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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第9章 死神が住む街
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EPISODE174:過ぎ去ったあの日

 まり子の夢の中で広がっていたのは――時間が千年前まで戻ったような、緑色をした山や森が広がるのどかな景色。畑や田んぼも今よりずっと多い。家屋の屋根は藁で出来ているものがほとんど。この時代、現代のように屋根に瓦が貼られているような家はすこぶる上等な家として扱われていた。この頃は町もあまり多くはなく、小さな集落ばかりだった。

 ――ある小さな集落の近くにある、深い森の中。周りの家に比べて不釣り合いなほど大きく立派で、庭も広く雰囲気も周りとは明らかに異なる――その屋敷の中。玄関には二人の男女がいた。女は桜色の十二単を着ており、髪は油を塗ったように鮮やかな青紫。足元まで流れるように伸びている。

 恐らく――この時は髪を切る習慣が無かったのだと思われる。髪型は前髪が左右に大きく分かれ、額が目立っている。――今でいうお姫様カットだ。だが、女はどこぞの国の姫だと言われても不思議ではないほどの気品を漂わせていて、何より若々しく美しかった。着物に隠れていて目立たないが、細身ながら肉付きのよい体をしている。そしてその瞳は――これまた吸い込まれそうなほど美しい青緑色。男は対照的に質素な服装だがたくましく、おまけに顔も男前。今でいうイケメンだ。髪も女に比べれば短めで、少し乱れていた。何よりとても真面目そうな雰囲気だ。


「……待ってください、次郎吉(じろきち)さま!」


 儚げな表情で女が男――次郎吉をを呼び止める。次郎吉は背中に縄を巻いて留めた着物を背負っていた。着物は色とりどりで、柄も桜をイメージしたものや無地のものなど様々だ。


「どうしても行かれるのですか?」

「なあに、ちょっと遠くまで売りに行くだけだ。ほんの十日もすれば帰ってくるさ」

「でも、近頃は道に『もののけ』が出るのですよ? わたし……心配で」

「オラのことなら、大丈夫だ」


 男は屈んで、心配そうに自分を見つめてくる女の頭を優しくなでる。――『もののけ』とは、当時のシェイドの呼び名だ。他にも妖魔や魔の者、人外の者とも呼ばれていた。この時代から、シェイドは既に人々を襲っていたのだ。


「『もののけ』が出るぐらいでなんだ。オラはそんなの怖くねぇ、必ず帰ってくる。だから……おまり、待っていておくれ」

「……はい!」


 やっと決心が着いた。男から『おまり』と呼ばれた女は男を見送り――帰ってくるのを待ち続ける事にした。


 ――おまりは、裁縫や機織(はたおり)が得意であった。生地や糸、針など――必要なものさえ揃っていれば服を縫い、機を織っていたのだ。それも手早く、だが巧みに。そうしておまりが織って着物を売ったり、木を切ったりして次郎吉は生計を立てていたのだ。

 最初は家も小さくて貧しい生活を送っていたが――そうやって家を大きくしていった。だが、暮らしが裕福になっても次郎吉は初心を忘れなかった。おまりもそんな次郎吉の為に、せっせと機を織り続けていた。その気になれば飲まず食わずで、一日中部屋に籠りきりで織り続ける事も。


「……っ……んー……」


 日向で気持ち良さそうに眠っていたおまり。着物の前方をはだけており、肩が、透き通るような肌が、豊満な胸が日光に晒されていた。大事なところが見えそうで見えないギリギリの境界線。彼女以外、誰もいなかったのが幸いか。――彼女は疲れから、気が付けば寝てしまっていることも多かった。


「いけない。また寝ちゃった」


 目を覚ましたおまりは前を直し胸を隠す。そして居間で茶を飲んで一息吐くと、再び機織りを始める。――そうやって待つこと、十日。


「ただいま! 帰ってきたぞ、おまり!」


 玄関から聞き覚えのある、若者の声がする。――次郎吉だ。次郎吉が帰ってきたのだ。玄関に急いで向かい、彼を迎え入れなくては。


「次郎吉さま……!」


 玄関で次郎吉の姿を見て心の底から嬉しそうに笑う、おまり。次郎吉は無事だった。とくに怪我もしていないし、何より元気そうだ。次郎吉も健気なおまりの姿を見て爽やかな笑顔を浮かべた。


「この十日間、どれほどあなたを待ったことか――!」

「お、おいおい……そんな大げさな」

「大げさなことありませんっ!」


 感激するあまり抱きついてきたおまりに、次郎吉は少し動揺する。すぐに二人は熱い抱擁を交わした。――二人とも至福そうな笑みを浮かべている。それだけお互いのことを想い、愛し合っている証拠だ。

 ――次郎吉と、おまり。二人は平凡ながらも、幸せな暮らしを送っていた。いつしか二人の間には『お糸』というこれまたかわいらしい女の子も生まれ、より幸せになっていった。だが――その幸せな暮らしにも終わりが訪れた。そう、


