EPISODE170:月下の死闘
鈍い動きをとりながら目と鼻がないゾンビのようなシェイド――クリーパーが葛城へ迫る。
「ふっ!」
そこへすばやく、正確に葛城がその内の一匹の喉をひと突き。
「はっ! やああっ!」
そこから切り上げて縦に真っ二つだ。クリーパーの死骸が闇に溶けるようにして消えていく。消えたクリーパーのうしろから、更にクリーパーがやってくる。今度は大勢だ。五匹、いや十匹はいる。
「団体さんですね。こういうときは……」
多数で一斉に向かってくる敵を見て何を思ったか、葛城は右手に持ったレイピアを地面に突き立てて左手を空にかざす。
「まとめて舞い飛びなさい。リーフストーム!」
すると木の葉が彼女の周囲を舞い飛び、周囲にいたクリーパーの群れや他のシェイドを回転しながら切り刻んでいく。そして――拡散。葛城に接近していたクリーパーの群れはみな、バラバラに砕け散った。
「バオオオッ!!」
「……!」
そこへナタを持ったジャガーのシェイドが斬りかかる。相手の攻撃にあわせてレイピアを構え攻撃を弾き、下から斬り上げる! 真っ二つにされ、ナタを持ったジャガーのシェイドは霧散した。
「キェェェェェ!!」
「まだ来ますの?」
だが息をする間もなく水色のトンボのシェイドが飛来し、金切り声を上げてその鎌を葛城めがけて振り下ろす。レイピアの細い刀身では防ぎきれずガードを崩されてしまう。隙を突いてトンボのシェイドは、再度斬りつけようとするが――。
「ハァッ!」
とっさに飛び込んだクリスタローズが葛城を庇い、トンボの攻撃を代わりに受けた。攻撃を阻まれ、水色のトンボがいきり立って地団駄を踏む。
「マスターには指一本触れさせん!」
「クリスタローズ……」
クリスタローズが叫び、水色のトンボに剣を突き立てる。続いて斜め上に切り上げ、そこから斜め下に切って水色のトンボを細切れにした。
「ありがとう、助かりました」
「敵はあらかた片付きました。あとは大将だけです」
「大将だけ……ですね」
クリスタローズと会話を交わしている最中、ふと、葛城が空を見上げる。暗い夜空を飛んでいる白い体のトンボを見て、「あのトンボさんがそうかしら」と指差す。
「イエス、マスター。……敵が来ます!」
クリスタローズが頷く。そうしていると空中にいた白いトンボのシェイドが体を振るわせ――地上にいる葛城めがけて突っ込んできたではないか! それも、きりもみしながら。
「なら、落とすまでです!」
しかし葛城は恐れず、レイピアを突きだしながら跳躍。体当たりしてきた白いトンボを迎撃して逆に叩き落とした。
「アン……」
着地して、倒れ込んだ白いトンボをひと刺し。
「ドゥ」
続けてひと刺し。
「トロワ!」
そしてとどめのひと刺し。三連続ですばやく、正確に急所を突かれて相手はヘトヘトだ。だが白いトンボのシェイドはまだ倒れておらず、むしろやる気だ。起き上がると、なんと――自身の体色と同じ白い銃を持ちはじめたではないか。
「――銃?」
なぜトンボのシェイドなのに銃を持つのだ。鎌ではないのか? と、葛城は疑問に思った。よく見てみるとこの白いトンボのシェイドの両腕には鎌が備わっていない。
まさかその代わりに銃を――などと考えている暇はない。早速白いトンボのシェイドがその銃を撃ってきたではないか。しかも複眼を持っている為、狙いも正確。だから相手は逃れられない、まさに百発百中だ。
「こんなもの!」
ところが葛城は退かなかった! それどころか自分を狙って放たれた弾丸をすべて、目にも留まらぬ速さで一つ一つ正確に斬って突いて落としていったではないか。うろたえた白いトンボのシェイドは焦って撃とうとするが――目の前に葛城が迫ってきていた。
「それっ!」
そして葛城はレイピアで切り上げ、白いトンボを吹っ飛ばした。またも起き上がった白いトンボは唸り声を上げながら歯を食い縛り、銃を向ける。だがもはや虫の息、悪あがきをしてもどうにもならない。
