EPISODE158:のせられるな!ヒュドラの黒い罠
「おんどりゃああああ!!」
ヴォルフが野太い叫び声を上げながら健たちへ急接近。ツメを交互に叩きつけるように振り回して襲いかかる。だが健は即座に盾で弾き、そのまま立て続けに盾で殴ってヴォルフをひるませた。
「てやあああっ」
「ぐぬうううう……ッ!!」
連続で斬りつけて、とどめに唐竹割りを一発。そこへ間髪入れずに市村がビームで援護射撃してヴォルフを吹っ飛ばした。
「遠距離なら任しとき! ドッカンドッカンぶっ放したるさかい!」
「よそ見している場合か?」
宣言する市村。そこへカルキノスが彼の懐に飛び込み、ハサミによる格闘戦に持ち込んできた。
「どうせ近距離はからっきしなんだろォ!? このテのキャラのお約束だからなぁ!」
「さあ、どないやろなぁ!!」
ハサミを振るうカルキノス。市村は自慢の銃でカルキノスの打撃を防ぎ、或いはその敏捷な動きで回避した。
「ケッ、ちょこまかちょこまかと……銃使いのくせにぃ!」
「噛ませ犬のカニは黙っとけェ!!」
「なんだとぉ!? てめぇ、痛いじゃすまさねぇぞ!!」
いきり立ったカルキノスがハサミからビームを何発も放つ。だが市村はすべてかわし、最大まで溜めていたエネルギーを解放。極大なビームでカルキノスを爆撃した。
「あげええええぇ〜〜っ!!」
無様にもカルキノスは転がっていき、壁に激突。ひるんで動けなかった。
「バイトくん! くそっ……」
苦虫を噛み潰したような顔で、辰巳が舌打ちする。右肩の頭の口からキバを抜き――それを禍々しい形状の剣へと変化させる。これぞ猛毒を秘めた破壊力抜群の魔剣――ハイドラサーベルだ。
「なんやあのヘビ……剣出してきよった」
「お前たちを少々見くびっていた……」
ハイドラサーベルを右手に携え、「こいつで血祭りに上げてやろう!」と健たちへ言い放つ。
「二人とも気をつけろ。奴はアレで私たちを葬るつもりだ!」
「一度あの剣で半殺しにされたんだよな――何にせよ注意した方が良さそうだ」
「なんやてぇ? またけったいなもん出してきおって……」
アルヴィーが健と市村に警告を発する。
「のんびりしている場合か!?」
起き上がったヴォルフが健たちへ突撃。市村を突き飛ばし、続けて健とアルヴィーにツメを突き立てて襲いかかる。
「しまった……市村さん!」
市村を気にかける健。そんな彼に容赦なく辰巳は魔剣を振るう。火花と共に血しぶきが飛び散った。
「ぐああああああっ!」
「仲間の心配より先に自分を心配したらどうだ、ボウズ?」
「っ……」
険しい顔で歯ぎしりする健。二人の間にヴォルフが割って入り、敏捷に動いて健とアルヴィーを撹乱する。
「わはははは! 俺のスピードについてこれるか?」
「! は、早い……」
不破も同じように超スピードで走る能力を持つが――それと同等の早さだ。肉眼でも追い付かない。
「そこか!」
隙を突いたつもりでヴォルフを斬る。だが残像であり、「ほら、こっちだ!」と叫んで背後から現れたヴォルフに殴られた。
「健、落ち着け。呼吸を乱すな……相手をよく見るんだ」
「そうは言われても――」
「ダメなら相手の動きを止めてみるのもいい」
「よし、わかった!」
アルヴィーから助言を受け、健は再びヴォルフに立ち向かう。長剣に青い色をした氷のオーブを装填し、周囲に冷気を発生させる。
「ぬ……急に肌寒くなってきたな。冷気か?」
「凍れ!」
手のひらから冷気を放ちヴォルフを凍らせようとする。だが――全然効いていないではないか。
「残念だったな。俺に冷気は効かん!」
「なにッ……」
何を隠そう、ヴォルフガングは元々極寒のシベリアの地に住むシベリアオオカミのシェイドである。故に寒さには慣れっこ。氷属性なのだ。なので冷気には耐性があった。
「コイツはお返しだ。もらっとけ!」
両手をあわせて冷気を発生させるヴォルフ。やがて氷の球体を作り上げ――健へ投げつけて爆発させた。氷の破片が飛び散って爆発した冷気が広がり、健を凍らせていく。
「か、体が……!」
「砕けろ!」
