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同居人はドラゴンねえちゃん  作者: SAI-X
第8章 太陽とビキニと夏の陣
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EPISODE148:クモ女の氷解

「ぜぇ、ぜぇ……やっと追いついたぜ」


 まり子があのようなことをしていることなどまだ知らず、不破は健たちがいる町の中へと駆け込んだ。そしてようやく見つけたのだが――。


「あいつらこんなところに来てやがったのか……うん?」


 彼が目撃したのは、チャラチャラした男が胸に何かを突き刺されて持ち上げられている光景。それを見上げて戦慄している健たち。そして――チャラ男たちを冷徹なまでに追い込んでいたまり子。


「おい……どういうことだよ、これは……!」



「ひぃぃっ、あ、あぁぁぁぁぁっ……は、離してくれぇ!!」


 苦痛にあえぐ男。地べたへ叩きつけられたもう片方もひどく怯えながら相方を見ていた。だがまり子はそんな彼らの痛々しい姿を見ても――微動だにしない。


「フフッ……あなたもバカよねぇ。ああいうことするからモテないのに、それに気付かないで続けるなんて。笑いしか出ないわぁ」


 あまりに残虐。あまりに冷酷。そして非情――。これが周囲に笑顔を振りまいている彼女の本性なのか? ただ震えるしか、ただ戦慄を覚えるしか他のものには出来なかった。


「う……げぇぇぇ」


 そこでまり子の蜘蛛の脚が引っ込んで元の髪の毛に戻り、持ち上げられていたチャラ男が地面に落ちる。右胸から流血している姿がなんともむごい――。


「ねぇ、今どんな気持ち? 痛かった? 痛くないわけないよね」

「ば、バケモノ……!」

「なんなんだ……なんなんだよこいつは!?」


 チャラ男二人が恐慌する。ゆっくりと歩み寄ると片方の顔を蹴飛ばし、もう片方の胸を踏みつける。手を広げさせると再び髪の毛を蜘蛛の脚に変えて手のひらへ杭のように突き立てると、地面へ磔にして動けなくする。


「ひいいいいっ!」

「あはは、すごーい! まだ息があるなんて……大したものね」

「た……たすけて……」

「あなたのような奴はクズよ。クズが生きてる意味なんてないの」


 見下すような視線を浴びせながら、まり子が妖しく微笑む。


「や、やめ……!」


 怯える男。彼の眼前でまり子が手のひらをかざすと紫色の禍々しい光が収束。底知れない恐怖を感じたもう片方は逃げ出してしまった。逃げた方には目もくれず、まり子は



「……死になさい」



 自分が踏んでいた男を吹き飛ばそうとした。だが――健が駆け寄り「やめろ! やめるんだ!」とそれを止めようとする。


「お兄ちゃん……?」


 まり子の手がピタリと止まり、蜘蛛の脚も引っ込んだ。騎乗していた男からどかされ、「な、何するの?」と彼女は戸惑う。


「……お、お助けェェェ!!」


 血まみれになった状態で男は逃走。アルヴィーにのされた方もようやく起き上がり、身の危険を察知すると情けない悲鳴を上げて逃げ出した。――何とか惨劇は免れたが、周囲にいたみゆき達は何も言葉が出なかった。しゃべれなかった。



「……ごめん。気持ちはわかる。けど、あんなことしちゃダメだよ」

「なんで……? なんでダメなの? あいつらみゆきさん達に酷いことしたのよ」

「だけど……」


 ――恐らくまり子は良かれと思ってやったのだろう。あのチンピラ二人が許せなかったのだろう。だが、だからといってあんなことを見す見す許してはいけない。咎めなければ。


「おい、クモ女……! お前いい加減にしろよ」


 そこに不破が割って入る。彼もまた健と同じようなことを考えていた。突然現れた彼を見て、みゆき達は「ふ、不破さん……いつの間に」「ちょっと怖い」「ケガ大丈夫かな……」など、驚きを隠せなかった。


