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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第9章 死神が住む街
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EPISODE173:その頃の京都


 翌日――京都では。



「ハァ〜〜……東條サン、コノ頃外出してばっかりネ」


 健のバイト先である市役所の事務室にて、係長のケニーが愚痴をこぼす。健ばかりがチヤホヤされていることを快く思っておらず、少しヘソを曲げているようだ。


「そういやあ、そうですよねー。春は『アルペジオ』のライブに、夏は大阪の海洋博に南来栖、秋になったら今度は高天原……」

「たまに実家へも帰省されてるみたいですしね〜」

「充実してますよねぇ」


 茶髪を結った浅田、金髪碧眼のおっとりしたジェシー、ぐりぐりメガネをかけた気弱そうな今井が口々に言う。確かに今年に入ってからもこれだけ外出している。それでいて職場ではキッチリ働いているので、まさしく充実した生活を送っているわけだ。

 職場でも、プライベートでも。ちなみに浅田が言っていた『アルペジオ』とは、ボーカル兼ギターの狩谷シンジを始めとした個性的なメンバー五人で構成されたロックバンドである。


「あのチャラ男め、お出かけしすギネッ!」


 だんッ! と、自分のデスクに手を大きく叩きつけてからケニーが立ち上がる。浅田らOL三人娘をはじめ、周りにいた人物は係長の突然の憤慨を前にして肩がひきつった。


「か、係長!?」

「仕事サボるだけサボってるクセに充実した生活送りやガッテ! もう許さナイネ! 許さナイヨ!」


 鼻息を荒くしながらケニーが怒鳴る。これは浅田たちでなくとも怖いというもの。


「ひえぇー……」

「か、係長っ……その、あまり怒らない方が、い、いいですよ。血圧上がっちゃいますから」

「しーっ! 今井さんねぇ、そういうこと言ったら余計に相手が怒っちゃうわよ!」


 ケニーの怒りを鎮めようと躍起になる浅田と今井。だがうまく行かず、むしろ相手のボルテージを上げてしまうばかりだ。


(このままじゃ私たちも係長も危ないわ。……何とかして切り抜けないと……)


 そんな光景を見てジェシーが真剣な表情で思考を始めた。何か打開策は無いものかと――。もっともすぐに思い付いた故にそこまで悩みはしなかったが。


「係長、お茶でもいかがですか〜♪」

「ホワイ? あ、あー、ソーリーソーリー、ひげソーリー。いつも淹れてくれてすまナイネ」


 鬼の形相になってまであんなに怒っていたケニーだが、ジェシーがにっこりと笑顔を浮かべながらお茶を出せばたちまち機嫌が良くなり落ち着いた。

 怒りを鎮めるには、こんなに簡単なことをするだけで良かったのだ。「ほっ」と、今井も浅田も胸を撫で下ろした。それにしても――ジェシーの笑顔には見るだけで心が癒される何かがある。



「しかし……気になるネェ」

「何がですか、係長?」

「東條サンが働きに来る日数が減ったことネ、浅田サン」


 指先を巧みに動かし、キーボードをすばやく打ちながらケニーはある疑問を口にする。


「去年の年末カラだッタカ……それまでは月カラ金マデ、キーッチリ働きにキテたのに急に月と水にしかコナクなっちゃって」

「言われてみれば、確かに気になりますよね〜」

「キットカット……いや、キット何かあったにチガいナイネ!」


 そうケニーは確信する。あんなに働き者だった東條が、急に働く日数を減らしたのにはきっと訳があるのだ。何か自分たちに隠しているんだろうと――そう考えたのだ。


「彼、何か秘密があるんでしょうか? 悩みとかあまり無さそうに見えますけど……」

「いや、でも、わかんないよー? 東條くんってああ見えてすごく繊細だしさ」

「繊細って、たとえばどんな風にですか〜?」

「そうねぇ、ガラス細工……みたいな」


 今井と浅田、ジェシーが話し合う。――実はこの中では唯一、ジェシーだけが健の秘密が何であるかを知っている。副事務長の大杉も同様だ。だが――今はあえて何も語っていない。「出来るだけ他人に迷惑をかけたくない、戦いに巻き込みたくない」という健の意志を尊重してのことだ。


