EPISODE149:思わぬ助っ人
「主任、お味はどうですか〜?」
「うん……うまい! うますぎる! もう最高だよ!! 君たちのオススメの店っていうだけのことはあるねぇ」
翌日、東京のとあるレストラン。村上はシェイド対策課に勤めているオペレーターの要と落合と食事をしていた。たまにはこうやって外で食べるのも気分転換になって良い。
ちなみに注文したメニューは村上がミックスグリルで、要は海老ピラフとサラダとシチューのセット。落合はリブステーキとライスのセットだ。なお、ドリンクバーつきである。
「そう言っていただけてすごく嬉しいです〜!」
「いやいや、それほどでも」
「今後もよろしければここで食事をとってもいいでしょうか?」
「ああ、是非! 僕もこのお店気に入っちゃったからねー」
「やったー!」と要と落合が笑う。村上もこのレストランをたいそう気に入ったようでマンザラでもない笑みを浮かべていた。
そこに――。
「うん……?」
注文した品を食べ終えて一息ついていると、村上のズボンのポケットの中で携帯電話が震え出す。当然マナーモードはオンだ。オフにしていたら今頃大音量で着信音がそこら中に鳴り響き、迷惑になるどころの話ではない。
「主任、電話鳴ってますよ」
「ん? ああ、今出るよ」
携帯のカバーを開き電話に出る村上。
「もしもし、警視庁の村上ですが。……はい。えっ? はい、分かりました。ただちにそちらへ向かいます」
いつもの飄々とした彼とは打って変わって、村上は真面目で誠実な雰囲気だった。察するに相手は身内か、彼より上の地位にいる人間なのだろう。要と由美子は近くでそんな彼の様子を見て「主任、なんかいつもと違う……」「誰と話してるのかしら」と少し動揺していた。
「……ごめん、急に用事が出来たみたいだ。一抜けしてもいいかな?」
「ど、どうぞ」
「ありがとう、それじゃあ代金払っといてね!」
携帯をしまうと村上はレストランを去った。要と落合に代金を払うのを任せて。もっとも、元々はこの二人が村上を食事に誘ったのだが――。まるで自分たちに代金の支払いを押し付けてきたようにも聞こえて、ちょっと嫌な気分になっただろう。
警視庁――。その中でもトップに立つのが警視総監の部屋へと赴き、中へ入ろうとしていた。「総監、失礼します」と言いながらその扉を開けると――そこには床一面に絨毯が敷かれた広々とした空間が広がっていた。高級感溢れる赤い絨毯の上を、村上は緊張しながら一歩、一歩進んでいく。やがて警視総監のデスクまで辿り着いた。
「おお、来てくれたか村上君」
「――お会いできて光栄です。北大路総監」
「立ち話も難だ、座りたまえ」
村上がそう名を呼んだ初老の男性。彼こそが警視総監の――北大路である。物腰柔らかく温厚だが、同時に年相応の貫禄と威圧感を醸し出していた。近くのソファーに座り、北大路と村上は話を始める。
「それで本日は、私めにどのような御用でいらっしゃいますでしょうか?」
「用というのは他でもない、君が主任を務めているシェイド対策課についてだ」
「はい」
流石の飄々とした村上も、警視総監が相手では少しばかり縮こまってしまう。なぜなら彼は警察のトップ。下手なマネをすれば大目玉どころではすまない。
「以前のクモ型シェイドの一件で戦闘部隊が甚大な被害を受けてしまったことは記憶に新しい。地下に潜んでいた親玉を叩いた分隊は不破を残して全滅してしまった。外部で戦っていた分隊だけでも生存したのが、せめてもの救いだったな」
総監、村上がともに唇を噛みしめる。――苦かった、そして忌まわしい記憶だ。シェイド殲滅に執着するあまり、大切な部下達を結果的に死に追いやってしまったのだから。
このことを一番悔やんでいるのは当事者である村上だ。彼はあれから深く反省し、真面目で誠実な面が目立ち始めて誰かに辛辣な口を聞くことはほとんどなくなった。それほどまでにあの事件は彼に深い影響を及ぼしたのだ――。
「あれは近年に残る惨劇だった。君も辛かっただろう……」
