EPISODE13:使い分けが肝心
「しかし――世の中も物騒になったものよな」
新聞にがっついていたアルヴィーが新聞を読み終えると、ようやく朝食に手をつけはじめた。
そのハムエッグを2つに分けると、自分の方へ片割れを持っていく。
彼女の皿には今入ってきたハムエッグの他に、ブロッコリーやプチトマトも入っていた。
ブロッコリーには、味付けにとマヨネーズがつけてある。見た目も彩りもバランスが取れた組み合わせだ。
「ホント、今後は火の用心しといた方がよさげだね」
残ったもう片方は、程なくして健の皿へ運ばれた。どうも彼はブロッコリーが苦手らしく、代わりにレタスが二枚盛られていた。なぜかプチトマトはそのままだ。
「人体が突然燃え出して、やがて死ぬ……。そんなの常識的に考えて、ありえんとは思わぬか?」
今朝のニュースや新聞で報道されていた、突然人が発火して焼け死ぬ事件。それと同様の事件が今から3年前にも起こっていた。
その時は少なくとも100人未満、多くて10人以上は焼け死んだという。アルヴィーはこの事件にシェイド、或いは――悪意を持ったエスパーが関与しているのでは、と、疑念を抱いていた。
なんの脈絡もなしに人が燃えて死ぬのは、確かに普通ではありえない。だが、発火する能力を持つシェイドやそれらと契約したエスパーなら前述のように突然発火したように見せることが可能だ。
「そう……だよな。確かにそのテのシェイドやエスパーなら不可能じゃない」
ハムエッグとレタスをかじり、プチトマトもひとくち。そろそろカップ麺も食べられるはず。
「よっしゃ3分たった!」
もう待ちきれない。健はカップ麺のふたを猛スピードで開けた。
「この3分間が長いんだよね〜」
そしてズルズルとすくい上げる。カップ麺は本来あまり体にいいものではないが、体が温まるなら何でもよかった。そう、インスタントのみそ汁でも、春雨ヌードルでも。
「どんべいとやらはそれより長い5分間も待たなきゃならんそうだな。私だったらそこまで待ちきれんぞ」
ハムエッグと野菜を平らげたアルヴィーは、健が食べる予定の惣菜パンに手を伸ばす。
「あ、それ欲しいの?」
うむ、と、アルヴィーは頷いた。
「でもあげないよ。けど、みかんかバナナならあげる。それでいいかい」
「ありがとう、恩に着る」
代わりにみかんとバナナをもらったアルヴィーは嬉しそうだ。
まずはみかんの皮を剥いて食べる。食べ終わると次は栄養満点、おやつに持っていけるかもしれないバナナだ。
「ぅ……っん……美味だの〜♪」
恍惚を帯びながら目を半開きにし、ちゅぱちゅぱ、と、音を立てながらバナナをくわえるアルヴィー。
「あの、そういうヤらしい食べ方はやめてちょ……」
「あっ、すまなんだ……」
本人なりにちょっとふざけただけだった。しかし、相手にドン引きされたからには自分の責任。それを恥じてアルヴィーは普通にバナナを食べ出した。
「むっ……」
朝の身支度を十分に済ませたあとのことだ。アルヴィーが気配を感じ取った。シェイドがどこかに出現したのだ。
「健、シェイドだ! 準備はいいか?」
「わかった! 行こう!」
壁に立てかけていた大剣・エーテルセイバーと盾のヘッダーシールドを手に、健はシェイドが発生した場所へ向かう。
シェイド反応は公園前の坂道から出ていた。
逃げ惑う人々をくぐり抜けると、その先にはオオカミのようなシェイドが群がっていた。それも、二色……赤と青にきれいに分かれて。いずれもでかく、2メートル弱はあった。
「こいつらはファングウルフェン……炎属性と氷属性の2種類がおる。なに、属性をうまく扱いこなせるおぬしなら楽勝だろう」
唸り声を上げ、赤いオオカミが一匹、二匹と飛び掛ってくる。
「なるほど、赤が炎なんだな……それなら!」
エーテルセイバーの属性を氷に変え、赤いウルフェンの群れを切り裂く。紫の血と共に冷たい破片が辺りに散乱していく。
