EPISODE164:利害の一致
――その晩、町外れの山の麓に立つ教会。いつ建てられてたか分からない、少し古ぼけたその教会を二人の男女が訪れていた。ヴァニティ・フェアの甲斐崎と――鷹梨だ。
重い扉を開いて二人は中へ入る。床には赤い絨毯が敷かれており、色とりどりの綺麗な花たちがプランターの中で咲いていた。きらびやかなステンドグラスからは、青い月の光が射し込んでいる。薄暗くて明かりが少ないゆえ、余計に美しく見えるというもの。
「おお、そちらからわざわざ来てくださるとは! お待ちしておりましたぞ」
祭壇から降りて教会の中に入った二人を出迎えたのは、眼鏡をかけた壮年の男性。髪はヘーゼルで髪型は真ん中分け、服装は神父か牧師が着ていそうな足元まで隠れた黒い学生服のような服。――この男こそがクラーク碓氷だ。
「ずいぶん景気がいいな、クラーク。それで上手く行っているのか?」
「はい、お陰さまで。以前も言いましたが、私には秘策がありますからなぁ」
手揉みをしながら答えるクラーク。媚びを売っているように見えてどこか嫌らしいというか――。甲斐崎も鷹梨も、彼を見てあまりいい気にはなれなかった。
「気になってたんですが、あなたの言う秘策というのは?」
「ンフフフ……今にお見せしましょう」
クラークが嫌らしく笑って鷹梨へ返す。うしろへ振り返ると目を釣り上げて、「姿を見せよ!」と誰かを呼ぶ。すると現れたのは――黒いローブを着て右手に大鎌を持った、死神のような格好の人物。
「これは、これは……皆様おそろいで」
この死神は、低い声や高い身長から察するに男性――に見えるが、ひょっとしたら女性かもしれない。身長はシークレットブーツで補えるし、声も変声機なり何なりで誤魔化せる。更に、笑い顔のような仮面を被っていて素顔を窺うことが出来ない。
「あなた方が噂に聞くヴァニティ・フェアの社長と、その秘書の方かな」
「如何にも、俺が『社長』の甲斐崎だ」
冷静に、無機質に返す甲斐崎。便乗して鷹梨も「その秘書です」と返した。
「――それで、お前は何者だ?」
「『高天原の死神』――と、人々からそう呼ばれている」
「ほう。物騒な呼び名だな」
口元を綻ばせる甲斐崎。相手を見下したような冷たい視線を『死神』に向けている。
「それで、何故我々に協力しようと思った?」
「――この街のとある学園に『風のオーブ』が眠っているのは知っているか?」
「ああ。それがどうした」
「私はね、どうしてもアレを手に入れたいんだ。我が主の為に、そして私自身の目的の為に……ね」
甲斐崎に協力を申し出た理由を問われ、それを語り出す『死神』。自分に主がいると彼は言っているが――まさか、彼は何者かの命令で動いているというのか。そして、その真意もまだ分からない。
「そこでクラークさんにお会いした……って事ですか?」
「ンフフフ……そうなりますな。本当に人間というのは扱いやすい」
鷹梨の問いに答えるクラーク。その下卑た笑いを見て、鷹梨はやや嫌悪感を感じた。
「――目的を果たす為というのもあるが、それだけじゃない。恩師の影響かな……あなた方シェイドの生態系にも興味があるんだ」
「何が言いたい?」
「まさか、物言わぬ野獣でしかないと思っていたシェイドがこうやって、独自の社会体制を築き上げていようとはね――」
仮面の下で卑しく笑い両手を広げる『死神』。自分に酔っているように見えて、鬱陶しいというか――痛々しい。
「……まあいいだろう。だが、『死神』とやら」
気難しい表情で甲斐崎が死神を見つめる。
「忘れるなよ? お前の命はこっちが握っているということを」
「そっちこそ――身の守りはしっかり固めておくことだ」
余裕たっぷりな『死神』を脅す甲斐崎。だが『死神』は気にも留めず、甲斐崎たちの横を通り過ぎて教会を出た。青白い月が見下ろす中で夜の森を闊歩するその姿――まさしく人の魂を冥府へと誘う『死神』のようだ。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
翌朝――。
「イヤッホーイ!」
