EPISODE162:私立天宮学園高校へようこそ
翌朝。東京都と埼玉県――その付近に位置する街、高天原市。山に面した自然豊かな場所だ。ゆったりとした街並みであり、観光名所も多い。その高天原市にある学校の中でもとくに大きくて有名な場所が――私立天宮学園高校だ。
その天宮学園の校門の前で黒いリムジンから、一人の美少女が降り立つ。バラ色の髪を一本の三つ編みにして束ねている青い瞳の彼女は、どこかエレガントな雰囲気を漂わせていた。学校の制服である紺のブレザーにグレーのスカートもとても様になっていて美しい。風にバラ色の髪をなびかせながら、歩いて門をくぐると彼女の近くに女子生徒が一人やってきた。
「あずみん、おはよう!」
「おはよう、みどりさん。今日も元気いっぱいですわね」
「そういうあずみんは~?」
「わたくしですか? わたくしは……あなたを見ていたら元気が出てきましたわ♪」
「ホント? 嬉しいなぁ~」
「ふふふ。わたくしも嬉しいですわ」
元気いっぱいで明るい女子高生――みどりから『あずみん』と呼ばれた高貴な女子高生は、そのまま玄関へ入って靴を上履きに履き変えて上がる。二人は今年で二年生だ。教室はA組。
来年からいよいよ三年生。卒業と就職に向けて努力と勉強を重ねなければならない時期。だが、必ずそうする真面目なものばかりではなく遊ぶものもいる。とはいえ、基本的に何をするのも自由である。
「何故だかみんな盛り上がっていたけれど、今日は一体何があるんでしょうね」
「なんでも転校生が来るんだって! しかも、二人らしいよ~」
「へえ……それは楽しみですわね。どんな方なんでしょう?」
「気になるよね~♪」
教室で席に座り、にっこりと笑うみどり。静かに微笑む『あずみん』。対照的ながらも二人は仲が良い。席もすぐ隣だ。葛城の右隣は何故か空いている。そうしているうちに――ドアの方からその転校生と思しき人物が二人、担任の教師――武田と一緒に入って来た。
その転校生は平凡な男子と藤色の髪をサイドテールにして束ねた女子。「なんだか仲の良さそうなお二方ですわね……席、空いていたかしら」と二人の転校生を見て『あずみん』がひっそりと呟く。「確か予備があったような……」とみどりは『あずみん』に小声で返す。
「……おほん! みなさん、おはようございます。今日からこの2年A組に、新しい仲間が加わります。さあ、自己紹介を!」
担任の武田銅八先生(四十代、昔ながらの熱血系)が教室の生徒全員に挨拶する。そして彼に言われたように二人の転校生が前に出る。
「東條健です。目標はこの学校のヤツ全員と友達になることです。よろしくお願いします!」
「風月みゆきです。ただの生徒には興味ありません。この中にエイリアン、古代人、異世界人、サイキッカーがいたらわたしの元にきてください。よろしくお願いします!」
転入して早々、二人は突飛な自己紹介をする。あたりは騒然となり、「かっこいい!」「ああいう風になりたいなあ」と憧れを抱いたり、「ステキ~♪」と心奪われるものもいれば、「うわぁ……」と逆に引いているものもいた。
「あ、あのお二方……確かにステキですけど面妖ですね。ハルヒとフォーゼが混ざってますわ」
「な、なにそれ……?」
「詳しくはわたくしも分かりかねますが……」
「あずみんでも分からないことあるんだね~」
小声でやりとりを交わす『あずみん』とみどり。雰囲気や表情から察するにこの二人は仲がいいようだ。
「東條さん、風月さん。葛城さんの右隣と妃さんの前の席が空いていますから、そこへお座り下さい」
「はい!」
「わかりました!」
立ちっぱなしも難なので、武田先生(熱血系だけど普段は丁寧口調)が二人を空いている席まで案内する。ちょうど『あずみん』こと――葛城の右隣・窓側の席と、みどりの前の席が空いていた。
やや都合が良すぎるように思えるが、まあ大丈夫だろう。転入生の席とはそういうものなのだし。席に着いた健がカバンを机の横にかけて左手の方を向くと――そこにはバラ色の髪を一本の三つ編みに束ねた美少女の姿が。
「……あら、一緒になってしまったわね。はじめまして。葛城あずみと申します。以後よろしくお願いします」
優雅に微笑みながら葛城あずみが軽く自己紹介をする。「よ、よろしくお願いします」と健は照れながら挨拶を返した。
「以前はどんな学校で学んでおられたのですか?」
「ええと、東京のミッション系の学校かな」
「あら、そうでしたの。それで部活は何をなさっていましたか?」
