EPISODE179:芽生えた猜疑心
次の日の朝――登校してきた葛城とみどりは下駄箱を出て、教室まで歩きながら話し合っていた。
「みどりさん、先に教室に行っておいてもらえる?」
「いいけど……なんで?」
「理事長に、お話がありまして」
「へえ、理事長さんに〜」
なぜ自分だけ先に行かなくてはならないのだろうか。不思議そうな顔をするみどりに、葛城が用件を告げる。どうやら理事長室でこの学園の理事長と――何らかの話をするつもりのようだ。
「先生には少し遅れると伝えておいてくださいませ」
「何しに行くかは知らないけど、わかった〜!」
「それではよろしくお願いしますね」
あとのことをみどりに頼んでお辞儀をした葛城は、理事長室へ向かっていった。理事長室があるのは――三階。階段のところで、葛城たち二年生のクラスルームへ行く方向の反対へ行き、廊下の突き当たりを曲がればそこにある。なお、校長室は二階の職員室の奥にあるようだ。
「って、あたしも急がなきゃ。モタモタしてらんない〜!」
葛城を見送ったあと、彼女とは反対の方向へみどりが走る。そう、のんびりしてはいられない。通勤電車も学校生活も、たった一秒の遅れが影響を及ぼすのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「理事長、失礼しますわ」
理事長室のドアをノックし、中に入る葛城。この理事長室は豪華絢爛な雰囲気だ。床には高級そうな絨毯が敷かれており、壁には空から見たこの学校の景色を映した写真が額縁に納められて飾られている。
ガラスケースには盾や賞状、トロフィーなど――様々な記念品が飾られ、輝いている。更には座り心地が良さそうなソファーと、周辺の豊かな景色を一望できる大きな窓。――いるだけでセレブな気分になれそうなことうけあいだ。
「おお、これはこれは。葛城様のところの!」
「いつもお世話になっております、理事長」
この学園の理事長は――五十代ほどの男性。髪はそろそろ白くなってきており、孫がいてもおかしくない風貌。穏やかな雰囲気を漂わせている。先ほどの発言から察するに、葛城家と面識がある様子。それも交友が深い関係と思われる。
「して、あずみさん。ワタシに何の御用ですかな」
「……今日は、『風のオーブ』についてお話があって参りました」
「フム――」
葛城が用件を告げると途端に、さっきまで微笑んでいた両者の顔が険しいものとなる。それだけ真剣で大事な話をしようとしていたからだ。
「というのも、この学校に『風のオーブ』を探し求めてやってきた者たちがいるからですわ」
「アレは、我々人間が持つには過ぎた力……。はるか昔、町ひとつを滅ぼしてしまったという言い伝えもあるぐらいじゃ。決して渡してはなりませぬ」
――理事長が語るように、『風のオーブ』は恐ろしいほどの力を秘めた代物だ。一歩使い方を間違えれば嵐が吹き荒れ、周囲にあるものすべてを破壊する。
「隠し場所が知られてしまうのも時間の問題……。警備を強化しなくてはなりませんわ、とくに夜は隙だらけですから」
葛城が理事長に、学校の警備を強化するように持ちかける。風のオーブが秘めているパワーは未知数だ。そのパワーを狙って、この学校にシェイドや悪のエスパーが現れることも少なくはない。
「そうですな。しかし場所がわかったところで、その入口を開けることはまず出来まい」
「何故ですか? 理事長」
「お忘れでしたかな? 悪しき心を持ったものに――、『扉』を開くことは出来ませんからな」
――理事長が言うには、悪しき心を持ったものには風のオーブが隠されている場所の『扉』を開くことは出来ないという。だが、『扉』を開くことは出来なくても、影や隙間から潜入することは出来るのでは? ――実はそうはいかないのだ。理由は――。
「……そうでしたね。更に言えば、影や隙間からそこへ入ろうとしても結界に弾かれますもの」
「よほどのことが無い限りは、侵入することは不可能ですからな」
――そう、影や隙間から通じる異次元空間から入ろうとしても弾かれるからだ。聖なる結界に。
「――じゃが、あずみさん。どちらにせよ気を付けた方がよろしい」
「はい」
豪華絢爛な室内に漂う、緊迫した空気。理事長の一言がより緊迫感を強める。
「――風のオーブを狙う、例の『死神』の正体は、あなたの身近な人物かも知れません。そんな気がしてならないのです」
「!?」
葛城が理事長を見たまま、驚いた表情を浮かべる。よほどショックが強かったのか思わず左手が動いた。
●○●○●○
「失礼しました」
理事長との対話を終え、葛城は理事長室をあとにした。困った顔をしてため息混じりに、「わたくしの身近な人物が……」と、独り言を呟いた。
(わたくしの身近に『死神』がいたとすれば……誰がそうなんでしょう)
教室へ向けて歩く廊下を歩く中、葛城はずっと考え事をしていた。彼女は、理事長から言われたことがずっと気になっていたのだ。
(東條さんやアルヴィーさん達は風のオーブを探しているとハッキリ明言していたけど、彼らは今のところ悪さはしていないわ。そもそも彼らは、よそ者だけど『死神』ではない)
東條たちを完全に信用しているわけではないが、彼らが悪い人間ではないのはわかっている。それどころか『死神』やシェイドからこの学校を守ってくれている。
(――フェンシング部のみんなに、みどりさん。武田先生に烏丸先生。生徒や先生の皆さんも、言ってしまえば身近な人物。――あの『死神』は身長が高かったけど、男性かしら?)