ヴォルフが凍った健めがけて、針のような氷の弾丸を飛ばす。一発だけでなく何発も。全弾命中し、更にヴォルフがツメで粉砕してきた為に健は気付けば傷だらけとなった。
「しもたっ……東條はん!」
「健!」
倒れた健に駆け寄る市村とアルヴィー。よろめきながらも「だ、大丈夫……」と呟き、たどたどしく笑う。
「少々かわいがりがすぎたか……?」
「確かに、な……こうも一方的に勝負を進めてもあまり面白くはない」
「え? い、いきなり何を言い出すんで?」
辰巳のもとにヴォルフとカルキノスが集まり、話し合う。カルキノスは何故か状況が呑めていない様子だった。
「ん? ああ、実はだね……ゴニョゴニョ」
そんなカルキノスの耳元で辰巳がささやく。発言の意図を掴めたカルキノスは納得が行った様子で「なぁる、そういうことでしたか」と笑った。
「――東條健! 君たちにハンデをやる」
「なんだって? どういう意味だ」
健が辰巳へ問う。
「以前私を倒すキッカケとなった、あの技を使ってみるがいい。私は逃げも隠れもせんよ、さあ!」
そういって辰巳は背を向け両手を大きく広げる。あまりに唐突だ。何か意図があるのでは、と――健たちは一瞬疑った。
「どうした、やらないのかね?」
だが相手は手強い。これでカタがつくのなら――言われた通りにしてみるのも悪くはないだろう。
「――罠かもしれん。どうする、健?」
「……やってみる」
「おまっ……ちょ、アカン! アカンって! これは罠や! あいつらがあんた倒すために仕組んだ罠や! 乗せられたらアカンがな!!」
「でもここでやらなきゃ……」
辰巳は背を向けていて隙だらけ。ヴォルフとカルキノスは呆然と立ち尽くしている。またとない絶好のチャンスだ。
アルヴィーと市村の制止を振り切って――健は長剣エーテルセイバーの柄に赤いオーブ、雷のオーブを装填。氷のオーブは先程装填してあった。
「行くぞ……!」
エーテルセイバーを天へ立てて力強く身構える。その刀身には赤・青・黄色の光が宿されていた。これで辰巳たちに勝てる! そう思っていたが――。
「……かかったな!」
「!?」
「同じ手は食わん!」
ニヤリと笑い辰巳が振り向きざまに左腕を伸ばし、健が握っていたエーテルセイバーをはたき落とす!
「くそッ! これが狙いだったのか……!!」
地面に落とされたエーテルセイバーから三つのオーブが飛び出て転がる。慌てて拾い上げて剣を携えるが――。
「卑怯だぞ!」
「フハハハハハ!! 言ったはずだ。いつまでもやられてばかりの我々ではない、と」
今更気付いても遅い。憤慨する健を辰巳が嘲笑する。
「お主……こんな真似をしてでも部下の仇をとろうというのか!?」
「そうとも。どんな手段を使ってでも、ね!」
「お人好しなところがアダになったな、小僧!」
「……僕がバカだった……!」
歯を食い縛る健。相手は彼の性格を把握した上であのような作戦を考えたのだろう。今回は完全に――彼のお人好しな性格が仇となった。
「こんクソッタレが……!」
「何とでも言え。――さて、そろそろトドメと行こうか」
辰巳が再度笑う。両肩の頭の口を開くと光を集積させ――大蛇の形をしたビームを空中へと放つ。
「食らえ! 大蛇閃光砲ッ!!」
大蛇閃光砲――と呼ばれた大蛇の形をした光線がくねりながら健たちのもとへ飛んでいく。
「まずい……このままじゃやられる!」
絶体絶命のピンチ。だがそんなとき――健はあることを思い出す。それは盾に備わっているバリア機能。オーブをセットすれば対応した属性のバリアを展開することが可能なのだ。
「バリアだ……バリアを張ればいけるッ」
炎のオーブをセットし、炎のバリアーを張り巡らせる健。「ば、バリアーや。すごぉ……」「前々からもっと使うべきだったの」と市村とアルヴィーはそのバリアーを見て呟いた。
――だが、あろうことか大蛇閃光砲はバリアを貫通し破壊。
「や――破られた!? そんな!!」
大爆発を起こして健たち三人を吹き飛ばして転倒させた。
「カァーッカッカッカッ!! バリアーで身を守ろうとはなかなか冴えているじゃないか、東條。だが……破られてショックのようだな?」
