もおいしそうですね〜」
「ジェシーさん! 毎日毎日、お弁当作るの楽しいんですよー!」
ニッコリとした笑顔を浮かべている、おっとりした雰囲気の金髪碧眼のOL――ジェシーが健に声をかける。彼女は日本人と外国人のハーフだ。元々お嬢様だったが学生時代から庶民の暮らしに憧れており、今に至る。
その優しい性格はもちろん、スタイルも良く周囲から慕われているようだ。同僚の浅田ちあきや今井みはるとは交友が深く、プライベートでも良く三人で遊びに行っているらしい。
「お弁当作らなきゃって、自然と体が早く起きちゃうんですよねー」
「そうなんですか〜。私は朝遅いので、すごくうらやましいです」
「お邪魔しました、ごゆっくり〜」と告げて、ジェシーは自分の席へ戻る。久々の職場で、また先輩たちの笑顔を見れて、弁当もうまくて――彼にとってこれほど幸せなことは無いだろう。顔も至福な表情で何よりである。
「ちょ、ドウしたネ、東條サン? やけに嬉しソウだケド……」
「えーっ、そう見えますかー?」
ニコニコしながら弁当を食べ、昼休みを満喫している健を見た係長のケニー藤野が動揺する。
「い、イヤ……イイコトだと思うネ。無愛想な人は、ウチではチョット雇えないネ。即クビね、クビ!」
「厳しいですねーっ、係長きびしーっ」
――実はこのケニー係長、健たちが高天原に行っている間によく外出する健を妬んでクビにしようとしていたのだ。だが、ジェシーら三人娘が必死で説得した末にケニーは思いとどまったのである。
(……はっ!)
弁当を完食したところで、ふと健はあることを思い出す。高天原で買ってきたお土産を渡さなくてはならないということだ。
「そうだ、皆さんにお配りしなければ……」
ロッカーに赴き、カバンを開ける。中から買ってきたお土産である『タカちゃんクッキー』を一箱取り出すとすぐ事務室に戻った。ちなみにタカちゃんクッキーとは、高天原市のご当地キャラクターをモチーフにしたお菓子のことである。高天原でのお土産の定番らしく、人気も高いようだ。
「十四枚入りだったな……よし、イケる!」
タカちゃんクッキーを席に持っていった健は箱を開けると片手に持ってクッキーを配りに回る。まずは副事務長からだ。そこから他のものに配っていく。
「おおっ、東條くんじゃないか! 相変わらず元気そうだね」
「副事務長、先日高天原で買ってきたお土産です!」
「おー、タカちゃんクッキーか。あとで食べてみるよ、ありがとう!」
「どういたしましてー!」
五十代で生え際を気にしているという副事務長の大杉にクッキーを渡すと、次は会計課へ配りに行く。副事務長に一枚、会計課で七枚。いつも世話になっている係長に渡しに行く。
「係長!」
眉をしかめた健が大声を上げ、ケニー係長は思わず竦み上がる。
「いいい、イッタいどうシタネ!」
「いつも外出ばっかりしてて申し訳ありません! これ、高天原で買ってきたお土産です!」
「ど、ドウモ……」
ケニーにクッキーを一枚渡すと、健は次のところへ――といってもすぐ近くなのだが。
「浅田さん!」
「ワオ、東條くん! なになに?」
「先日高天原で買ってきたお土産です!」
「ひゃあ、タカちゃんクッキーじゃない! あたし高天原ってまだ行ったことないんだよね、ありがと♪」
この浅田という健より年上の女性は、茶髪を束ねている。性格は気さくで明るい姉御肌で、頼りになる雰囲気をそこらじゅうから醸し出している。ガッツリした女性であるため、異性と付き合い出したら余裕で尻にしきそうだ。浅田にクッキーを一枚渡して次は今井のところに向かう。今井は眼鏡をかけた女性で、席は健のうしろにある。
「今井さん、先日高天原に行ってきまして。そこで買ってきたお土産です!」
「わっ! ありがとうございます!」
今井はいわゆるグリグリメガネをかけていて、少し気弱な性格だ。やや地味な印象を受けるが、近頃は以前に比べてだいぶ明るくなってきているようだ。今井にクッキーを渡した健は、次にジェシーのもとへ向かう。
「ジェシーさん! これ、つまらないものですが!」
「あら、もしかして高天原でお買いになられた?」
ジェシーにクッキーを一枚渡す。行ったことがあるのか、タカちゃんクッキーを見て嬉しそうにジェシーは笑った。
「そうなんです! 日頃皆様にお世話になっていることへの感謝の気持ちです!」
「そう! ありがとうね〜♪」
「いえいえ♪」
互いに暖かい微笑みを浮かべ、健は自分の席へ戻る。箱の中に入っていたクッキーは、あと三枚。内訳は自分の分が一枚と他の人の分が二枚。――ちょうどいい。二枚あればアルヴィーとまり子にあげられる。
(ちょっと大変だけど、仕事をやり遂げれば笑顔になれる。引き受けた仕事を終わらせればみんな笑顔になる。旅行先で買ってきたお土産をみんなに配ればその分だけみんなの笑顔が見られる)
働くということへの喜びを噛み締める、健。
(――こんなにいい職場で働けて、僕は幸せだぁ!)