「とどめっ!」
さあ、とどめだ。剣を左に構えて力を溜め、前へ突き出して一気に突撃。白いトンボは大爆発して灰塵に帰した。
「マスター、お見事です」
「いえいえ。これも努力の賜物ですわ」
すました微笑みを浮かべる葛城。だが戦いはまだ終わっておらず――。
「……けど、喜ぶにはまだ早いみたい!」
空中に再び敵の気配を察知。今度はレイピアを持ったハチの怪人だ。急降下しながらの突き攻撃を繰り出すも、葛城はそれを見切って回避。
「ビーッ!」
鋭い突きを繰り出すハチのシェイド――メイルビー。敵が繰り出した突きを同じく突きで弾き葛城はそのままメイルビーを斬る。こうして突きと斬りによる攻防戦へと持ち込まれた。火花が散り、金属音が鳴り、そして力がぶつかりあう。
「ビービー!」
「うるさいハチさんですね!」
少しでも攻撃と防御の手を忘れればやられる。フェンシングの試合と同じだ。だがこれは試合ではない。お互いの命と命を懸けた――真剣勝負だ。
「ビッ……」
やがてメイルビーの防御が崩れる。よろめいてメイルビーは後退。――勝機だ。
「今よ、クリスタローズ!」
「了解!」
葛城に呼ばれたクリスタローズが葛城の背後につき、花びらを風に乗せて広範囲に拡散させる。美しい見た目ながら花びらは刃のように鋭く、メイルビーを切り刻んでいく。そこに葛城が急接近し、斬って、突いて、斬って、突いて、とにかく斬る!
「剣撃――」
切り上げてから宙へ舞い上がり、打ち落として地面へ叩きつける。そして鋭く速い突きを一閃――。
「百花繚乱!」
これぞ葛城の奥義、剣撃百花繚乱だ。メイルビーは爆発四散し炎の中に消えていった。
「ふう――こんなのちょろい、ちょろい」
「マスター、素晴らしい戦いぶりでした。今後もこの調子で精進していきましょう」
「ふふふ、そうですわね」
これで敵は今度こそ全滅。『風のオーブ』を狙うものはいない。
「さあ、帰りましょう。今夜はもう誰も狙ってこないはず」
クリスタローズが葛城の影の中へ溶けるようにして戻っていく。レイピアを鞘に仕舞った葛城は、引き返そうと歩き出すが――。
「ッ!!」
突然風が強まり帰ろうとする葛城を押し退けようとする。踏ん張って耐えるが、今度は真空の刃がひとつ――いや、二つ飛んでくる。抜刀し、葛城は真空の刃を斬って弾いた。
「戦いのあとというのは人が一番油断する瞬間――」
「――誰ですの!? 隠れていないで出てきなさい!」
風が止んだと思いきや今度はどこからともなく声が聞こえる。聡明で爽やかだが、どことなく不気味な雰囲気を帯びた男性の声だ。声の主がいたのは――校舎の屋上。
「クククッ……逃げも隠れもしないよ。とうッ!」
夜空に浮かぶ月をバックに屋上に佇んでいた何者か。その者は大鎌を手に持って屋上から飛び降り――見事に着地した。
「あなた……何者です?」
「私か? 私のことは、そうだな。高天原の死神……とでも呼んでくれ」
葛城を見て不敵に笑う『死神』。黒いローブを着ていて目と口が細い笑い顔の仮面をつけており、やはり不気味だ。声は低く長身だが、男か女かはまだ分からない。
「その死神さんが、この天宮学園に何の御用ですか?」
「単刀直入に聞こう。『風のオーブ』をよこせ」
「何ですって……?」
死神の目当てはこの学園のどこかにある『風のオーブ』。それがどこにあるかを聞いてきているわけだが、そんなことを教えられるわけがない――と、葛城が眉をしかめる。
「この学校にあることは判っているんだ。どこにあるか教えてもらえないかな?」
「嫌です、と言ったら?」
「君がそうなら、私は力ずくで聞き出すまでだ」
死神が大鎌を構え、その刃先を葛城へ向ける。争いは避けられそうにない。
「だが、出来れば私もこの学校の人間には手を出したくない。だから教えてほしいのだ」
「それでもお断りです。あなたのような輩に教えるわけには参りませんわ」
「ふっふっふ……そうかそうか」
