EPISODE147:みやげを求めて
健たちが訪れたその町の中にはいくつもの露店が建ち並ぶ。団子屋や饅頭の店などがあり、屋根は瓦で壁は木造。今より昔の時代に戻ったような懐かしい雰囲気が漂っていた。
「うわぁ……お店いっぱいあるなぁ。どこで何買おう」
辺りを見渡し、あまりに多種多様な売り物を見て健が迷う。元々優柔不断なものだから、何を買うかすぐには決められない。
「まあまあ、東條くん。そんなに慌てなくてもいいわよ?」
「は、はい」
「まだ時間はたっぷりあるから、歩きながらゆっくり考えましょ」
「そ、そうします」
白峯が言うように時間はまだまだたくさんある。金にも余裕がある。ひとまず後回しにして健はウォーキングを再開した。
「しっかし本当にお店が多いのねー。健くんが迷うのも無理ないか」
「ふーん。そういうみゆきさんも迷いそうに見えるけど」
「えっ? な、なんでよ」
「わたしには見えるよ〜? 将来買いすぎでビンボーになっちゃうみゆきさんが……フフッ」
「あ、あんたねぇ! 縁起でもないこと言わないの!」
「うそうそ。ごめんねぇ」
「もう……」
みゆきをからかうまり子。お互い憎まれ口を叩いてはいるが、なんだかんだ言って嫌いというわけではない。むしろ本心では仲良くやりたいと思っているくらいだ。同じ恵まれなかったもの同士で仲良くやっていけるだろう。
「ところで皆さん、のど乾いてませんか?」
「いや、私は大丈夫だが……」
「どうしたの、宍戸さん?」
「あたし、さっきラーメン食べたじゃないですか。その時にスープ飲みすぎちゃって……」
ウォーキングの途中で宍戸がへたる。どうやらのどが乾いたようだ。更にペットボトルの中身も飲み干してしまったらしい。これは危険だ。
「そっか……それじゃあ仕方ないわね」
右手を口に添え、少し難しそうな顔をする白峯。他のものも「確かにのど乾いたよね」、「どうする? そろそろ休ませてもらう?」などと話し合っていた。だが事を決めるのは彼らではない。すべては一行を引率している白峯の判断しだいだ。それですべてが決まる。
「よし! みんな結構歩いたよね? ちょっと疲れてきただろうし、ここらで一休みしましょう」
彼女の言葉を聞いて健たちは歓声を上げる。言い出しっぺの宍戸は「ありがとうございます!」と彼女にの気遣いに感謝した。
「ふぅ〜」
ちょうど近くにあったお土産屋で健たちは休憩をとることとなった。飲み物も売ってあったので、一行はお茶やジュースを欠かさず購入。今は非常に蒸し暑いシーズンゆえ、水分はしっかりと補給しなければならない。賢明な判断だ。
「うわっ、超うっめー! ここのソフトクリームはおいしいなぁ」
みゆきや宍戸に白峯がお土産を見て回っている中、健はアルヴィーやまり子と三人でソフトクリームを食べていた。バニラ味で地元の牛からしぼった牛乳から作られており、とてもおいしい。「やっぱソフトクリームはバニラ味だね。みゆき達も食べたらいいのに」と健が呟く。
「まあ、良いではないか。先にみやげを買っておけば、その分ゆっくり出来るからのぅ」
同じくバニラ味のソフトクリームを食べながら、アルヴィー。一口食べた瞬間、彼女は「……うまい!」と感激したという。やはり彼女もバニラが好きなようだ。でもその胸はもっとおいしいはず――いや、何でもない。
「それにしてもこの島のソフトはうまい! 溶ける前に食べんとな」
彼女が絶賛しているように、それほどここのソフトクリームはうまい。「人気商品につき、売り切れごめん!」と掲示されているのも頷ける。それにこの島は一年中暖かい気候のため、余計に売れるというわけだ。
「……」
だが、まり子は少し浮かない顔をして食べていた。別にまずいわけではない。惜しんでいるのだ、この島へ来るまでに大人の姿になれなかったことを――。
「なんだかな〜」
「あれ? まり子ちゃん、食べないの? ソフトクリーム溶けちゃうよ」
「え? あ、ああ、た、食べる! 食べるよもちろん!」
健から催促され慌ててソフトクリームを食べ出す。彼女の口の中でバニラが少しずつ、じっくりととろけていく。そして「おいしーい♪」とまり子は喜ぶ。――やはりうまかった。甘いものを食べて嬉しくなってしまうのも無理はない。だって女の子だもの。
「ふーっ、おいしかった」
「暑いときに食べるアイスは絶品だの」
「うんうん!」
ソフトクリームを完食し、立ち上がる三人。いざ土産を買いに行こうとするが――何故かまり子はため息を吐く。
「……まり子ちゃん? まだ元気でない?」
「いや、そういうわけじゃなくて〜……。もしわたしが今元の姿に戻ってたら、もっと楽しかったのになーって思ってさ」
「言われてみりゃあ、確かに……」
もしまり子が大人の姿でこの南来栖島に来ていたらどうなっていただろうか? 健とまり子、双方がその光景を妄想する。
まずビキニを着ていて、もちろん胸はデカイ。髪は足下に着きそうな超ロング。どちらもボリュームたっぷりだ。それだけではなく体型もグラマラスでスタイル抜群だろうし、そうなれば野郎共の視線は釘付け。
当然まり子が大好きな健もメロメロだ。敵対している不破もメロメロ状態になって「すみませんでした! これまでのことはすべて謝ります。好きです、まり子ちゃん!」と頭を下げつつ言い寄ってくるだろう。
