EPISODE182:『聖域』
「よっしゃー! 授業終わったぁー!!」
葛城が疑心暗鬼から立ち直ってからはとくに問題も起こらず、やがて放課後が訪れた。いよいよ風のオーブにありつけるのか。絶景であろう『聖域』も見に行けるのか! 二重の喜びを感じながら、健は両腕を上げた。みゆきも「終わったぁー!」と、左腕を上げて大喜びだ。健と同じことを考えていたにちがいない。
「では……行ってみますか?」
「うんうん! 行きたい、行きたい!」
行くのかどうか、葛城が他の三人に確認を取る。これから行こうとしているのは――風のオーブが眠っているかもしれない場所だ。
「けど、部活はどうするの?」
「みどりさん、それなら心配いりませんわ。これから、榎本さんや桐生さん達に連絡を入れますから」
「そっか〜! なら大丈夫だねっ」
心配そうなみどりにそう言い聞かせ、安心させる。携帯電話を取り出すと、葛城は自分から言った通りにフェンシング部の仲間――桐生恵の電話番号を入力。彼女に電話をかけた。ちなみに桐生は赤みがかった茶髪の女子で、身長は170cmとフェンシング部の女子の中では一番高い。あと胸もある。
「もしもし、桐生さん?」
「部長じゃん! いったいどうしたの?」
「今日は、東條さんやみどりさん達と散歩に行こうと思いまして。席をはずさせていただいても大丈夫ですか?」
「じゃあ、私らだけで練習しておけって事ね。了解しましたっ!!」
桐生に用件を伝えることが出来た。携帯電話をしまい、葛城はみどり達の方に振り向いてこう言う。
「さあ、参りましょう!」
◆◇◆◇◆◇◆
葛城の引率のもと、健たちは『聖域』に案内してもらえることとなった。ただし――あくまで見るだけ。途中で、「これを機に風のオーブを奪う事を考えているのなら、わたくしはあなたを軽蔑します」と、葛城は健に釘を刺した。
「到着しました。ここですわ、入口は」
やがて、目的地に到達。そこは――校舎の敷地内にある校長先生の銅像だった。「どこにも入口なんて見当たらないじゃん!」、と、健はあちこち見回しながら困惑。みゆきとみどりもキョロキョロしていた。
「みどりさん」
くるりと振り返って、葛城がみどりに声をかける。何か訊ねるつもりだ。
「なーに、あずみん?」
「あなたのおばあ様が言っていたお話では、『聖域』の入口は扉によって堅く閉ざされているとのことでしたわね?」
「そうだけど、それがどうかしたの~?」
「その扉がどこにあるかまでは教えてもらえませんでしたか?」
「え? う、うん。どこかにあるってだけしか……」
「では――わたくしが教えてさしあげましょう」
踵を返して葛城が校長の銅像の横に立つ。「むぅうううう――――ん……!」と、腰に力を入れてかけ声を出しながら両手で銅像を押して、押す。とにかく、押し続ける。力を入れすぎて顔を真っ赤にしたのを見て放っておけなくなったか、それまで見ていた三人も飛び入って葛城を手伝うことにした。そう、四人で力を合わせようというのだ。
「みなさん!」
「ひとりは……ッ!」
「みんなのッ!」
「ために~ッ!!」
健が、みゆきが、みどりが掛け声を出す。そして重たい銅像の位置がずれて――階段が姿を露わにした。どうやら地下へと続く下りの階段のようだ。
「フーッ……なかなかホネの折れる仕事だったわ」
「ありがとうございます! なんとお礼を申したらいいのか」
「いいんです、お礼なんて。友達なんだから手伝うのは当たり前でしょ? それに、女の子の細腕だけであんなに重たい銅像を動かすなんて無茶だし」
「東條さん……」
「みんなついてるからね~。あずみんはひとりじゃないんだよ~」
胸を張る健。人として当然の事をしたまでだ。みどりもさりげなく、励ましの言葉を告げた。友達として当然のことだ。
「ちょっと、君達! 何勝手にやってるの!」
そこにハスキーで色っぽい女性の声が聞こえてきた。声の主も間もなく健たち四人の下へとやって来る。長い白髪を束ねて赤いフレームのメガネをかけ、瞳孔が縦に長い赤色の瞳。透き通るような肌。スーツを着ているが胸がきついのか、少しはだけている。教育実習生の白石こと、アルヴィーだ。
