EPISODE14:邂逅
冷たい雨を身体中に受けながら、不破はバイクで夜のハイウェイを疾走していた。やがて、京都へ着いた。空は月明かりをさえぎる雨雲に覆われ、彼を照らすのはおぼろげに輝く街灯だけ。誰もが眠りに就いている深夜――自分だけがこうやってバイクをかっ飛ばしていることに、不破は未だかつてない程の孤独感と哀愁を感じていた。
「3日ぶりだ」
激しい雨のシャワーを潜り抜け、不破は自宅へと辿り着いた。安心と信頼のマンションだ。ため息まじりに呟くと、びしょ濡れになった服を着替えリビングの灯りをつけた。
「天国の美枝さん、元気でやってるかい。オレは元気だよ」
不破は幼い頃に両親を失い、孤児院に引き取られた。更に恋人の美枝と出会うも、発火事件で彼女を失った。いまや天涯孤独の身だ。復讐する為に警官をやめ、エスパーとなった彼は今では浮浪者同然。だが、とくに金に困った様子はない。なぜなら彼は、警官時代は同僚がうらやむほどの超高給トリであり、一生遊んで暮らせるほど貯蓄もあったのだ。更に毎朝の洗顔や歯みがきも欠かしていない。元々まじめな彼の性分が、復讐鬼と化した今でも彼をそうさせているのだろうか。
「んっん~……気持ちいい朝だー」
そして、眠れぬ晩を過ごした不破に朝が訪れた。朝食と朝の支度を速やかにすませ、棚に立てかけてある自分が美枝と一緒に写った写真を前に仇をとる誓いを立てると、今日も彼は外へ足を踏み出す。紺色のジャンパーにジーパンで。道路沿いの自販機で暖かいコーヒーを買おうとすると、そこに陣取っていたチンピラが不破に絡んできた。
「誰あんた? ここ、俺らのテリトリーなんだけど……ぐふぇっ!」
不破は無言で絡んできた男の顔面を殴り飛ばした。コーヒーを飲んだあとも歩いている不破に立て続けにチンピラが襲いかかって来たが、不破はいずれも軽く叩きのめしていた。普段から鍛錬を欠かさない屈強な不破にとって、この程度の連中は並みのシェイド以下だ。本気を出してやるまでもないザコだった。
「はあ……なんでオレに寄ってくるのはガラの悪い野郎ばっかりなんだろうな。これが女の子だったらいいんだが」
不満を述べつつも、不破はバッティングセンターへ。15分ほど打つと景品を手にセンターを出て、今度はスポーツジムへ。ここは以前、彼がサンドバッグをブチ壊したところと同じジムだ。勢い余ってまたまたサンドバッグを破壊してしまい、このあと弁償することになったが。
「中々いい店じゃないか。このカフェ、穴場だったかもしんねーな」
そのあとは休憩がてら、府庁前のオープンカフェへ寄る。ここでもコーヒーを嗜み、それと一緒にカツサンドもほおばった。何にせよやることが何もない。カフェをあとにしてからも放浪を続けた。京都は古都であるゆえに名所も多い。そしてとても広大で、一日だけでは探索しきれない。歩いていて飽きない場所だ。迷えば元も子もないが。
「ふぇ~、さすが名所だ。いい眺めだぜ」
心地よい風が吹き、清らかな川がたもとに流れる渡月橋。多くの人が行きかう中、不破は川の向こうをじっと眺めていた。
「俺って何やってんだろうなあ……」
ため息をつく不破。もたれて対岸の空を見上げようとしたが。
「この気配……誰だ!」
突如として漂ってきた焦げ臭いにおいを感じ取った不破は、すぐに守りの体勢へ入った。敵にいつ襲われてもいいように。
「そう怖がることもあるまい……」
橋の中心に火柱が立つと共に忌々しい声が聴こえてきた。人々が死に物狂いで逃げてゆくと、火柱が消えると共に黒ずくめの男が姿を現した。
「貴様は!?」
不敵に笑いながらゆっくりと歩み寄る黒ずくめの男。不破は黒ずくめに対し、かつてないほどの剣幕で睨みを利かせていた。
「浪岡……十蔵……!」
「久しいな、不破ライ」
怨めしそうに呟く不破をけなすように、黒ずくめの男はほくそ笑んでいた。1メートル離れた、不破の後ろで。まるでその姿は、地獄から来た死神のようだった。
「貴様と出会うのも、実に2年ぶりだなぁ!」
不破のバックラーを弾き飛ばし蹴りを入れると、追撃で腹に強打。更に火の玉をぶつけ、不破を黒コゲに。
「憧れだった警官をやめてまでエスパーになったそうだな? だが貴様は、今でも私に手も足も出ていないではないか」
左手でぐっと不破の首をつかみ、天へと掲げる浪岡。後光が浴びせられ、仰々しい雰囲気が漂い始める。
「皮肉なものよな。夢を捨ててまで力を手にしても、私には敵わないとは。まさに本末転倒――笑い話にもならんよ、虫ケラが!」
苦しい。悔しいが、手も足も出ない。強い、強すぎるのだ。目の前にいる怨敵が。警察を辞めてから、この2年間で培ってきた経験はすべて無駄だったというのか? どうやっても、自分はこの男には勝てないというのか? 分からない。なぜだ。どうしてなんだ。俺は強いのに。少なくとも〝ヤツ〟よりは、圧倒的に強いのに。なのに、なぜだ。なぜなんだ?
「く、くそ。離せ……」
「なんだ、リクエストでもおありか?」
「その汚い手を離せ!」
「クックックッ……そう焦らすな」
バッ、と、浪岡は首を掴んでいた手を離した。すぐに右手で回転する軌道の炎を放って。
「うっぎゃああああああ!!」
「フッハッハッハッ! 貴様には地面に這いつくばりながら泥をすする姿がよく似合うな。そうは思わんか? 不破ライ!!」
炎上しながら不破は渡月橋のたもとに流れる清流へ落とされてゆく。その上では、浪岡が自分を見て嘲笑っていた。
「ちく……しょう……ッ!」
屈辱だ。いまだかつてないほどの、屈辱だ。不破は悔しかった。何も出来ずに川へ落とされ、流されてゆく自分を情けなく思っていた。もっと強くなってやると、心に誓っていた。悲しみの水が流れる清流の中で。
「このまま三途の川へ直通だろうな。フッハハハ!!」
不破を鼻で笑ってやると、浪岡は人気のない渡月橋から立ち去った。炎の中へ消えるように。