「ナンなら、アレね。事務長に頼ンデ、いっそクビにシテしまいまショウカネ」

「えーっ!」


 東條がこのまま現状を維持するのならいっそのことクビにしてしまおうか――と、ケニーが自分の意見を述べる。


「か、係長、それは流石に可哀想なんじゃないですか? あの人いつも頑張って仕事してくれてますし……」


 それは嫌だと浅田が反対意見を出す。


「そ、そうですよ。東條さんは正式採用されないのが不思議なくらい働き者ですし……」


 同様に今井も意見を述べる。彼女が述べていたように、健はただのバイトながら正式採用されるかも知れない優秀な人材なのだ。だからそんな優秀で将来性のある彼をクビにするという、可能性がある芽を摘まむような真似は出来ないのだ。


「いや、ソウは言われてモネ……」

「まあまあ、ケニー係長……そんなこと言わないでください。今度一緒にカラオケに行く……なんてどうでしょう?」


 困り顔を浮かべるケニーにジェシーが提案する。「え、ちょ、ジェシーさん何を勝手に……」「そんなとんちんかんな!」と、浅田と今井が困惑するがジェシーは二人に小声でこう言い聞かせた。「大丈夫、大丈夫。何とかしましょう」、と。


「か、カラオケーッ!? ソレはReally!?」


 ガタッ! と、またも手を叩きつけてケニーが立ち上がり、ジェシーに詰め寄る。やたらと目を輝かせながら。


「え? は、はい〜! ホントですよ〜」

「ヤッター!!」


 少し戸惑いながらジェシーが答える。彼女から答えを聞いたケニーは、「ばんざーい!」と、言わんばかりに両手を上げたりしてすっかり上機嫌だ。


「そ、それじゃー係長! 東條くんをクビにするかどうかの件はそれでチャラにしてくださいますか!?」

「え? イイヨイイヨ! チャラにするヨォ! ミーも少しバカリ言いすぎたッ! 若気の至りダッタネッ!!」


 浅田が動揺しながら訊ねたところ、ケニーはすこぶる機嫌が良さそうに答えた。――良い知らせだ。良かった、そのままクビが決まらずに。ジェシー達OL三人娘は、ホッと胸を撫で下ろした。


「これでしばらく安心ですね〜」

「ホント、ホント」

「一時はどうなることかと思った……」


 肩を寄せ合い小声で話し合うジェシー、浅田、今井。会話の様子から察するに、健をクビにしようとしたケニーの発言に相当ハラハラしていたことが伺える。一方でケニーは浮かれていた。



□■□■□■□■□■



「うふふ……フフッ、あはははははは!」


 ――健たちが高天原市へ行ってから、もう三日目ぐらいだろうか。訳あって置いていかれたまり子は、アパートでひとり寂しく健たちが帰ってくるのを待っていた。


「……ひとりでテレビ見ながら笑うのって、なんか寂しいなー。ついていった方が良かったかなあ」


 ため息混じりに独り言を呟くまり子。片手にはかじりかけのせんべい(醤油味)を持っていた。彼女にとって独りぼっちは慣れっこだ。だが、それでも自分にとって大切な人を待ち続けるのは耐えがたい。その耐えがたい時間を、今は耐えなければならなかったのだ。約束は破れない。


「でも健お兄ちゃんとの約束だしなぁ〜……仕方ないよね。さみしーい」


 まり子が再びため息を吐く。ちょっぴりむなしそうで、このままだとまた彼女は部屋中に蜘蛛の巣を貼ってしまいそうだ。気分転換に外出しようにも鍵がないなら戸締まりが出来ない。――もっとも、彼女はシェイドなので影や隙間を通して外に出られるのだが。


「でもテレビ観てるだけじゃつまんなーい」


 と言いつつまり子は手持ちのせんべいをかじる。しっかり噛み砕いて飲み込み、机にうなだれて昼寝をする。


「……もういいや。昼寝しよう」


 深いまどろみの中、彼女の意識は夢の世界へと飛び立っていく――。楽しい夢でも見ていたのか、最初は安らかな寝顔を浮かべていたまり子だが――次第にその顔は辛く、苦しそうな複雑なものへと変わっていった。


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