EPISODE143:露天風呂といえば
「みんな、今日はお疲れ様~!」
「はーっ! 今日は楽しかったなぁ。それにしてもこのホテルってお風呂大きいんですねー。まさに大浴場!」
「え? どこのホテルもお風呂はデカイわよ」
「そ、そうですよね。わたし変なこと言っちゃった」
その晩――あれから泳ぎ疲れた一行は、ホテルの大浴場の露天風呂で一日の疲れを癒していた。ここは女湯で宍戸や白峯やみゆきは先に体をシャワーで洗い流し、アルヴィーとまり子は先に浴槽に浸かっていた。みなリラックスしており、実に楽しそうなことこの上無い。
「ねぇシロちゃーん、わたしの水着似合ってた〜?」
「ああ、似合ってたぞー。ってお主……この前試着したときと同じこと言っとらんか?」
「いっけない、そうだった! あははーっ」
「やれやれ。水着を着るときはもっと自分に自信を持つんだぞ。私だってあのきわどいビキニをなんとか着こなしたんだからな……」
アルヴィーは頭にタオルを巻いて、その膝丈まで伸びている白い長髪をまとめていた。湯気で隠れていてハッキリ見えないがもちろん裸だ。つまり――いや、何も言うことはあるまい。例外はあるが、普通に考えて服を着て風呂に入るものはいない。
「お邪魔しまーす」
そこに体を洗ったみゆきも入ってきた。いつもはサイドテールにして纏めている髪を下ろしており、いつも元気で活発な彼女とは違う大人っぽい雰囲気を漂わせている。湯船に浸かり少し焼きもちを妬いているまり子の視線に後ろめたさを感じながら、みゆきは
「うわぁ……アルヴィーさん、やっぱり大きい。私の倍ぐらい、いやそれ以上かな」
アルヴィーの豊満な胸を見てそう呟いた。やはりというべきか、彼女の恵まれた体つきがうらやましいようだ。もっともみゆき自身はそれなりにスタイルは良いし、胸も小さくはないのだが――。そもそもアルヴィーがすべてに於いて大きすぎるのである。
可も不可も無い体型のみゆきと比べてアルヴィーはほどよい肉付きをしており、均整が取れている。何より胸がデカい。――ここが重要だ。太ももや尻ならまだいいが、胸のサイズでは流石にかなわない。ここに強いコンプレックスを感じているのだ。
「ははは、よく言われるな」
「そりゃそうだもん。シロちゃんは恵まれた人だから。それに比べてみゆきさんってば……ぷっ!」
「む……言ったわねぇ、こいつぅ〜!」
照れながら笑うアルヴィー。そんな彼女を見てコンプレックスを感じたみゆきをからかったまり子に、みゆきがお湯をかける。
「ムカつくーっ! あんただって恵まれてないじゃない!」
「ふんだ。わたしは元々大人で恵まれてたもんねー」
まり子が(今はまだ)ない胸を張って威張る。「何をーう!」と眉をしかめてみゆきは掴みかかった。まり子は精一杯抵抗して振りほどく。
「ごっ、ごめん! 私が悪かった!」
「いいのいいの。わかればそれでよろしい」
「お詫びといっちゃなんだけどぉ……」
みゆきに謝ったまり子が、何故かアルヴィーを指差す。「シロちゃんにおさわりしてみない? きっとご利益もらえるよ」とみゆきの耳元で囁くと、みゆきは「……乗った!」と承諾。いつもはいがみ合う二人は珍しく意気投合し、のんびりくつろいでいるアルヴィーを見てニヤリと笑う。
「うん……? そんな目をしてどうしたんだ、二人とも」
獲物を前にした野獣のような目付きで、舌なめずりをするまり子とみゆき。そんな二人を見たアルヴィーがきょとんとする。間もなくして二人はアルヴィーの胸に掴みかかり――
「はっ! ……や、やめてっ、……さわっちゃ、らめえええええ」
アルヴィーが悲痛な叫び声を上げた。それを聞いた白峯と宍戸は、「アルヴィーさんかわいそう……恵まれた人も楽じゃないわね」「むしろ楽しそうに聞こえますけど……気のせいかなぁ」と呟いた。
「ブフォォォォォォッ!! あ、アルヴィー!? 何があったんだ!?」
アルヴィーが上げた悲鳴は男湯にも聞こえていた。ちょうどその場に居合わせていた健は大興奮。全身から蒸気を吹き出すと、事態を確かめようと男湯と女湯の境界線に近寄る。だが遮られていて何も見えない――。
「クソッ! これじゃ何が起きたか分かんないよ」
「ま、待て東條!」
しきりに縁石を叩いて悔しがる健。そんな彼の手を不破が掴んで制止する。
「は、離してください! 緊急事態なのに見て見ぬふりしろっていうんですか!? 一緒に女湯を見たくないんですか!?」
「いいから落ち着け! ここでハッスルしたら今晩のオカズのネタがなくなっちまうぞ!」
「おかず? おかずなら今日は作る必要は……」
そこで健は口を止める。少しの間考えると、「あ、そういうことか」と納得した。不破が言った「オカズ」の意味は――いや、説明するのは止しておこう。
「まあまあ、お若いの。ここは無理に我慢せんでもいいんではないか?」
「……? 誰だ、じいさん」
