EPISODE192:ようやく、京都
雷雲に覆われた、どこかにあるどす黒く鋭い岩山。そこに建てられた機械仕掛けの古城――ヴァニティ・フェア本部の中で、幹部のひとりであるクラークとこの組織の社長にしての現在のシェイドの首領である男――甲斐崎が対面していた。クラークがひざまずいて報告をしており、他の幹部はそれを黙って見ている。下手に口を出せば自分も巻き込まれるからだ。
「……で、烏丸には裏切られた挙句逃げられたと?」
「え、ええ、まあ。しかもいつの間にか死亡していたようで……我々を裏切った報いは受けたようですなぁ」
「ほう。それで、風のオーブは?」
「ひッ、そ、その……結局東條健一味の手に渡ったようで」
ゆっくりと近づいてくる甲斐崎を前にクラークが肩をひきつらせる。声も震えていてすっかり怯えている。手が届く程度の距離まで近づいた甲斐崎は、ガシッ! と、クラークの首を掴む。
「ひいいいいィ!」
「やはり最初から手を組むべきではなかったのだ。……人間などとは!」
「お、お許しくださいィィィ〜〜ッ!!」
静かながらも憤りを見せ、クラークを床に叩きつけて制裁を加える甲斐崎。クラークを踏んづけてから見ていた他の幹部に振り向いてひと睨みする。「あちゃー」と言いたそうに右手を顔の前に被せていた辰巳、きょとんとした顔を浮かべて立ち尽くしている鷹梨、硬い表情を浮かべながらも汗をかいているヴォルフ――。みんな緊迫していた。甲斐崎とは長い付き合いであろう鷹梨でさえこの様子だ、それだけ甲斐崎に対して恐怖心を抱いているのだろう。
「もし次にしくじれば……」
冷徹なクラークに向けている甲斐崎が指をパチン! と鳴らすと、広い部屋の奥からカブトムシを彷彿させる白い甲冑に身を包んだシェイドと、クワガタムシを彷彿させる黒い甲冑に身を包んだシェイドが現れた。どちらも外見がいかつくそれぞれ大剣や槍を持っていて、何やら物々しい雰囲気を漂わせている。
「わかっているな?」
「ッ!?」
クラークに戦慄が走る。まるで蛇に睨まれたカエルか、狼に狙いをつけられた羊のようだ。二体の姿を前にして恐怖を感じたのはクラークだけではなく、辰巳もそうだった。完全に腰を抜かしているようだ。
「まさか彼らが来るとは。社長の親衛隊にして処刑人、逆らったものは即刻クビになるか、その場で彼らに殺されてしまう」
「大きな失態を起こさない限りまず呼ばれないんだが、とにかくおっかないよなあいつらは……」
「実力も社長のお墨付きときた。俺も、未だにあいつらは苦手だ……」
淡々と、しかし緊迫した様子で甲斐崎の親衛隊について語る三人の幹部。どうやら彼らにとっても恐怖の対象のようだ。
「――辰巳、ヴォルフ! 以前東條健と戦った際に、なぜトドメを刺さなかった」
「し、始末書ならこの前出したじゃないですか。そ、それに……まだ利用価値はあるのでは、と思いまして」
「ど、同意見です、ハイ」
甲斐崎の目が鷹梨を除いた二人に向けられる。トドメを刺さなかった件を指摘され、辰巳とヴォルフは言い訳をしてしまう。明日は我が身か――。
「愚か者!」
「ぬわ――っ!」
甲斐崎が手から電撃を放ち、辰巳とヴォルフへ折檻を行う。見慣れた光景のはずなのに、鷹梨は思わず目をそむけた。
「お前達は減給に加え始末書を書いて提出、多良場にもよく注意しておけ。クラーク、お前はしばらく謹慎だ!」
「は、はひーっ」
社長からじきじきにお叱りを受け、クラークは真っ先に逃げ出す。鷹梨を除く幹部二人はすこぶる怯えていた。
「鷹梨、提出された始末書の内容が気に入らないなら書き直させてもいいぞ」
「はい、社長」
