EPISODE161:都会に泊まろう
「――で、なんでまたオレん家に?」
夕方、東京にある不破が住んでいるマンションにて。不破の部屋に入った健たちは天宮学園に潜入する準備をしていた。まずは宿泊する場所の確保と――服の着合わせ。
健たちを見てやや難色を示しているこの男が不破ライだ。黄褐色に染めた髪に色黒の肌、長身で大柄。鍛錬を欠かさない真面目な性格だからこそ作り上げることができた、屈強な肉体の持ち主だ。
「最初から高天原のホテルに泊まればいい話でしょー? オレの家よりそっちの方が絶対近いですって」
「でもホテルを拠点に滞在するとなると、結構お金かかっちゃうのよねぇ」
「はぁ、なるほど。だからここで泊まらせてもらおうと?」
「そうなの!」
何故ここに宿泊することにしたのかを問われ、笑顔で答えた白峯。健やみゆきにアルヴィーは彼女や不破の後ろで楽しそうに着合わせを行っていて、「うお〜、男子もブレザー着るんだ。かっこいいー!!」「天宮学園のやつ、一度着てみたかったのよねー♪」「ちょ、ちょっとこれはキツくないかの……?」などと言っていてすっかりノリノリである。アルヴィーに到っては教師に変装する為か、「いつもの口調だと怪しまれるから、言葉遣いを変えねば……」と誰よりも気合を入れて臨んでいた。
「まさかタダで泊めてもらおうだなんて思っていませんか!?」
「半分正解よー」
「え……じゃあ、もう半分は!? っていうか、お願いですから家事とかきっちりやってくださいよ。サボってテレビ見るのは許しませんからね!!」
常識的に考えれば、タダ宿なんてごめんだ。人の家にタダで泊まる以上は何かさせなければ。そう思い白峯をまくし立てる不破。だが、白峯は――おもむろに服のボタンを外し始める。
「そんなこと言わないでよー。イイコトしてあげるから……ね?」
「ウゥゥゥゥッ……こ、これは……色仕掛け!」
白峯のふくよかな胸にチラチラと視線を向けてしまう不破。「た、耐えろ……耐えるんだっ、惑わされるな……ッ」と自分に言い聞かせるも、そんなことをしても何の意味もない。
「これでもダメ?」
トドメを刺さんとばかりに白峯が自分の胸を不破に寄せる。不破は興奮のあまり一瞬で顔を真っ赤にし、「わ、わかった! わかりました! だから離してください、気持ちよくなりすぎて死んじゃう!」と叫んだ。だが直視できておらず、彼の目はあさっての方向を向いていた。ここまで俗っぽいと――呆れるどころか笑えてきてしまう。
「しっかし、東條……お前、青春してるよなぁ。制服、悔しいぐらい似合ってんじゃねえか。全宇宙が嫉妬するレベルだ」
「そ、そんなこと無いですよー」
「あ、でも良く見たらアルヴィーの女教師コスのがお前の十倍以上似合ってるな。ま、当然だわな」
「ひ、ひでーっ」
健に対して誉めているのか貶しているのか曖昧なコメントを述べたあと、不破はみゆきとアルヴィーに視線を移す。やはり野郎は眼中にないようだ。もっともそれは、健にも同じことが言えるが――。
「みゆきちゃん、すっごい似合ってるなぁ! 超キュートだぜ!!」
「えっ、そうですかー? ありがとうございます!!」
「ああ。それなら女子高生に混じってても全然違和感ないと、オレは思うぞ」
みゆきの女子高生姿を誉めちぎる不破。さりげなく健をこき下ろしたような気がするが、それはきっと気のせいだろう。
「おおっ! あんたも中々だなぁ、アルヴィー!」
「そ、そうかの? ちょっと嬉しいな」
「赤いフレームのメガネにはだけた胸元、そしてスリットの入ったスカート……こいつは破壊力抜群だぁ」
スーツを着てミニスカートを穿き、女教師になりきったアルヴィーを見て不破が興奮気味に語る。これも男の性である。男なら仕方がない。
「うひょー! 白峯さんもエロいなぁー」
「白衣は自前のあったんだけどねぇ。まあ、いっか♪」
「その抜群のプロポーションが一番のクスリだと思いますッ」
またまた興奮気味に不破がコメントする。白峯は白衣姿でいつもと変わらないように見えるが、よく見るとアクセントとして赤いラインが入っている。彼女は医者ではなく科学者なのだが、何故だかまったく違和感がない。
「さっきから女の子にばっかり高い評価出して! このチャラ男ッ!!」
「あいったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
――調子に乗って女性陣にばかりいいコメントをした為、不破は最終的に健に一発殴られた。
着合わせを終えて、健たちは一度元の服装に着替えた。風呂を沸かして順番に風呂に入ったり、夕食を作ったり――。白峯とみゆきは洗濯物を取り込んで畳み、健と不破は料理を作っていた。なお、アルヴィーは現在入浴中だ。
「そういや東條、お前あのチビはどうした?」
「まり子ちゃんですか? 彼女にはお留守番を頼んでます」
「おいおい、いくら元々大人だったからってチビ一人で留守番させんなよ……」
「でも来たら来たらで、不破さんブーたれるでしょ?」
「うっ……そりゃそうだが」