「うっ……」
薄ら笑いを浮かべる辰巳。健の手を踏みつけ、「ご愁傷さまでした」と皮肉った。
「――流石に可哀想になってきたな。今日はこの辺にしておいてあげよう」
「わははは! 次に会える時を楽しみにしているぞ」
ヴォルフが真っ先に隙間へと姿を消す。吸い込まれるように。
「また会おう、諸君。次は殺す!」
続いて辰巳もヴォルフと同じ場所に飛び込んで姿を消した。遅れたカルキノスは、少し慌てた様子で「そ、そうだぞ! 覚悟しとけよ!!」と捨て台詞を吐いて消えていった。
「――完敗だ」
「うん。悔しい……」
「東條はん、姐さん……わしもや」
圧倒的な戦力差を前にしての屈辱的な敗北。「強くなってやる……!」と唸りながら、健は強くなることを改めて決意するのだった。
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「社長、辰巳さんたちが帰還したようです」
「フフフ、そうか……」
シェイドによるシェイドの為の組織、ヴァニティフェア。その本部である機械仕掛けの古城の内部、玉座の間にて――。
長い茶髪を束ねたメガネの女性と黒装束の男こと――甲斐崎がそこにいた。黒髪にライトブルーの瞳だ。その肉体に無駄な贅肉はついておらず、スマートながらも恐ろしいほどの実力と威厳、そして知性を兼ね備えたハンサムであることがうかがえる。
「確かあの三人の中にバイトがいたはずだ。彼に給料を渡してやれ」
「はい。――ところで社長、ひとつよろしいでしょうか」
「なんだ、鷹梨?」
甲斐崎の秘書である女性が訊ねる。彼女は甲斐崎から鷹梨と名を呼ばれていた。
「なぜ『クイーン』こと糸居まり子を我が社に引き戻そうとするんです? 彼女はもはや裏切り者同然なんですよ」
「帝王にはそれを支える『女王』が必要なんだ。たとえどのような性格でも、な」
「ですが、糸居まり子は幹部としての使命を放棄して自由に動いています。気まぐれで同族を殺しています。おまけに人間に味方までして――。そんな危険な女を野放しにしておくおつもりですか!?」
鷹梨は『クイーン』を――糸居まり子の存在を快く思っていなかった。その生真面目で誠実な性格ゆえ、自由奔放で極めて唯我独尊であり同族を殺し、時には『糧』として食らうまり子を許せないのだろう。
「落ち着け! 鷹梨、確かにお前が言う通りではある。だがあの女が持つ力を手放すのはもったいない……」
「ですが、あの女を今になって仲間に引き入れることにメリットは――」
「……鷹梨、やめておこう。これ以上は荒れる。いいな?」
「はい――」
異を唱え続ける鷹梨をなだめ、落ち着かせる甲斐崎。――いつも冷徹に、傍若無人に振る舞う彼も実は苦労しているのだ。部下は幹部も社員も、みな個性的でアクが強いものばかり。
更に自分の組織に身を置いていないシェイドもまとめなければならない為、頂点に立つものとしての責任感から来るプレッシャーは計り知れない。――帝王になる為にはそれだけの責任とどのような相手でも受け入れられる器、そして無数にいる下々の者をまとめられるだけの統率力が求められるのだ。
「それと鷹梨、以前お前がそのありかを調べた『風のオーブ』についてだが――クラークを現地に向かわせた」
「クラーク碓氷さんを……ですか?」
「ああ。あの神父のような格好をした奴だ」
クラーク碓氷とは、幹部の一人。メガネをかけた壮年の男性で神父のような服装が特徴。狡猾でエリート意識が強く、強者には媚びへつらい弱者を見下す陰険な男だ。
「――承知しました。それで手筈通りに進んでいますか?」
「わからん。だが、奴には秘策があるようだ」
「わかりました。とりあえずしばらくは様子を見ましょう」
甲斐崎と話を終えた鷹梨が席を外す。そのとき、窓の外で雷鳴がとどろき光っていた――。
「アルビノドラグーンに糸居まり子――……なぜあの二人が、人間に味方しているのかしら。少し興味があるわ」
廊下で鷹梨がひとりでに呟く。メガネの下では切れ長の瞳が金色に光っていた。