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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第10章 嵐のあとには
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EPISODE188:相容れぬ風

「みゆきッ!」


 拳を握りしめた健が前に出て、烏丸へ叫ぶ。


「安心したまえ、風月さんなら傷ひとつついていない。君たちが深く悲しむか、怒りに身を焦がされるだろうと思ってね」


 烏丸はみゆきには一切危害を加えてはいなかった。事実、みゆきは無傷だ。しかし内面的にはかなり傷ついていそうだ。前々から何度もさらわれて、そのたびに苦しんで――そういった意味では彼女が一番辛いのかもしれない。


「取り引きをしよう。もし君たちが風のオーブを渡してくれるのなら、風月さんを返そう。もし渡さないのなら、僕も風月さんを返さない。さあどうする?」

「……そんなの決まってるじゃないですか、先生」


 怪しく笑みを浮かべながら取り引きを持ちかける烏丸。その笑みときたらいやに自信たっぷりだ。眉をしかめたまま、健は、


「あなたがみゆきを放さないのなら、僕たちが奪い返す! 風のオーブも絶対に渡さない!!」

「そうですわ! わたくし達はあなたに勝ってみせる!!」

「これ以上好きにはさせぬ。我々は、お主を止めてみせよう!」


 啖呵を切る健と葛城、アルヴィー。勝たなくてはいけない、ここで勝たねば――何もかもおしまいだからだ。


「フフフ、そう言うだろうと思ったよ……」


 威勢よく啖呵を切った健たちを見ても烏丸はまったく動じない。単なる虚勢か、強者の余裕か。それとも慢心か?


「……下がりたまえ、風月さん」

「きゃっ!?」

「そこで見ておくといい……彼らが、無惨に散る姿を!」


 突然、烏丸は左腕で拘束していたみゆきを手放し、彼女に下がるよう促す。理由は戦いに巻き込まないためだ。仮に烏丸が言う通りになったとして、みゆきがその後どうなるかは――烏丸が決めること。彼女の運命は彼の手の中にあるのだ。


「あるものは風のオーブを手にするために身分を偽り、周囲を欺き……またあるものは風のオーブを守るため、その存在を隠し続けて誰にも渡すまいとした。君たちの罪は重い。この僕の罪もね」


 目付きを鋭くして語る、烏丸。まさか自身の行為を悪だと自覚しているのか?


「ひとつ問おう。君たちは何のためにシェイドを倒す? 何のために人々を守っている?」


 戦いを始めるその前に、左の手のひらを向けて烏丸が二人に戦う理由を問いかける。


「シェイドはみんなを襲って、みんなを泣かせる。苦しめる。そんな奴らに好き勝手させたくはない」

「わたくしも奴らから皆さんをお守りするために戦っています。シェイドから人々を守るのが、我々エスパーの役目ではないのですか?」


 自分達が戦う動機を真剣に語る健と葛城。アルヴィーはあえて余計な口出しをせず、二人を見守る。


「あっはっはっはっは!!」


 烏丸が口元を緩め、唐突に笑い出す。


「何がおかしいんだ!?」

「滑稽だね! その守りたい人々が何かしら罪を犯していても君たちは黙って見過ごすというのかい?」

「っ……」

「僕から言わせれば、罪を犯したものはシェイドと大して変わらないよ。咎めたところで何も変わりはしない。だからこの手で断罪してきた」


 二人を批判する中、烏丸は左手を震わせる。表情も冷徹になっており、その姿はある種の狂気さえも感じさせる。


「散々シェイドを駆逐しておいて人の命は奪えないとは、笑い話にもならないね」

「っ……!」

「罪を犯したといえども同じ人間ではないか! なぜお主は人を殺すのだ?」


 批判を続ける烏丸を見た二人が唇を噛み締める。無益な殺生を嫌うアルヴィーが憤る。人間が、同じ人間を殺さなくてはいけない理由などないはずだ。これにはみゆきも心を痛めた。


「罪人の魂を刈り取って、この腐りきった世界を綺麗にするためさ。わかりやすく言えば世直しだ」

「世直し!?」

「そうだ。かつて僕には恋人がいた。結婚もして、やっと幸せになれたところだった。だがある日、強盗に襲われて僕の恋人は死んだ……」


 なぜ罪を犯した人々を殺めるのか、烏丸が語る。冷徹な表情の中に煮えたぎるような怒りと激しい憎悪を籠めて。



「――だから僕はエスパーになったッ! どれだけ大きかろうが小さかろうが、罪を犯したものは絶対に許さないと! この僕の手で罪人どもを裁いてやろうとッ!!」



 左の拳を握りしめ、腕を震わせながら烏丸が雄叫びを上げる。あの冷静沈着な烏丸がここまで感情を露にしたのははじめてだ。それだけ、あの爽やかな顔の下で憎悪と憤怒をたぎらせていたのだろう。溜まっていたものが一気に爆発したようだった。