右手を握りしめて、彼は心の中でそう叫んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バイトを終えた健はそのまま帰路に着き、道中でバスと電車と二本目のバスと、乗り物をまたいだ。途中でコンビニに寄っていき腹を空かせているであろうアルヴィーの為に肉まんやフライドチキンを買った。そして駅前にあるアパートへ着き――帰宅。二階にある自分の部屋のドアを開く。
「ただいまー!」
靴を脱いで玄関に上がり、そのままリビングへ。そこではアルヴィーがテレビを見てゆっくりとくつろいでいた。見ているのは――どうやら特撮番組のようだ。メカニカルなスーツを装着したヒーローと赤いムカデっぽい姿の怪人が火花を散らしながらいつもの採石場で戦っている。
「おかえり! 兜ライダーの再放送録っといたぞ」
「サンキュー! MAXのこの回、前からずっと見てみたかったんだよ!」
兜ライダーMAXとは――朝八時よりテレビ月日(略してテレ月)で放送中の特撮ヒーロー番組だ。人々を守るために正義のヒーロー、兜ライダーMAXに変身する青年・本城暁と、地球を征服しようと企む宇宙からの侵略者・魔虫軍インゼクトルとの戦いを描いている。
ハードな世界観でありながら程よく明るい作風と王道の展開、そしてカブトムシやクワガタムシなどの子供に大人気の昆虫をモチーフにしたメカニカルでカッコいいヒーローなどが好評を得ている。子供から大人まで、幅広い世代から支持されているのも特徴のひとつだ。また、公式サイトによれば製作陣も相当気合いを入れて製作に励んでいるようで、その気になれば続編を製作することも考えているという。
「そうそう、コンビニで肉まんとか買ってきたし!」
「おお、すまんな!」
「あと、配ってきたお土産の残りもあるよ! まり子ちゃんの分と、アルヴィーの分!」
「くれるのか! 本当にすまんの」
アルヴィーに何を買って帰ってきたかということとお土産の残りがある事を告げると、健は大好きな兜ライダーを観るためにさっさと手洗いとうがいを済ませる。リビングに戻ってテレビをかじりつくように見つめる。テーブルの上にはコンビニで買って来たフライドチキンや肉まんが入っているレジ袋。そしてタカちゃんクッキーが二枚。
「観念しろムガーディン!」
「兜ライダーMAXゥ! まだだ、まだ終わっちゃいねえ! 冥土の土産におもしれぇもん見せてやるよォ!!」
赤いムカデっぽい姿をした荒くれ者風の怪人・ムガーディンを追い詰めた兜ライダーMAX。しかしムガーディンは全身からどす黒いオーラを放ち、二つの頭を持った巨大なムカデに変身した。
「ぬっ、ムガーディンのヤツ巨大化しおったぞ!」
「こっからが熱いんだよね!」
「ど、どうなるんだ?」
目を輝かせる健と先が気になって仕方がないアルヴィー。それぞれ違うベクトルで兜ライダーを楽しんでいた、コンビニで買ってきた食べ物を片手に。健はフライドチキンを、アルヴィーは肉まんを食べていた。
「食らえMAX!」
「ぐわっ!」
巨大化したムガーディンは凄まじい強さで兜ライダーMAXを圧倒。口から吐く毒液や噛み砕き攻撃、その巨体を活かした攻撃をしかけてMAXを追い詰めていく。
「MAXゥゥゥ! 俺は貴様を倒し、必ずや出世コースに返り咲く!!」
「く、くそっ! なんて強さだっ」