「は、恥ずかしながら帰宅部です」
「まあ、帰宅部!」
少し驚くあずみ。眉をしかめて真剣な表情を浮かべる。上品でたおやかながら凛としていて、覇気があった。
「それは有意義ではありませんわ。帰ってから時間に余裕があるんでしょう?」
「え? うん、そうだね。ゲームとかネットしたり、マンガ読んだり……」
「だからといって遊んでばかりいてはダメですよ。趣味の時間で発散するのは構いませんが、勉強や家事なども欠かさないようにしてください」
「は、はい……気をつけます」
怒られてしまった健。ちなみに彼が帰宅部だったというのはウソではなく事実。遊ぶことが多かったが、もちろん勉強も手伝いもちゃんとやった。でなければ今のように家事全般を切り盛りすることは出来なかっただろう。
「はじめまして。妃みどりって言います~」
「よろしくお願いします♪」
健が葛城からダメ出しをされた一方、みどりこと――妃みどりとみゆきは気が合うのか早くも打ち解けそうな雰囲気を醸し出していた。二人とも明るい性格なので話も合いそうだ。
「葛城さん、きれいだけど結構厳しそうね」
「ごめんね。あずみん、本当は優しい人なんだけど……すごく真面目だから不真面目な人は嫌いみたい」
「そうなんだ……」
「でも大丈夫! きっとすぐ仲良くなれるよ」
「ありがとう! まだ分からないことばっかりだけど、よろしくね!」
「ううん、こっちこそ♪」
こうして朝のHRと自己紹介――そして休憩時間が終わって一時限目が始まった。
(……なんとか入れたけど、ここまで来るのに時間かかっちゃったなぁ)
授業中に窓の外を眺めながら、ここに来るまでの経緯を振り返る健。青い空と白い雲、街の中に立ち並ぶビルにのどかな緑の山。
小高い丘の上に建てられたこの学校から見える景色はまさに絶景だ。いかにして健たちは天宮学園に入れたのか? それは先日の正午にさかのぼる――。
警視庁本部、地下に設けられたVR訓練室で二人の警官が戦闘訓練を行っていた。片方は長身に大柄で、もう一人はすらりとした細身。どちらも戦闘用の装着式強化外骨格を着ていた。メカニカルでシャープな外見。防御力と機動力を両立させた理想的なスペック。デザイン・性能共にその評価は高い。そして、訓練の相手は黒い毛皮の猛牛型シェイド――の電子映像。
「そこだッ」
猛牛のシェイドが手に持ったハンマーを叩きつけてくる。だが二人とも攻撃をかわし、空振りさせる。隙を見て細身の方がここぞとばかりにショットガンを撃ち込み、相手を後退させた。
「今です、不破さん!」
「おし、一気に行くぜ!」
不破――と呼ばれた大柄な方がその手に握ったランス型の武器を振り回して猛牛のシェイドに切り込み、そのままランスを激しく振り回して畳み掛ける。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃッ!!」
息をする暇も与えず、不破は連続で猛牛のシェイドに突きを浴びせる。トドメに急所を狙って一突き! 断末魔の叫びを上げながら猛牛のシェイドは爆発四散し、炎の中へ消えていった。――もちろん、これも電子映像だ。
「……お見事! さすがはニューヨーク帰りだな、斬夜」
不破がメットを取る。その素顔は黄褐色に染めた髪で肌は色黒、おまけに整った顔立ちであった。いわゆるイケメンという奴である。
「いえいえ、不破さんもなかなかブラボーな腕前でしたよ」
斬夜――と呼ばれた細身の方がメットを取る。黒い短髪で右目に片眼鏡をつけた、おしゃれでインテリな様相の男性だった。
訓練を終えた二人は部屋の外に出てパワードスーツを脱ぎ、一息つく。程なくして向かい側から、「お疲れ様でーす」と声をかけながら黒髪赤眼の若い女性が現れた。年齢は21で、不破や斬夜よりも下。そんな彼女は捜査一課所属の婦警ならびにシェイド対策課でオペレーターを務めている――宍戸小梅だ。
「おお、宍戸ちゃん!」
「これ、差し入れです♪」
宍戸が差し入れと称して不破と斬夜にミネラルウォーターを渡す。不破はとくに不満もなく笑顔で受け取ったが、斬夜はやや不満そうに「オレンジジュースの方が良かったかなー……」と呟いた。甘いものが好きなのだろうか。
「モニターで見てましたけど、お二人とも息がピッタリでしたよ!」
「実戦でもそうだといいんですけどね」
「む……なんか嫌な言い方してくれるな。毎日のようにハンバーガーとポテト食ってる国で長年活動していただけはある」