「はい。今でも忘れられません……なぜもう少し冷静な判断を下せなかったのか、その時の自分にキツく言ってやりたいです」
悲しみとシェイドへの憎悪、そして当時の不甲斐ない自分への憤怒。村上のその表情には複雑な感情が篭められていた。
「……そんな君に良いニュースがある」
「良いニュース……とは?」
北大路を見ながらきょとんとした顔で、村上。
「海外に救援を要請したんだ」
「えっ……海外にですか!?」
「うむ。それで捜査官が一人来てくれることになったんだが……」
「それは……頼もしい……!」
驚愕する村上。彼を見ながら少し困った顔で、「遅いな……もう日本に来ているはずなんだが」と北大路が呟く。どうやらまだ来ていないようだ。もしや飛行機か電車が遅れているのでは、と村上は推測する。
だがそんな彼の心配をよそに誰かが扉を開く音が聞こえた。後ろを振り返ると、扉を開けたものが二人の下へゆっくり歩み寄り――。
「少々遅れてしまい、申し訳ございません。ニューヨーク市警より配属された、捜査官の斬夜耀司です。以後よろしくお願いします」
名乗りながら二人の前で頭を下げた。
「来てくれたか……待っていたよ、斬夜君」
嬉しそうに言う北大路。――斬夜と名乗った捜査官は艶のある黒い短髪で端正な顔立ちをしており、穏やかな笑みをたたえている。
瞳は黒く、右目には片眼鏡をつけている。スーツにもこだわっており、知性的かつオシャレな雰囲気を漂わせていた。
「あなたが助っ人……ですか?」
「ええ」
「シェイド対策課主任の村上というものです。以後お見知りおきを!」
「はっ……はあ」
何故か高揚感を感じたいきなり立ち上がり、斬夜と握手を交わす。やや高めな彼のテンションに斬夜は押されていた。
知性派で同じくオシャレ好きそうなところにシンパシーを感じたのだろうか? 握手を終えると北大路も立ち上がり、
「うむ、そういうことだ。これから対策課のサポートをよろしく頼むぞ、斬夜君」
斬夜を信頼した様子で微笑みながらそう言った。
「もしわからないことがあれば僕に何でも聞いてください」
「わかりました。お任せ下さい、なるべく皆様のお役に立って見せます」
斬夜が上品に、村上と北大路へ敬意を払うようにお辞儀をする。――二人にギリギリ見えない角度でにやついていたような気がしたが、恐らく気のせいだろう。
◇◆◇◆
その頃――南の島へ行きそびれた市村とアズサはどうしていたかと言うと。
「あっついでホンマ。今日もおてんとさんがお空の上で燦々と輝いとるなぁ」
パラソルの下でビーチチェアに座ってくつろぎながら、市村。彼はサングラスをかけており、黒い海パンを穿いていた。その体は細身ながらも意外に筋肉がついている。
「ホンマにあっついなぁ」
すぐ近くの岸で水に浸かりながら、気持ち良さそうにアズサが呟く。水気を帯びた髪と健康的でつやつやした肌が美しい。なお水は程よい温度となっており、居心地が良かった。
「ああ。水着のべっぴんさんもようけおるし、ココまるで天国みたいや」
「うん! せやけど、イッチー」
「なんやアズサ。どないした?」
そんな折、突如としてアズサが気難しい顔を浮かべる。気分が悪くなったのだろうか? 何があったか市村がアズサに訊ねたら、彼女はこう答えた。
「なんか物足りひんねんなぁ。ここビーチやなくてプールやからかなぁ」
――そう、ここは大阪市内にある市民プール。広大な敷地の中に大小さまざまなプールがあり、一種のアミューズメントパークのようだった。海へ行けなかった代わりに、市村はアズサをここへ誘ったのだ。
「ま、まあ……そうガッカリせんといて。今度また連れてったるし、な?」
「ホンマぁ?」
「ほっ、ホンマやって……」
ややアズサに押され気味の市村。果たして市村はこの先、彼女と無事うまくいくだろうか?
どうも。
基本中の基本である大筋を箇条書きして細かい部分をあとから付け足す方法をやってみましたが、
携帯からだとちょっとしんどかったですね(^^;