EPISODE187:神宮司高原
健とアルヴィーと白峯は、マンションに帰ってから不破にも事情を説明。明後日の朝方に車で送っていってやる、と、不破は快く承諾してくれた。免許など持っていたのか? という質問に対して不破は、「持ってたら悪いか!」と返した。
ちなみに黒い乗用車で、覆面パトカーとしても使っているらしい。詳しい車種までは、三人はとくには聞かなかったようだ。健は烏丸との決闘に備え、ゆっくりと体を休めた。葛城も同様に――。お互い、眠ろうとしても眠れない夜を過ごしたのであろう。
そして二日後、早朝――。
「はい。はいっ! わかりました、じゃあ向こうで」
身支度をすませ、食事もコンビニで買った簡単なものですませ、準備は万端。傷もなんとか治った。葛城に連絡を入れ、どこで待ち合わせするか確認。電話を終えたところで、健はソファーに座っていた不破やアルヴィー、白峯のところへ。
――なお、服は天宮学園高校の制服ではなく私服。赤いジャンパーに白いカーゴパンツだ。ジャンパーの下には、紺のシャツ。薄手の長袖だ。
「葛城さん、なんだって?」
「向こうで落ち合おうってことになりました」
「そうか。じゃあ、そろそろ行くか」
「うむ!」
「そうしましょう!」
ネイビーのジャケットを着た不破が、いつものワイシャツの上に薄手のコートを着たアルヴィーが、白衣をワンピースの上に羽織った白峯が、順に続々と立ち上がる。玄関から外に出て、マンションの駐車場へ。不破が乗用車のロックを解除すると、四人は颯爽と乗り込む。エンジンを動かし、高天原市北東にある神宮司高原に向けて――発進。
東京から埼玉・高天原方面に高速道路に入り、走行する不破の自動車。幸いあまり混んではいない。山間に建てられた高速道路から見られる山々と澄み渡るような青空は、心が洗われるほど雄大で美しい。
――今こそ晴れてはいるが、天気予報によると午後からは曇りか大雨になるという。そもそもこれから決闘に向かうのだ。あまりうつつを抜かしてはていられない。
「不破さん、応答願います!」
高速道路を走る途中、車内の無線に連絡が入る。若くてかわいらしい女性の声だ。
「はい、こちら不破!」
「不破さん、今どこにいらっしゃいますか?」
「宍戸ちゃんだよな? 今、高速に乗って神宮司高原に向かって走ってる最中だ。東條たちを乗せてな」
「神宮司高原……。高天原のですか?」
「ああ。ちょっとヤボ用でさ。誰かがそこで東條を待ってるらしいんだ」
無線で若い婦警――宍戸と連絡を取り合う不破。彼がいう誰かとは葛城あずみと――『高天原の死神』こと烏丸元基。
「はい。待ち合わせしていらっしゃるんですね」
「ところで、村上はいないのか?」
「すみません、いま村上主任は会議に出ていられまして……」
「そうか。じゃあ、昼頃そっちに戻る!」
「わかりました!」
そこで無線は切れた。すかさずアルヴィーが不破に「いま話していたのは小梅殿か?」と訊ねる。「ああ、宍戸ちゃんだった」と、不破は答える。直後に「かわいかったろー!」とニヤつく。
「宍戸さんかー、また会ってみたいなー……。不破さん、あとどのくらいで着きそうですか?」
「高速抜けて、高天原に入ったら北東に行くだけだ。そんなかかんないぜ」
「わかりました!」
あとどのくらいで着くかを健に教える不破。職業柄か、車の運転は彼にとってはお手のものだ。無論バイクに関しても例外ではない。
「そうだ、向こうについてからでいいから……天宮学園まで送ってもらえない?」
「いいッスよ白峯さん! チョチョイのパーで行きますから!」
「ありがとうねー♪」
白峯は現在、保険医として天宮学園に潜入している。その都合で学園に行かなくてはいけないのだ。万が一ケガをした生徒が出た際、保険医がいなくては危険だ。
だから白峯は天宮学園まで行こうとしているのだ。もちろん学園に着いたら健たちの無事を祈るつもりだ。みどりも現在、学園か自宅でそうしているだろう。
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やがて、一行を乗せた車は高天原市の北東に位置する――神宮司高原へ辿り着いた。青々とした草花が生い茂り、街の景色を一望できる観光の名所。
ここにしか咲かない高山植物やここにしか生息していない生き物も多く、行ってみる価値は十分にある。おみやげも豊富だ。だが――ここではかつて、想像を絶する出来事が起こったことがある。それは――。
「着いたぜ。ここが神宮司高原だ」
「綺麗だなー……」
「確かに、のぅ」
不破が車を停め、二人を降ろす。緑色の山々に、青い空。周りに広がる雄大な大自然を見て、健は感銘を受けた。しかし、アルヴィーの表情はどこか暗い。
「それじゃオレ、白峯さんを学園まで送ってくから。必ずみゆきちゃんを助けるんだぞ」
「この街のみんなの命は、あなたたちにかかってるわ。絶対に負けないでね!」
「……はいっ!」
決闘に赴く健へエールを送る不破と白峯。窓を閉めると不破は車を発進させて天宮学園へと向かった。
――いよいよ近付いている。顔を凛々しく、おもむろにポケットの中に手を入れ中に入っていた緑色の――風のオーブを取り出す。
(――そうだ、負けらんない。あの人に、烏丸先生に勝たなきゃ……みんなおしまいなんだ。絶対に勝たなきゃ……いや、勝つんだ!)