歩きながら、時折立ち止まりながら葛城は『死神』の正体について考える。今後に関わる大事なことなので、当然表情も真剣だ。
(――いや、女性かもしれないわ。身長はシークレットブーツとかで補えるし、声は変声機を使えばいくらでも変えられる。それに仮面と黒いローブもあれば外見は十分誤魔化せるわ。だとすれば、『死神』の正体が女性でも不思議じゃない)
――そこまで推測して、葛城は何かに気付いたような表情を浮かべる。
(まさか……『死神』はみどりさんということなの!?)
まだみどりがそうだと決まったわけではないが、可能性は大いにあり得る。風のオーブを手に入れるために葛城を利用していたという可能性は。
(いや、まだそう決めつけるには早いわ。そうよね……?)
疑問を抱きつつも、葛城は歩き続ける――。やがて二年A組にたどり着いた。ちょうど休み時間だ。クラスメートたちはみんなおしゃべりをしていたり、ノートに絵を描いていたり、自習をしていたりと思い思いの時間を過ごしていた。健やみゆき、みどり達もそれは同じだ。
「おはよう、葛城さん! どこ行ってたの?」
「おはようございます。東條さん、みどりさんから聞きませんでしたか? わたくしは理事長とお話をしていました」
笑顔であいさつしてきた健の質問に簡単に答えると、葛城は彼の隣の席に座った。
「そういやそうだった……で、お話って?」
「それ以上はあなたが知る必要はありませんわ」
「そ、そっか。まあいいや」
よほど知りたいのか首を突っ込んできた健をあしらい、カバンから筆入れゆ教科書などの必要なものを取り出して机の横にかける。――死神と同じように、健たちも風のオーブを求めてこの学校へやってきた身分だ。
見たところ人が良さそうではあるが――やはりアレは大事なものだ。それに下手すれば嵐が吹き荒れて大破壊を巻き起こす。どっちにしても、そんな危なっかしいものを渡すわけにはいかない。
「あずみん、急にどうしたんだろう。いつもよりマジメっていうか、思い詰めてるっていうか〜……」
「ホントだ。理事長さんとなに話してきたんだろ」
「朝からあの調子なんだよね。大丈夫かな〜……」
みどりとみゆきが心配そうに葛城を見つめる。二人が心配しているように、葛城の頭は風のオーブを外敵から守ることでいっぱいだった。それだけ彼女はマジメなのだ。必死だったのだ。
(『高天原の死神』は周りの人々の中にいるかも知れないなんて……。いったい誰を信じたらいいのやら。みどりさん――あなたではありませんよね?)
――そして、理事長の言葉を気にかけるあまり疑心暗鬼に陥ろうとしていた。
(……だいぶ困っているようだな。これは、あとで相談に乗ってやらねば)
A組の教室の前を通りかかったアルヴィーは、思い詰めた葛城や、そんな彼女を気にかける健やみゆきにみどりの姿を目撃していた。困った人物は放っておけない。一個人としても、実習生としても。
Q&Aだ!
Q:理事長さんの名前は?
A:有働芳孝さんというそうです。
Q:校長先生はいないの?
A:もちろんいますよ。皆さんが見ていないところで頑張っていますよ。
Q:いいかげん死神の正体教えろよ
A:ダメだ。それにはまだ早い。このあわてんぼうさんが
Q:風のオーブの隠し場所はどこ?
A:俺に質問するな……。