「あなた……あなたぁっ!!」

「おっとう、おっとう!」

「おまり……すまん」



 ――次郎吉が年老いて、病床に伏せたのだ。だが、しわくちゃになった次郎吉とは対照的に、おまりは若いまま。髪にも肌にもまだ艶があり、その妖艶な美貌は衰える気配を見せていない。彼女も、彼女の子供である――お糸も。


「わしは……もう、長くない」

「そんな! おっしゃられていたではないですか、いつまでも一緒にいようって!」

「おまりや……わしは、お前に会えて良かったと思っとる。お前は本当にべっぴんで、優しくて……お糸も生まれてのぉ。お糸はきっと、おまりに似てべっぴんになるんじゃろうな」

「逝かないで、逝かないでください、あなた!」

「……今までありがとうなあ、おまり、お糸……」

「おっとう〜〜!!」


 おまりは必死に次郎吉を看病したが、程なくして次郎吉はこの世から去ってしまった。……お糸と、おまりを残して。一度は自殺を試みたが、おまりは死ねなかった。いくら血を流そうがいくら傷が開こうが――その都度傷がみるみるうちに塞がって元に戻ってしまったのだ。

 あんなに愛していた次郎吉を失い、悲しみに暮れるあまりおまりは誰とも会わなくなった。いつまでも年をとらず死なないことから、周りからは化け物などと蔑まれた――。そして何を思ったか、彼女はお糸を次郎吉の親戚の元へと預けた。まるで、不老不死の化け物である自分から突き放すように。こうして彼女は独りとなった。



 次郎吉の没後、長い時代(とき)の中でいつしか彼女は変わってしまった。冷酷で残忍な女王に――。



□■□■□■



「はっ!」


 ――愛していた人を失い、時代の流れと共に変わり果てたかつての自分の姿を見たまり子は目を覚ました。


「夢、か……」


 自分の手のひら、周りの景色を見てまり子は今いる場所が現実だと認識する。


「ヤダ、なんで夢の中で昔のこと思い出しちゃったんだろう」


 苦く悲しげに笑う、まり子。姿は子供でも、中身は大人だ。いや――何百年も生き永らえてきた化け物、というべきなのか。


「……また、独りになっちゃうのかな」


 うつむいて呟くまり子。今は自分が敬愛してやまない健がいる。アルヴィーがいる。少々気にくわない相手だがみゆきもいる。だが、彼らもいつかは死んでしまう。

 いつの時代もそうだ。せっかく誰かと仲良くなれても時代が変われば呆気なく死んでしまうから、そう簡単に他人と仲良くはなれない。いかなる人物であっても老いには勝てないからだ。いつでも残るのは――自分だけ。なぜ自分は不老不死になってしまったのだ、と、自分の運命を呪いたくなる事もあった。


「糸ちゃん……あのあと、結婚できたのかな。子供生まれたのかな。あの時、なんで捨てちゃったんだか……」


 かつて自分が愛した人――次郎吉との間にもうけた我が子・お糸のことを思い出し、頭を抱えるまり子。彼女は思い詰めていたとはいえ、あの時にお糸を母である自分から突き放してしまったことを悔やんでいた。周りから化け物と蔑まれなかったのか、苦労しなかったのか、あれから誰かと結ばれたのか、家族は出来ていたのか、と、負い目を感じていたのだ。


「……」


 深い哀しみと、深い闇。少しずつ晴れつつあるが、彼女が胸のうちに抱えている闇は――果てしなく深い。


「……ん?」


 ――そうして落ち込んでいる彼女の耳に、音が飛び込んできた。玄関から鳴ったブザーの音だ。


「誰かしら」


 そうだ、くよくよしている場合ではなかった。今のまり子は尊敬している健から家を預かっている身。だから守らなくては行けないのだ。


「はーい!」


 玄関へ行きドアを開くまり子。すると暖かい光とともに現れたのは、見覚えがある二人。青い髪の若い男性と、外にはねた髪型の金髪の若い女性。男性の方は頭にねじりハチマキを巻いていて、片手にはたこ焼きのパックが入った袋を持っている。


「おっす! なんやまり子ちゃん、そない暗い顔してどないしたんや?」

「まり子ちゃん、ひっしぶりー! 元気にしとったか?」


「……たこ焼き屋さん! それにアズサさんも!」


 久しぶりに知り合いに会えたからか、まり子は驚きながらもどこか嬉しそうだった。そう――この二人は、たこ焼き屋兼エスパーの市村と、そのガールフレンドであるアズサだったからだ。


Q&Aコーナー


Q:まり子に友達はいないの?

A:シロちゃんや健を通じてたくさんできたじゃろ。


Q:まり子が『おまり』だった頃、次郎吉がおまりと付き合うことに周囲は反対しなかったの?

A:そりゃ、反対しましたとも。彼女は『もののけ(当時のシェイドの呼称)』でしたからね。主にお寺の坊さんから反対されてましたけど、それでも次郎吉は生涯おまりを愛する事を貫きました。


Q:いや、次郎吉はそうだとしておまりの身内は反発しなかったの?

A:それはいずれ語る日が来る!


Q:お糸はいくつだったの?

A:産まれたのは結構遅く、次郎吉が50ぐらいの時です。母が年を取らなかった影響か成長も遅く、年齢は10歳ぐらいでした。

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