そんな二人にある老人が声をかけてきた。白髪で生え際が危うく、額がツルツルしていてテカテカ光っている。おまけに見るからに女好きそうな顔つき。――この老人、間違いなくスケベだろう。
「わしはこの道40年! のぞきをするまでは日本一と言われた……人呼んでのぞき仙人ぢゃ!」
老人が歌舞伎役者のように見得を切る。見た目からかなりの高齢と思われるが、元気が有り余っていて歳をまったく感じさせない。まだまだ若いもんには負けん! という意志が強く表れていた。
「……そ、それでおじいさん」
「バカもーん! おじいさんではないッ! のぞき仙人じゃッ!!」
「の、のぞき仙人! 僕たちはこれからどうすれば……」
「ふぉっふぉっふぉっ! そんなの簡単じゃあ、今からわしの言う通りにすればよい」
まだじじい呼ばわりされたくないのか年寄り扱いした健を叱り訂正させると、のぞき仙人と名乗った老人は健と不破を垣根の近くへと案内した。
「どんな温泉にもどんな大浴場にも、女湯を覗き見できるスポットは必ずある。このホテルの場合はここが穴場じゃな」
「穴場って言いますけど――」
垣根を見上げて、健。彼に続いて不破が「おいっ、じいさん! ただの壁じゃねえか、何にも見えねーぞ」と不満を述べる。
「まあまあ、そう言わんと。ほれ、ここを見よ」
「小さな穴が開いとるじゃろう?」と老人が続ける。彼が垣根から少し立ち退くとそこには小さく穴が開いており――なんと、女湯が丸見えだった。あとは気づかれない限り、湯煙に隠れた女性のヌードがいくらでも見放題だ。
「どうじゃ感想は?」
「せ、仙人! これはすごいです……おっぱいもお尻も、それから太ももまで!!」
「じいさん、あんたスゲェな! さすがに仙人を名乗るだけのことはあるぜ!!」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
老人を含めた三人は大興奮。とくに健は今にも鼻血を噴き出しそうだ。調子に乗った仙人は「じゃがこの程度ではまだまだ甘い!」と二人をどかす。
「何様だよジジイ! まさか独占しようってわけじゃねぇだろーな!?」
「もっとスゴいものを見せてやる! 足場を作れぃ!」
憤慨する不破と健にそう言い聞かせ、老人は二人に風呂桶や風呂椅子で足掛かりを作らせた。これから何をしようというのだろうか? それはすぐにわかる。
「よし、できたな。では今から足場の上へ登るのじゃ!」
老人が言う通り、二人は風呂桶と椅子で作った山へ登る。すると垣根の隙間から――なんと女湯が見えたではないか。さっきの小さな穴とは違い、こちらは視界も広い。
もちろん女性の姿はより鮮明に、より美しく見える。苦労した甲斐があったというものだ。「仙人、ありがとうございます!」と二人は心の底から老人に感謝した。
「あはは……すごいや、みゆきもアルヴィーもまり子ちゃんも、白峯さんも宍戸さんも知らない人も……みーんな見放題だぁ」
「至福のひとときだ――これまでの苦労が報われたようだぜ。本当にありがとよ、じいさん!」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。礼には及ばんよ、お若いの」
ここは天国なのか? すっかり意気投合した三人は仲良く女湯を覗いていた。巨乳から貧乳、美脚までよりどりみどりだ。湯煙で隠されてしまっているのが惜しまれる――。
――だが、至福のひとときは長くは続かなかった。
「……む?」
「どうしたの、アルヴィーさん?」
「いま誰か見えたような……」
――なんということだろう、覗き見していることを感付かれてしまったのだ。女性陣に。すぐに隠れた三人だったがアルヴィーの鋭い感覚はごまかせなかった。
「きゃああああッ! のぞきよー!」
「変態! 変態!! 変態ッ!!!」
「お主ら……なに晒しとんじゃああああああ!!」
女性陣からの報復は凄まじいものであった。風呂桶や湯水をぶつけられるならまだしも、激しい炎や身も凍るような吹雪まで飛んできたのだから。女湯をのぞくという下品きわまりない行為を働いた報いを受け、健と不破、そしてのぞき仙人を名乗った老人は湯船の中に雪崩れ込んで気絶した。湯船の中へダイビングが出来てさぞや気分が良かったことだろう。
「まさか健くんにあんな趣味があったなんて……まったく、失礼しちゃうわ」
「……サイテー。村上主任に言いつけなきゃ気がすまないわ」
「あとでお灸をすえてやらんとな――」
「不破くんも東條くんもやりすぎよ……アルヴィーさん、お灸は思いっきりキツいのすえといて」
「わかった。不破殿はそっちに任せたぞ」
「健お兄ちゃんは、わたしとシロちゃんでたっぷりお仕置きしておくから。フフフッ……!」
女性陣がそれぞれ怒りを露にする。その後、健と不破がきっついお仕置きを受けたのは言うまでもない。のぞき仙人を名乗った不届き者ももちろん制裁を受けたそうだ。