EPISODE175:行くっきゃない!
「東條はんいーひんか? 日頃から頑張っとるさかい、景気付けに差し入れ持ってきたんやけど……」
「健お兄ちゃんならいないわよ」
「え? あいつまたおらんの?」
「あの人、今度はどこ行かはったん?」
「とりあえず、上がってよ!」
日頃よりバイトと戦いを頑張っている健のために――たこ焼きを差し入れとして持ってきたという市村とアズサ。でも健は今は不在だ、ここにはいない。
せっかく来たところを追い返すのもシャクなので、まり子は二人を家の中へ上がらせる。相変わらず二人は陽気だ。まり子とこの二人は会ってからまだ日は浅いが――仲良くなれるのは時間の問題だ。明るくて気さくだし、何より気軽に話しかけやすい。
「久々に食べたけど……やっぱりおいしーっ!」
「へへへ、おおきに!」
「おいしいやろー? イッチーのたこ焼きには、なんちゅうんかな。愛情が入ってるさかい」
健もアルヴィーも不在ならば、仕方がない。ということで――代わりにまり子が差し入れのたこ焼きをいただくこととなった。柔らかい感触のたこ焼きが口の中で弾け、とろけていく。これはとても――ウマい。京風のたこ焼きのカリカリした食感とはまた違うおいしさだ。
「この味はのぉ〜、わしのオトンの直伝やねん! 完璧にマスターするまで、どんだけ苦労したことかぁ」
「そうだったの。おいしいのがわかった気がする〜」
「え、ホンマに? おおきになぁー!」
さりげなく自分の店のたこ焼きの味の由来を語る市村。どうやら彼の父親の直伝で、マスターするまでにだいぶ時間をかけたようだ。まさにプロの味だ。これだけうまくてしかも安価なら、売れても当然だ。誰も文句は言えまい。
「せや、まり子ちゃんよぉ。ひとつええか」
「なあに?」
「いま東條はんおらん訳やけど、姐さんも連れていったいどこ行ったん?」
「みんながどこに行ったか、って?」
食事中、市村が突然思い出したように健がどこに行ったのかをまり子へ訊ねる。
「ウチもそれが気になってたんよ! まり子ちゃん、教えてくれるー?」
「うん、いいよ。健お兄ちゃんはねー……」
笑顔で問いかけるアズサに笑顔で返し、まり子はアズサの耳元で健が向かった先をささやく。
「実はね、かくかくしかじかでね……フフッ」
「ふんふん、あれがああでこれがこうで……えへへ」
「はーん、それがそうで……ヒヒヒ」
まり子からアズサへ、アズサから市村へと情報が伝達していく。微笑ましいものを感じ取ったか、アズサも市村もにやついた表情を浮かべた。が――。
「……って、なんやてえええええぇ!?」
突然市村が立ち上がり大声を出して驚く。あまりの大音量を前に、アズサとまり子は肩がすくんだ。
「こ、高校やって!? あの東條はんが、ツレと一緒にか!?」
「うん、青春しに行ったのよ♪」
「なんで? 健クン、なんでまた高校行かはったん?」
「せ、せや、教えてくれ!」
驚きを隠せない市村とアズサ。まり子へ詰め寄ると、なぜ行ったのかと具体的な理由を問う。丸くした目を何度も瞬きさせて少しばかり戸惑いながら、まり子は、「んー……勉強のやり直しかな?」と、冗談混じりで答えた。
「そ、そうか、あいつアホやさかい、バイトをクビにされたっちゅうわけかい」
「えー、それホンマぁ? めっちゃ可哀想やんかぁ……」
「あ、あのね、えーと……今の冗談よ」
騒然とする二人にまり子が告げる。すると、「なーんや……ビックリした」と、急に静まり返った。
「ほな、ホンマのこと言うて」
「いいよ。その高校なんだけど、東京と埼玉の付近に高天原市っていうのがあるのは知ってる?」
本当のことが知りたいアズサの意思を汲んで、まり子が本当のことを話し出す。
「高天原ぁ? わし日本中で商売やっとるさけぇ、行ったことあるけど……またえらい遠いとこまで行きよったなあ」
「そこの高校にみゆきさん達と一緒に行ったんだけどね……」
「ふーん。みんなで勉強のやり直し……ちゃうちゃう、アレやろ。なんか隠されてるんとちゃうの?」
市村が顎に手を当てて、知ったようなことを口にする。
「イッチー、それどういうことなん?」
「教えたろか、アズサ。どういうことも何もやなぁ……わしには、何となくわかるんや」
「何となくって?」
「その学校には大事なナニかが隠されとるってことがよー!!」
市村がアズサの質問に答えバカ笑いする。次にまり子へ、「そうなんやろォ?」と、確認をとった。
「当たりー! なんでもね、『風のオーブ』って奴がどこかに眠ってるらしいの」
「へぇ、いかにもすごそうな名前やないか」
「フフッ。健お兄ちゃんたちはね、それを探すために高天原市の学園に潜入したってわけなの」
「さいでっか!」
まり子から健が何のために外出したのか、その理由も聞けて市村は満足げに笑う。アズサももちろんにっこりと微笑んだ。
「それでお留守番してたっちゅうわけなんか。大変やったな〜」
「でしょー? 寂しくて、何がなんだか……」