朝焼けが美しい、高天原市のとある駅。やけに嬉しそうな様子で東京から発進してきた電車から降りて、改札をくぐった健が叫ぶ。ついてきたみゆきと一緒に通学路を駆け抜けながら、途中で飛び跳ねて「今日も青春するぞーぃ!!」とまたも雄叫びを上げた。
みゆきも「おーう!」と叫んでいて実に楽しそうだ。なお、アルヴィーと白峯は二人より先に天宮学園に行っていた。変装しているだけに過ぎないとはいえ、先生や校医というのはとても忙しいのである。
学園に着いた二人は靴を履き替え下駄箱から校舎の中へ上がって、二年生の教室がある三階へと登る。この学校は四階に一年生の教室があり、三階には二年生の教室、二階には三年生の教室がある。常識的に考えれば既に社会人である健とみゆきが転校生としてこの学校へ潜入するのはやや無理があるのだが、それが潜入できてしまった。
何故だろうか? それは二人がいわゆるイケメンだったり、童顔だったりしたからだ。更に社会人になっているとはいえ年も近いため、自分からボロを出さない限りはまず怪しまれない。――最も、勘の鋭いものにそんなごまかしは通じないだろうが。
「おはようございまーす!!」
元気よく挨拶しながら教室である二年A組へ入る健とみゆき。「おっ、おはようさん!」「調子どう?」「わかんねー事があったら何でも聞いてくれよ!」「それで昨日は何食べたのー?」と口々にしながらクラスメートたちが二人へ言い寄る。
「……あの二人、すっかり人気者ですね」
「そりゃそうだよ。東條くんもみゆきちゃんも、明るくて親しみやすいし〜♪」
「そうは言うけど、二人ともここに来てからまだ一日しか経っていないのよ? ちょっとおかしくありませんか?」
「そーかなー?」
たかられる健とみゆきを見て葛城とみどりが話し合う。葛城は頬杖を突きながらやや懐疑的な表情をしており、一方でみどりは屈託のない笑顔を浮かべていた。
「か、葛城さん、みどりちゃん! おはようございます!」
「ふ……二人ともおはよー♪」
やがて群がる生徒たちの中をくぐり抜けて、二人は葛城とみどりに挨拶した。傷だらけで頭に絆創膏をいつの間にか貼っていたりしているように見えるが、恐らく気のせいだろう。
「おはよう、東條さん。今日も元気がいいですわね」
「はい、お陰さまでー! 葛城さんは?」
「わたくしは――まあまあですわ」
葛城が健から顔をそむけて答える。やはりすぐには彼を受け入れられないのだろう。
「おはよう、みゆきちゃん♪」
「みどりちゃん、おはよう! 今日も一緒にお昼食べる?」
「うん!」
みゆきからの問いに清々しく笑いながらみどりが答える。「あずみんと東條くんも一緒に食べようよ!」と二人を誘うが――。
「いえ、それには及びませんわ。お弁当ぐらい一人で食べられます」
「えー。昨日東條くんと一緒に食べてたじゃん」
「あ、あれは初めてお目にかかりますから少しでも印象を良くしなければと思ってそうしたのであって、決して東條さんと親睦を深めようとしたわけではなくてですね……」
「そんなこと言わないでくださいよー。僕やみどりちゃん達と一緒に食べましょうよ、葛城さん」
赤面する葛城をみどりと健が少しからかう。馴れ馴れしく誘う健だったが、葛城は「わかりましたわ。一緒に食べましょう。ただし、東條さんは除いてね」とへそを曲げてしまった。健は呆然と口を開けてそのまましばらく固まった。やはり上手くいかないようだ。
「あちゃー、東條くん……あの様子じゃ、あずみんはしばらく口聞いてくれないかも」
「あずにゃんって気難しいっていうか、繊細な人なんだね」
――思わず口走ってしまった。馴れ馴れしく、葛城のことを『あずにゃん』と呼んでしまった。みゆきは気まずくなって口を塞いだ。彼女だけでなく、周りのものにも気まずい空気が漂い始める。
「……ぐすっ」
「ご、ごめん……」
紅潮しながら半べそをかく葛城。言い過ぎてしまった、と慌ててみゆきは頭を下げてしまった。
「く、口は災いのもとっていうのは本当みたいだね……」
「うん……」
きょとんとした顔で、健とみどりが呟く。泣きかけた葛城だが、彼女は強い心の持ち主。すぐにでも立ち直るはずだ。というか、朝のホームルームが始まる頃には何事もなかったかのように立ち直っていた。彼女は繊細で傷付きやすいが、気持ちの切り替えも早いのである。