余計な一言を言う斬夜に対して、不破が突っかかる。対する斬夜は「ふん」と鼻息をして露骨に嫌らしい表情を浮かべて、「そういう不破さんこそちゃんと野菜採ってるんですか?」とイヤミで返した。
「何だとォ……?」
「ほら、またそうやってイライラする。野菜もカルシウムも足りていない証拠ですよ?」
歯ぎしりする不破、ほくそ笑む斬夜。どうにも二人は折り合いが悪いらしく、斬夜が配属されてから不破はいつも彼と言い合いをしている。
「お前こそ油でギットギトの食生活送ってんだろ! せめて魚ぐらい食えよな」
「あいにく魚は嫌いなんで食べれません!」
「じゃあお米は?」
「流石にそれは食べてます」
「野菜は? 食べてないのか?」
「いいんです。ピーマン嫌いなんです!」
「だっさ! お前いいトシしてピーマン苦手とか笑わせんなよ!」
「なにぃ……!?」
二人の口喧嘩はだんだんエスカレートしていく。このままではいけない。事態を見かねた宍戸はケンカをやめさせる為、思いきって――。
「ケンカはやめてくださいっ!!」
「いってえッ!?」
「うっぐあっ!? な、なにを……」
不破と斬夜の服の襟をつかんで互いの頭をごっつんこ――と衝突させて、二人を黙らせた。少々乱暴だが仕方がない。こうでもしなければ止められなかったのだから。
訓練を終え、モニタールームへ戻った不破たち三人。そこにはおびただしい数のスクリーンがあった。東京二十三区に設置された一万台のカメラ――そのすべてが捕らえた映像がここへ送られてくるのだ。そして中央にはメガネをかけた青い髪の男性が陣取っていた。何やら複雑そうな顔をしている――。
「おっ、訓練お疲れ様」
不破の方を振り向いた青い髪の男性がねぎらいの言葉をかける。
「ああ、どうも村上……」
「三人とも、早速でアレなんだけど……さっき例の連続殺人犯がまた誰かを殺害した映像が入った」
「殺人犯? あの死神みたいな格好のヤツか……」
「そうだ。通称、『高天原の死神』。高天原市を中心に活動しているが、最近では東京でも人を殺しているとんでもないサイコパスだ」
青い髪の男性――村上によれば、死神のような格好をした連続殺人犯が日中に姿を現し、誰かを殺害したのだという。「季節の変わり目なのかな。世の中物騒になったもんだ……」と村上は苦い顔をする。
「なんてひでぇことしてくれるんだ。正気の沙汰じゃない……」
「ひどいですよね……その殺人犯。相手をバラバラにして殺害するなんて」
「果たしてそうですかね」
不破や宍戸が心を痛めている傍らで、すました顔で斬夜が呟く。
「斬夜、お前……ずいぶんドライな言い方だな」
「ドライも何も、慣れてしまったんですよね。ニューヨークじゃこういう凶悪犯罪はよくあることだ。そもそも日本は犯罪者に対して甘すぎるんですよ。アメリカではたとえ相手がこそ泥一人でも容赦はしない」
「そうは言うが……ここは日本だ。勝手におたくの価値観を持ち込まないでいただきたいですね、捜査官殿」
不破を適当にあしらって斬夜が言い放つ。メガネのブリッジを上げながら、村上は生意気な口を聞く斬夜を注意する。
「……失礼。どうもここの生ぬるい空気を吸っても落ち着けないもので」
「お前なぁ……」
慇懃無礼に、斬夜。唇をかみしめて彼に視線を向ける不破と村上だったが、そのとき――ピンク髪の若い婦警が受話器を持って駆け寄ってきた。
「主任、お電話です!」
「要か。誰からだい?」
「白峯さんからです!」
「なに、白峯さんから? 貸してくれ!!」
ピンク髪の大人っぽい雰囲気の婦警――要から受話器を受け取り、村上は「もしもし、村上ですが……ご用件は」と白峯と話し始める。
「実はね、潜入捜査に協力して欲しいんだけど……場所は高天原市の天宮学園高校よ」
「……えっ!? 天宮学園高校に潜入捜査ですか!? そんなムチャな……」
「むむむ。何がムチャなの?」
「い、いや……年齢的に厳しいんじゃないかと思っ……ごほっごほっ」
「もうっ、失礼ね! 口には気をつけてよ」
元気いっぱいな白峯に押され気味の村上の姿は、それはもう情けなくて威厳など無いに等しかった。彼が話している傍ら、不破や宍戸に斬夜に要は「お、おい……聞いたか? 天宮学園高校だってよ……」「確かそこって地元じゃその名を知らない人はいないほど有名なところだったような」「そんなところまで何しに行くんでしょうね?」「ホントですよねー。青春しに行くのかしら」と四人で勝手に盛り上がっていた。
「そ、それで誰が潜入するんで……」
