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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第10章 嵐のあとには
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EPISODE189:吹き荒ぶ風


 戦いが始まってまだ間もないうちから烏丸に圧倒され、傷だらけになった健と葛城。対する烏丸は余裕の表情で、傷も大してついてはいない。悔しいことに、実力も能力も経験もすべて烏丸が上回っているのだ。実力だけではなく冷静な頭脳も持ち合わせていて――まさに文武両道。


「っ……」


 歯を食い縛った顔で健が立ち上がり、長剣を構える。葛城も続いて立ち上がり――左手を天に掲げる。辺りに心地よい花の香りが漂い、二人の傷を癒していく。戦いにおいて治癒能力は重要なものだ。完全に治したわけではないが、それでもありがたいことだ。


「ほう、治癒能力か。いいものを持っているね」


 興味深そうに感心を示す烏丸。彼にとってこれは予想外だった。だがそれでも、あくまで冷静に接している。


「つくづく君たちが敵であることが惜しまれるよ!」

「わっ!!」

「うっ!」


 左手から突風を巻き起こし、二人を引き離す。連携して攻撃されては厄介だ。だから二人の距離を離して一人ずつ叩いていこうと、烏丸はそう分析したのだ。


「ハアアアアッ」


 大鎌に力を溜め、大きく振りかぶるとつむじ風が発生。葛城に向かって放たれたそれはかなりのスピードだ。避けきることは不可能。盾を構えたところで巻き込まれるため、防御も不可能。つむじ風に巻き込まれ、葛城はうめきながら吹き上げられる。


「てりゃ!」


 つむじ風に吹き上げられた葛城を狙い、烏丸が瞬間移動して大鎌で斬りつける。地上に叩き落とし、そこへ突撃して追い討ちをかける。これでせっかく回復した分がチャラになってしまった。


「は、速い……!」

「ふっ!」


 起き上がった葛城に斬りかかる烏丸、葛城はすぐ反応してバラの紋様が刻まれた盾で弾き返して怯んだところに突きを浴びせる。武器の性質上、烏丸に斬撃や射撃は出来ても突きは出来ない。葛城は突きは得意だが斬りは弱い。どちらも一長一短だ。


「アン、ドゥ、トロワッ!!」

「うっ! ぐぬううううッ!!」


 狙いは正確に、突きはすばやく。フェンシング部の部長も務める葛城の得意技だ。それを三連続で繰り出すのだから相手からすればたまったものではない。インターハイで優勝するだけの実力と技能と実績、葛城はその三つを持っているわけだ。


「ざあああッ!!」

「あああああッ!!」


 だが対する烏丸も負けてはいない。腰を深く落とすと雄叫びを上げて、大鎌を構え瞬発的に飛び出して切り刻んだ。葛城から悲痛な叫びと血のしぶきが上がる。


「かっ……葛城さんッ!」


 放っておけば葛城がやられてしまう。だが、そうはさせない! 勢い強く、全力で走るも――烏丸は健の気配を察知して振り向く。


「おっと……」


 左手から放たれる真空波。相手を吹き飛ばすと同時に切り裂く強力な技だ。盾を構えて地面を踏んで、健は踏ん張る。彼が烏丸の攻撃を防いでいる。烏丸は真空波を出しているまま。ということは――攻撃のチャンスだ。


「隙ありッ!」

「だあッ!」


 その隙を突いて葛城が烏丸をレイピアで突き上げる。宙へ体が浮き上がるも烏丸は体勢を整えて地上へ降り立ち、目視が効かないほどのスピードで動き回る。戸惑っている隙に――攻撃。撹乱も立派な戦法のひとつだ。いつの間にか攻撃を受け、よろめいた葛城と健に追い討ちをかけるように大鎌を両手で激しく振り回して竜巻を発生させる。吹き上げられた末、竜巻が止むと二人は地面へと強く叩きつけられた。


「そ……そんな……!」


 戦う力など無いみゆきには何も出来ない。出来ることがあるなら二人を応援するか、ただ恐怖に顔をひきつらせるか――。それだけしかないのだ。


「このっ!」

「ハアッ!」

「がああああっ」


 起き上がった健は烏丸に斬りかかるも常識を逸した速さでかわされ、背後から切り上げられてそのまま何度も切り刻まれる。やみくもに攻撃しても――何の意味も無い。


(むやみやたらに攻撃を出したところで当たりはしない。なら、一発だけでも確実に当てるしか!)


