EPISODE191:どこ吹く風
烏丸との死闘を制した健たちは、満身創痍の彼を介抱する。彼には贖罪をしてもらわなければならない。その為にまずは――警察へ行かなくてはならない。
「立てますか?」
「あ、ああ……なんとかね」
満身創痍の烏丸の肩を持つ、健。葛城も彼の肩を持ち、ともに歩く。――さっきまで敵だったのがまるで嘘のようだ。談笑もしていて雰囲気も明るい。これから警察の世話になろうとしている殺人犯が相手だというのに――。
「――止まってくれ。誰か来る」
「え? ……はい」
だが、そんな明るい雰囲気を破壊しようと足音がゆっくりと迫る。重々しく不気味な足音が。烏丸は逃げるために嘘をついたのではない、本当のことを言ったのだ。でなければ警戒などしない。
「――烏丸元基、オマエハ……許サレナイモノダ」
「だ、誰だ……?」
「どこにいますの?」
全員に耳に飛び込んでくる、エコーがかかった極端に低い声。声の主はすぐそこだ。一同に緊迫感が漂う。ほどなくして、草むらから声の主が姿を現す。
「な、なんだ……こいつ!?」
「機械……なのか?」
健とアルヴィーが目を丸くする。一言で言えば、異様な姿だ。ガイコツを思わせる顔に、全身に張り巡ったコード。分厚い金属で出来た装甲。まさしく機械。機械仕掛けの怪人だった。鋭い眼と不気味な容姿が健たちに威圧感を相手に与える。
恐らく、新手のシェイドだ。倒さなくては――。そう思い身構えた健と葛城、アルヴィーだったが――
「チガウ。オマエラ デハナイ」
「ぎゃあああああッ!?」
「やああああああッ!?」
「うあああああっ!!」
機械仕掛けの怪人が左手から電流を放ち、健たちを感電させる。全身に電気が伝わり激痛が走る! 悶え苦しむ健たちに脇目も振らず、機械仕掛けの怪人は烏丸に目を向ける。
「我ラヲ妨ゲルモノ、使命ヲ 果タセナカッタモノハ――許サレザルモノダ」
「貴様! そうか……あの方の!」
身構える烏丸。武器は何も持っていないし、体はボロボロだ。だが――それでも彼はやる気だ。罪をあがなうために。地に伏せながらも烏丸が発した言葉を聞いていた健とみゆきは、「あ、あの方……?」「いったい誰のことなの……?」と、呟く。
「悪いが、まだ死ねない……。自分の罪を償うまでは!」
あの機械仕掛けの怪人は、自分を殺したあとに東條たちまで殺すつもりだ。そうはさせない――と、烏丸は体を大の字に広げる。
「ナラバ……」
機械仕掛けの怪人が右手を広げると手がねじれて液状になり――大振りの片刃の剣に変形。大きく振り上げるとそのまま、
「オマエノ死デ 償エ!」
「ぐはぁっ!?」
機械仕掛けの怪人は烏丸を斬った。頭から赤い血が滴り、烏丸の顔から生気が消えていく。そのまま烏丸は地面に崩れ落ちた。
「か……烏丸先生!?」
「先生、しっかりして!」
「死ぬな! 死んだら贖罪することは出来ない!」
「先生ッ!」
崩れ落ちた烏丸に駆け寄る健たち四人。脈はある、しかし長くは持ちそうにない。
「……貴様ぁ……!」
倒れた烏丸を眉ひとつ動かさずに見つめる機械仕掛けの怪人に憤り、健が立ち上がる。他の三人も烏丸に駆け寄って屈んだ状態のまま――怪人を睨む。
「もう戦う力なんて残っていなかったのに、何故だ! 何故烏丸先生を斬ったんだ!?」
「……次ハ オマエダ」
突っかかる健を相手にしないどころか不気味な一言を呟くと、地面の隙間に溶けるように機械仕掛けの怪人は消えていった。
「なんだったんだ……あいつ、烏丸先生を……」
「……うっ」
怒りと悲しみが混じった複雑な表情で佇む、健。そのとき、烏丸がうめく。「よかった、生きてた!」とみゆきが声を上げ、漂っている張り詰めた空気も少し和らぐ。
「先生、先に病院行きましょう。警察はそれから……」
「な、何ともない……気にしないでくれ」
「それ以上しゃべらないでください、烏丸先生! 死んでしまいます!」
語りかける健と葛城。葛城が烏丸に左手をかざして花の香りで回復させようとするが、「いや……それには及ばないよ……」と、烏丸は拒む。
「……頭がボーッとしてきた。もう、僕はここまでらしい」
「烏丸、お主……」
四人に介抱された烏丸の意識は朦朧としていた。死が近づいてきている証拠だ。
「東條くん、それから葛城さん、風月さん……子どもっていうのは、いつだって大人を踏み越えていくものだ。そこまで気にする必要なんてない」
「烏丸先生……」
「いや……東條くんと風月さんはもう大人だったかな」
烏丸から茶化されて少しだけ笑う四人。だがすぐに表情は暗くなる。
「最後の……授業だ。僕は、道を踏み外した挙句、つ、罪を償えなかった。き……君たちは、絶対に……自分の道を踏み外すな」
「せ、先生っ!」
「気をつけなよ。ぼ、僕みたいに、道を誤らないように……ね……」
烏丸の意識が遠のいていく。呼び戻そうと彼の体を揺さぶるも、彼はもう何も反応しない。いくら呼び掛けても答えてくれない。
「――烏丸せんせぇぇぇぇッ!!」
健が慟哭する。涙をこらえアルヴィーが歯を食い縛る。葛城とみゆきは泣き崩れ、うつむく。あまりにも無情で、残酷だった。烏丸は罪を償うことすら許されず、息絶えた。残されたものたちは――彼の死にむせび泣いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うそ……烏丸先生が?」
「うん……殺人犯だったんだって」