「あ、アル……!」
うっかり彼女の名前を言いかけたので咳払いをして誤魔化す、健。
「? おノドの調子が悪いのですか?」
「い、いや……何でも、ケホッ」
「だといいんだけど~……」
あまりにわざとらしい反応だ。が、みんなはそこまで気に留めなかった。しかし相変わらず胸が大きい。みゆきとみどりの視線がアルヴィーの豊満なバストに集中していた。実にうらやましそうだ。葛城ももちろん見逃さず、「ぼ、ボタンはきっちり締めてください! ハレンチですわ!!」と、顔を真っ赤にしながら注意した。
「……先程は本当にありがとうございました、白石先生。先生に相談してなかったら、わたくし……」
「いいの、いいの。困ったときはお互い様ですよ」
落ち着いたところで先程のこと――昼休みのときに相談に乗ってもらったときの感謝の言葉を贈る葛城。何があったかまでは健たちは知らない。でも、理事長と話をして帰ってきたあとの曇っていた顔と、昼休みに帰ってきたときのあの清々しい笑顔のことを考えると――。余計な詮索はやめておこう、と、健たち三人は思った。
「お、おっぱいが……いっぱいだ。ウェヒヒヒ」
もっとも健は、スタイルがいい葛城とアルヴィーを見てすっかり鼻の下を伸ばしていたのだが。もちろん心の中ではちゃんと友達のことを考えていた。
「……えっちぃことを考えない!」
「ぶへッ!? あ、あうー」
――眉をしかめたアルヴィーによる鉄拳制裁。グーで殴られたものだからハンパじゃなく痛い。健の頭には大きなたんこぶが出来て気絶。他の三人は、「あちゃー」と、言いたそうな顔をして気絶した健を見つめていた。が、数十秒ほどで起き上がって頭を振る。急に真剣な顔になると、健は、
「そうだ。これから絶景ポイントに案内してもらうところなんですけど、良ければ白石先生も行きませんか?」
と、アルヴィーに持ちかけた。
「えっ、いいの? じゃあ……お言葉に甘えて」
「白石先生も追加ですね。では皆さん……改めて行きましょう!」
白石ことアルヴィーも加わって一同のムードはより盛り上がる。ちょっぴり嬉しそうなアルヴィーの顔を見て、葛城もにっこり笑った。そして彼女の引率のもと、一同は校長の銅像の下に隠されていた階段を下っていく。
――長い階段だ。しかも降りれば降りるほど暗くなっていく。最後まで降りた先にあるのは『聖域』か、それともただの薄暗い穴蔵か? いったい何が健たちを待っているのだろうか。
階段を降りていく健たち五人の姿を、背後の物陰から見ていたものがひとり。そのものの手に握られていたのは、笑い顔の――仮面。やっと見つけたと言わんばかりに、口元を綻ばせていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「長かった……本当に、長かった」
長い階段を降りきって、一番に喋ったのは健。周りは薄暗くて冷たく、壁や地面は人の手で造られたような雰囲気だ。それだけではなく、健たちは自分たちが住む世界ではないどこかに迷い込んだような不思議な感覚に見舞われていた。
「こちらですわ。皆さん、しっかり着いてきてくださいませ」
こういった明かりが少ない場所でははぐれてしまうことは危険を意味する。みんな葛城のうしろにぴったりくっついて離れずに着いていった。やがて通路の奥に――堅く閉ざされた扉のようなものを発見する。
「これが『聖域』に通じる扉ですわ」
葛城が指差したのはつむじ風を模した模様が刻まれた石造りの扉。これが『聖域』に通じる扉であるようだ。一同は胸が高鳴り、息を呑む。とくに祖母から『聖域』に関するおとぎ話を聞かせてもらったことがあるみどりはそれが顕著だ。
「……もう一度言いますが、あくまで見るだけですからね。間違っても盗んだりしようなどとは思わないでくださいよ?」
「は……はい」
またも釘を刺された健が、上からマリオネットにでも吊るされたかのごとく背筋を伸ばす。みゆきもアルヴィーも健と同じようにした。