「地獄に落ちろおおおおぉ〜〜〜〜ッ!!」
岩壁にMAXを追い詰めた巨大ムガーディンが咆哮を上げてMAXに襲いかかる! だが、そのときだ。「待て、ムガーディン!」という声と共にバイクに乗ったもう一人の兜ライダーが現れ、バイクに乗って巨大ムガーディンに突撃。ムガーディンを吹き飛ばした。
「怪我はないか、MAX?」
「スタッグ! 来てくれたのか――」
「ったく。おまえ一人だけでムガーディンのヤツを倒そうだなんて無茶なことをしてくれる」
MAXに右手を差し出すもう一人の兜ライダー・スタッグ。彼はクワガタムシをモチーフにしたスーツを装着している。スマートかつメカニカルなデザインで非常にカッコいい。
「あのスタッグが助けに来てくれたぞ!」
「最初はMAXとスタッグって敵対してたんだよね。でも戦いを重ねるうちに仲良くなって、一緒にインゼクトルの奴らを倒していくんだ。ここからすげえカッコいいから見といた方がいいよ!」
「うむ! こういうのは大好物だ!」
二人の兜ライダーが手を取り合い、巨大な敵を相手に果敢に立ち向かう。そして――。
「「MAXダブルキィィィックッ!!」」
二人で必殺のキックを繰り出し、巨大ムガーディンを撃破! 二人に敗れたムガーディンは、「バカなァァァァ!! このムガーディン様がお前らごときに、おのれぇぇぇ!!」と叫んで爆散した。
「やった! ムガーディンを倒したぞ!」
「これでインゼクトルの幹部がひとり倒れたことになる。だが、まだ油断はできないぜ」
「そうだな。これからも打倒インゼクトルを目指して頑張ろう!」
「望むところさ!」
夕焼けの中でMAXとスタッグが手を取り合ったところで、その回は終わった。健とアルヴィーは正座しつつフライドチキンや肉まんを食べながら観賞していた。――二人とも感慨深そうな目をしている。
「……今回も面白かったの、健! 次回が楽しみでならん」
「へへ、面白いでしょ」
再放送を見ながら現在の兜ライダーの展開を追いかけているアルヴィー。毎週欠かさず最新話を見て、先の展開を知っている健。それぞれ楽しみ方が違うがそれがいいのだ。
「……けど、楽しいことばかりじゃないんだよな。葛城さんとみどりちゃん、あれから元気にやってるかな」
「あの二人なら元気にやっておるはずだ。お主が心配することなど何もない」
食事とDVD観賞を終えた二人は、以前私立天宮学園高校で知り合った二人の生徒――葛城あずみと妃みどりのことを思い出す。風のオーブに関しては彼女らにかなり迷惑をかけてしまった。そのことにやや、健は後ろめたさを感じていたのである。
「そうだよね!」
――いらぬ心配だった。アルヴィーから励ましの言葉を受け取った健に笑顔が戻る。
(烏丸先生、見ててください。僕は僕の道を歩もうと思っています。過ちを犯さないように、道を踏み外さないように……いま、出来ることを頑張ります)
――天宮学園高校に潜入し、虎視眈々と風のオーブを狙っていた『高天原の死神』こと烏丸元基。既にこの世にいない彼のように道を踏み外して断罪と称して悪を殺める道に進まないと、健は誓った。
「……」
――寝室の奥で、四方からクモの巣の柄で繋ぎ止められてぶら下がっている繭がうごめく。この中で先程健がその名を口にしていた『まり子』が眠り続けているのだ。その小さな体の再構築を終えるときまで。