「私と東條くんとみゆきちゃん、それからアル……けほっけほっ、白石さんよ」
「えーと、白峯さん以下の三名様はまったく存じておりませんが……」
「私の知り合いなの。東條健くんと、風月みゆきちゃん。それと白石さんね」
「は、はあ……知り合いの方でしたか。それで何をしに潜入しようと思ったんです?」
「『風のオーブ』っていうのが天宮学園にあるらしくて、それを探そうかなって思って」
「へ、へえ……『風のオーブ』というのを探しに潜入したいと」
メモを取りながら応対する村上。やはり押され気味だ。こうなればただの気弱で情けない男子。覇気がまったく感じられない。
「しかしそんな得体の知れない物のために、一般の方に潜入捜査に協力していただくのは個人的にどうかと思いますが……」
「いいんじゃないですか?」
会話をしている途中で斬夜が割り込んできた。やけに爽やかに笑っているが、どこか嫌らしい。斬夜と会話するために村上は受話器を口元から離した。
「いや、しかし……捜査官殿」
「その白峯さんが潜入するのが、年齢的に無理というのは何故なんです?」
「いや、僕としては白峯さんが生徒として潜入するのは無理があるかなと思ったのだが……」
「生徒が無理なら先生として潜入すればいいじゃないですか」
渋る村上に斬夜が告げ口する。「その発想はなかった。ありがとうございます!」と村上は歓喜した。そして受話器を口元へ持ってきて――。
「――わかりました、白峯さん! 捜査を許可します!」
「本当にありがとう!」
「そ、それで皆さんは何に変装するんでしょうか!?」
「私が保険医で白石さんが女教師、あとの二人が男子生徒と女子高生よ♪」
「保険の先生に女教師に、男子生徒と女子高生ですね?」
白峯と会話しながら、重要な部分をメモに書く村上。気のせいだろうか、やや興奮気味だ。
「えーと、学生服は天宮学園のものでよろしかったですか……?」
「はい! 天宮学園高校のものでお願いします」
「わかりました〜。こちらで用意しておきます。それで宿泊先はお決まりで?」
「宿泊先? それなら不破くん家に行くつもりよ」
「あぁ〜、不破の家ですか! わかりました、こちらから彼に伝えておきます!」
白峯たちの宿泊先――それは不破の家に決まった。何故だ。何故わざわざ自分の家に泊まりに来るのだ? ――と、そう思う不破の顔は真っ白になっていた。「あ、急にお顔が……」「一気に生気が抜けましたね」「何か嫌なことがあったのかしら?」と不破の近くにいた宍戸たちは彼を心配していた。
「ありがとうございました、それではまたー」
笑顔で礼を告げる村上。そこで白峯との通話は切れた。村上が不破たち四人へ振り向けば、彼の表情は真剣なものに変わっていた。
「……ということで急遽潜入捜査の協力を頼まれてしまった。みんな、まずは天宮学園高校の制服と女教師のコスチューム、そして保険医のコスチュームを用意するんだ!!」
「いや、白峯さんは自前の白衣があるだろ」
「いいか。まずはそれが先決だからね――」
「了解しました!」
「了解……っておいっ! 軽くオレを無視すんなよ!!」
指摘を聞いてもらえなかった不破が怒る。宍戸や斬夜に要は捜査の準備をするために去っていき、立ち尽くす不破に村上が「じゃ、そういうことだからあとはヨロシク!」と爽やかに告げて去っていった。
「うう……オレにどうしろっていうんだ。オレに恨みでもあるのかぁ――ッ」
その後、不破はしばらく頭を抱えていたという――。
◇◆◇◆◇◆
(白峯さんが警察の人に無理言ってまで捜査に協力してもらえるように頼み込んで、制服や宿泊する場所まで用意してもらって、不破さんは胃に穴が開きそうになって――本当にいろいろあったなあ)
今回は白峯や警察の協力が無くては成り立たなかった。あとでちゃんと礼を言わなくては――。だが、彼は大事なことを忘れていた。
今 は 授 業 中 だ 。
「あの――東條さん」
「は、はい!」
とぼけた彼を見かね、隣の席にいた葛城が再び険しい表情で話しかける。大事なことを思い出させるために。
「何をボーッとなさっていますの? 今は授業中ですわよ」
「す、すみません……外の景色が綺麗で」
「もう。しっかりしてくださいよ」
転校(という形で潜入)してから早々に、葛城からまた注意を受けてしまった。こんな調子で大丈夫なのだろうか?
だ、出したかった……お嬢様が出せた……
これでもう思い残すことは無い。
ウソです。まだ続けますよw