「でやあああああぁ――!!」
ジャンプ斬りを赤いウルフェンの背面に決める、氷の結晶が幾つも連なり突き出て敵は結晶化と爆発を起こし爆散。
だが、休む間もなく青いウルフェンが3体同時に襲い掛かって来た。しかし、健はバク転で華麗に敵の攻撃をかわす。
「青が氷なんだよな……」
すぐに健はセイバーを炎にチェンジ。
「おアツいのを食らえ!」
地面に刃を叩きつけ炎の波を走らせると、青ウルフェンはいずれももがきながら燃えていった。が、それでもしぶとく生き残っていた一匹が健に向かって疾走してくる。
「あとはこいつだけか!」
「せい!」
迎え撃とうと構えたが、寸前で青ウルフェンの腹にアルヴィーの鋭いハイキックが炸裂。青ウルフェンはそのまま吹き飛び、消滅した。
「サンキュー。いいコンビネーションだった!」
健はホコリを払い、セイバーとシールドを仕舞う。そして、頭の後ろで手を組む。
「会ったばかりのときは一番格下のシェイドにもおびえていたお主も、今や一人前よな」
胸の下で腕を組みながらアルヴィーは頷く。
「すっごーい!」
そこへ聞き覚えのある少女の声が。振り向けばみゆきが向こうで手を振っていた。
「あっ、みゆき!」
「さっきの怪物の群れを倒したのは健くんとアルヴィーさんよね。すごくかっこよかったよ♪」
笑顔で喜ぶみゆきと、まんざらでもなさそうに照れる健。やれやれ、と、微笑みながらその光景を見守るアルヴィー。が、しかし。
「キシャアアアア!!」
「きゃっ!?」
突如として飛来した赤いトンボのような怪物が、みゆきにつかみかかった。かと思えば、彼女を抱え込んで空へと飛び去ったではないか!
これは放っておけない。戦えない彼女をどうするつもりだろうか。どちらにせよ、二人はこの行為を許さなかった。
「み、みゆき!」
「健、あやつを逃がしてはならん!」
「みゆきィィィィ!!」
急いで自転車を停めた場所へ戻ると、健はウロコのお守りをレーダー代わりに街中を奔走。
みゆきをさらったトンボのシェイドを追跡していた。ターゲットはやがて、廃ビルに辿り着くとそこへ陣取った。4階建てくらいはある。
「健、あやつはこの廃ビルに立ち止まったようだ。急いでみゆき殿を!」
わかった、と、軽く返事をすると二人は廃ビルへ突入。
階段を駆け上がり屋上へ躍り出ると、そこでは先ほどの赤トンボのシェイド・レッドヤンマがみゆきを鎖で縛り付けていじめていた。しかも一匹だけではなく、二匹もいた。品性のない外見に反して、狡賢いものである。
「た、健くん。それにアルヴィーさん……」
赤トンボが口を開いたみゆきに、鋭利な刃がついた腕を叩きつける。
「こやつら、なんということを……。みゆき殿は私に任せて、お主はこやつらを倒せ!」
頷くと健はアルヴィーからと分かれ、敵をひきつけることにした。
「たぁ!」
しかし振りかぶるも、相手は空へ飛んで攻撃を避けてしまう。更にもう一体は高台へ移動。
陸上はともかく、今の自分に対空用の攻撃技はない。自分を嘲笑うような不快な羽音に、健は苛立ちを感じた。万策尽きたか、と、あきらめかけたが。
「……待てよ。古典的な方法だが、案外きくかもしんない」
古典的なその方法とは? とても簡単なことだ。『相手にケツを向けて、それを叩く』。ただそれだけ。
バカにされた相手はたいてい怒り狂う。だが、よい子は真似しないように。
「やいやい、赤トンボども! こっち向けや!」
尻を向け、ペンペンと2回叩く。すると健の思惑通り、レッドヤンマは激怒。興奮状態で飛びかかってきた。
しめた、と、健は炎の剣で切り上げて反撃。炎が燃え移るとレッドヤンマはパニックを起こし、迷走。
更に健は機転を利かせ、この隙にもう一体の方へ向かうと身構えた敵の眼前に人差し指を突き出した。いったい何をしようというのか?