 烏丸がかけた怒濤のラッシュに打ちのめされ、頭から血を流し、傷だらけで――健の体はボロボロだ。葛城が思ったように無闇に攻撃しても無意味なら、確実に攻撃を当てるしかないのだ。


「リーフストームっ!」


 葛城が左手をかざすと周囲にたくさんの鋭い木の葉が舞い飛び――烏丸めがけ飛んでいく。烏丸はいくつか叩き落とすが、すべては捌ききれず切り裂かれて血を流した。


「よし……っ」


 血まみれの健が立ち上がり長剣の柄に赤いオーブをセットする。刀身が赤く染まり、燃え上がる炎をまとった。


「ハッハアアアア!!」


 鎌鼬を放つと同時に烏丸は突風を巻き起こす。


「しめたッ!」


 燃え盛る炎の剣を振るい、鎌鼬を打ち消す。それだけでなく烏丸へ向けて半月状の火炎を放つ。


「ぬん!」


 左手から真空波を放つ烏丸。しかし――強い風に煽られた炎は巨大化し烏丸を飲み込む!


「くっ、これが狙いだったのかッ」


 炎に飲まれて悶える烏丸。灼熱の炎が骨の髄から烏丸を焼き尽くす。


「冴えてるねええええぇ!!」

「ッ!」


 雄叫びとともに烏丸は炎の壁を切り抜けて健に斬りかかる。盾で弾くも、烏丸は大鎌を軸にして鋭いキックを浴びせて健の防御を崩す。崩してから大鎌で下から切り上げて健をよろめかせる。