仮面の下で薄ら笑いを浮かべる死神。
「――ならば仕方がない。私の邪魔をするものには死んでもらう!」
こうなったら仕方がない。殺してでも聞き出そう――と、死神が凶刃を振るう。
「ッ……ああぁぁ」
――その速さ、まさに光速。風のような速さだ。すれ違いざまに死神は大鎌で葛城を切り裂き、肩から出血させた。
「遅い!」
葛城に苦しむ間を与えず、死神は次の攻撃を繰り出す。空いていた左の手のひらから真空波を放って葛城を吹き飛ばし、校庭に植え付けられていた木の幹に叩きつけた。
「なんて速さですの……目が追い付きません」
「マスター、これを!」
葛城の影が光ったかと思いきやクリスタローズが飛び出し、左腕をかざす。すると彼女の左腕に盾が装着された。色は透き通るようなピンクパープルでバラの紋様が入った、美しい盾だ。その名をローズシールドという。
「クリスタローズ、申し訳ありません」
「いえ。マスターをお守りするのがワタシの使命ですから」
優しく言葉を投げ掛けるクリスタローズ。健気で主人思いで、誇り高いその性格――シェイドとは思えない。
「よそ見している場合か!?」
そこへ死神が突進する。クリスタローズがそれを阻み身をもって死神を食い止める。
「んんんッ……」
「はああああぁ!!」
仮面の下で歯軋りする死神。クリスタローズが彼を食い止めているうちに葛城は飛び上がり、急降下しながらの突きを浴びせる。
「ぬがぁぁぁぁっ」
赤い血を吹き出しながら死神が後ずさりする。
「やるじゃないか……だが退かん!」
接近してくる葛城に対して死神が大鎌を振るう。とっさにバックへ宙返りしてかわし、直後に出された二撃目を盾で防いだ。そして肉弾戦へと持ち込む。
「君も強情だな――さっさと降伏すれば良かったものを!」
「あいにく様ですね、わたくしはしつこいの!」
大鎌とレイピアが幾度となくぶつかって火花を散らし、立て続けにつばぜり合いが始まる。力は死神の方が上だ。だが負けられない!
「うっ……」
やがて押しきられ、死神は後退。葛城から離れ、大鎌をかざすと――。なんと大鎌が一瞬でボウガンの形に変形したではないか。
「……変形した?」
「マスター、気をつけてください。あれはただの鎌ではありません、可変式の特殊武器です!」
驚く葛城にクリスタローズが死神が持つ武器の仕組みを説明する。
「久々に楽しい時間を過ごさせてもらったよ。だが、君が口を割らないというのならもう君に用はない」
空気を圧縮し、クリスタローズを狙って死神が風の矢を放つ。退かせるために一発だけではなく何発も。
「クリスタローズ!」
「マスター、ここは引きましょう。今のワタシたちでは勝てません!」
「でも、それじゃ誰が『風のオーブ』を……」
クリスタローズに駆け寄る葛城。そんな二人を見て死神は仮面の下で薄ら笑いを浮かべ、「固い絆だな。涙が出るねぇ」
「だが時間のムダだ。二人仲良く――」
圧縮された空気がボウガンに集中。強いエネルギーだ。放てばかなりの威力となる。
「涙にむせんで死ねぇ!」
そして最大限まで圧縮された風の矢が放たれた。狙いはもちろん葛城だ。彼女をかばおうにもクリスタローズは蓄積したダメージが祟って動けない。眼前には巨大な風の矢――もはやこれまでか?
「なにッ!?」
そう思われたその時だった。何者かが乱入したことにより風の矢が弾かれたのだ。
「貴様ぁ……!!」
憤る死神。仮面の下で彼が睨む先には――長剣と盾を構えた茶髪の青年と、白い龍。――健とアルヴィーだ。健が盾を構えながら飛び込んで葛城を守ったのだ。
「間に合った……」
【シェイド図鑑】
◆シルバーヤンマ
ギンヤンマのシェイド。
白に近い体色と青い複眼が特徴。
同種族と違い腕に鎌がついていおらず、代わりに銃を用いて射撃と格闘を行う。
その俊敏な動きから繰り出される正確な射撃は脅威の一言。
葛城を奇襲するも彼女になす術もなくやられ、爆死した。