――(外見)年齢の都合で、やむを得ず一人だけ置き去りにされてしまったまり子。彼女の可哀想な境遇にアズサは同情していた。
「でも、わたしがここにいないと……他に誰もここを守る人はいないもの」
「アホやな〜」
「……は? 誰がアホですって?」
市村の一言に眉を吊り上げるまり子。タレ目ながら凄まじく恐ろしい形相だ。
「それ以上言ってみなさい。ねじ切るわよ!」
「はわわわ! 堪忍、堪忍!」
怒るまり子へ慌ただしく謝る市村。アズサは隣で、「こ、怖〜っ……」、と、呟いていた。
「アレよ、君はシェイドやろ?」
「うん、シェイドだけど? それで?」
「せやったら、影とか隙間とか通ったら高天原まであっちゅう間に行けるんとちゃうんか?」
市村のその言葉を聞いて、ふてくされていたまり子の表情が一転。明るいものへと変わる。そして目を輝かせて――。
「……そうだったッ!」
唐突に立ち上がってそう叫んだ。驚いた市村とアズサはまたまた腰を抜かした。
「すっかり忘れてたわ。その発想はなかった!」
「いやいや、そんな大したことあらへんって」
「わたし、高天原行ってくる!」
満面の笑みで宣言するまり子。
「たこ焼き屋さんとアズサさんはどうすんの?」
「わしら? わしらも行ったろ! 移動屋台でな!」
「せやなー! ウチらあとから行くさかい、まり子ちゃん先に行って!」
「フフッ、了解!」
こうして、京都にいたまり子や市村たちも高天原市まで行くこととなった。なお、まり子は適当な隙間から行くつもりのようだが――。市村とアズサのバカップルはいったいどうやって向かうつもりなのだろうか?
それは――。
「イッチー、ホンマにそれで行くつもりなん?」
「おうよ! わしゃあ、こう見えてこれで日本各地を商売して回ったクチやからなあ!!」
丘に建てられたいつもの公園――アサガオ公園の付近で会話を交わす市村とアズサ。二人の近くにはワゴン車がある。――市村の愛車にして商売の主役であるたこ焼き機を積んだ、移動屋台だ。市村はこれで日本各地で商売をして回ったのだ。
「でも心配や……うまく行くんかー?」
「大丈夫、大丈夫!」
心配そうにしているアズサを、胸を張って励ます市村。二人は運転席に乗り込む。次に市村は深呼吸してから、こう叫んだ。
「出番やでぇ、海老蔵!」
がしゃん! と、アズサが運転席のフロントに頭を打ち付ける。市村のボケを聞いてずっこけたようだ。
「なんでやねんっ! なんで海老蔵なんよ!」
「すまんすまん、間違うた!」
ツッコまれて素直に謝る市村。気を取り直し、咳をして市村は「出番やで、ブルークラスター!!」と、叫んだ。――刹那、急に車が持ち上げられたように高い場所まで競り上がる。マンションの二階の窓が見えるぐらいの高さだ。
「きゃ、きゃーっ! なんなん、なんなん!?」
「驚くにはまだ早いでぇ! わしらは今、ごっついシェイドの背中に乗ってるんやさかいなあ!」
「えーっ!!」
叫んだりはしゃいだりして動揺するアズサ。とにかく彼女が驚くような事だらけだ。市村が言うように、二人の車はいま巨大なシェイドの背中に乗っかっているのだ。そのシェイドとは市村のパートナーである、伊勢海老のシェイド――ブルークラスター。
重厚な海老型ロボットといった感じのメカニカルな外見で、全身に武器を積んでいる。市村が尻尾の穴にブロックバスターを差し込めば全武装が展開し、広範囲に集中砲火をしかけるのだ。ただし、発動までに時間がかかるのがたまにキズ。
「で、でもこれからどないすんの?」
「もう、じれったいなぁ! シートベルト閉めたか? しっかり掴まっときや!」
心配するアズサをよそに「行くで!」と市村が掛け声を出す。それを合図にブルークラスターは、道路の隙間から――目がチカチカするような異様な風景が広がる異次元空間へと移動した。
「す、すごーい! ド○えもんのタイムマシンみたい!」
「せやろ、せやろー? ほな行くでぇ!」
市村が車のエンジンを入れる。それを合図にブルークラスターもエンジンを入れて動き出す。少しバックして助走をつけてから――ハイスピードで走り出した。
「イィィィィヤッフォォォオオオウ!!」
「気持ちええな〜〜〜〜っ!!」
風を切って超高速で駆け抜けるこの感覚――まるで、ジェットコースターに乗っているようだ。市村は興奮のあまり裏返った叫び声を上げ、アズサは至極気持ち良さそうに雄叫びを上げた。少しばかり色っぽく。――果たして、振り落とされたりしないのだろうか。無事に高天原まで行けるのだろうか。
Q&Aコーナーだ!
Q:移動屋台乗せて大丈夫なの? ひっくり返らないの?
A:大丈夫! あれでも安全運転だから。ブルークラスターはご主人様想いのイイ子なんです。
Q:まり子のあの作ったキャラはまだ続けるの?
A:そこは考え中。オトナっぽくした方が、えろくていいよね。
Q:イッチーはアホなの?
A:いいえ、愛すべきバカです。