「たああああっ!!」

「近寄るな」


 懐へ駆け寄ろうとするが烏丸は冷徹にもそう告げて、左腕を振り上げる。風に吹き上げられて健は宙を舞う。そこへ瞬間移動しながらの一撃を受け地べたへと落とされた。


「やあああっ!」


 健を援護するべく駆け寄る葛城。ニヤリと笑って烏丸は目視できないスピードで葛城を撹乱。追い付けない、追い付けるはずもない。


「風は速さの象徴! 風はときに山をも崩す! 風はときに死を運ぶ!」

「っ!」


 地上を駆け抜けながら自信たっぷりに葛城に大鎌を振り、何度もそれを繰り返す。その速さはまさしく疾風。


「風のオーブは僕にこそふさわしいものだ!」

「なぜそうまでしてオーブを欲しがるんです!?」

「言ったはずだぞ、この腐りきった世界を綺麗にするために必要なのだと!」

「そんなのよくありませんわ!!」


 ボウガンにもなる鋭い大鎌と、細身で鋭いレイピア。異なる二つがぶつかり合って金属音が響き火花が飛び散る。ぶつかっているのは武器だけではなく――心もだ。


「君にそれを決める権利はない!!」

「ううっ!」


 大鎌を振るうと同時に吹き荒れる、強風。葛城をのけぞらせた烏丸は、このまま攻撃を仕掛けラッシュをかける。



「くそっ……あんたの好きには!」


 長剣の柄から赤いオーブを外して今度は青いオーブを装填。刀身が涼しげな青色に変わり、周囲に肌を裂くような凍てつく冷気が広がった。剣自体からも冷気は放たれている。


「ぬっ、冷気か……!」

「凍れ!!」


 健の左手から冷気が放たれる。烏丸はすぐにかわせずに足元が凍結。


「いくら速くても動きが止まればッ!」


 右に左に交互に斬って、飛び上がってからの一回転。身動きがとれないうちにありったけ攻撃を叩き込む。


「こっちのものですわ!」


 レイピアによるまっすぐな突きからの突き上げ、更に地中からイバラを突き出して葛城も凄まじい勢いで攻撃を叩き込む。


「食らえぇぇぇ!!」

「ぐああああああァ!!」


 宙へ体が浮き上がった烏丸を狙って健は飛び上がり、空中で縦に歯車のように回転しながら烏丸を切り刻む。そして烏丸を地面に叩きつけた。


「うぐ……少しは考えたね」


 余裕の笑みをたたえていた烏丸だが、その表情が硬いものに変わる。しかしすぐに不敵な笑みを浮かべ大鎌を携える。


「守りを!」


 烏丸が左手を掲げて叫ぶ。烏丸の周囲に激しい空気の渦が巻き起こり、やがてそれは烏丸を守る風のバリアーのようになった。


「たあっ!」


 地面に冷気を帯びた長剣を叩きつけて地中から氷柱を突き出す健。地を走る氷柱の狙いはもちろん烏丸だ。しかし烏丸を守る風のバリアーが氷柱を弾き、それどころか砕いてしまう!


「!?」

「ハッハッハッハ! 無駄だ。この風のバリアーは、消えるまでの間すべてを弾く!」

「なん……だと……?」


 目を丸くして立ち尽くす健。烏丸は風のバリアーを張ったまま突進して健を突き飛ばし、その勢いで葛城にも刃を振るう。烏丸に突きを浴びせて抵抗するもバリアーに弾かれて通じず、切り払われて宙を舞った。


「ここまでだな!」


 勝ち誇った笑い声を上げる烏丸。ボロボロになって地べたに這いつくばる健と葛城。ただ見ているだけしか出来ないみゆき。待っているのは、どうあがいても絶望。いや、絶望だけなのか? きっと未来が、希望があるはずだ。

 ――そのとき、咆哮が上がる。岩盤の隙間から白い龍が飛び出し、岩盤を粉砕しながら空を舞う。アルヴィーだ。口から青白い炎を吐き、烏丸へと浴びせる。


「くっ……バリアーがッ」


 灼熱の青白い炎。その威力は凄まじく、烏丸が張っていた風のバリアーが打ち破られる。そう、すべてを弾くことが出来るとはいえ――強度を上回る攻撃を当てれば破壊できるのだ。


「アルヴィー! どこ行ってたのさ!」


 戦う前には健たちと一緒にいたはず。なぜ急に消えたのだろう? 以前あったことを思い出してみよう。アルヴィーは元々、健にはあまり力を貸さない方針だった。自分に頼りきりになってしまえば健が強くなれないからだ。なので、鍛えるためにあえて手を出さないことが多かったのだ。しかし健自身もアルヴィーに頼りっぱなしになるのはいけないと思い、よほどの事が無い限りは力を借りなかった。二人の間に硬い絆と厚い信頼関係が出来たのはお互いにそういった配慮があったお陰だろう。


「すまぬ、お主ら二人だけでどこまで出来るか見ておった」

「来てくださって本当に助かりましたわ!」

「アルヴィーさん……遅いよぉ」


 健には、葛城には、みゆきにはアルヴィーが希望の光のように思えた。陰りが見えていた表情も明るく――凛々しくなった。だがその傍ら――立ち上がった烏丸が険しい表情で再び風のバリアーを張る。


「二人とも、あの守りの風を打ち破るにはそれを上回る攻撃を当てるしかない」

「えっ……じゃあ、どうしたら?」

「合わせ技を使うんだ!」

「……ああ、アレか! よし!」

「何かわかりませんが、とりあえずそれを出してみてください!」


 再び張られた、風のバリアー。それを解除する方法はたったひとつ。合わせ技――そう、火と氷と雷の力を一度に使って繰り出すあの技だ。


「くくく……面白い。さっきのようにうまく行くかな?」

「わたくしが引き付けておきます、東條さんは準備を!」

「オッケー!」


 葛城が烏丸の注意を引き付けその間に健が三つのオーブを装填、そのまま合わせ技ことトリニティスラッシュを繰り出す。作戦内容は以上だ。別に装填に時間はかからない。しかし相手のスピードはかなり速いため、ミスは許されない。だから誰かに引き付けてもらう必要があるのだ。