「また誰か殺す気だったんだろ! そうやって人の命を奪うのを楽しんでるのか? だいたい、お前は命ってもんの大切さが……」

「ま、待って! 落ち着いてください、不破さん!」


 憤る不破。うしろにいたまり子が彼を睨み付けあわや乱闘になりそうだったが、健が不破を制止。


「邪魔立てする気か、東條!? お前は何もわかっちゃいない! そいつは魔女だ。周りを不幸にした挙句呪い殺す魔女なんだ!!」

「さっきの件は僕が解決します。まり子ちゃんにも僕から言っておきます。だから今は下がってください!」

「ッ……わかった。だがあまり甘やかすなよ!」


 不破は渋々それを承諾。苦い表情を浮かべながらも身を引いた。


「……すみません、白峯さん。ちょっと席外します」

「えっ? べ、別にいいけど」

「ありがとうございます。行こう、まり子ちゃん」


 白峯から許可をもらい、健はまり子の手を掴む。「ちょ、ちょっとどこ行くの!?」とまり子は戸惑うが、すぐに大人しくなった。


「……健くんとまり子ちゃん、どこ行くんだろう? ちょっと心配……」


 少し不安げに、みゆき。そんな彼女を見てアルヴィーが、


「……なら、ついていってみるか?」


 優しく声をかけた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 まり子の手を掴んだ健が向かった場所は、灯台のすぐそば。二人は堤防の際で座って足を伸ばしていた。カモメの鳴き声と波がしぶきを上げる音を聞きながら。


「……こういう所って心が落ち着くよね」

「うん……」

「ねえ、ひとついい? なんで君はあんなことしようと思ったの?」

「みゆきさん達を、わたしの友達を汚されたくなかった――から。あいつら悪いことしてたもん」


 何故あの時チャラ男を殺そうとしたのか? まり子がその理由を語る。


「……確かに悪い奴らだった。君がそう思う気持ちもわかる。けど、だからといって殺していいわけじゃない。一度でもそんなことをしたら、今度は自分が悪くなっちゃうよ」

「悪くなる……わたしが……」


 健からそう聞いて、まり子の表情が曇っていく。以前自分がやってしまったことを思い出したような――そんな雰囲気だ。


「どうしたんだい?」

「そんなの――考えたこともなかった。一度も気にしたことなかった。いつも自分が正しいって思って……」


 まり子が突然立ち上がる。わなわなと、今は小さな体を震わせて。


「わたし……悪いことしたのかな。許されないことしたのかな……」

「ま、まり子……ちゃん?」

「誰かの命を奪うのって……悪いことなのよね? だったらわたし……」


 涙がまり子の頬を伝い、落ちる。――すごく悲しそうだ。何かを悔いているのか? 今までこんな表情をしたのは、見たことがない――健は少し戸惑っていた。


「な、何かあったのかい?」

「……殺しちゃったの……」

「え……? だ、誰を?」

「はじめてお兄ちゃんの家に来たとき、警察の人に襲撃されたって話をしたでしょ?」

「そういえば……」

「あの時……あの時、わたし……相手を殺しちゃったの」



「なんだって!?」



 確かにまり子は健の家に住み始めたとき、そんなことを言っていた。だが健は大して気に留めていなかった。追い払っただけなのだろうと、彼女の軽い語り口からそう解釈していた。――お互いに事の重大さをわかっていなかったのだ。


「どうしてだよ? どうしてそんなことしたんだ! なんでもっと早くそれを言わなかったんだッ!!」


 立ち上がりまり子を問いただす健。激しい憤りを押さえられず、口調が少し荒くなっていた。


「殺す気は無かったの。けど、劵属(こども)を殺されて頭に血がのぼって……頭の中がメチャクチャになってた。わたし自身わけがわからなくなってた……」

「……」


 ――子を失った母の憤怒。それが悲劇へつながったというのか。悪いのはまり子か? それとも巣を襲撃した不破たち警察か? だが――そもそもは勝手に巣を作ったのが悪い。不破は何も悪くはない。これは許されないことだ。