――このとき鷹梨を除く幹部二人、とくに辰巳は心底こう思っていたであろう。「ブラック企業に勤めているんだが、おれはもうダメかもしれない」、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方、健たちは京都に舞い戻ってきていた。やっと帰ることが出来て嬉しかったらしく、健は「帰ってこれたー!」と、両腕を上げて喜んだ。みゆきは「やっとだねー!」と、左手を上げて大いに喜ぶ。その手には、帰る途中に不破に無理を言って立ち寄ってもらった店で買ったおみやげが。
『たかまのはら饅頭』というあんこ入りの饅頭と、『タカちゃんクッキー』という高天原市のご当地キャラクターを模したクッキーだ。年下の二人がはしゃぐうしろで、アルヴィーと白峯も、「おつかれー! ここまで長かったのぅ」「楽しかった〜?」と二人に声をかけたのち、「イェーイ!」と、四人で仲良くハイタッチ。
「じゃあ、また今度ねー♪」
「白峯さんもー♪」
駅を出て白峯と別れる三人。白峯が向かう先は駐車場。どうやら高天原に行く際に車をそこに置いてきたようだが、駐車料金はいったいいくらするのだろう。高くついていそうなのは確かだ。そして健が向かおうとしているのは当然――住居である駅前のアパート。
「みゆき殿、家に帰らんのかの?」
「先、健くんち寄ってからね」
「そだね。久々まり子ちゃんに顔見せなきゃね」
夕陽が射す中談笑しながらアパートに向けて歩くこと、約五分。階段を登り二階にある健の部屋へ。
「まり子ちゃーん! 帰ってきたよー!」
「みやげもあるぞー!」
健から頼まれて留守番をしてているまり子が開けてくれるはず。そう思いドアを叩く健だったが、反応はなし。アルヴィーの呼び掛けにも応じない。
「もしかして、わたし達が帰ってくるの遅かったからおヘソ曲げちゃったんじゃない?」
「な、なんでよー。しょうがないなぁ」
みゆきにからかわれた健はカバンから家の鍵を取り出し、ロックを解除。ドアを開けて中に入り明かりを点けるが――そこにまり子の姿も怪しい奴の姿もない。部屋はもぬけの殻だ。机の上にはカップ麺を食べて片付けていない跡や、隅っこには分別しておらず適当に袋に突っ込んだゴミ、出しっぱなしのゲーム機――などなど、部屋中が散らかっていた。
「うわ、片付けとかしてないなこりゃ……」
「珍しくクモの巣は張ってないようだの」
「へ、クモの巣?」
疑問を浮かべるみゆき。みゆきが抱いた疑問にアルヴィーが、「まり子のやつ、自分のテリトリーにはクモの巣を張る癖があるんだ。今回は珍しく張っていなかったから、不思議に思っての」と答えた。
「とにかく……片付けるに越したことはないな」
バッグや手荷物を部屋の隅に置き、袖をまくる健。これから部屋を掃除しようと言うわけだ。
「ばっちいのは嫌いです! お片付けするぞ!」
「あ、ああ……うん」
「どうぞどうぞ……」
健の瞳に炎が宿る。みゆきとアルヴィーが戸惑うほどの熱さだ。動き出した健は手早くきっちりとゴミや散らかっていたものを片付け、洗濯物も畳み――数分で部屋がきれいになった。
「ふぅ、こんなもんかな……」
「すごーい……誰から教わったの?」
「ふっふふふ。お母さん直伝、東條流超高速御掃除法さっ!」
「すごいんだかすごくないんだかわからんな!」
東條流超高速御掃除法――マスターすれば掃除が一瞬で出来そうな名前だが、今はそれどころではない。まり子を探し出さねばならないのだ。片付けを終えてからすぐ、健たち三人はアパートの中を探す。
「ここかなー?」
「こっちじゃない……」
「そっちにはおらんのか」
まり子を探すもどこにも姿は見当たらない。タンスの中にも、引き出しの中にも、窓の外にも。
「見つかんないなぁ……。可能性が残ってるとしたら、あとは……」