打倒烏丸への思いを胸に、風のオーブを力強く握りしめる。必死になってまで悪しき者から守ろうとした葛城から託されたこの力――。使い方を間違えば街が滅ぶ。人が死ぬ。それを使ってでも烏丸を止めなくてはならない。
「行こう、アルヴィー!」
「え? あ、ああ……」
健の決意は硬かった。何か引っ掛かることでもあるのか――アルヴィーの表情は未だに暗い。いつもは気丈で威風堂々としているというのに。
「どうしたのさー、さっきから暗いよ」
「……」
道を歩く健とアルヴィー。やはり今日のアルヴィーは表情が明るくない。気になった健は立ち止まって、「ひとりで抱え込まないでさ、言ってみてよ。相談乗ってあげるから」と、気さくに話しかける。いつも悩みや愚痴を聞いてもらっているお返し――ということだろうか。
「……話しても良いのか?」
「うん! いつも愚痴とか聞いてくれてるじゃない、たまには聞いてあげなくちゃ」
「わかった。本当にいいんだな?」
「ああ!」
「……今から八年前のことだ。ここで善と悪のエスパーによる戦いが起きた」
「それって光魔大戦……?」
「そうだ。そして――」
光魔大戦――八年前に起きた善と悪のエスパーが入り乱れて繰り広げた大規模な戦いだ。双方ともに多数の犠牲者を出した末に、戦いは善側の辛勝で終結した。少し間を置いてから、アルヴィーは、
「……明雄は勇敢に戦って、ここで死んでしまったんだ」
「!」
――そのとき、健から笑顔が消える。いつもは気楽そうにしている彼がそうなったのだ。それがどれほどの事を意味しているのかは何となくわかるはずだ。
「そんな! ここで……父さんが!?」
「……すまぬ。私がもっとしっかりしていれば……」
「そっか、父さん、ここで……」
沈んだ表情で、アルヴィー。どちらにとっても辛いことだ。健はアルヴィーの口からはじめて父が死んだことを聞いたとき、動揺した。
かつてないほど涙を流した。あまりにも残酷だった、悲しかったのだ。大好きだった父が行方を眩ましただけではなく、死んでいたということがショックだったのだ。
「……いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃない」
心の底から沸き上がる、父を失ったことへの悲哀。それをこらえ、健は力強く拳を握りしめる。
「悲しんでばかりもいられない。今は前に進もうよ!」
「健、お主……」
「確かに辛いけど、後ろばかり向くわけにもいかないでしょ? 早く行こうよ、一緒にみゆきを助けよう!」
まるで立場が逆転したようだった。あんなに泣いていて頼りなかった健が、アルヴィーを激励しているではないか。それだけ彼は強くなっていたのだ。ここに至るまでの積み重ね、それが健を成長させてくれたのだろう。
「そうだったな! お主が言う通りだ!」
彼の笑顔を見て元気付けられたか、曇っていたアルヴィーの一段と晴れていく。みゆきの為にもみんなの為にも、くよくよしてばかりはいられない。前に進まなくては何も始まらない。健はいま、まさにそれを証明せんとしていた。
歩き続けて約十分。崖のそばにある岩肌が剥き出しになった場所に辿り着いた。ここからの眺めもなかなか綺麗だ。近くにあった座れそうな岩に座って、二人は休息をとる。
だが、あまり長く休んではいられない。ことは一刻を争うのだ。葛城に会うのが先か、それとも――烏丸に会うのが先か。少し経って休息を取り終えた二人は再び歩き出す。
「東條さん、アルヴィーさん!」
遠くから少女の声が聞こえる。間違いない、葛城の声だ。二人と視線が合った葛城は二人のもとに駆け寄った。
「葛城さん!」
「お二人とも遅いですよ! どこに寄り道してたんですか?」
「ご、ごめん」
「全然来ないものだから、もしかしたら遭難したのではないかと思ってたんですから……ね」
先に来ていた葛城が二人を叱責。どうやら二人を心配してくれていたようだ。照れ臭くなって顔をそむける辺りが可愛らしい。
「か……かわいいなあ」
「何か言いました?」
「や、や、なにも!」
「アルヴィーさん、ハレンチですわよ。前はキッチリ締めて!」
「む、胸が窮屈なんだ。許してくれぇ」
顔を真っ赤にして二人に食ってかかる葛城。アルヴィーの前を少しはだけた色気のある格好を快く思っていないようだ。真面目な気性ゆえに許せないのか。
「――いつ来てもここは綺麗だな」
「ッ!」
爽やかで聡明な、しかしどこか怪しげで凍てついたような――その声が、じゃれあっていた三人をピタリと止めた。一気に緊迫感が漂い始める。
「烏丸先生!」
「烏丸!」
「皆さんおそろいで……」
声の主は、そう、烏丸だ。深緑と黒を基調としたコートを着ており、ベルトのバックルは金色で四つに割れた地球のような形状。右手には得物である大鎌を握っている。後ろにやっている左手には――おびえているみゆきの姿が。
「健くん、葛城さん! アルヴィーさん!」
捕らわれた大切な人が上げた悲痛な叫び。険しい表情で立ち尽くす三人。そして、したり顔を浮かべる烏丸。いよいよ決闘が始まろうとしていた。