ニンジンやじゃがいも、たまねぎといった具材を切りながら話をする健と不破。健から「まり子ちゃんはたまに部屋中を蜘蛛の巣だらけにすることがあるんですよね。
そのたびに掃除をすることになって大変なんです」と聞いて、不破が顔色を悪くしたりもした。そんな二人はカレーを作っており、グツグツと煮えたぎっている鍋の中に具材を硬い順から入れていく。ある程度柔らかくなってきたところにカレールーを入れ、じっくりかき混ぜながら煮込む。
「よし、これでルーはオッケーです。ごはんは炊けてましたっけ?」
「炊けてるよ! ちゃんと人数分な……」
「そうでしたか。不破さんっていつもコンビニ弁当かカップ麺しか食べてないイメージがあったんで……」
「お前なんなの!? なんでそうやって人の食生活にまで首突っ込むかなぁ!?」
「ちゃんとバランス考えて食べてますか?」
「オメーに言われるまでもねえよ!!」
と、こんな感じにお互い憎まれ口を聞いてはいるが料理は無事に完成しそうだ。カレールーもちょうど良い感じに溶けてきて、いよいよ完成間近。
「それじゃあ、不破さん! あとは僕がやっておくんで、不破さんは休憩してて良いですよ」
「おっ! 気が利くなあ、あと頼むぞー?」
「お任せを♪」
不破を休ませ、あとのことは引き受けた健。じっくりかき混ぜ、途中で味見もする。味が染み込んでいてとろけるような旨さだった――。これなら心配はいらないだろう。
「いやあ、良い湯であった……」
「アルヴィー、ごはん出来たよー!」
「本当か!? やった!」
――そして、アルヴィーが風呂から上がる頃に完成。テーブルには既にカレーが五人分置かれていた。そして手を合わせて――。
「いただきます!」
夕食が始まった。料理が得意な健が不破をフォローしながら作ったカレーだが、果たしてその味はいかに――?
「おいしーい!」
試しに一口食べて良く噛んで飲み込んだあと、みゆきが黄色い声を上げる。
「本当だ……面妖なほどウマい!」
「と、とろける〜っ!!」
彼女に続いてアルヴィーや白峯も舌鼓を打つ。本当に美味しそうだ。これだけ嬉しそうにしている様子を見れば良くわかる。
「これ、健くんが作ったの?」
「いやいや、僕と不破さんの合作!」
胸を張る健と、「どやっ」と言いたげに威張る不破。だがすぐに健は「でも僕が監修していなかったら、不破さん作の怪しい料理になっていた可能性がある……本当に危なかった」と余計な一言を加える。
「あのなーっ!! 別にオレは料理下手じゃねえし、ポイズンクッキングも作らーん!!」
「す、すみませんでした。あっ……僕よりみゆきの方が料理上手いですよ」
「なにィ!?」
健の辛辣な態度に怒る不破だったが、健からみゆきが料理上手だと聞いて目の色を変える。
「みゆきちゃん、本当にそうなのか!?」
「えっ? まあ……わたし料理好きなので」
「決めた! 明日からはみゆきちゃんか白峯さんに晩飯作ってもらうぜ!」
「味に関しては僕が保証しますよー」
「私もだ。みゆき殿の料理は本当にウマいからの」
「うんうん。あたしもみゆきちゃんから習いたいぐらいだわー♪」
不破が決心する。ちなみに何故白峯の名を挙げたのかというと、彼女もまた料理がウマいことを不破は知っているからである。
最初は不安がっていた不破だが、いざ健たちが来てみればとくに何も困ったことはなくむしろ楽しいぐらいだった。不破は常に独り暮らしなのでなおさらである。出来ればこのまま何も起きないでほしい――と、不破は思った。
――だが、その晩。
「今日は胃痛が起きなかった。久々にぐっすり眠れそうだ――」
寝室にて、目を瞑る不破。健たちは四人とも和室で布団を引いて寝ている。和室は今回健たちが泊まるにあたって客室代わりになり、ふすまの中に布団がしまってある。大きな窓もあるので大都会の景色が一望出来るのだ。
やがてその和室の方からかすかに、「やったなー! お返しだ!」「いったーい!」「こやつめ、これでもか」「当たんなーい!」と盛り上がっている声が聞こえてきた。
「ん……なんだよ、こんな夜中に」
気だるそうに体を起こして、不破は和室まで足を運ぶ。ふすまの向こうは案の定明るかった。まさかと思いながらふすまを開けると――。
「うわあああああーッ!? なんで!? なんであいつら枕投げやってんの!?」
なんとそこでは健たちが枕投げをして盛り上がっていたではないか! 不破は驚いたあまり目を丸くして口を大きく開けていて、アゴが外れてしまいそうだ。
「い、胃が…………ウッ!!」
「あっ、不破さん……大丈夫ですか?」
ショックを受けて倒れる不破に、枕投げを中断して健たちが駆け寄る。これから嵐の中に健たちは飛び込もうとしているが、果たして不破の胃痛は治まるだろうか――?
Q&Aコーナー
Q:健のカレーがうまいのは誰ゆずりですか?
A:お母さんゆずりです。三ツ星シェフ並の料理の腕前! 健にもちゃんと受け継がれたようで、一族も安泰かも。
Q:これからはアルヴィーをアルヴィー先生と呼ぶべき?
A:お好きなように。
Q:不破さん大丈夫?
A:きっと大丈夫