「はっ! やああああっ!」

「仲間のために体を張るか! だが、いつまでもつかな?」


 突きや盾を駆使して烏丸と攻防を行いながら彼を引き付ける葛城。彼女が時間を稼いでくれている間に健は、赤い炎のオーブ・青い氷のオーブ・黄色い雷のオーブ――異なる三つのオーブを柄にセット。溢れんばかりの力が長剣・エーテルセイバーにみなぎる。


「葛城さんどいてッ!」

「はいっ! 準備ができたんですね!」


 健から発せられる凄まじいエネルギー。彼の邪魔にならないようにその場を転がって退き、葛城は健と場所を代わる。


「む……なんだ?」


 三色の光を放つ長剣を掲げてジャンプする健。眉をしかめて見上げる、烏丸。


「うおおおおおおッ!! トリニティ――スラッシュッ!!」


 一撃目、燃え盛る灼熱の炎の剣。二撃目、魂まで凍てつくほどの凄まじい冷気の剣。三撃目、轟く稲妻の剣。異なる三つの属性の斬撃――それが烏丸を風のバリアーごと切り裂き、叩き斬る! 更にそこへ「私も手伝うぞ!」と、アルヴィーが身も凍える吹雪を吐き出して援護。これだけ攻撃を繰り出せばもはや勝ったも同然。


「なっ……ぬおおおおおおおおォ――!!」


 すべてを弾くはずの守りの風。超強力な連続攻撃の前にはそれさえも耐え切れず、烏丸は爆発炎上。爆炎の中へと姿を消した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 どんよりと曇った空の下で、爆発の残り火が揺らぐ。陽炎が立ち昇り、その向こうには地面に降り立って息を切らす健と、烏丸が爆発するまでの一部始終を見ていた葛城の姿。二人ともここまで傷だらけになってもよく戦ったものだ。空から見下ろしているアルヴィーもいたく感心している。


「や……やったぁ!! 健くんと葛城さんが勝ったぁ!!」


 絶望のどん底にいたであろうみゆきにも光が戻る。左腕を上げて大いに喜ぶ。健たちもみゆきがいる方を振り向いて笑みをこぼす。これですべて終わった。


 ――わけではなかった。


「は……ハハハハハ……ッ」

「なっ!?」

「今のは痛かったよ……?」


 陽炎の向こうから聴こえる不敵な笑い声。傷だらけの烏丸が陽炎の中を闊歩しながら健たちの元へとやってくる。そう、烏丸は生きていたのだ。健も、葛城も、みゆきも、アルヴィーも、絶望の底へと叩き落されようとしていた。


「バリアーを張っていなければ即死だった。オーブの力をいっぺんに行使するとは、さすが東條明雄のご子息だ。侮りがたし……」

「烏丸ッ!」

「けど、僕もしつこい性分でね。まだくたばれないんだ」

「何……う!」


 烏丸の周囲に強風が巻き起こり健たちを遠ざける。曇天の空に左手を掲げ、「シルフィード!」と、パートナーの名を叫ぶ。雲の隙間から巨大な怪鳥――シルフィードが姿を現す。シルフィードは、翼を広げて威圧感たっぷりに健たちを威嚇。アルビノドラグーンも負けじと鋭い睨みを利かせ――両者、睨み合う。


「自分で言うのもおこがましいが風の力は万能だ。攻めにも守りにも、移動にも救助にも! あらゆることに使える。あらゆることに対応できる! すばらしい力だ!!」


 シルフィードが現れた影響か、先程よりも更に強い風が吹き荒れる。腕を前に出して身を守らなければ耐えられないような強風だ。


「なんて強い風……なんですの!」

「フフフ……タフネスと精神力は満点、それ以外は及第点といったところだな。君達には本当に世話になった――最後にもう一度、破壊の風で身を切り裂かれるがいい!」


 大鎌を構えて烏丸が力を溜める。それにあわせて滞空していたシルフィードも猛烈な勢いで羽ばたいて竜巻を起こす。その中に健たちはなす術も無く巻き込まれ、身を切り裂かれながら上空へと吹き上げられていく。空高く跳躍した烏丸は健たちを切り上げて、そこから切り下ろすとシルフィードに飛び乗る。そしてそのまま――急降下しながら体当たりする。アルビノドラグーンも巻き込んで勢いは更に増し――巨岩へと突っ込んで大爆発を起こした。


「ウワアアアアァ――!!」

「あ゛あああああああああッ!!」


 砕け散り、降り注ぐ岩の破片。それと一緒に健たちも地面へと落下。体が強く打ち付けられた。アルビノドラグーンの巨体も地面へ落下して周囲を揺るがし――白い影となって人間の姿へと戻る。希望が、消えた。みゆきの瞳からも光が消えた。天候もますます悪くなり、雷が鳴り始める。本当に何もかも終わってしまうのか?