「信じらんねえ。そんなことするような人じゃなかったはずだ……」
翌日、烏丸が連続殺人犯だったことと亡くなったことは天宮学園に瞬く間に知れ渡った。本当は事故で亡くなったと事実を隠して伝えるつもりだったが、だからといって殺人を黙認するわけにもいかない。あえて事実を伝えたのだ。当然生徒や教師は騒然となり、泣き出すものもいればドライに振る舞うものも、驚嘆するものも言葉を失うものもいた。ただ、前向きになっているものも少なからずいた。休み時間もほぼ烏丸の話題で持ちきりで、いかに彼が生徒や教師たちから慕われていて彼らに影響を及ぼしていたかがよくわかる。
「あれ? そういえばこの前、転校してきた東條さんと風月さんがいないけど……」
「今日は午前中に早引きだって。ちょっと用事があるみたいだよー」
「そっかぁ」
健やみゆきと同じクラスの女子がにこやかに話し合う。――こんな状況なのに二年A組にも行かず、健たちはどこで何をしていたかというと――校門前にいた。警視庁の村上と不破が前にいて、その背後には健たち四人。理事長、葛城、みどりの三人と向き合っている形だ。
「そうですか……潜入捜査を」
「ハイ。皆様を騙すような真似をしてしまい、本当に申し訳ございませんでしたッ」
「すんませんしたッ!」
警視庁の警部補でありシェイド対策課の主任である男性、村上と、彼の同僚で警視庁の刑事である不破が理事長に頭を下げる。村上は後ろにいた健たちにも、「ほら、君達も謝る!」と催促を入れ、頭を下げさせる。
「本当に申し訳ございませんでしたッ!」
「ございませんでしたっ!!」
いっせいに頭を下げる四人。「いえいえ、学園を守っていただけたのですからそんなにお気になさらず」と、理事長はフォローを入れる。
「烏丸先生の件は残念でしたが、もう二度と彼のようなものを出さないようにしていきたい方針でいきたいと思っております」
「は……はい」
先日死亡した烏丸のことを話題に出す理事長。健たち四人と葛城、みどりの顔が曇る。不破と村上も申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「……それと、東條健くんでしたかな。風のオーブは君にお譲りします」
「えっ、そんな! 本当にいいんですか?」
「今回の事件を解決してくれたお礼ですわ。役立てていただけたら光栄です」
礼を告げると共に涙を流し、葛城が涙を手で拭く。笑顔で流していたことから、恐らく――いや、確実に嬉し涙だ。「はいっ! 大事にしますっ」と、健は答えた。微笑んでいながらも声が震えていたので、彼は半べそをかいているようだ。
「……みんな、もうすぐ行っちゃうの~?」
「そうなんだよ。今度はいつ会えるかわかんない」
「白石先生も白峯先生も、東條くんもみゆきちゃんも……また、会いに来てくれるよね?」
「うむ、そうするつもりだ」
「もちろん、私たちもそのつもりよ! ね、みんな!」
そろそろ行かなくてはならない。名残惜しみながらもみどりと話し合う、健とアルヴィーと白峯。
「ひとまずの別れ……というものですな。縁があれば、我々はいつでも会えますから」
「はい。……あまり長くも引き止められませんわね」
理事長の言葉を聞いて、葛城が前に出る。友達とのお別れに水を差すわけにも行くまいと、不破と村上は間を空けた。葛城は健に右手を差し出し、握手を求める。ここで突っぱねては失礼に値するので、健も右手を出して――握手。
「またどこかでお会いしましょう、健さん!」
「はい! 葛城さん……って、呼び方変えた!?」
「うふふ、お気になさらず」
さりげなく呼び方を変えて健を驚かせる葛城。「さあ、次の方!」とあとの三人にも呼びかけ、葛城は三人と順番に握手。みどりも同じように握手をして、互いにまたどこかで会う事を誓った。
「みなさん、さようならーっ! また会う日まで!!」
手を振ったり顔を一瞬だけ向けたりなどして歩き去る一同。葛城らも手を振って健たちを見送った。
向かう先は――駐車場。
「……ハハッ、青春してたじゃないですか。白峯さん、あんな無茶なお願いは今後控えてくださいよぉ」
「すみませんでした~」
「とか言っちゃってまたやる気なんでしょう。ホントやんなっちゃうよこの人はーっ」
村上を茶化す白峯。一同は思わず笑みをこぼす。健たち四人は不破の車に乗り、出発進行。行き先は――東京の不破のマンション。マンションに置いてある荷物を全部持って、新幹線に乗って京都まで帰るつもりだ。村上は、覆面パトカーの中で待機していた斬夜と一緒に警視庁へ戻る予定のようだ。
「お疲れ様です、主任」
車の運転席に座った村上にオシャレな様相の片眼鏡をかけた男――斬夜が声をかける。「おたくもあいさつすればよかったのに、捜査官」と、村上は斬夜に声をかける。
「……チッ」
「どうしました、ご機嫌でも悪いんですか?」
「いえ、何でもございませんが……」
不機嫌そうに舌を打った斬夜。普段の彼からは想像もつかないが、ポーカーフェイスの裏で何を考えているのだろうか。――それはともかく、犯人は死んでしまったものの一連の事件はひとまず解決。健たちは風のように高天原の地をあとにしようとしていた――。
……ついにやっちまった……
烏丸先生、これにて退場となります
クールでかっこよくて、ダークヒーローっぽい……そんなキャラになりましたね
彼はきっと皆様の心の中で生きています。
どうか、お忘れにならないようにしてください。