「開けますわよ……」
扉の前に立っていた葛城が、凛とした表情で扉と向き合う。息を大きく吸い込むと、
「我、風の宝珠を守護する者なり。封印されし『聖域』への扉を――今ここに開かん!!」
葛城が呟いたその言葉は、合言葉と呼ぶべきか、それとも呪文と呼ぶべきか。扉に刻まれていたつむじ風の刻印が鮮やかな緑色の光を放ち――開かれた。『聖域』へと通じる扉が。扉の向こうからは光が漏れている。とても神々しくて、美しい。
「す、すごーい! 開いた〜……」
「このことは他言無用ですわ。さあ、中へどうぞ」
みどりが目を輝かせて驚く。葛城はすました顔で皆にそう告げると、率先して扉の向こうへと足を踏み入れた。
「じゃ、じゃあ……僕たちも」
「行こ〜、きっと綺麗なところだよ〜!」
あとに続いて健たちも『聖域』へと入っていく。まばゆいばかりの光の先は――きらびやかな装飾が施され、広々とした古代の神殿のような場所だった。床や壁はシックな緑色で、あちこちに色とりどりの水晶が生えている。更にはステンドグラスまであったりと、実に神秘的だ。まさか、学園の地下にこのような空間が広がっていたとは――みな、思いもよらなかっただろう。
「ここが――『聖域』!?」
「綺麗だね〜。おばあちゃんが言ってたことは、ホントだったんだ……」
「美しい……。これは教科書に載せるべきだ。いや、載せなくてはなるまい」
「なんだかウソみたい! でも、綺麗!!」
健が、みどりが、アルヴィーが、みゆきが、それぞれ思ったことを口にする。共通しているのはこの『聖域』を前にして感銘を受けているということだ。
「この『聖域』は古代の人々がわたくしたちの世界と異次元空間の間に建造した、ちょっとへんてこな場所ですの。心が綺麗な人しか入れません。ひととおり見学がすんだら、帰りましょう。開けっ放しには出来ませんからね」
葛城が催促したのを皮切りに見学が始まった。みんなこの『聖域』に興味津々だ。水晶を見たり触ったり、柱にも手を触れてみたり、少し高いところにも登ってみたり、風景や人物を模したステンドグラスを見て感動したり。だが一番目を引いたのは――中央の祭壇に安置されたビー玉からピンポン玉くらいの大きさをした緑色の宝珠。正真正銘、これが風のオーブだ。
「これが……風のオーブ」
「ええ、いかにも」
エメラルドグリーンの光を放つ風のオーブは、思わず吸い込まれてしまいそうな美しさだ。その中では圧縮された空気が渦を巻いている。どれほどの力が閉じ込められているのだろう――と、健は思った。
「フフフ……君たちはとんだお人好しだね。私のためにわざわざ扉を開けてくれるとは」
「!?」
――その時、『聖域』に何者かの声が響く。妙に爽やかな男性の声だ。空気が渦を巻き、健たちを祭壇から吹き飛ばす。地面に叩きつけられ、健たちは悲鳴を上げた。
「……ッ! 貴様は……!」
渦の中から現れた――死神のような格好をした何者かを見上げながら、健。
「『聖域』は心清きものにしか入れない場所、心悪しきものは入れない。だが――扉が開いてしまえば話は別だ。私はこの時を待っていたんだよ!」
笑い顔の仮面を着けた死神が雄叫びを上げる。
「だ、誰……あの人!? 誰なの〜!?」
「みどりさん、あいつは以前にこの学園に現れた盗賊ですわ!」
おびえるみどりに、死神について説明する葛城。風のオーブを守らなければならないという使命感から、彼女の瞳は死神へ対する敵意に満ちていた。
「……くだらない」
唇を噛み締めて、アルヴィーが呟く。その瞬間、他の四人の視線はアルヴィーに向けられた。
「いつまでこんな悪趣味な芝居を続けるつもりだ? いい加減に正体を見せたらどうだ!!」
「私の正体が知りたいかね!? だったらすぐにでも教えてあげよう!!」
啖呵を切るアルヴィーを前にしても死神は余裕に満ちた態度を崩さない。遂に笑い顔の仮面を外したが、その素顔は――。
「まさか……それがあなたの正体だというのですか!? 『高天原の死神』、いや――」
「烏丸元基ッ!!」