EPISODE177:スラムでダンク
――午後からは、体育の授業があった。体育館の中でバスケットボールをやるのだ。ドリブルせずに走るのは禁止。コートの線からボールが飛び出してしまえばアウト。恨みっこなしの真剣勝負だ。なので、相手に負けたから……または、相手が勝ったからといって文句を言ったりすれば当然アウトなのだ。勝負である以前にゲームである。
勝ち負けを決めるのはもちろんだが、楽しまなくてはいけない。今回は、A組の男子と女子でチームに分かれてゲームを行う。男子チームには当然のごとく健が、女子チームにはこれまた当然のごとくみゆきや葛城にみどりがいた。みんなバスケのユニフォームに身を包んでいる。白地に青いラインが入ったノースリーブのシャツに同色の短パンだ。男子はよりたくましく、女子はより美しく。――葛城など、スタイルが良いものもいるので女子はなおさら美しく見えるというもの。
「いっくよー!」
最初にボールを持っていたみゆきが、同じチームの女子にパス。その女子もドリブルしてボールを奪おうとする男子をうまくかわし、別の女子へパス。
「ボールは俺のものだー!」
「いいえ、みんなのものですわっ!」
「あっ! くそぉ〜っ!」
「みどりさん、受け取って!」
――相手の包囲網をドリブルで潜りながらのパスを繰り返した末、最終的には葛城が相手の陣地のゴール付近まで移動していたみどりへとパス。
「よーし……届けぇ〜!」
点をとる! という思いをこめ、この一球に懸けてみどりはゴールへボールを投げる。――すっぽりとボールが入った。つまり、女子チームへ一点入ったのだ。
「やった〜!」
みどりが嬉しさのあまり飛び跳ねて喜ぶ。女子チームにいた他の女子も多いに喜んだ。
「うわー……いきなり一点とられちゃった。こりゃ、ちょっと先が心配になってきたな」
「うーん、嫌な予感しかしないぞ」
男子チームのふたりが不安げに口走る。嫌な予感は案の定的中してしまい、女子チームにどんどん点数が入っていく。
だが対する男子チームも負けじと点を取って巻き返しを図り、なんとか取り戻していく。どんな困難でも立ち向かって乗り越えなくてはならないのだ。
「ふふふ、みんな頑張っているな」
コーチである体育教師の岩竹の指導の下で行われていたこの授業を、参考にと実習生の白石こと――アルヴィーが見学しに来ていた。
元々綺麗な彼女だが、赤いフレームのメガネとスーツ姿がよりクールに、より凛々しく彼女の美貌を引き立てている。
「ははは。机に向かって勉強するのもいいですが、たまにはこうやって体も動かさなくては!」
「ええ! 私もそう思います、岩竹先生」
「わかっていただけて光栄です! 若いっていいですな、がはははっ!!」
アルヴィーの隣でガタイのいい角刈りの壮年の男性――体育教師の岩竹が豪快に笑う。ちなみにA組の担任である武田先生は、今席を外しているようだ。
恐らく職員室に行っているのだろう。 教師陣が見守るなか、試合はどんどん白熱。男子チームと女子チームの試合は激しさを増し――遂には同点にまで持ち込んだ。
「よっしゃ、なんとかここまで来たぜ。あと一点入れれば俺たちの勝ちだ!」
「あと一点か……行けるかな」
「大丈夫だって。俺たちなら行けるって!」
「頑張ろうぜ、東條ッ!」
「う、うん! そうだよね、僕らならいける!! みんな、行こう!」
「おーっ!!」
いよいよラストスパートだ。ラストに備えて男子チームは気合い十分。勝つ気満々だ。
「男子強いねー……最初はこっちに負けてたのにだんだん追い越してくるなんて」
「こっちだって負けていられませんわ。男子に勝たなくては」
「うん! みんな、あずみんの言う通りだよ!」
「あと一点で勝負が決まるわ。みんな、がんばろ!」
「ファイトォー!!」
女子も男子に負けじと気合いを入れ、それぞれの思いを胸に決意を固めていた。肩を組み合ったりもして――その団結力は決して揺るがないものがあった。
――そしてラストゲームが幕を上げた。これですべてが決まる――。みな、気を引き締めてこの最後の試合に挑んでいた。最初は動きがぎこちなかったり、統制がとれていなかったりしたのに、ここに来るまでに慣れたからか全員機敏に動きそれぞれに与えられた役目をこなしている。
両チームの中にいた、経験者であるバスケ部の助力も彼らが短時間でここまで上達した理由のひとつだ。これには担当の岩竹先生も喜んでいることだろう。
「そぉれ、みどりさん!」
「はーい!」
周りを取り囲む男子からの決死の妨害。ボールを受け取ったみどりは男子チームの包囲網を掻い潜り、ゴールを目指す。
(あと一点。あと一点であたしたちの勝ち……負けられないッ!!)