首をかしげる三人。残ったのは――寝室。何故だかふすまが閉まっている。
「寝てるのかな?」
「とりあえず開けよう……」
そろり、そろり――と、寝室のふすまを開ける。寝室に入ると、そこにあったのは――繭。
「えッ!?」
寝室にあったのは独りでに敷かれた布団と、二メートルほどはある巨大な繭だった。壁と天井にクモの巣で柄が張られ、四方から繭を繋ぎ止めてぶら下がっている。
「きゃっ!? なに、これ……」
「繭……? いったい何が起きたんだ?」
考えられることはひとつだけ。まり子が繭の中で眠っているのだ。そもそもまり子が繭に入ったことなど健たちは知らない。そして繭の中に閉じこもったまり子は、一言も発していない。
「もしもーし……起きてる?」
「ささ触っちゃダメだって! 嫌な予感しかしないって!」
「早まるでないぞみゆき殿〜〜ッ!」
何を思ったか、みゆきが繭に近づいて人差し指で突っつく。明らかに触ってはいけないオーラを漂わせているというのに、よくも近づいて触れるというものだ。
「ひえぇ――っ」
――案の定、繭から地の底から唸っているような恐ろしい声とドス黒いオーラが発せられた。眠りを妨げられたことへの怒りか、それとも――。
「ほ、ほら言わんこっちゃない。僕とアルヴィーで様子見とくから、あとは任せて!」
「うん、お願い……」
「怖かった、心臓止まるかと思ったぁ……」と残し、みゆきはアパートから退散。繭に閉じこもったまり子の様子は健とアルヴィーで見ることとなった。
――気のせいか繭が少し動いたように見える。もうこれ以上、何も起きなければいいのだが。
第10章、これにて完結です。
まり子ちゃんが篭もっちゃいましたけど、いつ出てきてくれるんでしょう?
ひょっとしたらオトナになってたりしてね。
……おや? 誰か来ているようですね。どうぞ、交代しますのでコチラへ!
――諸君、ヴァニティ・フェアの甲斐崎だ。
たまには俺が諸君からの質問に答えてやろう。
別に出番が少なかったからって憂さ晴らしをしに来たわけではないからな?
Q:処刑人がいるんだったら最初から出してくださいよ。用済みになった奴に変なクスリとか配ってないで。
A:そうは言うが、
俺があいつらを呼ぶのはよほどのことが起きない限りまずないぞ。
そうだな、今回のクラークのように下の者が大失態を犯したときぐらいだ。
それにあいつらの主な仕事は俺の警護だ。
あまり表には出ていないがな。
変なクスリとは、ネクロエキスのことかな? あれは用済みだがまだ我が組織の為に働いてくれそうな奴にだけ配っている。
Q:あれ? 親衛隊の人たち前の回には出てませんでしたよね?
A:お前たちが見ていないところでちゃんと働いていたぞ!
勝手にいなかったことにしてもらっては困るな……。
Q:ヴァニティ・フェアって会社なんですか? やってることを見る限り、そもそも会社とはほとんど言えないような
A:逆に問おう。わざわざ人間の会社と同じ事をする必要があるのか?
Q:普段は何してるんです? ヒッキー?
A:俺はお前たちで言うニートでもプータローでもないぞ。
実は、表向きはIT企業をやっていてな。
鷹梨にはそっちでも社長と秘書の関係だ。
従業員は俺や鷹梨など一部のもの以外ほとんど人間だ。シェイドが人間に擬態しているとも知らず、バカな連中だよ……。
なんせ一流の企業だからな、儲かって仕方がない。
資金は潤沢。故に、金には不自由していないのだ。
カネさえあれば何でも手に入るとは、げに恐ろしいのはヒトの欲望というわけだな……。
Q:え? つまりは裏の顔がヴァニティ・フェアの社長ってこと?
A:ちゃんとそう説明しただろう。
あれだけ言ってもわからんのか、このバカが!