まあまず、そんなことはありえないだろうが――。どっちにしても大人になったまり子が魅力的であることに変わりはない。きっとポロリもあるだろう。更にアルヴィーやみゆきとトリオを組めば効果は倍増。日本中、いや世界中が虜になるだろう。
思わず健も「ええやないかええやないか、ゲヘへー」と下品かつ淫らに笑っていた。更によだれも垂らしていて、とても普段の真面目で誠実な姿からは想像もつかない。
「たまんないねぇまり子ちゃん……」
「フフッ! やっぱり思う?」
とても想像力豊かで感心してしまいそうだ。だが、みゆきがそんな彼を指で小突いて妄想から現実へ戻す。
「健くーん……自重っていう言葉知ってるかな?」
鬼の形相で語りかけるみゆき。彼女の背後には禍々しくどす黒いオーラが立っていた。周囲は「さすがに庇いきれんな……」「もー知らないっ」「男の人って……」「昨日注意したばっかなのに」「お土産なにかないかなー」と知らんぷり。もはや逃げ場はない。
「あ、あの……みゆ……き?」
「昨日白峯さんから注意されたばかりだったよね〜……?」
「いや、あの、その、アレはね……」
「身の程をわきまえろこのエロガキがぁぁぁぁぁ!!」
――ここから先はとても恐ろしい状態ゆえ、あえてお見せしないでおく。ただひとつだけ言えることは、女は怖いということだ。
「まったくリビドー旺盛なんだから……」
「す、すみませんでした」
「次から気を付けてよー?」
「う、うん……そうする」
腕を組みながらみゆきが仏頂面を浮かべる。彼女のうしろにいる健の頭にはいくつもたんこぶが連なっており、見るからに悲惨で痛々しい。
周りからは「だ、大丈夫?」「痛くない?」と心配されていた。ちなみに土産は買いそびれた。だが明日は水族館かロープウェイのどちらかには確実に行けそうなので、そこで買おうと健は決心した。
「おっ! 見ろよ見ろよ! べっぴんさんがいっぱいだぜ」
「ホントだ! ナンパしようぜ! ナンパナンパ!!」
そこへチャラチャラした雰囲気で人相の悪い若い男性が二人通りかかる。彼らはたまたま近くにいたみゆき達を見つけると彼女に絡み出す。露骨に嫌らしい目で見ながら。
「ヘイ、彼女! お茶しない?」
「やだ……ちょっと、離してよ!」
「そう言わないでよー。いい店知ってるんだよなぁ。一緒にどうだい、お嬢ちゃん」
「離してってば!」
もがいてチャラ男の腕を振りほどこうとするみゆき。だが相手は離さず――。
「そうだ、うしろのお姉さま方もちょっと楽しいところ行ってみない?」
「きっと楽しいぜぇー」
調子に乗ったチャラ男二人は更に白峯や宍戸らにも絡む。「ただし野郎とお子ちゃま以外ね」と余計な一言を加えて。
「ちょっと……や、やめてください!」
「やめてよ! その手をどけて!」
「毎日仕事や学校で疲れてるんでしょー?」
「オレらが癒してあげっからついといでよ!」
宍戸と白峯が絡んでくるチャラ男に反発。更に増援としてもう一人現れてアルヴィーに絡むが、彼女に鉄拳で制裁され呆気なくのびた。
「あいつら……ふざけるのも大概にしろ!」
「一発痛い目を見せてやらねばな」
怒りを隠しきれない健とアルヴィー。眉をひそめ、拳を震わせて前へ出ようとするが――何故かその前にまり子が立ちはだかり二人を制止する。
「ま、まり子ちゃん」
「……お兄ちゃんとシロちゃんは下がってて」
背中を向けたまままり子が健とアルヴィーへ言い放つ。――少し声色が違う。いつものような明るくかわいらしいものではなく――冷酷で傲慢な女王のようだった。目を伏せた冷たい表情を浮かべながらまり子はチャラ男に絡まれた宍戸の白峯のもとへゆっくり歩いていく。
「その人たちを離して。これは命令よ」
「まり子ちゃん……?」
「あん? なんだこのチビ、えらそーに」
言葉にできない何かを感じたか、宍戸と白峯の顔が少しひきつる。チャラ男たちはまり子の言葉に耳を傾けず――。
「はいはい帰った帰った! お前みたいなガキんちょはおうちに帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
「十年ぐらい経ったらまたおいでー! そんときはたっぷり遊んであげるからさ」
チャラ男が下品に笑いながらまり子をなじる。――彼女の正体も知らず、なんと哀れなのだろう。
「……へえ、そんなこと言っちゃっていいの? わたし、こう見えても――怒ったら怖いわよ」
「うはっ! なあおい、今の聞いたか?」
「怒ったら怖いってさ! オレらの方が怖いっての! ぎゃはははは!!」
「フフフッ……本当に命知らずなのね」
チャラ男二人がバカ笑いする。そんな愚か者二人を見て冷たい笑みを浮かべたかと思ったら、次の瞬間にチャラ男の体が独りでに浮かび上がった。更にまり子の髪の毛が急に伸びてうねり出し、形を変えていく――。
「きゃあっ!」
「う……うそ!?」
宍戸と白峯が驚愕。他のものも宙を見上げて目を丸くする。それだけでは終わらず――片方は地面へ激しく叩きつけられ、もう片方は右胸に何かを突き刺された。それは――まり子の胴回りほどもある巨大な蜘蛛の脚。先端からは赤い血が滴り落ちている。
「調子に乗るな」
――誰かを殺したことがあるような冷酷な目つきで、いつもより低い声で冷たく彼女は囁いた。