「フ……フフフ……フハハハハハハッ!! そろそろ降参した方が身の為だよ?」

「く、くそ……誰が、降参なんか」


 烏丸が見下ろす中で横たわる健たち。アルヴィーでさえも地に伏せている。葛城は激しく喘いでいる。健も悶えている。だが、烏丸に降伏する気など無い。


「おとなしく、風のオーブを出したまえ」

「イヤだね。葛城さんじゃないけど、あんたみたいな人には絶対に渡すもんか」

「まだ渡してくれないのか? 君は本当にBAD(バッド) BOY(ボーイ)だな……いいだろう。断罪じゃ生ぬるい」


 不敵に笑う烏丸。だが次の瞬間に目を見開き、大鎌を構えて振り上げる。健を葛城やアルヴィー、みゆきの前で『断罪』しようというのだろうか。



「己の罪をあがなえぬまま闇に消えろ東條ッ!!」

「ッ!!」


 死神の鎌が、幾多もの罪人の魂を刈ってきた凶刃が、いま振り下ろされた。だが健はすんでのところで回避。バックへの宙返りを繰り返して烏丸との距離を空ける。空で轟く稲妻が戦いの緊迫感を高める。


「どうした、逃げるのか? 仲間を見捨てて自分だけでも生き延びるのか?」

「昔の僕だったらとっくに逃げてるところですよ。けどね、今は違う。僕は逃げない……あなたに勝ってみせる!」

「へぇー、強気じゃないか」


 嘲笑する烏丸に対して啖呵を切った健は長剣――エーテルセイバーの柄に開いた三つの穴から三色のオーブを外す。ポケットにしまい、代わりに取り出したのは――吸い込まれるようなエメラルドグリーンの輝きを放つ風のオーブ。


「健、無茶だ! それを使ってもお主の肉体が持つかどうか……!」

「いえ、使わせてあげてください!」

「だが……」

「今はそれしかないんです! 確かに危険な力ですが、わたくしはあの方ならきっと使いこなしてくれると、東城さんになら渡しても大丈夫だと――そう思って託しました」

「葛城殿……」

「ええ。今は東條さんを信じましょう!」

「そうだな!」


 アルヴィーとの硬い絆。葛城のひた向きな思い。みゆきへの純粋な愛情。そして、平和を勝ち取りたいという健自身のまっすぐな願い。――覚悟は出来ていた。今こそ、風のオーブの力を使うときだ。


(怖いさ。強すぎる力に飲まれるかもしれない、自分が自分じゃなくなるかもしれないって。でも今は――)


 都市一個を滅ぼすほどの圧倒的な力。あらゆることに対応できる万能の力。何者よりも速く何者にも囚われない自由な風。そのすべてを秘めたオーブを持った左手を健は強く握りしめる。



(やるしかないんだッ!!)



 意を決した健は風のオーブを装填。エーテルセイバーが淡い緑色の輝きを放ち、刹那――健の周囲に近付くものすべてを切り裂かんばかりの強風が吹き荒れる。つむじを巻いた風は天へと上がり、雷鳴轟く空を直撃。風はより強く、雷はより激しくなり――ぽつぽつと、雨が降り始めた。最初は静かだったがすぐに勢いを増し――瞬く間に豪雨となった。


「ッ! 何が起きているというんだ、これは!?」


 激しい雨に打たれる中であの冷静な烏丸が取り乱す。彼は本気で驚いていた。風のオーブに秘められた力にも、それを使おうという決断を下した健にも。空色のラインが走る緑色の刀身、深緑の柄。風のオーブ――その秘められた力を使うときは、今だ。

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