「でも、だからって人を殺していいわけがないじゃないですか!」

「あなたは間違っていますわ、烏丸先生!」

「ああ、確かに間違っているね。けど、道を踏み外せば最後――もう元の道へは戻れなくなる! 自分でもどうすることは出来ないんだ……!!」


 烏丸は二人からの指摘を肯定。冷静な狂気。罪を犯したものを殺めることが病み付きになったかのような――。


「いずれは僕も裁きを受けなければならないとは思っている。だが、今はそのときではない」


 震わせていた左腕を下げ、烏丸は右手に握った大鎌を携えて目をカッと開く。


「せめて、邪魔をしてくれた君たちだけでも裁かなければね! 君たちの罪は重いっ!」


 先程みゆきへ言った通り、相手はやる気だ。しかも健たちを本気で殺そうとしている。並々ならぬ殺気を感じ取り、健たちもまた身構える。


「おしゃべりはここまでだ。さあ、特別補習といこうか!」


 雄叫びを上げる烏丸。大鎌の鋭い刃を怪しく光らせ、互いに目付きを鋭くして睨み合う。アルヴィーはその姿を白い龍に変える。戦いの火蓋が切って落とされた。


「うおおおおお!!」


 先手を打つために健が走る。跳躍して唐竹割りを繰り出すも、烏丸は瞬間移動で回避。烏丸のスピードはかなり速く、それも相手の攻撃を見てからでも回避が間に合うほどだ。


「ッ!!」


 振り返ればそこには烏丸の姿。大鎌を振るい健を吹き飛ばすと、鎌鼬を放って健へ追い討ちをかける。一発だけではなく、何発も。


「くっ!」


 長剣を振って鎌鼬を打ち消す健。だが、長剣を振り終わった隙を見計らって烏丸はまた鎌鼬を飛ばす。かわしきれずに直撃し、健は血しぶきを上げて吹き飛ばされる。みゆきは思わず、悲鳴を上げた。


「東條さんッ!」


 いきなり健がやられてしまった、助けに行かなくては。葛城は鞘から抜いたレイピアを地面に突き立て地中からいくつものイバラを突き出す。


「ぐっ!」


 地面から突き出たイバラによって烏丸が上空へ突き上げられる。このまま黙って宙を舞うかと思いきや、口笛を吹き――パートナーである緑色の鳳凰のようなシェイドを呼び寄せた。起き上がった健は烏丸が呼んだシェイドを見て驚愕する。そう、烏丸がみゆきをさらう際に呼び寄せたあいつだ。


「あいつは! 葛城さん、気をつけて!」

「東條さんもね!」


 あの怪鳥が羽ばたけば強風が巻き起こる。しかも烏丸は奴と連携して必殺技を繰り出せる――。みゆきが烏丸にさらわれたときのことを思い出し、二人はお互いに注意を促す。


「羽ばたけ!」


 怪鳥のシェイドの背中に飛び乗った烏丸が指示を下すと、怪鳥のシェイドが羽ばたいた。突風が巻き起こって二人を吹き飛ばそうとする。だが健が葛城の前に回り盾を構えて踏ん張り、耐えしのぐ。――二人とも動いていない。チャンスとばかりに烏丸は「こいつはどうかな?」と、大鎌をボウガンに変形させて空気を圧縮し、地上に向けて何発もの空気の矢を放つ。雨のごとく矢が降り注ぎ、二人を襲う。


「これでもダメか。シルフィード、竜巻だ!」


 烏丸は次にそう指示を下す。シルフィード――と呼ばれた怪鳥は金切り声を上げ、先程よりも強く羽ばたいて――竜巻を起こしたではないか。


「うっ、うわああああッ」

「ぁあああああああッ」


 地上の二人に襲いかかる竜巻。あっという間に巻き込まれ、グルグルと回転しながら二人は上空に打ち上げられていく。ショックを受けたみゆきは口を塞いだ。


「もらったぁぁぁ!」


 竜巻によって吹き上げられた二人を狙って、烏丸はシルフィードの背中から飛び降りて二人を一閃! 地べたへと強く叩きつけた。「よくやった。戻れ、シルフィード」と、烏丸はシルフィードに引っ込むように指示する。彼が言う通りにしてシルフィードは空の彼方へと消えた。


「烏丸先生……」


 血を流し、歯を食い縛りながら健が立ち上がる。葛城も立ち上がってレイピアと盾を構え直した。


「いや……烏丸ぁぁぁぁぁッ!!」

「むっ!」


 叫びながら健が走り、烏丸に斬りかかる。すかさず烏丸は大鎌で剣を弾き、つばぜり合いへと持ち込んだ。


「はははははッ! やはりあの程度ではくたばらないか!」

「あんたなんかに、あんたなんかに風のオーブを渡してなるもんか!」

「しぶといね、君も! はぁっ!!」

「があああっ!?」


 烏丸がつばぜり合いに打ち勝ち、大鎌で健を叩き斬る。もう一度斬りかかろうとするも、烏丸は大鎌を振ってつむじ風を巻き起こし、健を吹っ飛ばした。


「東條さん!?」

「た、健くん!?」


 傷だらけの健を見た二人の少女が叫ぶ。健を吹き飛ばした烏丸は次に葛城へと視線を向け――武器を構えたかと思えば一瞬で葛城の懐へ飛び込んだ。ちょうど接吻(キス)が出来そうな位置だ。


「遅い!」

「きゃああああ!!」


 すれ違いざまに葛城を切り払い、葛城は血しぶきを上げた。もはや、主から与えられた使命のためならなりふり構わず。相手が罪人なら女性であっても容赦はしない。


「フフフ……」


 地に伏せた二人を見て笑う烏丸。やっと見えた希望の光が消えていくのを感じ取り、言葉を失うみゆき。悲しい争いはまだ続こうとしている。


「どうした? もう終わりか?」


 残酷にも烏丸がそう言い放ったとき、晴れていた空は瞬く間に暗雲に覆われた――。

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