 だが、だからといってまり子を見捨てることは出来ない。気まぐれで傲慢で、ときに身の毛もよだつ冷酷さを見せる彼女だが、健は知っている。心を閉ざしているだけで、本当は優しいことを。だからこそ――。


「……まり子ちゃん」


 トン、と健がまり子の方に手を置く。本当はゲンコツを食らわせたかった。だが、出来なかった。母も彼を叱るとき、決して手を上げなかったからだ。

 ――甘やかしていた、というわけではない。暴力を嫌うゆえ、言葉を話せるのだから蹴ったり叩いたりせず話し合いで解決しよう――という思いが健の母にはあったのだ。

 だから子供をぶつことなど、よほどのことが無ければしなかった。そんな母のもとで育ってきた以上、母の思いを裏切るような真似は出来ない。


「えぐっ……お兄ちゃん……?」

「確かに君がしたことは許されないし、その罪は重い。嫌なことをされたからって誰かを殺したりするなんて、もってのほかだよ。だけど、だからって嫌なことから逃げちゃダメだ」

「えっ?」

「――泣かないで」


 泣きじゃくるまり子。彼女の頭を健はそっとなでる。


「これから僕と一緒に日々を過ごす。これがせめてもの償いだ。けど、君はひとりじゃない。みゆきやアルヴィーがついてる。みんな君の味方だよ。一緒に罪を償おう」

「お兄ちゃん……」


 泣いていたまり子にだんだんと笑顔が戻る。そしてまた涙を流した。これは嬉し泣きだ。そしてまり子は――いきなり健に抱きついた。こっそりとついてきて物陰で一部始終を見ていたみゆきは思わず目を覆ってしまった。一方アルヴィーは頬を赤らめていた。


「っ!?」

「……ありがとう! わたしにあそこまで言ってくれたの、あなたがはじめて」

「え……えっ?」

「みんなわたしを怖がって何も言わなかった。寂しかった……。だけどあなたは違った。何も恐れずにわたしにいろんなことしゃべってくれた。優しくしてくれた……こんなの久しぶり!」


 より深く、まり子は健に抱きつく。健の頬がほのかに赤く染まった。


「本当にありがとう!」


「い、いえ……どういたしまして」

「ねえ……これからもお兄ちゃんって呼んでいい?」


 上目遣いで甘えるようにまり子がそのあどけない視線を向ける。少し照れ臭そうに、健は「もっもちろんさ!」と微笑んだ。



「さっ、帰ろう。みんな待ってるよ」

「うん!」


 話も済んで、健とまり子は手を繋いで歩き出す。その姿はまるで歳の離れた兄弟のようだ。まり子は小さく、健の腰に届くか届かないかぐらいだ。顔も近くない。だが大人になれば、本当の姿に戻ることが出来れば顔は届くはず。



「……あっ」


 帰る途中で茂みの中からみゆきとアルヴィーが現れる。みゆきは頬を赤くしながら目をそらしており、アルヴィーは少し申し訳なさそうな顔で笑っていた。


「二人ともいたんだ……」

「ああ。ちぃとばかり心配になったものでの」

「何よ。私の許可なく勝手に健くんに抱きついたりなんかしちゃってさ」


 アルヴィーの隣で腕を組みながらみゆきがヘソを曲げる。――実に分かりやすい。そんなみゆきを見てまり子は「あっ、焼きもち妬いてる〜!」とからかった。


「くぉら〜! あんたねーっ!!」


 みゆきは怒ってまり子を追いかけ回す。微笑ましい光景だ。それを見た健とアルヴィーは暖かい目で、にんまり笑いながら見守った。


「これで丸く治まったのぅ」

「そうだね!」

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