やがてゴールに辿り着き、男子に囲まれながらも思いをボールに乗せてシュートを放とうとしたその時――。
「させなぁぁぁぁぁぁいッ!!」
なんと、そうはさせまいと健が乱入。ボールを横取りしようと試みる。が――。
「きゃあっ!?」
「ッ!? しまっ……!」
なんと、健がボールをとろうとしたその弾みでみどりが転んでしまい、踵を強く打ってしまった。呻きながら足を痛そうに押さえるみどりを見て、周囲は騒然。最後の試合でまさかのトラブルが発生してしまった。
「み、みどりちゃん……大丈夫?」
「う、うん。なんとか」
自分は大丈夫だと主張していたが、みどりの表情はとても辛そうだ。みなに余計な気を遣わせないためにごまかしたのだろう。だが――試合中とはいえこれを黙って見過ごすわけにはいかない。健はそういう男なのだ。
「みんな、ちょっと席外すけどいい!?」
「いいよ。……あとは私たちがやっとくから!」
「健くんも、それから妃さんも! 心配することないぜっ!」
「みどりさん、あとは任せてくださいませ!」
男子チーム、女子チームの両方が声援を送る。みんな思っていたよりずっと熱い。それだけバスケに熱中していて、なおかつ楽しんでいたという証拠。
緊迫から堅くなっていた健とみどりの顔が和らぎ、「みんな……頼んだよ!」「ありがとう!」と、それぞれ礼を告げた。
「岩竹先生、みどりちゃんと保健室行ってきます!」
「わかった。途中で転ばないように、ちゃんと支えてあげるんだぞ」
「はいっ!」
岩竹先生にそう告げて、健はみどりと一緒に保健室へ行くために下駄箱で靴を履き替える。――その直前で心配になって自分を見つめた白石に気付いて振り返ると、健は彼女に笑顔で頷いた。それに対してアルヴィーも笑顔で返した。――これがアイコンタクト、というものだろうか。二人の間から硬く深い絆を感じられる。
◆◇◆◇◆◇
「大丈夫かい? 歩ける?」
「あ、あたし大丈夫だよ」
一階の廊下。健は足をくじいてしまったみどりを連れて体育館からそこへ移動して、保健室を目指していた。幸いそこまで距離は離れていなかった。
保健室の前に辿り着くと保険医がいることを確認し、扉をノックして「失礼しまーす」と一言いってから中へと入る。
「あら、東條くん。それにみどりさんも……」
中に入ると、いつもの白衣姿の白峯とばりがそこにいた。彼女は保険医としてこの天宮学園に潜入している。もちろん、その格好をするだけではなくちゃんと仕事をしていた。
「すみません、バスケやってたんですけど……この子足を打っちゃって」
「イタタ……」
「まあ大変! すぐに診てあげるね」
「はい」
みどりを椅子に座らせ、健が付き添う中で白峯は診察をはじめる。まず、「どこが痛いの?」とみどりに訊ねる。
「右のかかとを打っちゃって……」と、みどりは右足を出して打ってしまった箇所――かかとを指差す。
「そっか、ここが痛いのね?」
「はい……」
なぜ強打してしまったのか。「僕がボールをみどりちゃんからとろうとした弾みでぶつかってしまったんです」、と、健が白峯に事情を話す。
「そうだったの。でも大丈夫、すぐ治してあげるわ」と、白峯は笑顔を浮かべた。屈託のない綺麗な笑顔だ。見れば見るほど癒されるというもの。
「お願いします〜」
「はぁい。右のかかとが痛かったのよね? 湿布貼りますねぇ」
白峯は、自分が座っていた席の近くの机に置いてあった救急箱から湿布を一枚取り出し――みどりの右足のかかとにそっと近付けて貼った。かかとからじっくりと、ひんやりとした感覚がみどりの全身に伝わっていく。――これでもう安心だ。
「これでもう大丈夫!」
「ありがとうございます〜!」
「ところでみどりさん、まだ体育の授業はやってる?」
湿布を貼ってもらい喜ぶみどりに白峯が訊ねると、みどりは「いまラストゲームです。もう終わってるかも〜……」と、答えた。
「そうなの。どっちにしても今日は安静にしておいた方がいいわ」
「はいっ」
白峯の言葉を聞いたみどりは首を縦に振って答える。その傍らで健は、「これでよし」とでも言いたげに暖かい笑顔を浮かべた。
「しっかし……足のケガかー」
「どうしたんですか、白峯さ……ゲフンゲフン!」
白峯が呟いた言葉が気になったか健が首を突っ込む。「白峯さん」といつも通りに呼びかけたところで急に咳き込み、「白峯先生!」と呼び方を訂正した。傍らにいたみどりには何の事やらさっぱりわからず、彼女は頭上に『?』マークを浮かべていた。
「何を気になさっているんですか?」
「いやね……さっきも右足にケガを負ったっていう人が来てたのよ。ひどいケガだったわ」
「はぁ。それは……どなたでしたか?」
「――烏丸先生よ。知ってる?」
――微妙な間を置いてから、白峯は健の問いに答えた。
「……えっ?」
実は中学の時スラムダンク読んでました。
バスケ部に入ってたわけではないんですが、バスケが好きでした。
体育の授業でバスケやるたんびに楽しんで取り組んでましたっけね。
って、そんなことはどうでもよかった!
早くイッチーとアズサと、クモ子を出さねば…。