「健、ふざけてる場合じゃなかろう!?」
「まあ見ててヨ……小さい頃トンボ捕まえようとしてよくやったけど、全然捕まんなかったっけね」
アルヴィーの制止を振り切ると、健は小さい頃の思い出を語りながら人差し指をクルクルと回し出した。するとトンボの化け物は、目を回してフラフラになったではないか。
「しめた! たぁ――っ!」
真っ二つに叩き割って消滅させると、健は火がついてパニックに陥っていたもう一体にも着手。
火はもう消えていたようだが、すっかり相手は弱っていた。
金切り声で威嚇するも健はものともせずに、赤トンボ目掛けて突っ走る。
「ビビビッ!」
必死こいて逃げながら黄色い消化液を健に吐きかけるも、まるで当たっておらず悪あがきにしかなっていなかった。
「みゆきをいじめるヤツは許さん!」
瞬時に属性を氷に切り替えて高く飛び上がり、急降下しながら真っ直ぐに剣を地面へ向ける。
「アイスブレイカぁ――――ッ!」
「ビビビュュ――ッ!!」
急降下からの突きを受けて凍結したかと思えば、直後にヒビが入り赤トンボは雲散霧消。
このようにアイスブレイカーは氷の剣で急降下突きを繰り出し、相手を凍結させると同時に粉砕する荒々しくも美しい技なのだ。
剣をしまうと、健はみゆきとアルヴィーに駆け寄った。
「さ、もう大丈夫だよ。ケガはない?」
「助けてくれてありがとう!」
その場のノリかそれとも好意からか、みゆきは健の頬にお礼のキッスをした。
健は鼻の下を伸ばして照れ臭そうに笑っていた。
「青春、だの」
アルヴィーはそれを温かく見守っていた。
――彼らの背後で、その光景をとらえていた小型の偵察メカが浮かんでいたことなど知らずに。
薄暗いその部屋は研究室らしく、ホワイトボードにはびっしりと資料や写真が貼られ、デスクにはビーカーと山積みのファイルが並んでいた。
薄暗いその部屋には、二人の男がモニターの前にいた。白衣を着た壮年の男性と、ランスとバックラーを持っていて髪を金髪に染めた若い男性だ。
「あのすばやい身のこなしと柔軟且つ堅実な戦いぶり……彼が君の言っていた青年かね?」
「はい。教授」
興味深そうにモニターの映像を巻き戻し、最初から再生する白衣の男。
この男こそが、不破と利害が一致したため協力関係を築いている【援助者】だ。
「少々受け入れがたいですが……」
そう、いま白衣の男の隣にいる男性は【不破ライ】その人なのだ。
「君は彼に強いエスパーになれる素質があると言っていたね? となれば、今後化ける可能性は高い」
幾何学的な数式がいくつも記されたメモに、白衣の男・プロフェッサーが新たな数式を書き加える。
「彼はいま私が描いている、壮大な数式の不確定要素となりえる存在だ。これからもいいデータが取れそうだよ」
プロフェッサーのその言葉をよしとせず、不破は舌打ち。
「ですが、教授。彼はまだ未熟だ。ろくに戦闘経験もなくて、その上まぐれで強力なシェイドと契約して強い能力も手に入れただけにすぎません。そんな運の良さだけしか取りえのないあいつとオレと、どちらを支持する気なんです!?」
「気持ちは分かるが落ち着きたまえ」
憤った不破は壁を殴り、プロフェッサーに苦言を呈す。しかしプロフェッサーは興奮しているライを軽くあしらうと、すぐに解析する作業へ打ち込んだ。
「そう怒るんじゃない。確かに君は強いがね、少々慢心しすぎではないのかな? 彼のように謙虚でまっすぐな心がなければ、君は今の段階で頭打ちとなるぞ」
飄々とキーボードを打ちながら語るプロフェッサーを前に、ライは苛立ちを隠せず拳を怒りのままに震わせていた。
「……今日はもう帰らせてもらいます」
不破は嫉妬していた。なぜだ。なぜおれよりあとに、それもつい最近エスパーになったばかりでろくに鍛錬もしていないあいつが強くなっている?
あいつの天賦の才と素質がそうさせているのか? 分からない。解せない。認めたくない。
死ぬ思いをしてまでここまで登りつめた俺が、あんなぬるま湯に浸かりながら育ってきたようなふざけた奴に先を越されるなんて、絶対に認めやしない。
おれは温室育ちのボンクラとはわけが違うんだ。そうだ。おれはあんなゆとり教育を受けてきたガキなんかよりずっと強いはずだ。
楽して強くなったあいつとは根本的に違うんだ。東條健……おれはお前を認めない。
「くそッ!」
研究室を出ると不破は壁に拳を叩きつけ、なおも晴れないもやもやを胸に抱えながらその研究所をあとにした。
雨が降りしきる中、ライトに照らされた門のプレートにはこう記されていた。
『大久保生体リサーチセンター』
【ファングウルフェン・ブレイズ】
赤いオオカミのシェイド。
気性が荒く常に興奮しており、怒りに任せて火を撒き散らす危険なやつ。
動きはすばやいが打たれ弱く、比較的倒しやすい部類に入る。
【ファングウルフェン・フロスト】
青いオオカミのシェイド。
非常に凶暴で、相手に冷気を吐きかけて凍らせてからじわじわとかじり尽くす残忍なハンター。
動きはすばやいが打たれ弱く、倒しやすい部類に入る。